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「役員退職金」は税務署に3度おいしい

従業員と同じく、役員も退職すると「役員退職金」がもらえる場合があります。
しかしこの役員退職金、様々な注意点があり、しかも税務署にとっては舌なめずりしたくなるほど「おいしい」論点なのです。
今回はその恐ろしい論点と、どうすればリスクを下げられるかについてご説明します。

1.中小企業の後継者不足
中小企業庁によると、2025年までに、70歳(平均引退年齢)を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人となり、うち約半数の127万(日本企業全体の1/3)が後継者未定であるとのことです。そしてこの現状を放置すると、中小企業・小規模事業者廃業の急増により、2025年までの累計で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性があると言われています。

2025年中小企業
中小企業庁「中小企業・小規模事業者における M&Aの現状と課題」より抜粋

2.役員退職金と会社法
さてこのような中、引退する経営者が必要としているのが「役員退職金」です。役員退職金は、文字通り「役員が退職する際に会社が支払う退職金」であり、法律上様々な定めが置かれています。

まず会社法上、役員退職金は定款か株主総会の決議で定める必要があります(会社法361条)。
この規定は退職金に限らず役員が受ける利益全般について定められているものですが、通常は毎月の役員給与などと退職金は別に定めます。
また実際には定款で退職金を定めることは少なく、株主総会で「退任取締役に役員退職慰労金として〇〇円を支払う旨」の決議をするか、上限などの制約を定めて取締役会に詳細を委任することが多いようです。
とはいうものの、役員退職金はあくまで会社が支払う費用であり、利益処分ではありません。

3.税法上、役員給与は「原則として費用ではない」
税法上は、役員退職金は通常の役員給与とまとめて「役員給与」として取り扱われます。
そして驚くべきことに、現在の法人税法上、役員給与は「原則として損金の額に算入しない(費用として取り扱わない)」とされています(法人税法34条②)。
条文で定める要件を満たさない限り、費用としては認められないのです。

では、役員退職金についてその「要件」は、どんなものなのでしょうか。それは以下の通りとされています(法人税法施行令70条)。

「業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる」

要するに、「横並びで決めろ」という「ザ・昭和」な考え方にまだ縛られており、いくら卓越した業績を残した社長が退任する場合でも、業種業界規模的に突出した金額の場合には損金にできない、という理不尽な定めとされているのです。

この是非はさておき、比較すべき同種事業や類似規模の法人の事例を探してくることはなかなか容易ではありません。
このため、実務上は「功績倍率方式」といって、最終月額給与額に在任日数を乗じ、さらに役職の重要性に応じて「功績倍率」という掛け目を適用した金額で計算する方法が多く用いられています。

4.役員退職金の「第2の狙い」
役員退職金に見込まれる隠れた効果が「株価下げ」です。
株式の移転、特に親族間など特殊関係者の間での譲渡や相続、贈与といった取引の場合、税法は「時価」の採用を求めており、それを外れるとペナルティともいえる大きな税金を課すことがあります。
その「時価」は、原則として国税庁が発表する一定のルール(財産評価基本通達)に従って計算することになっているのですが、実はこの時価の計算において「会社の利益(正確には課税所得)」が大きなパラメータとして効いてくるのです。

詳しい仕組みは今回省きますが(※)、要するに利益が低いほど株価が低くなるのです。
第三者との取引なら高く売れた方が良いですが、例えば先代社長から後継者へ株式を譲渡したり贈与する場合、また亡くなった方から相続する場合は、時価が低い方が確実にあらゆる税金(譲渡所得税や贈与税、相続税)が下がります。
※株価の時価評価の仕組みは、弊所ブログ『粉飾したら相続税が下がる?-「比準要素1」の会社』に説明があります。

普通に頑張って経営されてきた場合、役員退職金は一般的な従業員の退職金よりそれなりに高い金額になると思います。これが全て費用として認められれば会社の利益を一時的に下げることができ、時価を抑える効果が期待できるのです。

5.「狙われる」カリスマ社長の退職金
では、3.で説明した「費用になる最大限の範囲」で役員退職金を出し、株価を目いっぱい下げて後継者に株式を移転するのがベストか?というと、そこに落とし穴があります。
実はこの役員退職金、「出したら必ず税務調査が来る」と言われるくらい、税務署側としても「おいしい」論点なのです。

一代で会社を立ち上げ、繁栄させた社長は、退任しようとしてもなかなか出来るものではありません。自分しか把握していない事情も多いですし、社内の多くは皆その社長を尊敬し、恐れ、頼っています。
そうなると、「退職した」といってもなかなか完全に会社を離れる訳にはいかず、会議に出席したり幹部からの相談を受けたりといったことが退職後も頻繁に発生します。

そう、ここが税務署のねらい目となるのです。
調査に来ると、調査官は「退任した前社長の退任後の活動」を調べます。
上記のように、退任前と変わらない役割を果たしている場合、「これは役員を退任したとは実質的に言えませんね」と主張してくるはずです。

それがどうした、と軽く見てはいけません。
実質的に役員を退任していないということは、「先日支払った役員退職金は『退職金』ではない」という認定につながるのです。

それが生むのは恐ろしい結果です。
まず、退職金でないなら、「役員賞与ですね」となります。
この役員賞与、法人税法上は原則費用にできません。ここで1発目の課税です。
また、日本の所得税法は退職金の課税割合を給与などより低くしていますので、賞与と言われてしまうと結構大きな所得税の増加につながります。これが2発目。
最後に賞与とした場合、会社はその「源泉所得税」を差し引いて翌月10日に納付する義務があります。これをやっていないので「不納付加算税」というペナルティをとることができます。
こうやって、一つの論点で調査官は3つ以上の課税処分を獲得できるのです。
これがタイトルの「3度おいしい」が意味するところなのです。

※さらに、役員退職金を前提に計算した株式の時価を贈与などに使っていると、賞与と言われたことで利益(法人の課税所得)が大きく増加→株価が増加して贈与税などが追徴される、という副次的な影響も発生します。

6.どんな対策があるか
このように大変リスクの大きい役員退職金ですが、やはり会社の発展に大きな貢献のあった役員にはきちんと報いる必要がりますし、また株式の時価評価に与える効果が大きいですから後継者の株式移転など事業承継対策には極めて有効です。

では、5.のようなリスクを抑えるにはどのようにすればよいでしょうか。

実務的にはたくさんの論点がありますが、簡単なものを書いておきます。
・退任後は、暫く完全に経営にタッチしない
・そしてそれが立証できるようにする(議事録やメール等には特に注意)
・株主総会、取締役会など会社法上の手続きを完璧に行い、記録を残す
・役員退職金の法人税法上の限度額計算を厳密に検討する
・行った対策について、税理士から税理士法33条の2添付書面(※)に記載してもらう
※この書面の仕組みは「税務調査を受けない方法 -税理士法33条の2の添付書面-」に詳しく説明しています。

リスクもリターンも大きい「役員退職金」ですが、きちんとした対策をとれば恐れることはありません。十分に理解して是非活用しましょう。
我々税理士法人耕夢には、税務調査対策まで含めて確実で豊富な実績がありますので、もしこのような対策を検討されている場合にはお気軽にご相談下さい。

「ダビンチ」の特許切れとその影響(特許法の意義)

皆さん、「ダビンチ」という製品をご存知でしょうか。
あの「レオナルド・ダビンチ」ではありません。
1999年にアメリカのIntuitive Surgical社が開発・発売した手術支援ロボットのことです。
高精細な内視鏡と、精密かつ動きの自由度が高いボットアームを組み合わせ、手術医師の操作を忠実に、しかし細密化して人間以上の手術を可能とする画期的な機器です。
1台1~2億円と非常に高い機器ですが、その効果は絶大です。
日本においても2000年に最初の導入がなされてから、公的保険の対象となったことで順次利用が増加し、現在は数百の病院で利用されています。

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「ダビンチ」実機(Intuitive社資料より)

私も病院で現物を拝見したことがありますが、異様な風体とは裏腹に人間ではとてもできない正確かつ細かい、自由度の大きい動きは「さすが」と思わせる迫力がありました。

さて、このIntuitive社が持つ特許は数千件に上りますが、これらの特許が数年前から期限切れを迎えています。

ほとんどの特許は発売までに出願を終えているはずですから、20年(通常の特許期限)を超える今年にはほぼ全ての特許が期限切れとなっている訳です。

これらの特許に関する情報は、図面や技術詳細とともに公開されています。
このため、特許の期限切れとなった今後は誰でもその技術を参考にして同様の製品を作ることができるのです。
ニュースに出ているだけでも、以下のような開発が進められているとのことです。

  • 川崎重工業と医療機器メーカーのシスメックスが共同出資し設立したメディカロイド:今年8月に厚生労働省から製造販売承認を取得し、国産初の『手術支援ロボット』ヒノトリを発売すると発表
  • 東京工業大学発のスタートアップ「リバーフィールド」:ロボットアームの駆動システムに空気圧を使用し、「手で触れている感覚」を伝える『手術支援ロボット』エマロを開発中
  • 米ジョンソン&ジョンソン:AIに強い米アルファベット(グーグル)と共同開発中

そうなると、発明したintuitive社は、せっかく特許をとっても意味がない、損じゃないか?と思うかもしれません。
実はここに、特許法の大変重要な意義が見えてくるのです。

特許が「発明で大儲け」の為にあると思われることが多いのですが、本質的な目的は違います。 特許法が冒頭の第1条で、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする」としている通り、特許はまず産業の発達を目的としているのです。 このため、特許の権利者はもちろん一定期間保護されるのですが、その代わりに特許の基本となった技術を世界中に公開しなければなりません。公開と保護を組み合わせることで、産業の発達を促進するのです。

今回のケースは、革新的な技術で世の中を変えた「ダビンチ」が、発明者に利益をもたらすと同時に産業や医療といった世の中を良くする力をもたらした、という特許法の考え方をストレートに示した事例だと思います。

なお、日本の特許庁は特許や実用新案、意匠、商標といった知財を自在に検索できるシステム(特許情報プラットフォーム)を公開しています。

また、上記の記事に関連して、弊所ブログ「医療行為は特許が取れない」も是非ご覧ください。

中小企業の不正会計と監査役(3/3)

前回、前々回は、

  • 公認会計士の監査を受けない中小企業でどのような会計不正が発生するか、また唯一対応できると言ってよい監査役がどのようにそのような不正に対応すべきか
  • 上場会社でもよく行われて問題となる「循環取引(架空循環取引)」について説明し、どのように監査役が対応すべきか

についてご説明しました。

今回(最終回)は、在庫の過大・過少計上、架空人件費の計上、横領といった、中小企業でも頻繁に発生する不正について詳しく説明し、監査役がどのように対処すべきか検討します。

3)在庫過大、過少計上
この不正は、在庫を過大計上・過少計上することで利益を実際より多く、あるいは少なく見せかける手法です。

会社の営業利益は「売上高-売上原価-営業費」で計算されますが、この中の売上原価は「期首棚卸高+当期仕入(製造)高-期末棚卸高」で計算されます。
このため、在庫(期末棚卸高)を不正に調整すると、以下の通り利益が連動して調整できることになります。

  • 在庫の過大計上→売上原価の過少計上→利益の過大計上(粉飾)
  • 在庫の過少計上→売上原価の過大計上→利益の過少計上(逆粉飾、脱税)

在庫を調整することによる不正は、先にご説明しました売上を使った不正と比べ、自社(部門)が持つ在庫の有高を上下させるだけで済みますので、会社単独での実行が容易です。このため、入金の遅れなど外部からの情報や影響で発覚することがほぼありません。会社内部の管理体制で防止、発見するしかない不正であると言えます。

(事例)
E社は今期大きく売上を伸ばし、期末の時点で多額の法人税発生が見込まれていました。このため、E社は実地棚卸の結果算定された在庫金額を(書類上)大きく削ることで売上原価を不正に増やし、利益を圧縮することで法人税額を減額しました。業績が好調で例年と比較して利益率も高かったため、不正に増やした売上原価でも昨年度までと比べて大きく利益率が変動する訳ではなく、不正は発覚しにくいと考えていました。
ところが、決算期から半年後税務調査を受けた際、期末日後2週間程度の間に計上された売上伝票と在庫計上額、期末日直前直後の仕入額などを突き合わせた結果、期末日現在に存在しなければ売上が計上できない在庫が多数発見されました。この結果、期末の在庫残高が不正に減額されていることが発覚、追徴課税を受けました。

(発見・防止手法)
在庫に関する不正も、その実行の容易さに比べ発見はさほど簡単ではありません。例えば棚卸の際に現場を確認しに行く時間的余裕があったとしても、卸売業のように多量の在庫が多数存在する場合、過大計上や過少計上はもちろん、架空在庫や帳簿外の在庫を何のテクニックもなく探すことは至難の業です。ましてや期末日から何日も経過した状況で、何の資料もなくこのような不正を発見することは不可能と言っても良いと思います。

前述したような税務調査の担当官や公認会計士はこの手の発見手法をいくつか知っていますので、そのうちの一部をご紹介します。

  • 前年度との比較
    在庫の残高を前年度やその前と比較します。事例でご紹介したように、売上高や生産高が大きく変わっていれば前年度と変化がなくても異常のある場合もあり得ます。そのような場合は、売上高や仕入高などとの比率(回転期間や回転率と呼びます)で比較するのも有効です。
  •  棚卸日直前の売上、仕入、製造
    通常棚卸時には正確を期すため販売や仕入、製造をいったん止めますので、直前に販売されたものは在庫がなくなっているはずですし、仕入や製造されたものは在庫として存在するはずです。このチェックは販売や仕入、製造の会計データと棚卸集計表を突き合わせることで実施可能です。税務調査の場合はこの手法が良く採られます。
    同様の手法として、棚卸日後1か月程度の在庫を自ら検数し、期末日からの売上、仕入、製造などの記録と突き合わせて期末日の棚卸高を推定し、棚卸集計表と合致するかどうかを検討する方法もあります。
  • 滞留在庫や預け在庫、預かり在庫の有無
    架空循環取引でも登場しましたが、長期間動きのない在庫や、仕入先などに預けていてここにはない、と担当者が主張する在庫などはそれぞれ架空在庫の可能性があります。もちろん架空在庫ではなくても、滞留していたり預けられているのは相当に異常な取引ですので、監査役としては取締役に状況の把握や承認の有無を聴取し、適切な対応を取るよう意見を述べる必要があります。
    また逆に、棚卸表に上がっていないのに倉庫や工場に置かれている在庫についても、在庫の過少計上の可能性があります。得意先からの預かりであるなどと説明をされた場合でも、その事実を確認するのみならず、預かり自体が適切であるかを判断する必要があります。
  • テストカウント法
    棚卸の当日、現場を見て回りながらいくつかの在庫を自分でも数えてみます。その結果と現場の検数担当者の結果を照合して正しくカウントされているかを確認するとともに、後で作成される棚卸集計表において正しく集計されているかについても確認します。現場の担当者と集計担当者や経営層との共謀を防ぐため、それと告げずに検数する場合もあります。

4)架空人件費
この不正は、文字通り架空の人件費を計上する方法です。人件費は製造原価や販売費管理費の一部を構成しますので、架空計上をすることで、利益は実際より少なくなります。この目的は、直接的には法人税の課税所得を減らす、すなわち脱税に使用することにありますが、経営者が自由に使える資金(いわゆる裏金)をねん出するために使うことも少なくありません。

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ただ、通常は会社の場合社会保険の手続がありますので、雇用した従業員などの氏名、住所、給与額などは届け出る必要があります。このあたり全く架空の人間を届出するとすぐにばれてしまいますので、非正規雇用、つまりアルバイトなど社会保険の加入義務のない方を対象とするケースが多いようです。

類似の不正として、全くの架空ではないものの、実際の給与計上額より少ない額を本人に渡し、差額を経営者が裏金として取得するというケースもあります。このような不正の場合、社会保険などの手続も適法になされていますし、また本人も手取りがある程度確保されていれば文句を言わない可能性がありますので、発見は比較的難しくなります。

また、結婚相手や親などの扶養になっている場合、その相手の所得税が増えるのを嫌って扶養の範囲内(例えば給与の場合は年間103万円)を超えないように、経営者に給与の調整を依頼する場合もあります。

私は架空人件費の事例に当たることはそこそこあったのですが、あまり面白いものはありませんので事例そのものは省略し、発見・防止手法に進みます。

(発見・防止手法)
架空人件費は架空の従業員を設定することから始めますので、最も有効な手段は「給与の一覧表に載っている従業員が実在するかどうか」を確認することです。

 例えば給与台帳から何人かの従業員をピックアップし、現場に赴くか電話などで呼び出してみるというのは最も簡単な方法です。

 実際の支払額が給与計算額より少ないという不正の場合は発見が若干難しくなります。振込支払が原則であれば本人の口座に正しい金額が振り込まれているかどうか総合振込依頼書の控などで確認すれば良いのですが、現金支払の場合は、給与を受け取っている本人からの供述がない限り証拠資料をつかむことがほぼ不可能と言って良いかもしれません。

5)横領(現金横領、架空仕入れなど)
会社の不正と言った場合、誰もが思い浮かべるのがこの「横領」です。横領は雇用者である会社の金品を不正に取得等することですので、それ自体が不正そのものです。しかし、例えば売掛金の回収横領、架空経費の支払、現金預金勘定の改ざんなど期末処理を中心とした不正会計を通じて、必ず決算書に問題を発生させることになります。このことから、会計監査の観点からも対処が必要となります。このセミナーにおいては、昨年発覚して注目された「仮病キャバクラ嬢への献身横領事件」を事例として取り上げたいと思います。

 (逮捕)
務先だった工業用ゴム資材の卸商社『シバタ』の資金を自分の口座に振り込ませ、だまし取ったとして、警視庁中央署は2012年4月11日、電子計算機使用詐欺の疑いで、栗田守紀(もりとし)容疑者(当時33)を逮捕しました。直接の容疑は、2009年4月から翌年の7月まで、同社のパソコンを操作し、55回にわたって自分の給与とは別に計23000万円を自分の口座に振り込んだというものです。
栗田容疑者は同社が2005年に開設したインターネット・バンキングの法人口座の責任者に命じられると、すぐに不正に手を染め、以来約200回、計約6億円を詐取したと見られています。

(横領の目的)
栗田容疑者は同社の元経理係長。横領した金額のうち総額5億円以上を、なんとお気に入りのキャバクラ嬢に貢いでいました。
当キャバクラ嬢は、2004年ごろから、東京都葛飾区のJR亀有駅付近の店にて働き始めました。栗田容疑者は彼女と次第に親密になり、栗田容疑者はアフターも含めると月に数回は一晩あたり4~5万円使っていたそうです
 その後ほどなくして、彼女は栗田容疑者に『胃がんを患っていて入院費や手術費が必要だ』と金を振り込ませるようになります。当初は数万や数十万だったその要請はエスカレートし、様々な病気にかかったと理由を付けた上で、多いときは一度に1500万円という場合もあったそうです。
その間彼女は「無菌室に入っているから」などとメールで連絡を取るだけで栗田容疑者に一度も顔を見せることはなく、見舞いに行くなどと言われると「信じてもらえないなら死ぬ」などと拒否していました。しかし実の所は、栗田容疑者から振り込まれた金をブランド品の購入やホスト遊びなどにつぎ込んでいたそうです。

 (横領の手口、発覚)
同社は工業用ゴムやプラスチック資材などを卸す商社です。当時全国に40カ所の拠点を持つ中堅の同族企業で、業界内においては「堅実な経営」で知られていました。
これに対し栗田容疑者の不正手口は稚拙なもので、銀行から発行される口座の入出金記録や残高証明を破棄、自ら虚偽の記録を作成していたそうです。
結局、2010年7月に税務署の調査が入り、容疑者の不正が発覚しました。しかし時すでに遅しで、それまでに同社が余裕資金として持っていた数億の資金が失われたことになります。

(発見・防止手法)
このようなケースは、金額の多寡はあれ決して珍しいものではありません。共通しているのは、以下のような点です。

  • 経営者に信頼される、堅実で文句も言わず休みなく働く経理担当者
  •  人材に乏しく、担当者が十数年交代していない
  •  担当者以外にはITに堪能な者がいない
  •  老舗で、資金繰りに比較的余裕がある

 このような横領を防ぐには担当者の交代(ローテーション)や強制的な休暇によって一時的に他人に業務をさせる手法が最適ですが、人材の限られる会社の場合にはどうしても躊躇してしまうと思います。しかし、厳しいようですがそのような方法を採らず一人の担当者が長期間経理業務を行っている場合、少なくない確率で、というより確実に不正が発生すると認識頂いた方が良いと思います。

なおこれらに合わせ、銀行からの残高証明や取引記録などについて、社内で別に作成したものやコピーを信用せず、必ず原本を確認する必要があります。残高証明などは社長等に直接届くなど、改ざんの隙を与えないという点をみせておくことで防止の一助にはなり得ます。

3.まとめ
1)監査役は不正にどのように対峙すべきか
これまで会計を中心に、会社で起こりうる不正のいくつかと、またその事例や対処についてご説明してきました。
不正リスクはどのような会社にもあり、完全にゼロにすることはできません。また、不正の手口それぞれに発見・防止手法も異なり、簡単に対応することができないものです。

公認会計士は、監査する際2013年4月から「不正対応基準」に従って監査しなければなりませんが、この基準を導入する際も相当な議論が交わされました。つまり、公認会計士にとっても不正への対応は難しい事なのです。
そうであれば、非上場会社の、しかも会計監査人がいない会社で、例えば経理や法務経験の乏しい監査役一人が不正に対して完全に対応することは困難を極めると言っても良いかもしれません。監査役は現場に多く立ち入ることも少ないですから、その点でも不正への対応は難しいと思います。

最後の項目は、このコラムのまとめとして、これまで説明した対応策などの他、監査役がどのような心構えで不正に対峙すべきかをご説明します。

2)変化の利用
横領や架空循環取引などに代表されるように、不正は担当者や商慣行が変わらないために発覚が遅れることが多くあります。

組織におけるの不正にとって、一種の「天敵」と言っていいのが「変化」です。この「変化」は、組織の変更、業務内容の変化、取り引き先の変動、そして監査役の交代や税務調査など、あらゆる概念を含みます。

 監査役自らが変化を発生させるわけにはいきませんが、そのような変化がある場合には必ず不正が明るみに出るチャンスがあるという認識を持っておく、いわばアンテナを張っておくような気構えが必要です。

また、新たに監査役に就任した際も注意が必要です。不正はそれが根深いほど過去から連綿と受け継がれている場合が多く、昨年との比較だけで判断できない場合も多いのです。例えば、就任する期の貸借対照表における資産、負債の内訳をチェックし、不明な残高について担当に裏付けとともに詳細な説明を求めるという手法は、過去から受け継がれた不正を発見する基礎となるだけではなく、今後担当者が監査役を警戒して不正を行いにくくなるという抑止効果にもなり得ます。

 3)不正リスクマネジメント
不正リスクマネジメントとは、会社において発生しうる、潜在的な不正の可能性と重要性を把握し(固有の不正リスク検討)、識別された不正リスクに対処すべき措置を決定、実行して、それでも発見できないリスク(残存リスク)を最小化するというリスクマネジメント手法の一つです。

このような不正リスクマネジメントは不正の防止、発見にきわめて有効ですが、これを十分に運用するためにはコーポレートガバナンスや内部統制がある程度整備されていることが必要です。このため、会計監査人非設置会社にとっては少し難しいかもしれません。

ただ、就任している会社の不正リスクにどのようなものがあるかについて今回のようなカテゴリーを参考にして検討し、それらへの対応を検討する、またその結果に基づいて来期の計画を行うといったPDCAサイクルを、簡単なものであっても実施することや、またその実施していることを経営陣や従業員に認識させることで、不正に対する抑止効果には十分なりうると考えます。

4)不正を許さない社風
これまで説明しました内容は、いくら監査役が頑張っても、全て経営者がその気になれば容易に妨害できることばかりです。オーナー経営者なら、監査役を事実上解任することも可能かもしれません。会社法上監査役は一定の地位を保護されていますが、実際には上手くいかない場合も多くあります。

また、経営者自身にコンプライアンス意識が希薄な場合、また過去から不正を嫌わないような社風がある場合、経営者本人はもちろん従業員も不正に手を染める可能性が非常に高くなります。

このように、経営者の「経営姿勢」は不正リスクに大きく影響します。内部統制の考え方に置いては、これを「内部経営環境」と呼ぶことがあります。

この内部経営環境を適切なものにしていくことは、即効性がなく非常に難しく時間がかかるものの、不正の防止には非常に効果があります。監査役としては、経営陣と対峙する場合でも、自らをも律することで「不正を許さない社風」の醸成を目指してほしいと考えています。

以上(完)

中小企業の不正会計と監査役(2/3)

前回は、公認会計士の監査を受けない中小企業でどのような会計不正が発生するか、また唯一対応できると言ってよい監査役がどのようにそのような不正に対応すべきかを説明しました。

今回は、上場会社でもよく行われて問題となる「循環取引(架空循環取引)」について説明し、どのように監査役が対応すべきか検討してみたいと思います。

2)循環取引
①循環取引とは
循環取引は、複数の企業(通常は同業)・当事者が互いに通謀・共謀し、商品の売買や役務の提供等の相互発注を繰り返すことで、売上高をかさ上げして計上する取引手法です。

商社や卸売業者間において、一般に商品在庫の多寡を調整するため、業界内で保有在庫を転売し、在庫と資金の保有比率を適正に維持するという商慣行が行われることがあります。

一般にこのような商品の転売行為そのものは違法行為として認識されているわけではなく、行為自体を取締まる法的根拠も特にありません。

しかしながら、このような循環取引を悪用し、売上高の計上を意図的に操作することで、売上高を実態より大きくかさ上げして企業の成長性が高いように見せるために行う場合や、経営者から過度の売上達成のノルマを課せられて、営業担当者や営業管理職が当該取引を行うケースがあります。また、後でご紹介するように、特定あるいは複数の取引先に対し不正に利益を提供するために行われる場合もあります。

いずれにしても取引実態を伴わない売上高を過大に計上しているため、売上計上額に関する不正であると言えます。

②循環取引と類似の不正

  •  スルー取引
    スルー取引とは、自分の注文をそのまま他社に回す取引であり、一般的に複数の企業間で売上の増額を目的として実施されます。また、当該取引は、仕入先又は販売先との他の取引に対する利益補填や、仲介企業を介在させて納入までの時間差を利用した押込販売を目的とする場合もあります。
  • Uターン取引・まわし取引
    当該取引は、最終的に最初の販売元に戻る取引です。例えば、自社が取引の起点となり、商社を通じて販売取引が実施され、最終的には自社が販売した製品等が複数の企業を経由して自社に戻り、その間の利幅を上乗せした在庫等として保有されるものです。
  • クロス取引、バーター取引
    当該取引は、例えば、自社の製品等を市場での実際の価格水準より高い水準で相手方に売却し、相手方または転売先から別の製品等を同様に割高で購入する取引です。相手方への自社の製品等の売却が実需に基づいていないため、売却した製品等の上乗せ分を購入する別の製品等の価格水準に上乗せして調整する訳です。この結果、当該取引に参加している企業は割高な在庫をお互いに抱え続けることになります。

③循環取引の発見の困難性と対応策
循環取引の概要は上記の通りですが、この循環取引、取引に関わっていない者が不正を発見するのは非常に難しい特性を持っています。

ず、前述の通り循環取引それ自体は即違法ではありません。このため、循環取引による不正行為を発見するためには、慎重に取引の全体像の実態を把握する必要があります。

これに加え、循環取引は通常受注から納品まで、社内外の資料(証憑)は完全に準備されている場合が多く、これらの不整合をターゲットにした調査にそぐわないことも、この不正を発見しにくい一つの原因となっています。

循環取引における不正行為は、通常、行き過ぎた売上至上主義が原因となっている場合が多いでしょう。経営者や市場が売上高を重視するあまり、その期待にあやまった形で応えてしまうのです。経営者は決算書を作成するにあたり再度、売上計上の妥当性を検証するとともに、過度な売上至上主義に陥り、内部牽制や社員の集団的意識が機能不全を起こしていないかに注意する必要があります。

また、長年の古い業界慣行も循環取引を生みやすい土壌となります。業界が古く、歴史がある場合もリスクが高いと認識する必要があります。

④メルシャンの架空循環取引
れまでの事例は私が実際に経験したり、近い位置で見聞したりしたものでしたが、この架空循環取引については有名な事例がいくつもありますので、今回はその中の一つ「メルシャン」の架空循環取引をご紹介します。

メルシャンというと酒、特にワインのイメージが強いですが、この取引の舞台となったのは「水産飼料事業部」すなわち「養殖魚用の飼料」を販売する部門です。

2005年ごろ、当部門の顧客である養殖業者が経営不振に陥っていました。この養殖業者には、事業本部長の独断で社内規定より長いサイトの売上債権が滞留していました。また、そもそもメルシャンの水産飼料事業部自体が、キリンホールディングスと資本・業務提携を締結した後の社内で「お荷物」的扱いを受け、事業譲渡などリストラの対象となる可能性がありました。

この事業部はそういった動きに危機感を持っていました。このため、当該滞留している売掛金や、事業部の業績不振にどのように対処するか検討した結果、以下のようなスキームで養殖業者に資金を提供し、事業部利益を確保するとともに売掛金を回収することとしました。

  • メルシャンは製造委託先の飼料工場に架空発注し、架空飼料を入荷処理するとともに工場へ代金を支払
  •  飼料工場は養殖業者から架空の魚を仕入れ、これに対する代金を支払う
  •  養殖業者はメルシャンから架空の飼料を仕入れ、メルシャンに対して代金を支払う
  • これら一連の取引で養殖業者は架空の利益(とこれに基づく資金)を留保でき、その資金から滞留売掛金を支払う
  • メルシャンも架空の利益を積み上げ、事業部業績をかさ上げする

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取引図(メルシャン広報資料より)

当然ながら、メルシャンは架空の飼料をどんどん仕入れますが、利益をねん出するための架空取引ですので、架空在庫がどんどんたまってきます。また、養殖業者にも利益は確かに上がりますが、そもそも架空の取引を循環させているだけで実際にキャッシュが生まれているわけではありませんので、売掛金の滞留も解決はできません。

結局、不正な取引が隠し通せないほど積み上がったところでこの架空循環取引は発覚、公表されるところとなりました。

(発見・防止手法)

水産飼料事業部の工場は本社から離れた八代(熊本県)や宇和島(愛媛県)にあったため、そもそも目の届きにくい状態ではありました。とはいうものの、監査役と内部監査部長は、在庫の増加に疑念を持って工場を訪問しています

かしその際、結局は時間稼ぎや偽装によって確実な証拠をつかむまでには至っていません。しかも、それ以上追及することはなく、社長への報告もされていませんでした。
この点は本事例において大変残念な所です。

実はこの架空循環取引は、非常に発見が難しい不正であると言えます。在庫の増加に疑念を持っていた監査役や内部監査部長も、その原因である架空循環取引そのものに疑いを持っていたわけではありません。発覚して初めて、売掛金や在庫の異常な増加が不正な取引としてつながったわけです。

このような不正取引が発生する可能性があること、またそのような取引を許さない社風を社長以下醸成してもらうこと、また経理担当などから異常な財務数値などについて報告を受け、それを実地に調査する体制を整えること、など様々な方法を組み合わせて対処していく必要があります。