医療行為は特許が取れない

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これらは難病に苦しめられているたくさんの患者さんを救うことができる反面、医療業界における大きなビジネスチャンスであるともいえます。そのため、大手企業も小規模ベンチャーも、こぞって医療に関する分野のビジネス化を進めています。

どのようなテクノロジーでも、ビジネス化を進めるうえで特許は避けて通れない権利保護の方法ですが、今の日本において「医療行為」は特許をとることができません。この点についてご説明したいと思います。

1.医療行為と特許
現在のところ、医療行為(治療方法、診断方法、手術方法など)については、特許が取れないこととされています。その理由は以下の通りです。

①医療行為の研究開発は、純粋な医学の研究としてなされ、特許制度によるインセンティブ
付与のニーズが高くない
②医学研究はそもそも営利目的にそぐわない
③医療行為は医薬品、医療機器等に比較して緊急の対応が求められる場合が多く、特許権者
の承諾がなければ実施できない場合危険である

ただ、医療行為に対する特許は法律で禁じられている訳ではなく、特許法29条が定める「次に掲げる発明を除き」特許を受けることができるという除外規定を用いて特許審査基準を定め、医療行為に関する特許出願がなされても「拒絶査定」を下すことにしているだけなのです。

2.特許の取れない医療行為とは
その審査基準(特許・実用新案審査基準)には、特許の取れない医療行為として下記のようなものが定められています。

①手術方法…外科的手術方法、採血方法、美容・整形のための手術方法、手術のための予備的処置など
②治療方法…投薬・注射・物理療法等の手段を施す方法、人工臓器・義手等の取り付け方法、風邪・虫歯の予防方法、治療のための予備的処置方法、健康状態を維持するためにするマッサージ方法、指圧方法など
③診断方法…病気の発見等、医療目的で身体・器官の状態・構造など計測等する方法(X線測定法等)、診断のための予備的方法(心電図電極配置法)など

3.諸外国の制度
では、これらの点は外国においてはどのようになっているでしょうか。欧州と米国の例を挙げます。

欧州
従来は日本と同様、産業上の利用に当たらないことを理由に医療行為に関する特許申請は拒絶されていました。これに対し、TRIPS協定(知的財産に関する国際条約)との整合性を高めるため2000年にこの制度を改め、医業は産業としつつも医療行為は不特許事由に該当することを明記しました。

米国
不特許事由に関する規定は存在せず、医療行為にも特許を付与し、医師の行為にも特許権は原則として及ぶような規定とされています。しかし、近視手術の方法に関する特許権に基づいて1993年に提起された特許権侵害訴訟を契機として1996年に法改正が行われ、医師等による医療行為は「差止・損害賠償の請求の対象から除外される」ことを明文化しました。
一方、その除外の例外として、バイオテクノロジー特許の侵害となる方法の実施などについては、医師の医療行為としての実施であっても特許権者の差止・損害賠償の請求権が及ぶこととしました。

4.今後について
iPS細胞等再生医療や遺伝子治療、AIの活用など、最近は特に画期的な治療・診断方法や手術手法がいくつも開発されています。これらは難病に苦しめられているたくさんの患者さんを救うことができる反面、医療業界における大きなビジネスチャンスであるともいえます。そのため、大手企業も小規模ベンチャーも、こぞって医療に関する分野のビジネス化を進めています。

このような状況においては、冒頭で述べたように「医療行為は特許不可」という一律の対応であると不十分であり、産業の発展にも良い影響はありません。

そのため、産学両方からこの取扱いを見直すよう意見が出され、実際に特許庁でも医療行為に特許権を付与することや、特許権を付与した場合、実際の医療現場における医師の医療行為に権利行使すること等の是非について検討がなされています。

 

 

コラム「相続の基礎」⑥相続争いと事例

4.相続争い

1)相続はほとんどがもめる?
大半の相続は円満に終わることが多いと思うのですが、ときどきいわゆる「争族」(そうぞく)と呼ばれる相続争いに陥ってしまうことがあります。

ものの本などを読むと「ほとんどがもめる」ようなことを書いてありますが、そんなに何もかもの事例で争いが起こっているわけではありません。

ただ、相続争いになるようなケースというのは財産総額が大きい場合が多く、しかも一度揉め出すと、裁判になる場合はもちろん、そこまで行かなくても外見的にも目立ってしまいます。このため、相続争いがよく起こっているように見えるのでしょう。

2)相続争いの例
では、相続争いの事例として、一澤帆布(京都)のケースをご紹介しましょう。
このケースは、世間から大変注目されただけではなく、相続の観点から見て面白い論点がたくさん含まれています。

①状況

  • 三男は20年以上先代と一緒に仕事をし、社長にも就任していた
  • 長男は銀行員
  • 次男は既に故人、四男は一旦一緒に働いていたが退社
  • 先代は顧問弁護士に以下の遺言書を託していた
    「会社の保有株2/3を三男夫妻に、1/3を四男に、その他銀行預金等を長男に相続させる」

②先代に相続発生

  • 2001年3月に先代が死去
  • 長男が、上記の遺言書より後の日付となる遺言書を提出。内容は以下の通り。
    「会社の保有株株式8割を長男に、2割を四男に相続させる」
  • 上記遺言の疑問点
    -事業を円満に手伝っていた三男に対して何の配分もない
    -弁護士保管の遺言書の捺印は実印だが、三文判が使われている
    -しかもその文字は、先代が書かれることを嫌がっていた「一沢(一澤ではなく)」表記
    -遺言書の日付時点において、先代は文字を書くことも困難な状況だった

③裁判の応酬

  • 三男は、第二の遺言が「無効」であるとして提訴
  • 最高裁で三男が敗訴
    「無効であると言える十分な証拠がない」という理由で、本物かどうかまで踏み込んだ論点ではなかった
  • 社長に就任した長男が三男に店舗や工場からの立退きを求めたため、三男や職人が一斉に別の会社・店舗へ移転
  • 長男が三男を権利侵害として提訴
  • 三男の妻が、第二の遺言書が「本物でない」ため無効である等という別の論点で提訴
    ※元々の訴訟に参加していなかったため、一事不再理の原則(いったん結論の決まった論点で二度裁判はできない)が適用されず、再度訴訟提起が可能となった
  • 第二の遺言書が「本物ではなく」無効であるとする判決を大阪高裁が出し、最高裁判所が長男の上告を棄却(最初の訴訟とは論点が違うことに注意)

3)相続争いを防ぐには

  • 生前から親族を仲良くさせること
  • 生前からの後継者教育を適切に行うこと
  • 遺言をきちんと書き、各人に明らかにしておくこと
  • 相続、相続税の手続を、相続人+αに対してガラス張りにすること
  • 良い税理士、弁護士を良い理解者として助けてもらう
    良い税理士、弁護士とは?:人生経験や常識的なものの見方は絶対に必要
  • 法事を手厚くすること
  • 金融機関の役割は?
    相続争いが発生した場合は金融機関にとってもリスクがある
    訴訟リスク、貸倒リスク、預金流出リスクなど
    金融機関が相続争いを防ぐ事は可能か?
    →厳格かつ理由をきちんと理解した手続

(第6回 完)
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コラム「相続の基礎」⑤相続と戸籍

3.相続と戸籍
1)戸籍の基本
戸籍制度の発足は明治時代の初期まで遡ります。実はこの戸籍は日本独特の制度であり、海外には日本のような戸籍制度のない国もたくさんあります。ただ戸籍の歴史や制度については私も専門ではありませんので、ここでは戸籍が何のためにあるかだけご説明しておきます。

戸籍は、以下の通りの目的をもっています

  • 本人の存在証明
    本人が日本人として存在していることを証することができます。ただ、最近はいろいろな制度の隙間の影響で「無戸籍の日本人」が問題になっています。
  • 親族関係が確認、証明できます。
    戸籍を見れば、親子関係や婚姻関係などが分かるようになっています。戸籍の筆頭者を中心に、配偶者や子などその家族関係が示されています。
    なお非嫡出子を認知した場合、父親の戸籍には身分欄にそのことが記載され、母親の戸籍には子として入籍することになります。

戸籍をみれば出身が分かるという方もいますが、実は現在の戸籍において本籍地は位置情報としての意味をあまり持ちません。転籍することは自由ですし、子も成人すれば自由に分籍をすることができます。

現在の本籍地のイメージとしては「各人を戸籍に登録する」場合のID番号的な位置付けでしかないようですので、山の頂上や遊園地など、住所を識別可能な場所であればどこでも設定ができるようです。

戦前など旧民法時代の戸籍は、家制度を非常に強く反映したものでしたが、現在はもう少し緩く、個人(結婚している場合には夫婦)を中心としたものとなっています。

2)人が亡くなったときはどのような流れで戸籍に記載されるか
人が亡くなった時は、その親族や同居人、大家さんなどがその死を知ったときから7日以内に死亡届を出さなければいけません。この死亡届は亡くなった人の本籍地に出す必要がありますが、死亡地でもこれをすることができます。

この死亡届が受理されると、その人は戸籍から除かれる事になります。これを「除籍」といいます。

但し死亡した人が戸籍の筆頭者の場合、除籍されてもその戸籍の筆頭者はそのままです。これは、本籍地と同様、筆頭者がデータベースで言うインデックスのような役割を担っているからです。

3)相続人を特定するために必要な戸籍とは
法定相続分は親族関係によって決まりますから、その特定は非常に大切です。例えば、子や親がいないと思って兄弟が相続しようとしたのに、実は婚外の子供を認知していたなどという事があれば、相続関係が完全にひっくり返ってしまいます。このような関係をきちんと調査するには、戸籍を調べる以外の方法はありません。

現在は戸籍が電子化(コンピュータ化)され、昔からの戸籍とコンピュータ化された戸籍が混在している状況にあります。新しい戸籍には古い戸籍から必要な情報のみが転記され、引き継がれていますが、全てが記載されている訳でもありません。このコンピュータに転記された元になる戸籍を、「改製原戸籍(かいせいはらこせき)」と言います。通常手書の古い書類をスキャンして作成されているため、かなり判読の難しいものが多いです。

戸籍謄本の収集はこれ以外にも注意点があり非常に難しいので、通常は市町村の戸籍係と十分に議論をした上で入手することにしています。

(第5回 完)
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コラム「相続の基礎」④遺言、遺産分割について

5)遺言書
①遺言とは
「ゆいごん」については皆さんある程度ご存じと思います。この「ゆいごん」、法律上は「いごん」と読みますが、今回は「ゆいごん」で統一したいと思います。弁護士さんとお話しする場合などは「いごん」と読むと良いかもしれません。

さて、遺言とは「人が自分の死後一定の効力を発生させる目的で、一定の方式でなされる相手方のない単独行為」のことを言います。簡単に言うと、人が自分の死後、一方的に「あれをしろ、これをしろ」と命令することです。

人の死後は、よほど霊感の強い方でもなければ現世とのコミュニケーションは取れませんので、勝手な事がなされないよう遺言については法律で厳格に要件が定められています。また、法律上遺言で指定出来るのは先ほど説明しました認知、相続分の指定、遺贈などに限られています。

②遺言書の種類
さて、民法上、遺言には自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類が定められています(民法967条)。この他に臨終の場合や船舶中など、やむを得ない場合の特別な方式もありますが、今回は省略します。
では、これらの遺言方式の特徴について説明します。

<自筆証書遺言>
自筆証書遺言は、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自署し、これに印を押すことで作成できます。
この方式の長所は、紙一枚あれば容易に作成できることにあります。その反面、専門的知識のない方が書いた場合は法律的な要件を満たしていなかったり(日付の抜け、不動産の指定間違いなどが良く発生します)、間違いなく本人が書いたかどうか不明になる場合などの問題も発生しがちとなります。
また、改ざんを防ぐために封をした場合、相続発生後開封するためには家庭裁判所に持ち込み、検認という手続を受けなければならなくなります。

<公正証書遺言>
公正証書遺言は、証人2人が立ち会った上で公証人に遺言の内容を伝え、これを公証人が筆記、遺言者や証人が確認の上、公証人を加えて全員が署名、押印することによって作成します。作成した遺言書は、原本を公証役場に保管し、控を遺言者が持つことになります
この方式は、作成が公証人であること、また遺言書の原本が公証役場に保管されていることから、その証拠能力が非常に高いところに長所があります。また、公証人がその内容についてかなり厳密にアドバイスしてくれる場合も多く、無効な内容となる可能性が非常に低くなります。しかし、公証人に対しては相続人数や相続財産の額に応じて所定の手数料がかかりますし、証人の確保についても、単独で作成可能な自筆証書遺言より手間がかかると言えます。

<秘密証書遺言>
秘密証書遺言は、遺言者が署名押印した遺言書を封印し、これについて公証人及び証人2人の前に提出して「自分の遺言である」旨を述べた上で、公証人が日付などを記載、証人と遺言者が自署押印する方式です。
この方式は、遺言書を秘密に出来るというメリットがあるのですが、誰の目にも触れないため、開封した際内容に不備があれば無効になるという大きなリスクがあります。また相続発生後開封するためには家庭裁判所に持ち込み、検認という手続を受けなければならないことや、公証人の手数料がかかることなどのデメリットもあります。

③遺贈・死因贈与について
民法には、相続以外にも人の死に起因して財産などが移転する場合が規定されています。それは、遺贈(いぞう)と死因贈与です。これらは贈与の一種であるという点で共通なのですが、それぞれ次の様な違いがあります。

遺贈とは、遺言によって財産を贈与する行為です。この遺贈には受け取る側の意思は必要なく、遺言にて一方的に「○○は△△に遺贈する」と書けば足ります。

これに対し、死因贈与は贈与する者の死亡によって効力が生じる、贈与する者の生前に締結された贈与契約を言います。死因贈与の場合は、遺贈と異なり遺言に記載する必要はありません。また贈与する者と贈与される者の間に合意(あげます、もらいます)が必要となります。

これらは、民法が規定する親族など、相続の対象となる者以外に財産を分けたい場合に利用されます。例えば、内縁の妻や、親族以外でお世話になった方に対して財産を一部または全部移転したい場合に利用します。

なお、相続税法上はこれらも相続とほぼ同等に扱われますので、遺贈や死因贈与を受けた人は、相続した方と同等の相続税を負担することになります。

④遺留分
元々、遺言という制度は被相続人が自由に相続人などに対して自分の財産を分配するためにあるのですから、好きなように内容を書いてもその通りになるというのが原則です。

しかし、被相続人が相続人以外の者に全財産を渡してしまった場合や、特定の相続人だけに相続させた場合や生前贈与をした場合には、他の相続人は全く遺産を相続することが出来ません。

ただ、相続人が被相続人の財産形成に貢献した場合も考えられますし、ひょっとしたらその財産がもらえなければ相続人が生活に困窮する事もあるかもしれません。

このような考え方に基づき、民法においては法定相続人に最低限の遺産をもらえる権利を保証しています。この権利に当たる部分を「遺留分」といい、その請求を行うことを「遺留分の減殺請求」といいます。

父母や祖父母など、直系尊属のみが相続人の場合には法定相続分の1/3が、またその他の場合には1/2が遺留分となっています。また、兄弟姉妹には遺留分が認められていません。

⑤遺言書を作成する必要があるのは?
一言で言うと、「法定相続割合によらない配分方法で財産分けを行いたい場合」には遺言を書く必要があると言われています。そのようなケースをいくつか説明します。

  • 子供達やその配偶者同士の仲が悪い場合
    このような場合、ある程度それぞれが納得出来る範囲で財産分けを指定することで、相続財産を巡る争いでさらに関係を悪化させる事態を防ぐ事も可能です。
  • 夫婦に子供がなく、兄弟姉妹が疎遠な場合
    そのまま夫婦のどちらかが亡くなった場合、相続財産は生きている配偶者だけではなく、兄弟姉妹にも相続分が残ります。
    配偶者に全ての財産を移転したい場合は、「全財産を配偶者に相続させる」旨の遺言を作成しておけば、兄弟姉妹への相続分は発生しません。兄弟姉妹以外の相続分の場合は、先にご説明しました「遺留分」があるのですが、これまた先にご説明しました通り兄弟姉妹には遺留分がないため、このような事が可能となるのです。
  • 行方不明者がいる場合
    行方不明で連絡の取れない推定相続人(相続人になる予定のある人)がいる場合には、家庭裁判所などで「財産管理人」を選任してもらわなければ遺産の分割協議が出来ません。このような場合でも、遺言を作成しておけば、遺産分割協議の必要がなくなるためスムーズな相続手続が可能となります。

⑥改正について
平成30年7月6日、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」が成立、同年7月13日に公布されました。これは一般に「改正相続法」と言われており、この分野においては約40年ぶりの大改正となっています。
その改正の中で、遺言に関しては「自筆証書遺言の様式」「法務局での遺言書保管制度」の2つが改正されています。

ア)自筆証書遺言の一部PC作成などを容認(平成31年1月13日から施行)
改正前は、自筆証書遺言については一言一句本人が手書で作成する必要がありました。
しかし改正後、遺産の目録をパソコンで作成したり、通帳のコピー、不動産の登記事項証明書、固定資産税の名寄帳などを添付して代用することが可能になりました。
但し、使用する目録の全てのページに署名捺印が必要とされています。

イ)法務局での遺言書の保管(令和2年7月10日から施行)
改正前の自筆証書遺言は、遺言した者が自宅などで保管することが一般的でした。
しかし、紛失や偽造など問題が起こることもあり、相続手続上のトラブルの種となっていました。
そこで、今回の改正により自筆証書遺言を法務局で保管することが可能になったのです(手数料3,900円/件)。
また、この保管された自筆証書遺言については、前述の検認手続(結構面倒です)が不要となります。

なお、遺言書の詳細や具体的な書き方については、弊所ブログ「遺言を書こう!~自分と家族の幸せのために」を是非参考になさって下さい。

6)遺産分割・未分割
①遺産分割協議、遺産分割協議書
被相続人が生前に遺言書を作成していなかった場合、または遺言書に記載されていない財産などがあった場合には、相続人全員で遺産分割協議を行い、遺産分割協議書を作成する必要があります。また、希にですが被相続人が残した遺言書と違う財産の配分などを行う場合も遺産分割協議が行われます。

なお相続人の中に未成年者がいる場合は、相続人の構成を確認した上でその未成年者に法定代理人をつけなければなりません。未成年者が法定代理人の同意なく行った法律行為は取り消しうるからです。法定代理人には通常親がなりますが、親も相続人など利益相反が懸念される場合は、家庭裁判所に特別代理人の選任を申し立てることになります。

②分割が未了の場合はこんなにリスクが
民法上は、遺言や遺産分割協議による遺産分割が終了しない場合は、法定相続分に基づいて相続人全員が共有して相続したものと見なされます。

しかし、相続税の世界においては非常に大きな問題があります。それは、相続税における各種特例、すなわち税金を軽減してくれる制度のうち、重要なものが相続税申告書提出期限(相続開始後10か月)内に遺産分割協議が終了していることを要件としているからです。

例えば、後に説明する「配偶者の税額軽減」は、配偶者が相続した財産が法定相続分か1億6000万円のどちらか少ない金額まで税金が係らないという大きなメリットがある制度なのですが、相続税申告書の提出期限までに遺産分割協議が終了していなければその制度が使えません。この他にも遺産分割の完了を条件とする制度がありますので、やはり遺産分割は円満に、迅速に終えておく必要があると思います。

(第4回 完)
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コラム「相続の基礎」③単純承認・限定承認・相続放棄

2)単純承認・限定承認・相続放棄
被相続人が亡くなり相続が開始した場合、そこから(知らなかった時はそれを知った時から)3か月以内は、相続の手続において最も重要な期間であると言えます。財産がたくさんあって、相続人全員で仲良く財産分けが出来る状況なら良いのですが、仮に被相続人が多額の債務だけを抱えて亡くなった場合には注意が必要です。

このような場合、相続人が何もせず一定の期間を経過すると、被相続人の抱えていた多額の債務がそのまま相続人達に強制的に引き継がれてしまうのです。これを「単純承認」といいます。

そのような事態とならないために、民法には「相続放棄」や「限定承認」といった手続が定められています。

「相続放棄」は、民法第939条において「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」と定められており、財産も債務も引き継がないことが可能となります。(相続放棄については、弊所ブログ「相続放棄って何?」に詳しく説明しています)。

ところで、単純承認で相続人が複数いる場合、遺産分割によって債務の相続人を定めたとしても、それだけで他の相続人が債務から逃れられる訳ではありません。
もし債務を引き継いだ相続人が破産などした場合、他の相続人は連帯債務者として支払義務を負う場合があります。これを「重畳的債務引受け」と言います。
これを防ぐためには、債権者と債務を引き継いだ相続人が「免責的債務引受契約」を締結しておく必要があります。

また、相続財産もある程度あり、しかし債務もかなり多く、相続放棄、単純承認のどちらをすべきか明らかでない場合には、限定承認という手続を行います。

限定承認とは、相続財産を限度として債務を引き継ぐことを言います。単純承認の場合は、相続人が引き継いだ債務の弁済のため相続人固有の財産まで引き出される可能性もありますが、限定承認ならそのような危険はありません。また、債務を弁済した後に残余があれば、相続人が残余財産を相続出来る事になっています。

限定承認の手続は相続人が全員で行う必要がある他、財産目録の作成、公告、競売など様々なものが細かく定められていますが、現在は使われることが少ないため説明は省略します。

3)保証債務と相続
保証債務は、保証人が死亡しても原則として消滅しません。これは、保証人の死亡という偶然の事情によって、債権者が不測の損害を被ることを防止するためです。このため、保証債務は法定相続分に応じて各相続人に引き継がれることになります。

しかし、身元保証債務や根保証については、長期間にわたって保証することになることが多く、また責任も広範になるおそれが大きいことから、これを相続人に相続させると、相続人の負担が大きくなります。そこで判例は、これらについては相続されないとしています。ただ、相続の時点で具体的に発生していた保証債務については相続されます。

相続手続の際には、実債務だけではなく、このような保証債務がないかどうかについても慎重に検討する必要があります。

(第3回 完)
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コラム「相続の基礎」②相続人や養子について

2.相続の手続
ここまで、「相続とはなにか」という観点からご説明をしてきました。ここから先は、相続における実際の手続についてご説明します。ただ、相続に関する手続は非常に多いため、主なものだけに絞っております。

1)相続人や養子、その他相続する権利のある者
①法定相続人
相続においては財産に目が行きがちですが、実は相続が発生した場合、最も重要なのは「誰が相続人となるべきか」です。この相続人については、民法において詳しく規定されています。この項目においては、この「法定相続人」についてご説明します。

まず、被相続人に配偶者が居る場合、その配偶者は必ず相続人になります。

配偶者以外の相続人は、以下の順位で相続割合を決めると定められています。

  • (第1順位) 子 全体の1/2を各人で配分、配偶者は1/2
  • (第2順位) 直系尊属(親、祖父母など)  全体の1/3を各人で配分、配偶者は2/3
  • (第3順位) 兄弟姉妹 全体の1/4を各人で配分、配偶者は3/4

すなわち、子がいる場合は子のみが、子がおらず親などの直系尊属が居る場合には直系尊属のみが、そして子も直系尊属もない場合には兄弟姉妹が法定相続人となります。

②代襲相続人
ここまで法定相続人について説明してきました。では、上記の相続人となるべき者が既に亡くなっている場合はどうなるでしょうか?このような場合、その亡くなっている人に子や孫がいるならばその子や孫が死亡した者に代わって相続することになります。このような相続人を「代襲相続人(だいしゅうそうぞくにん)」と言います。

第1順位の相続人が亡くなり、その子が居る場合にはその子が代襲相続人となります。また、その子も亡くなっている場合には孫が代襲相続人となります。亡くなった相続人に子が複数名いた場合は、そのそれぞれで均等に配分します。但し、第3順位の場合の代襲者はその子(被相続人から見れば甥、姪)までが代襲相続人となることされており、第1順位の場合より範囲が狭くなっています。
また第2順位の親や祖父母の子は被相続人やその兄弟姉妹ですから、代襲相続人の考え方としては意味を持ちません。

後述(⑥)する「欠格事由」、「推定相続人の廃除」で相続人から外された者が亡くなっている場合も、その子があれば代襲相続をすることになります。これに対して「相続放棄」した者が亡くなった場合に代襲相続はありません。前述の2つの場合と異なり、自ら相続権を放棄した訳ですから、代襲させる必要がないという訳です。

③胎児の扱い
民法は、まだ生まれてきていない胎児についても特殊な権利を認めています。
民法第886条第1項は、相続における胎児の地位について、例外的に、「相続に関しては胎児は既に生まれたものとみなす」としています。

胎児には出生まで権利能力はないと考えられていますが、生存状態で生まれてきたことを条件として、出生により生じた権利能力が問題の時点、すなわち相続の時点などにまで遡って生じたものとみなして扱うという考え方となっています。

ただし、残念ながら死産となった場合には、「みなす」項目が意味を失い、最初から居なかったことになってしまいます。

④養子縁組
養子縁組とは、実の子でない他人に親子関係を法律上発生させる事を言いますが、民法は養子について、「普通養子縁組」と「特別養子縁組」の2つを定めています。
これらの違いは、実の親との親族関係が残るかどうかにつきます。つまり、普通養子縁組の場合、養親との親族関係が成立しても実の親との親族関係が残りますが、特別養子縁組の場合、実の親との親族関係は無くなってしまいます。

どちらの養子とするかに係わらず、養子縁組によって親子となった者(養子)と親となった者(養親」との間は実の親子と同じ親族関係が発生するため、相続に関する権利も実の親子と全く同じとなります。

さて、後の「相続税」に関する項目でお話しますが、相続税は子供が多ければ多いほど少なくなります。養子も子として数えられますし、民法上は養子人数に制限はありませんので、どんどん養子を増やせばどんどん相続税が少なくなることになります。実際に、かつてはこれを狙って何人もの養子をかかえるケースも少なくありませんでした。

このように課税回避を目的とした養子の増加が目に余る状態となったため、昭和63年の相続税法改正で以下のような制限が設けられてしまいました。

  • 実子がある場合は1名
  • 実子がない場合は2名
  • 上記を超える養子については、税法上は「いないもの」として計算する

また、財産に相続税が課される回数を少しでも少なくしようと、従来から孫を養子にする方法が良く採られてきました。このようにしておくと、孫に相続される財産には通常親(1回目)、子(2回目)と2回相続税が課されるのに対し、親の1回しか相続税が課されないからです。

しかしこれについても、平成15年の相続税法改正で制限が設けられました。その結果、孫を養子にした場合その養子に課される相続税は2割増になるという制度です。

⑤非嫡出子の認知
「非嫡出子」(ひちゃくしゅつし)と読みますが、これは、「婚姻関係のない男女間に生まれた子」のことを言います。このような非嫡出子の場合、認知によってはじめて法律上の親子関係が発生することになります。この言葉の逆の意味が「嫡出子」です。

この認知は父親だけに対するものとなっています。母親の場合、分娩という厳然たる事実ある訳ですから、あらためて認知する必要はないわけです(このあたり最近の出産事情はだいぶ変わってきているようですが、法律が追い付いてないようです)。

なお、認知には任意認知(自分で行う認知)と強制認知(調停による認知)がありますが、いずれにしても「出生の時にさかのぼって効力を生ずる」とされていますので、生まれたときにさかのぼって子としての権利を得ることになります。

⑥欠格事由、推定相続人の廃除
何もなければ法定相続人として相続する権利がある者であっても、民法上その権利を亡くしてしまう幾つかの場合が以下の通り規定されています。

(1)欠格事由
親兄弟の殺人等で刑罰を受けたり、遺言書を偽造・変造もしくは詐欺・脅迫で作成させるなどした場合
(2)推定相続人の廃除
被相続人に対する虐待や重大な侮辱などをしたことで、被相続人からその生前に相続人の排除を家庭裁判所に請求された者や、遺言で排除された場合
(3)相続放棄
相続人が自ら相続に関する権利を放棄することを言います。

なお、欠格事由や排除、相続放棄があった場合でも、その子には前述の通り代襲相続権がありますし、後でご説明する相続税の計算上は、相続人が居るものとして計算します。

⑦内縁の妻の場合
長年連れ添った相手が内縁の妻(または夫)という場合はどうでしょうか。よく言われるように、いわゆる事実婚と言われる相手には何年仲むつまじく暮らそうが、事業や仕事に貢献があろうが相続権はありません。

このような場合、後で説明する遺言を書き、財産を残す配慮をする必要があります。
様々な事情があるかと思いますが、やはり財産を残してあげたい場合には「事実婚」だといろいろな無理が出て来ます。

⑧特別受益者、寄与者
前述の通り、相続は、基本的には遺産総額を各人の法定相続分で分ける事となっています。しかし、例えば生前の被相続人に対して、財産を大きく増やすことに貢献した相続人や、逆に生前の被相続人から多額の贈与を受けた者があれば、これらの相続人に対して単純に法定相続分で財産を分けると不公平となります。

民法においては前者を「特別受益者」といい、後者を「寄与者」といいます。これらの者があるときに法定相続分を計算する場合、本来の相続財産に「特別受益」部分を加え、これを特別受益を受けた相続人が相続したと見なしたり、また相続財産から「寄与分」を除いて相続分を計算したりして調整します。

⑨相続人がいない場合(不存在)
相続人の存否が不明な場合や、相続放棄により相続人が存在しないこととなった場合、利害関係人は家庭裁判所に相続財産の管理人の専任を請求できます。

この管理人は、以下のような手続を行います。

  • 相続財産(法人として取り扱います)の管理
  • 不明となっている相続人を捜索
  • 債務の弁済
  • 相続人の不存在が確定した場合の特別縁故者への財産分与
  • 残余財産の国庫への帰属

(第2回 完)

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  • 相続財産、相続人(配偶者と子供の場合に限ります)から概算の相続税額
  • 相続税として納めなければならないのは、相続財産の何%に当たるか
  • その割合以下で子供に対して有利な贈与をするには年間一人当たりいくらまで贈与可能か

コラム「相続の基礎」①相続・相続税とは?

1.相続とは
1)相続はいつ起こるか
そもそも、「相続」とはなんでしょうか?この事を説明する前に、皆さんに相続というもののイメージを問うて見たいと思います。例えば、以下のようなところでしょうか。

  • 相続はなんだか恐いものだ
  • 相続は人が死ななくても起こる場合がある
  • 相続があると必ず税金がかかる
  • 相続があるとマルサが入る
  • 財産がなければ相続のことは考えなくても良い

相続とは、「人間の財産や負債、権利、義務の一切を他の人間が受け継ぐこと」を言います。この場合の「人間」は、当たり前ですが私たちのような自然人に限られ、会社などの法人は含まれません。

また、よく言われるように「相続イコール財産分け」でもありません。プラス財産だけではなく、マイナスの財産(債務)も対象に含まれます。
簡単に言えば、「誰かの一切合財をそのまま受け継ぐこと」と表現してもよいかもしれません。

では、相続はどんなときに起こるのでしょうか。先ほど、「民法」が相続の基本的な事項を規定しているとお話しました。民法882条には、「相続がいつ起こるか」についてこんな規定があります。

「相続は、死亡によって開始する。」(民法882条)

これ以外にも、失踪宣告といって、行方不明者の生死が7年間明らかでないときなどの場合、家庭裁判所への申立てによって行う「失踪宣告」によっても相続は発生します。失踪宣告とは、生死不明の者に対して、法律上死亡したものとみなす効果を生じさせる制度です。また、日本国憲法が施行される前の旧民法においては、「家督相続」における「隠居」のように、死亡を原因としない場合もありました。

さてここで、亡くなった人や相続する人などという一般的な言葉の代わりに、相続や相続税で使われる専門用語を定義しておきます。このコラムにおいては多用しますので、ぜひ認識しておいて下さい。

  • 被相続人(ひそうぞくにん) … 亡くなった人など
  • 相続人(そうぞくにん) … 被相続人から財産などを相続する人
  • 一般承継(いっぱんしょうけい) … 相続によって財産等を受け継ぐこと
  • 特定承継(とくていしょうけい) … 譲渡などによって財産等を受け継ぐこと

2)相続で何が起こるか
①相続は財産だけの移転ではない
では、相続が起こるとどんなことになるのでしょうか。これについても、民法に規定があります。

(相続の一般的効力)
第八百九十六条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。

「一切の権利義務」とあります。つまり、財産だけが移転するわけではなく負債(義務)も移転するのです。もっと言うと、単なる資産や負債でも足りず、権利や義務全てを受け継ぐことになるのです。この「一切合切を受け継ぐ」という点については、次の項目にも関係しますので、そこでも詳しくお話します。

なお、「被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。」とありますが、これは何でしょうか。これは「被相続人だから」存在した権利義務のことを言います。例えば、雇用契約などがこれにあたります。こういう権利義務は、被相続人が生存しているからこそ有効になるものだからです。

②一般承継と特定承継
先ほど、用語の定義で「一般承継」と「特定承継」という言葉を簡単にご説明しました。
売買のような「特定承継」は、単に所有権だけが移動するイメージですが、相続などの一般承継は、たとえば「被相続人がその財産いつどこで幾らで買ったか」などの一切合切を受け継ぐことになります。

例えば税金の世界においては、何らかの資産を譲渡した場合の所得は

譲渡代金 - その資産を取得した際の支出(*)

として計算されますが、対象の資産が相続されたものである場合は、(*)については被相続人(被相続人も相続した場合はそのまた被相続人、と延々続く)が取得した時の支出となります。また、いつ買ったか等が重要となる税務上の特例などの場合も、被相続人が購入した際のものが相続人に引き継がれます。

3)相続と相続税の違いとは?
これらの言葉は非常によく似ていますが、概念も基づく法律も全く異なります。簡単にその違いを定義すると、以下の通りになると思います。

  • 相続
    人間が死んだとき財産や負債、権利や義務を相続人に受け継がせる手続。民法に規定あり。
  • 相続税
    相続があったとき、財産の状況によって発生する可能性のある税金と、その計算などを行う手続。相続税法に規定あり。

(第1回 完)
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  • 相続財産、相続人(配偶者と子供の場合に限ります)から概算の相続税額
  • 相続税として納めなければならないのは、相続財産の何%に当たるか
  • その割合以下で子供に対して有利な贈与をするには年間一人当たりいくらまで贈与可能か

もしもの時に役に立ちます「雑損控除」

大地震、水害、台風など大災害は財産に大きな損害を及ぼします。
また、空き巣など盗難も、万が一遭ってしまった場合には大変な損失となります。
このような損害や損失は無いに越したことはありませんが、発生した場合には納税者の担税力(税金を納める力)が一時的に弱まりますので、所得税には「雑損控除」という制度が設けられています。
この雑損控除は、発生した損害や損失の大きさに応じて、税金を減らしてくれる制度です。
こんな制度使わないほうが良いのですが、もしもの場合には思い出してください。

それでは、以下雑損控除の説明をします。

1.雑損控除とは
災害又は盗難若しくは横領によって、資産について損害を受けた場合等に受けられる所得控除(税金のかかる所得から差し引くこと)をいいます。

zatsuson

 

2.適用対象
ここでいう災害は、「震災、風水害、火災」(所得税法2条1項27)、「冷害、雪害、干害、落雷、噴火その他の自然現象の異変による災害及び鉱害、火薬類の爆発その他の人為による異常な災害並びに害虫、害獣その他の生物による異常な災害」(所得税法施行令9条)をいいます。自身の意思に基づいてなされるものではなく、自然現象の異変による災害、または生物による異常な災害を意味します。

具体的には、自宅が火事により燃えた、台風により自宅が床上浸水して家財に大きな被害を受けた場合等が該当します。大雪で家屋が破損した場合の損失はもちろん、家の倒壊を防ぐための雪おろし作業費用等も対象となります。シロアリの被害によって発生した修繕費用や駆除費用といったものも対象です。

なお、あくまでも「損失を受けた場合」ですので、シロアリ被害の「予防費用」は対象外となります。

次に、盗難や横領ですが、所得税法及び同法施行令には定義がないものの、「盗難」の意義は「財物の占有者の意に反する、第三者による当該財物の占有の移転」と解されます。「横領」の意義は「他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をすること」と解されます。例えば、空き巣や車上荒らし、ひったくり、他人による資金の不正取得等が該当します。

損失の要件は「災害、盗難、横領によって」ですから、例えば、いわゆる振り込め詐欺にあった場合は対象外になります。災害・盗難・横領による損失が「自身の意思を伴わないものである」と考えられているのに対し、詐欺は「自身の意志に基づいて現金を支出し損失を被っている」、すなわち「自身にも責任がある」と考えられているためです。

3.資産の要件
生活に通常必要な住宅や家具、衣類等の資産が対象です。
「生活に通常必要な動産」とは、家具、じゅう器、衣服及びこれらに類似する生活用動産で、通常の社会生活を営むのに必要とされる資産をいいます。よって、別荘について発生した損失は対象外です。事業用の資産や、別荘、書画、骨とう、貴金属等で1個又は1組の価額が30万円を超えるものなども当てはまりません。例えば、空き巣に入られた場合で、100万円の宝石が盗まれたとしても、1個または1組の価格が30万円超の資産は「生活に通常必要な資産」とはみなされないため、対象外となります。このほか、競走馬や棚卸資産、事業用固定資産等は対象外となることが法令等で定められています。

4.その他の要件
損害を受けた資産の所有者が、本人、または本人と生計を一にする配偶者やその他親族でその年の総所得金額が38万円以下の者、つまり配偶者控除や扶養控除の対象となる親族でなければなりません。

5.控除できる金額
次の金額のうちいずれか多い方の金額です。

① 差引損失額-総所得金額等 × 10%
 (差引損失額=損害金額+災害関連支出金額-保険金等により補填される金額)
② 差引損失額のうち災害関連支出金額-5万円

災害関連支出には、先に述べた雪下ろし作業の費用などの他、台風が去った後に行った障害物撤去費用や空き巣に窓ガラスを割られたことにより修理した費用なども含まれます。損害があった住宅や家財を処分、除去するために支出した金額で、実際の損害金額ではありません。

<計算例>
例えば、自宅が火災にあい、家屋の損失額100万円、原状回復費用50万円、火災保険金の受け取り30万円、総所得は400万円だったとします。
この場合、
①(100万円+50万円-30万円)-400万円×10%=80万円
②50万円-5万円=45万円
と計算され、①>②となるため、控除できる金額は①の80万円と算出されます。

6.繰越控除
損失額が大きいため、その年の所得金額から控除しきれない場合には、翌年以後後3年間繰り越して各年の所得金額から控除することができます。雑損失が発生した年の確定申告書を提出期限までに提出し、かつその後連続して確定申告書を提出している場合に限って適用されます。

なお、雑損失の繰越控除では、純損失の繰越控除の場合のように、青色申告か白色申告かにより、繰越控除が認められる損失の金額の範囲が異なってくる、ということはありません

また災害により住宅や家財に損害を受けた場合には、所得税額を直接減額する「災害減免法」による所得税の軽減免除もあります。この災害減免法と雑損控除は、有利な方を選択できます。

「クラウドファンディング」に騙される

最近よく聞かれるようになってきた「クラウドファンディング」。
インターネットのなかった時代には考えつかなかった素晴らしい発想ではあるのですが、我々のような不正検査士からみると、実は不正の温床になる場合があるのです。
ほとんどの真っ当な善意が踏みにじられることがないよう、警鐘を鳴らす意味も込めて書いてみました。

1.クラウドファンディングとは
クラウドファンディングとは、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語で、不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うことを意味します(WikiPediaより)。
昔からこのような形で資金を集める方法は用いられていましたが、2000年代後半になってインターネットを活用する形が定着し、「クラウドファンディング(以下「クラファン」とします)」と呼ばれるようになったあたりからは世間でもごく一般的になってきました。

具体的な流れとしては、必要な目的や資金をWEB上でプレゼンテーションし、クレジットカードで寄付、そして寄付者には金額などに応じて謝礼するなどといった形が一般的です。
現在では、慈善目的の寄付などにとどまらず、飛び抜けた発想をもった製品開発やゲームなどの開発、果ては結婚式の資金集めにまで(!)使われるようになってきました。

crowdfunding
(出典:朝日新聞社A-port)

しかしこのクラファン、素晴らしい目的をもった用途の中に、大きな不正の問題を抱えているのです。

2.不正な目的のクラファン
クラファンは、会社が上場するときのような厳格な審査や監査を受けているわけではありません。
また、サービスが充実してきたため、どんな者でも簡単に、ほとんどの場合無料でクラファンサイトを開くことができます。

このため、たとえば嘘の目的で寄付を集め、持ち逃げしてしまうことも比較的簡単に可能となります。

また、マネーロンダリング(資金洗浄。違法薬物や脱税、横領といった犯罪資金などを合法な資金として見せかける犯罪行為)にも利用が可能です。
たくさんのクラファンプロジェクトを作り、少しずつ多数の寄付を出したように見せて再度集めると、表向きはその集めた資金は合法な資金に見えてしまいます。

その他、薬物などの違法取引を返戻品に偽装して行ったり、様々な不正・犯罪の手口に利用される可能性があります。

クラファンの運営会社もこれらの不正に手をこまねいている訳ではなく、たとえば下記のようにチェックにかかったプロジェクトを停止するような措置は行っていますが、根絶するには至っていないようです。

fusei
C
ampfireの不正対処例

なお、事実と異なるなど不正なプロジェクトで資金を集めた場合 詐欺罪として処罰の対象となります(刑法246条 人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する)。

3.クラファンサイトのオーソリ不正
まだあまり知られていませんが、「クラファンサイト自体が悪事に利用される」場合もあります。それは、クレジットカード不正との組み合わせによるものです。

クラファンの寄付の支払いは、ほとんどの場合クレジットカードで行われます。
この支払~決済に至る流れは、通常のネット通販と全く同じです。
ただ少し違うのは、「すぐに物品を発送せず(後ほどお礼は送られたりします)、支払い金額が少額な場合も多いので、申込者のチェックが甘い場合がある」という点です。

通販などでクレジットカード決済を行う場合は「オーソリゼーション」と呼ばれる信用チェック手続きを必ず利用します。この手続きは、カードそのものが有効か、また限度額を超過していないかなど、カードの利用可能性をチェックする必須の手続きです。

オーソリ
三井住友カード のサイトより

しかし、不正実行者はここを悪用します。

情報流出などによって不正に取得したカード番号などを使い、自動的に多数の申込手続(実際の決済までは進ませない)を行って、そのカードが有効かどうかをチェックし、不正利用するのです。

このチェック手続きは通常ボットと呼ばれる自動プログラムで行われます。また、最近はカード会社の番号法則に基づきランダムに作成した番号が有効かどうかをチェック(ランダムアタック)するためにも使われているそうです。

一般の物販サイトは、通常多数の人間から多くの注文があり、キャンセルされるなどの異常な取引があればすぐにわかりますが、クラファンの場合は少額でたくさんの取引が発生しやすく、チェックがかからない場合があると言われています。

こうなると、「データ漏洩で不正に取得されたカード番号」だけではなく、「全くどこにも提示すらしていないあなたのカード番号」すら、場合によっては不正利用される可能性もあるのです。

4.不正を防止するには

クラファン運営会社やカード会社は不正対策を進めていますが、まさに「いたちごっこ」であり完全に防ぐことは難しいと思います。また不正を野放しにしておくと、クラファンというせっかくの良い仕組みが悪いものとみられ、衰退してしまうかもしれません。
このため、利用者である我々としても、できるだけ不正を防止する努力をする必要があると思います。

たとえば以下のような防止策が考えられます。

①利用者側
まず、運営者が適切な目的でクラファンを立ち上げているか見抜く必要があります。SNS上の書き込みであっても、不正が見抜かれないよう良い評判を書き込ませることが可能ですので、クラファンの内容や目的自体が適切・合法なものかを複数の情報源で確認しておく必要があります。
また通常のカード不正利用防止の注意(カードを自分が見ていない所で切らせない、預けないなど)だけであれば、前述のランダムアタックには対処不可となってしまいます。
このため、自らのカード明細は頻繁にチェックし、細かい金額でも不明な支出は確認しておくことが必要です。

②クラファン運営側
運営側となる場合、すなわちクラファンを立ち上げる場合には、上記のような悪用を防ぐ対策(モニタリングやCAPTCHA認証といった、ロボットによる自動操作を発見・防止する手法)が適切になされたサイトを利用しましょう。これらも完璧なものはなく、不正実行者は様々な新しい手法を生み出してきますが、皆が少しずつでも対策をしていれば数を減らすことができます。

chapcha
CAPCHA認証の例

帳簿を甘く見ると「消費税」で痛い目に~消費税の帳簿要件

私たち税理士は、税務業務の一環としてお客様の様々な取引を記録した「帳簿」を作成することがあります。
よく「記帳代行」などと呼ばれている仕事ですね。
この「記帳する仕事」が税理士の仕事だと思っておられる方も多いのですが、違います。
実は「税金の仕事をするために必須となる帳簿を作っている」という考え方が正しいのです。
今回はこの帳簿について、その重要性と、帳簿の作成や保管をおろそかにした場合の恐ろしいリスクについて説明します。
※一番恐ろしい所は3.4.ですので、お急ぎの方はそちらからお読み下さい。

1.帳簿とは?(簿記の定義)
会計業務に携わる上で基本となる「簿記」の世界においては、基本的な帳簿は以下のようなものがあります。

  • 主要な帳簿:仕訳帳、総勘定元帳
  • 補助的な帳簿:現金出納帳、預金出納帳、売上・仕入帳、在庫表、受取手形・支払支払手形帳、売掛・買掛帳

今回の趣旨とは異なるため細かい説明は省略しますが、主要な帳簿には営業に関する取引の全てが記載されており、補助的な帳簿は、主要な帳簿を補足する形で特定の取引の詳細が記載されています。

またこれらの帳簿を正しく作成するためには、「複式簿記」(一つの取引を借方、貸方と2つの概念に分け、資産や負債、資本と損益を正確に把握できる帳簿記載の方法)を使わなければなりません。

総勘定元帳

2.法律に基づく帳簿
①会社法
株式会社などの会社が作成すべき帳簿は、1.で説明した簿記の世界の概念を基本としつつ、会社法の第432条に下記の通り定められています。

「株式会社は、法務省令で定めるところにより、適時に、正確な会計帳簿を作成しなければならない。株式会社は、会計帳簿の閉鎖の時から十年間、その会計帳簿及びその事業に関する重要な資料を保存しなければならない。」

個人の場合には会社法のような制度がありませんので、原則として簿記の定義がそのまま使われており、保存義務についても後述の所得税法や民法に従うこととなります。

②法人税法・所得税法
税理士が携わる帳簿作成の大半を占めるのが、会社に関する法人税法、個人事業に関する所得税法に基づく業務です。

これらの帳簿については、会社法と同様に簿記の世界を基本として、法人税法、所得税法それぞれで帳簿の作成義務や保存義務が定められています。

また、「青色申告」(①で説明した複式簿記を使い、正しく作成した帳簿を適切に保存することを前提とした制度)を届け出た場合には、税制優遇などを受けることができます。

3.消費税の「帳簿保存義務」
実は、最も注意すべきなのは「消費税」の世界における帳簿の取り扱いなのです。

前述の通り個人事業でも法人であっても、帳簿の作成義務はありますので、申告書をきちんと作成するためには帳簿を作成していることが当然の前提となっています。

納税すべき消費税は、この作成された帳簿の記載に基づき、原則として「売上などの課税収入に課された消費税」から「仕入や経費などの課税支払に課された消費税」を差し引くことで計算されます。条文は下記の通りになっています。

消費税法第30条第1項(抜粋)
事業者が、国内において行う課税仕入については、課税標準額(売上など)に対する消費税額から、国内において行った課税仕入に課された消費税額を控除する。

しかしこの「帳簿記載」について、消費税法は他の法律にない厳しい規定を置いています。下記の通りです。

消費税法第30条第7項(抜粋)
第1項の規定は、事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿及び請求書等を保存しない場合には、当該保存がない課税仕入れ、特定課税仕入れ又は課税貨物に係る課税仕入れ等の税額については、適用しない

要するに、「帳簿や請求書を保存していない場合」には「売上などの消費税」はそのまま計算し、「仕入などの消費税」を「差し引きさせない」ことを定めているのです。

帳簿は当然作っているのだから、保存するのは簡単だろう、と軽く考えてはいけません。
法律上「保存する」は、「取引を行った年月日、内容、金額、相手方の氏名又は名称などの必要事項を整然とはっきり記載する」ことを求めているのです。

このため、厳密にいうとこれらが一部でも欠けていると、本来より大幅に多額の消費税を納めなければならないことになります。

4.事例
税務調査においてまだそれほどこの論点が厳しく問われるケースが多くないようです。
このため皆さん軽く考えがちなのですが、数で言えば事例はたくさん出ています。また、税務署や大阪国税局の調査官からも、消費税率が上がり重要性が増えているので、今後この分野は重点として取り扱っていくとの情報を頂いています。

(事例)国税不服審判所の裁決例(平成6年12月12日裁決)から
帳簿等には、仕入先としてその氏名の氏に相当する部分が記載されているのみであり、また、請求人は、本件調査の際に本件仕入先を明らかにして記載不備を補完しようとしなかったことから、帳簿又は請求書等の保存がない場合に該当するとして、仕入税額控除の適用は認められないとした事例

請求人は、[1]本件帳簿等は、消費税法第30条第8項及び第9項に規定する記載要件を充足し、かつ、それを保存しているのであるから、同条第7項に規定する仕入税額控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合には該当しない、また、[2]請求人は、本件取引の際に、仕入先に消費税を支払ったのであるから、仕入税額控除を認めるべきである旨主張する。

審判所の判断は、次のとおりである。

本件帳簿等には、仕入先としてその氏名の氏に相当する部分が記載されているのみで、住所、電話番号等の記載もないため、本件帳簿等から仕入先を特定することはできない。消費税法第30条第8項第1号のイは、明確に「課税仕入れの相手方の氏名又は名称」を記載することと規定しているのであるから、当該記載が同項の帳簿としては不備なものであることは明らかである。

原処分に係る調査(「本件調査」)の際に、調査担当職員が、請求人に仕入先を特定できない場合には仕入税額控除が適用できない旨説明し、本件取引の仕入先を特定するよう求めたにもかかわらず、請求人が本件仕入先を明らかにして記載不備を補完しようとしなかったことが認められるから、その時点において保存されている帳簿等は、記載不備な状態における本件帳簿等のみであることになる。

請求人は、当審判所に対して、仕入先が特定できるものがあっても、仕入先を明らかにすると取引ができなくなるおそれがあるため明らかにすることはできない旨答述しているが、これをもって請求人が適法な帳簿又は請求書等を保存しないことにつき災害その他やむを得ない事情がある旨主張していると解しても、そのような主張は仕入先の相手方の氏名又は名称を記載した帳簿等の保存を求める消費税法第30条第7項ないし第9項の規定の趣旨とまったくあいいれないところであるから、このような理由をもってしては、同条第7項の「その他やむを得ない事情」に該当するとはいえない。

本件帳簿等に記載された氏の真偽について検討するまでもなく、本件取引については、消費税法第30条第7項に規定する仕入税額控除に係る帳簿又は請求書等の保存がない場合に該当し、同条第1項の規定による仕入税額控除を適用することはできない。

本件取引については、消費税法第30条第7項の規定により、同条第1項の仕入税額控除の規定は適用することができないのであるから、本件取引に係る仕入れの存否、その支払対価の額、消費税相当額の仕入先への支払の有無について検討するまでもなく、仕入税額控除をすることはできない。