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コロナワクチンとリスクマネジメント

先日、新型コロナワクチンの2回目接種を終えました。
想定された通り若干の発熱など副反応は起こりましたが、大事に至ることなく終わりました。
変異種である「デルタ株」には効かないとか、ワクチン接種は危険だとかいう意見を散見しますが、今回はワクチンの説明とともになぜ私が受けたかを書いておきます。

1.感染症と統計学
世の中にはたくさんの病気がありますが、その中でも細菌やウイルスによって引き起こされる「感染症」は厄介です。これらは宿主の体の中で増えて病気を引き起こすだけではなく、さらに別のターゲットを目指して感染を広げようとするからです。
細菌やウイルスの病原性が強いほど危険かというと、生物的にはそうも言いきれません。
感染を広げるには、「生かさず殺さず」宿主に活動してもらって、どんどん広げてもらう方が良いからです。

感染の広がりやすさは、病原性の強さよりも感染力、潜伏期間(感染してからどれくらいで発症するか)によって変わります。極めて強い病原性と高い死亡率の「エボラウイルス」がそれほど広範囲に広がらないのに対し、人によっては無症状で終わる新型コロナウイルスが今回のような世界的な流行になった理由の一つはここにあります。

このような特徴を持つため、感染症の広がりを予想したり対策を採る際には、統計学をベースにした様々な「モデル」が採用されます。このことと、我々が採るべき「リスクマネジメント」が重要な関係を持つことは後述します。

2.ワクチンの働き
人の体はよくできていて、細菌やウイルスのような病原体が体の中に入ると、それらを異物として戦いながらそれらの特徴を覚えて体中に伝達し、次の機会に戦いやすくします。このような「免疫」という仕組みがあるので、一度感染症にかかった場合でも次はかかり難かったり、かかっても重症化しにくくなります。

ワクチンはこの「免疫」の仕組みを人為的に利用します。
後で説明する様々なしくみを使い、ワクチンはウイルスや細菌などの病原体に対する免疫を作り出します。この時重要なのは、自然に病気にかかった時と違い、病気の発症なく比較的安全に免疫を作り出す点です。人間世界に当てはめると、災害などの訓練を行うようなものと言えます。

3.ワクチンの種類

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厚生労働省「新型コロナワクチンQ&A」より

①生ワクチン
最も初期に開発されたワクチンです。
19世紀初頭、天然痘を予防するため、イギリスの医師ジェンナーが牛の天然痘である「牛痘」が乳しぼりをする人に感染した際の水疱液を人に注射したのが始まりです。
生ワクチンは病原性を弱めた病原体から作られており、接種することで実際にその病気にかからせ、退治することで強い免疫力を付けることを狙っています。しかし、病原体そのものであるためリスクは比較的高く、取り扱いには気を付ける必要があります。

②不活化ワクチン、組換えタンパクワクチン
病原体に感染力をなくす処理をしたり、病原体と同じ構成のたんぱく質を使う方法です。
これらは生ワクチンと違って「ホンモノ」ではなく1回接種しただけで十分で持続性ある免疫を得ることが出来ないため、安全性とのトレードオフとして通常は複数回の接種が必要となります。

③mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン、DNAワクチン、ウイルスベクターワクチン
さらに進んだものがこれらのワクチンです。
これらのワクチンは、ウイルスを構成するたんぱく質の遺伝情報を取り出し、これを人の細胞に伝えてウイルスと同じ特徴(但し病原性なし)を持ったたんぱく質を生成させる方法です。
mRNA、DNA、ウイルスベクターの違いは、この遺伝情報を伝える方法をそれぞれRNA(リボ核酸)、DNA(デオキシリボ核酸)、ウイルスとしていることによるものです。
mRNAは非常に壊れやすいため、温度管理が重要となります。mRNA方式の新型コロナワクチンが輸送や保存に冷凍庫を必要とするのはこれが原因です。

4.リスクマネジメント
前述の通り、感染症の広がりを理解する際には統計学的な考え方が大変重要です。
となると、これを予防する、抑え込むにも統計学的に考えなければなりません。

ここにリスクマネジメントの考え方が生きてきます。
リスクマネジメントは、「リスクをゼロにする」ことを目的としていません。
リスク(一般的には危険な事象)に対し、様々な対策を採ることで、それが具現化する可能性を減じて行き、最終的には許容できる範囲にまで弱めることを意味します。

新型コロナウイルスについては、いわゆる三密(密集、密接、密閉)を避ければ感染しにくいことがわかっていますし、マスク、手洗い、うがい、消毒など対策が感染リスクを下げることも明らかとなっていますが、感染の広がりを見ていると許容できる範囲までリスクを低減しているとはいいがたい所があります。

これに対し、ワクチンについては上記の対策に加えてさらに感染や重症化のリスクを下げる効果が認められています。ワクチンを接種することについては、新しく、急いで開発されたことなどに起因する様々な懸念や変異種への効果など懸念もありますが、当面は自身や周囲の感染リスクをさらに下げるため、必要ではないかと思って接種した次第です。

専門家でない私の目から見ても明らかに「デマ」と言える情報がSNSなどで流布されていますが、できるだけ冷静に判断し、何よりも自身や周囲の大切な人たちを守る行動をしたいと思います。

「何にでも入ってる」水晶振動子(クオーツ)の世界

スマホ、5G(第5世代移動体通信)、IoT(全てのモノをインターネットに繋ぐ)、自動運転、宇宙開発、といった最近注目されている多くのキーワード。
これらに共通して必須となる「部品」をご存知でしょうか?それは「水晶振動子(クオーツ)」です。
今回はこの「水晶振動子」について説明します。

高度な計算や電波による精密な通信を必要とする機器の場合、動作する周波数を厳密に「チューニング」する(合わせる)ことが必要となります。この「基準」となるのが水晶振動子なのです。

水晶振動子はもともと、ジャックとピエールのキュリー兄弟(ピエールは「キュリー夫人」で有名なマリー・キュリーの夫)らによって発明されたある現象(水晶に電圧を加えると変形する性質)とを基礎にしています。
水晶の小さな「かけら」に電極を付け、交流電圧をかけると非常に正確な周期で振動する(発振)電気出力が得られます。この振動は極めて正確なので、これを様々な基準として使用するのが水晶振動子の仕組みです。

この仕組みが最初に使われたのが、皆様もよくご存じの「クオーツ時計」ですね。
1950年代までは非常に大きかった水晶振動子を小型化し、腕時計サイズにまで組み込んだのが日本のセイコーです。この時計は非常に正確だったので、コストダウンが進んだ結果スイスの腕時計メーカーが軒並み衰退する(クオーツショック)という事態まで引き起こしました。

この水晶振動子、前述の通りありとあらゆる機器の中に組み込まれているため市場規模は年間3,220億円という大きなものですが、なんと世界における日本メーカーのシェアは50%近いそうです(「2017年水晶デバイス世界シェア推定」日本水晶デバイス工業会 調査研究委員会)

水晶振動子シェア
IoTは「全てのものがインターネットに繋がる」ことを意味します。
ということは、今までとは比べ物にならない数の機器(というより、シールやカプセルといった、小さなものにも設置しやすい部品)がインターネットに繋がることになります。そうなると、それぞれに内蔵される水晶振動子の需要も爆発的に増加することが見込まれます。

とはいえ、ブラウン管テレビが液晶テレビに、そして有機ELにとってかわられようとしているように、水晶振動子も未来永劫このままという訳ではなさそうです。
最近はMEMS(Micro Electro Mechanical Systems、微小電気機械システム)という、半導体の製造過程を応用した作り方で、同じように正確な振動を発生させる部品を作り出す方法も広がってきています。まだ水晶の方がコストが低かったり消費電力の面で有利な場合が多いのですが、周波数を容易に調整出来たり、電子回路への組み込みが容易といったメリットもありますので、今後改良により水晶を駆逐する可能性もあります。

このように、地味ではありますが水晶振動子などの市場は将来的にも大きく拡大が見込まれますし、発展の余地も大きいことから「次世代産業を支えるための技術」として日本のモノづくりの力が試される分野と言えます。

量子コンピュータは交響曲を作れるか

昨今AIやビッグデータなど、コンピュータを活用した新たなテクノロジーが花盛りです。
その中でも、大量の計算を必要とする分野については、コンピュータ技術の発展により急激な進歩が見られています。
スーパーコンピュータ解析を用いた地域限定の天気予報や、ビッグデータ解析による市場動向の調査といった分野はまさに良い例です。
しかし、このところさらに不連続な進化を可能にする技術開発が進んでいます。
その一つが「量子コンピューティング」です。
特に最近、Googleが研究の結果、「量子超越性」というブレークスルーを実現したかもしれない、という大きなニュースが話題となりました。
今回はこの「量子コンピューティング」について、技術や利用分野まで簡単にご説明します。

1.古典コンピュータ
現在「コンピュータ」と呼ばれる機械の原型ともいえる「ENIAC(エニアック)」は、アメリカで1946年に開発されました。
このコンピュータは、現代と違い真空管を使ったもので、大量の電気を使い、今とは比べ物にならない程低い計算能力ではありましたが、当時としては画期的なものでした。


プログラミングされるENIAC(WikiPedia)

ただこのENIAC、実は現在のコンピュータと違って内部計算には「10進法」つまり私たちが通常取り扱っている数字と同じ考え方が採用されていました。
これに対し、現在のコンピュータは、あとで説明する量子コンピュータなど特殊なものを除いて全て「2進数」で全ての数字を扱っています。

二進法とは、「0」か「1」だけを扱い2ごとに桁上がりをしていく方式で、たとえば
5=4+1→「101」
15=8+4+2+1→「1111」
といった形で数字を0か1かだけで表していきます。
なお2進法で数字を示した際の桁数を「ビット数」と言います。

この2進法、半導体を使った現在のコンピュータを作動させるには非常に良い方式だったのですが、計算が複雑になるにつれ、ビット数が急激に増えて計算能力をどんどん強化する必要がある、というデメリットが出てきました。
例えば、計算には電子の動き(すなわち電流)を利用しますので、一つ一つはわずかでも大量になればそれだけ電気が流れます。その結果熱が発生するのですが、最近のパソコンの心臓部(CPU)は高性能化のため回路が極めて微細化されているので、その小さな中に大量の電流が流れるとなると、大きな発熱量となります。この発熱量、面積当たりでみると「金属も溶けるほど」といわれており、冷却が大きな課題となっています。

このような現在のコンピュータは、量子コンピュータなど新世代の概念に対比して「古典コンピュータ」と呼ばれています。

2.スーパーコンピュータ
スーパーコンピュータも、本質的には「古典コンピュータ」と同じ「2進法」を基礎に持つコンピュータであるといえます。
このスーパーコンピュータは、その名の通り「スーパー」な計算能力を持ち、構造解析、有機化合物や高分子などの特性シミュレーション、天気予報や流体力学、ビッグデータ解析など大量の計算に特化した能力を持っています。

これらの計算方法には「スカラー型(計算を順次処理していくもの)」と「ベクトル型(一度に大量の数字=数列を扱い計算するもの)」がありますが、いずれも大量の計算処理をするために、前述の0と1でできた巨大なデータを高速に扱い続ける必要があります。

このため、スーパーコンピュータには一般的に大規模で安全な場所、大量の電力、そして十分な冷却施設(上で説明した発熱がさらに大きいため)が必要となり、結果として機材も運用コストも大変高額となります。私が大学で材料力学の研究をしていた30年前は、「〇秒〇円」といった料金や予算が厳格に定められており、誰もが使えるものではありませんでした。

これに対し最近は「並列コンピューティング」技術の進歩で安価なパソコンを連結することでスーパーコンピュータに近い性能を発揮できたり、クラウドを利用して誰でも安価かつ手軽にスーパーコンピュータを利用できたり(例えばエクストリームーD社)、といった環境の変化が見られます。
とはいえ、その背景にあるのは依然として「古典コンピュータ」の世界であり、複雑さが増すと計算量が飛躍的に増大してしまう、といった問題は解決されていません。

3.量子コンピュータ
そこで昨今脚光を浴びているのが「量子コンピュータ」です。
量子とは、元々物理学の世界で取り扱われていた概念で、「一つの物体」と「それに付随するエネルギー」別々ではなく、「粒子と波やエネルギーの性質を一緒くたにした超微小な単位」のことを言います。
私たちの目に見える物質は「そこにある」ことや「どれくらいの速度で移動している」といった状態が測定できるのですが、その物質が測定するための光の波長より小さくなると「だいたいどれくらいの場所」で「だいたいどれくらいの速度」くらいしかわからなくなり、何よりそれが測定ごとに異なってくる、といった不思議な現象を見せるようになります。

量子コンピュータは、こういった量子の特性を利用してしまう機械なのです。
コンピュータにおける一個の計算単位は、古典的コンピュータの場合「0か1」という2種の状態しかとり得ないのですが、量子コンピュータの場合、前述の通り測定ごとに様々な値を取ることになります。量子コンピュータにおけるこの計算単位を、量子ビット(quantum bitやQbit)と呼びます。

この量子ビットを組み合わせ、様々な計算結果を一気に計算してしまうことを可能にすることがポイントです。
量子力学においては、測定ごとに異なる結果が表れるため「パラレルワールドが無数に発生している」と論じる人もいますが、まさに量子コンピュータはその「パラレルワールド」を全て観察するための機械であるともいえます。

しかし、そんな多数の結果を一気に計算されても、どれが求めるべき結果であるか取り出すことが出来なければ単なるカオスとなってしまいます。

この点について、現在大きく分けて「量子回路(ゲート)方式」と「量子焼きなまし(アニーリング)方式」という2つの方式が採用されています。前者はどちらかといえば古典コンピュータに近いもの、後者は多数の組み合わせを一気に解くのに適した方式といわれています。
この量子コンピュータによる計算結果が、従来型のコンピューター(スーパーコンピュータなど)による「力技の多量計算」によって実現不可能な計算能力にまで達した状態を「量子超越性(りょうしちょうえつせい)」と呼びます。

4.量子コンピュータが活用される分野
量子コンピュータは、古典的コンピュータが不得手としてきた「多数の組み合わせ」を取り扱う分野において特に威力を発揮します。特に非線形問題と呼ばれる分野(1対1で結果が得られる線形問題と違い、ストレートに解が求められない複雑な問題)においては、古典的コンピュータが「モンテカルロ法」など一定の範囲制限を置いて計算回数を減じる妥協策を採らざるを得ないのに対し、量子コンピュータの場合、一度にいくつもの組み合わせを本当に解くことができ、このような問題の最適解へ早くたどり着くことができます。

たとえば、自動車のように多数の部品をいくつもの工程で組み立てるような製造の場合で、しかも複数の製品を同時並行で製造する最適な(物や人の移動を最小限にする)工場レイアウトを検討する場合、人間の能力や古典的コンピュータの場合は、一定の前提条件を置かなければいくつもの組み合わせを無限に計算する必要があり、非常に長い時間(数年~数百年)がかかって計算が難しくなってしまいますが、量子コンピュータの場合はこのような計算において数秒で最適解を計算してしまう場合があります。

また、量子コンピュータは自然科学(天気予報など)、AI・機械学習、ビッグデータ解析、金融、社会科学の分野においても最適解を探るのに適しています。
意外なところでは、量子コンピュータが普及すると「暗号が意味をなさなくなる」とも言われています。
暗号解読はまさに「多数の組み合わせ」計算の集合体ですので、量子コンピュータにとっては最も得意な分野なのです。

これをもっと拡大して考えると、ひょっとしたらいまだ世界に知られていない名曲や名作文学も、量子コンピュータで作成できる可能性もあるのです。
音楽や文学は、音符や文字を組み合わせた、言ってみれば巨大な暗号です。
聴いたもの、読んだものに感動を与える素晴らしい交響曲や小説を量子コンピュータがあっという間に創り上げてしまう、そんな時代が割と早くやってくるかもしれません。


ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」

無料で行う技術情報調査~特許情報プラットフォーム

中小企業が顧客から部品等の生産を受注する時、その最終製品のエンドユーザや技術情報を知っておくと、より良い品質の提供や、他の分野への転用など事業拡大の可能性が大きく広がります。

この記事は、普段私がお客様のために行っている、「公的な知財に関する情報を活用して低コストで効果的に調査する方法」をご紹介します。

1.技術情報調査の必要性
総務庁「事業所・企業統計調査」によれば、中小企業数(会社数+個人事業者数)は、約432.6万社です。全企業数に占める割合は99.7%(会社の割合は99.2%)です。

このような中小企業においては、大企業から部品等の生産を発注されることが多くあります。

そんな場合でも、知的財産や顧客情報をライバルから守るため、その部品がどのように使用されるか、また最終製品が何であるかを示されない場合が良くあります。

しかし、受注する側としては、生産する部品についての情報を詳細に知っておくことは、より良い品質を目指すうえで不可欠ですし、発注元に損害を与えない範囲で、同様の技術を他の顧客に使ってもらう事は事業の拡大につながります。

2.技術情報調査の方法
このような情報を探る方法はいろいろとあります。

顧客に聞く
顧客に直接「この部品の最終製品は何でしょうか?」と聞く方法です。
特に問題なく教えて頂ける場合もあると思いますが、一般的には知財保護やライバルからの防衛のため、教えてもらえない場合も多いと思います。逆に不審に思われることもあるかもしれません。また、顧客が顧客の発注元から情報を得ていない場合もあります。

市場調査を行う
市場調査会社はたくさんありますので、このような会社に調査してもらう方法です。
ただ、そのような調査は探偵仕事に近く大変難しいため費用は相当掛かりますし、十分な成果が得られない場合も少なくありません。

③WEB等で調査する
部品等の情報を基礎とし、WEB検索等で顧客や想定される需要先の情報をWEB等で検索する方法です。とはいえ一般のWEB情報には十分かつ正確な情報が掲載されていないことも多く、こちらも十分ではありません。

特許情報を検索する
国(特許庁)が提供する特許情報を使用する方法です。この情報データベースは、元々新たな発明や意匠、商標などを創出する際、先に出願されている権利等がないかを検索するために用意されているものです。しかしこれを上手に使うと、受注を頂いている部品がどのような用途に使われるかや、エンドユーザなどが探れる場合があります。

3.特許情報プラットフォームについて
特許庁は、平成11年3月より「特許電子図書館」(特許情報データベース)の運用を開始しました。この運営は平成16年10月から独立行政法人工業所有権情報・研修館が運営を受け継いでいます。そして平成27年4月から、新たな産業財産権情報の検索サービスとして「特許情報プラットフォーム」が開始されました。

このページのトップ画面は、以下のようになっています。

特許情報プラットフォームトップ画面

今、たとえばある部品の試作を打診されているとします。

その部品は「プラチナ」や「パラジウム」が使用されており、どうも「センサー」として使用されるらしいので、その用語を入れて検索します。

検索結果

すると、検索結果が下記の通り出てきます。

検索結果2

この中の一つを指定すると、こんな感じで情報が表示されます。

要約

特許は、一旦出願しても、全てが必ず特許権として認められる訳ではありませんが、出願されたものはこのように全て公開されることになっています。

もちろんこれらのリストで、簡単にエンドユーザや最終製品が分かることはありませんが、一つ一つ関係しそうなものを探っていくと、引き合いのある部品がどう使われるかのヒントが得られる場合があります。

特に、提示された図面は出願書類と共用している場合も多く、よく参考になります。
例えば、取引先から提供された図面と似た構成となっている図面が発見できれば、それは最終製品の可能性が極めて高いことになります。

また、これらで得られた情報を元に、WEB検索・論文検索などを組み合わせると、ちょっとした技術情報調査が行えることになります。

以上、ご参考になれば幸いです。

 

テクノロジーガバナンスのすすめ(三菱電機・神戸製鋼の不正について)

1.終わらない検査不正
三菱電機が35年もの長期間に渡って数多くの検査不正を行っていた事件は、社長が引責辞任する事態にまで広がっています。

しかしこのずいぶん前に、日産やスバルの検査不正、また大手鉄鋼メーカー神戸製鋼所が製品の検査データの改ざんを繰り返していた問題は「技術日本の危機」として非常に大きな問題となっていました。それにも関わらず連綿と不正を続けていたということは、企業としての姿勢やガバナンスに大きな問題があると言わざるを得ません。

今回は、三菱電機と神戸製鋼の事例を取り上げ、このような問題が技術という分野で起こった原因や、企業がとるべき姿勢について、代表の塩尻明夫が「公認不正検査士=経営・不正防止」「技術系工学修士=技術倫理」という両方の側面から述べたいと思います。

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2.三菱電機検査不正

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①不正の発覚
2021年6月30日、同社の長崎製作所(長崎県時津町)が製造する鉄道車両向け空調装置で、仕様書の記載と異なる検査手法を行った上、検査成績書に不正記載を行っていたことが明らかとなりました。 「社内調査で6月14日に発覚した」そうです。同時に、6月28日には鉄道車両用空気圧縮機に関しても同様の不正検査を行っていたことが判明しています。

②不正の手口
行われていた不正の手法は、以下の通りです。

・冷房や暖房の能力を検査する際、仕様と異なる温度や湿度などの環境条件で検査を実施
・必要な防水検査で、製造段階の検査結果を流用して完成品の検査を省略
・空調機器の過負荷、振動、絶縁抵抗、耐電圧などの耐性試験を低い水準で実施、結果を計算式で補正して検査結果に偽装
・寸法検査を実施せず、図面などから部品の寸法を足し合わせる等の計算により偽装
・モデルチェンジ機種について、前モデルの検査結果を流用
・これらについて検査成績書偽装された結果を記載

③不正の連鎖
同社グループにおいては、2018年に子会社(トーカン)で製造する新幹線車両にも使われるゴム製品や、2020年に本社パワーデバイス製作所で製造するパワー半導体製品で顧客と取り決めた新しい検査規格を使わなかった等の検査不正が相次いで発覚していたところです。
この2事件も、数年~十数年発覚せずに不正検査が続けられてきました。

これらの不正は「内部調査で発覚した」とのことですが、発覚している不正は全て明らかに手順を省いて工数を減らしたり、製造不良を見逃すために行われている単純な方法であり、一般的な定期内部監査があれば容易にわかることばかりです。

今回に限って発覚したのではなく、組織としてこのような不正を長年容認してきたグループとしての姿勢が問題ではないかと推察します。
本事件については、今後調査結果などが明らかになっていくと思いますので、注視しておきたいと思います。

3.神戸製鋼検査不正

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①事件の概要(調査報告書より)
2016年6月にグループ会社神鋼鋼線ステンレス株式会社で検査データの改ざん事件が発覚、2017年8月末にもアルミ・銅事業部門において不正な試験値の取り扱いが発覚、同部門で不適合品の出荷を停止しています。

②発生していた不正行為のあらまし(調査報告書より)
同社においても、寸法検査、耐性試験など機械的性質等の検査、一部の外観検査など、顧客との間で取り交わした必要な検査項目が実施されておらず、条件の異なる他のデータでの代替やねつ造などが行われていました。

また、顧客との間で取り交わした製品仕様(強度、伸び、耐力等の機械的性質や寸法公差等)に適合していない一部の製品につき、検査証明書のデータの書き換え等を行うことにより、当該仕様に適合するものとして出荷しています。

彼らはこれを「トクサイ」と呼んでいましたが、本来の「トクサイ(特別採用)」とは通常なら不合格品になるものを、取引先の了解を得て引き取ってもらう制度です。基準には元々余裕があるので「採用側が知っていれば」問題なく使用できるし、納期も守られ安く購入できるメリットがあるのですが、これを全く知らせることなく勝手に行っていました。

③原因とされている事情
この不正の原因とされているのは、調査報告書や新聞記事を参考にすると以下の通りと言われています。

・過度な業績主義と、収益評価に偏った経営と閉鎖的な組織風土
・バランスを欠いた工場運営(生産・納期優先の風土、人事が固定化された閉鎖的組織)
・不適切行為を招く不十分な品質管理手続(改ざん、ねつ造を可能とする検査プロセス、厳格な社内規格の形骸化と勝手トクサイを許す風土)
・契約に定められた仕様の遵守に対する意識の低下(品質に対する誤った自信に基づく仕様遵守意識の欠如、不適切行為の継続)
・不十分な組織体制(監査機能の欠如、本社による品質ガバナンス機能の弱さ、事業部ごとの縦割風土)
・鉄鋼業界統合による寡占化
・品質管理担当が製造部門長の下に置かれており、独立した品質管理体制が取れなかった

④神戸製鋼の不祥事歴と企業風土
残念ながら、神戸製鋼は今回の事件だけではなく、過去にも以下のような不祥事を起こしており、良い企業風土の醸成に努力しているかどうか、という側面において疑問が残ります。
(1)総会屋への利益供与(1999年)→亀高元吉相談役が引責辞任
(2)神戸・加古川製鉄所でのばい煙データ改ざん(2006年)
(3)日本高周波鋼業(グループ会社)による鋼材強度試験データ不正(2008年)→同社のJIS認証取り消し
(4)政治資金規正法違反(2009年)→会長、社長が引責辞任
(5)神鋼鋼線ステンレス(グループ会社)が検査データ改ざん(2016年)→同社のJIS認証取り消し、今回の事件の発端となった

4.テクノロジー面のガバナンスについて
昨今の上場会社は、会社法や内部統制評価・監査制度(いわゆるJSOX)などの制度及び運用強化によって経営管理や財務報告におけるガバナンスについては一定の改善が見られます。
しかしながら、テクノロジーの側面においては上記のような制度がある訳ではなく、旧態依然とした「技術者の論理」が残されているといってよいと思います。
この技術者の論理、基本的には極めてシンプルな「納期・品質・安全を守る、科学的事実は嘘をつかない(嘘をつくのは人間である)」といった考え方に尽きます。

これに対し、今後は技術系分野において「テクノロジーガバナンス」が必須であると考えます。
このテクノロジーガバナンスとは、技術面に係る倫理、統制、開示、保全を統合的に管理する考え方で、コーポレートガバナンス・CSRの一環として構築する必要があります。特に今後IoT、AIの急速な普及に伴い、この分野が極めて重要になると言えます。
このテクノロジーガバナンスを構成するのは、例えば下記のような概念です。

・技術者倫理
例えば、一般社団法人日本鉄鋼連盟が公表している「品質保証体制強化に向けたガイドライン」には「倫理」という用語がありません。また、神戸製鋼の企業倫理綱領にも、もっと大きい範囲だと日本機械学会の会員向け倫理規定にもテクノロジーガバナンスに関連した記載はありません。
今後は、テクノロジーの分野においても、広い意味での倫理概念を整備し、職業倫理として定着させていかなければ、技術分野でわずかに残ったアドバンテージすら我が国から奪ってしまうことになりかねません。

・技術系取締役への企業ガバナンス教育やMOT人材の採用
現在、技術系取締役は、「技術系プロパーの上がり役職」といった性格を持つことが多く、ガバナンスに関する教育はほとんど受けていません。
技術系取締役に、会社法を含む企業ガバナンスに関する教育を行うことや、MOT(Management of Technology、技術経営)に関する専門的素養を持つ人材を経営層(取締役、監査役)や内部監査部門に加えることが重要となります。

・内部統制の重要性
人材がそろっても、その目的に合致した内部統制の整備運用がなければガバナンスを強化することはできません。
どんな分野においても、組織における不正を防止するには内部統制が最も重要です。
技術面関する場合でもあっても、内部統制に必要な考え方は同一で、整備運用に関しては統制環境・リスクの評価と対応・統制活動・情報と伝達・モニタリングといった構成要素を意識しなければなりません。
例えば、統制環境の場合は正しい技術倫理観に基づくテクノロジーガバナンスの強化と、トップから末端までに至る構成員(技術系以外も含む)の技術倫理に関する姿勢となりますし、モニタリングに関しては技術系内部監査機能の充実等がこれに当たります。

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日本機械学会倫理規定 (抜粋)
前文
本会会員は,真理の探究と技術の革新に挑戦し,新しい価値を創造することによって,文明と文化の発展および人類の安全,健康,福祉に貢献することを使命とする.また,科学技術が地球環境と人類社会に重大な影響を与えることを認識し,技術専門職として職務を遂行するにあたって,自らの良心と良識に従う自律ある行動が,科学技術の発展と人類の福祉にとって不可欠であることを自覚し,社会からの信頼と尊敬を得るために,以下に定める倫理綱領を遵守することを誓う.

(綱領)12項目から抜粋
1.技術者としての社会的責任
会員は,技術者としての専門職が,技術的能力と良識に対する社会の信頼と負託の上に成り立つことを認識し,社会が真に必要とする技術の実用化と研究に努めると共に,製品,技術および知的生産物に関して,その品質,信頼性,安全性,および環境保全に対する責任を有する.また,職務遂行においては常に公衆の安全,健康,福祉を最優先させる.

3.公正な活動
会員は,立案,計画,申請,実施,報告などの過程において,真実に基づき,公正であることを重視し,誠実に行動する.研究・調査データの記録保存や厳正な取扱いを徹底し,ねつ造,改ざん,盗用などの不正行為をなさず,加担しない.また科学技術に関わる問題に対して,特定の権威・組織・利益によらない中立的・客観的な立場から討議し,責任をもって結論を導き,実行する.

4.法令の遵守
会員は,職務の遂行に際して,社会規範,法令および関係規則を遵守する.

5.契約の遵守
会員は,専門職務上の雇用者または依頼者の受託者,あるいは代理人として契約を遵守し,職務上知りえた情報の機密保持の義務を負う.

ランサムウェアなど迷惑メール、どう防ぐ?

メールを使うと必ず問題になるのが、望まない広告やいかがわしい内容が書かれた迷惑メールや、コンピュータウイルスが添付された危険メールです。
特に最近、「ランサム(身代金)ウェア」と呼ばれる手法が話題になっています。
本物と紛らわしいアドレスなどをクリックすると、使用しているファイルなどが全て暗号化されてしまい、身代金を払うまで解除されない、という犯罪行為です。
この手法で、アメリカにでインフラの天然ガス施設がストップしてしまう、といった大きな被害も出ています。

電子メールは現代のビジネスに無くてはならないものですが、他方このような迷惑な代物も呼び込んでしまいます。

この記事は、私の事務所を例に、どのような方法で防ぐことが出来るかをご紹介します。

1.電子メールのリスク
アメリカ民主党の大統領候補だったヒラリー・クリントン氏は、国務長官時代に、機密情報を含む可能性のある電子メールの送受信に私用電子メールアドレスを使用していた事実で批判の的になっています。この問題は、2016年米大統領選でドナルド・トランプ氏に敗れた原因の一つともいわれています。
​​​​​​​こういう概念自体が、いわゆる冷戦時代には考えられなかったことですね。

一般ビジネスの世界においても同じです。現在「会社の業務に電子メールを使用していない」という会社は、余程の理由がない限りもうほとんどないと思います。

ただこの電子メール、実はその成り立ちを原因として、元々あまり機密性が高くない仕組みを持っています。

例えば、特にセキュリティ上の配慮をしない場合、一定の知識を持った者が途中で傍受することが可能です。また、他人に成りすましてメールを送受信することもさほど難しい技術を要しません。

このような問題は非常に大きいものの、技術的専門性が高く「添付ファイルへのパスワード付加」などで対処も可能ですから今回は触れません。

普通のユーザーには、「迷惑メール」や「ウイルスメール」、「ランサムウェア」といった被害がもっと実務的に問題となるのではないかと思いますので、以下ご説明したいと思います。

 

2.迷惑メール
迷惑メールは、古いコメディ「モンティ・パイソン」の一コントから転じて俗に「スパム」と呼ばれています。

その概念は広く、単なる広告メールから、詐欺やアダルト目的などいかがわしい情報を送信するもの、またデマを次々に転送してばらまかせるものまで、多岐にわたります。

仮にメールアドレスを変更しても、どこからか不正に収集した個人情報を使って次々送信してくる、文字通り迷惑なメールです。

3.危険メール
危険メールは迷惑メールに含まれる概念です。
ただ、迷惑メールが単に不必要な情報を送りつけてくるのに対し、危険メールは受信した者やその周囲に明確な悪影響を与えます。以下のようなものがあります。

  • ウイルス添付メール…メールにコンピュータウイルス(悪意をもって動作するプログラム)が添付されており、添付ファイルを閲覧などするとコンピュータが感染してしまいます。
  • フィッシングメール…綴りは「Phishing」です。電子メールを介して偽のページなどに相手を誘導し、クレジットカード番号等の個人情報を聞き出す詐欺です。
  • ランサムウェア…パソコンのデータファイルを勝手に暗号化し、「解除して欲しくば金を払え」と脅迫する、一種のウイルスです。ランサム(身代金)の意味通りの目的で送られます。

大阪府警WEBより ランサムウェア「Wannacry」
大阪府警ページより ランサムウェア「ワナクライ」画面

4.日本の法律における規制
迷惑メールの規制に関する日本の法律としては「特定電子メールの送信の適正化等に関する法律」と「特定商取引に関する法律」がありますが、正直大きな効果を上げているとは言い難い状況です。

5.迷惑メール、危険メールへの対処
何もしない?
対処方法として「何もしない」方法もあり得ますが、ウイルス等のターゲットとなるパソコンで受信し、感染した場合には顧客企業へのウイルス送信元になったり、社内の機密文書が流出したりといった大きな被害が出かねません。
また、ランサムウェアにより重要なファイルが暗号化されると、全ての業務が止まってしまう可能性もあります。解除しようと身代金を支払うことは、犯罪者集団を助ける(金銭だけではなく、「どこどこも支払ったよ」という実績となる)ことにもなり大きな問題があります。

何らかの被害が出た場合には、対策を取っていなかった企業はその賠償などの責任を免れない可能性が高くなります。

ウイルス対策ソフトをパソコンにインストールして頻繁に更新している場合にはこのようなリスクは大きく減りますが、それでもランサムウェアや不要な広告などの「迷惑メール」は完全に防げません。

メールソフトで対策
この方法は、メールソフトにウイルス対策ソフトの機能を追加して、受信時に対策を取るものです。

メールソフトがメールサーバーに接続した際、受信するメール一つ一つを検査し、危険メールや迷惑メールと判断されたものは受信フォルダとは違う場所に「隔離」するか削除し、受信してしまうのを防ぐものです。

また、危険メールや迷惑メールと判断されたメール送信元を登録し、次回からはその相手からの受信自体を拒否するという方法も採ります。

ただ、この方法はそれぞれのパソコンに適切な設定を行っておく必要がありますし、ユーザーが別のメールソフトを使っていたり、機能を無効にしていた場合には動作しません。また、誤って拒否すべきメールを受信してしまう場合も多くあります。

メールサーバーで対策
この方法は、メールサーバーそれ自体が危険メールや、迷惑メール隔離機能を持っているものです。

メールサーバーが危険メールや迷惑メールの特徴を記録した膨大なデータベースを持っており、人工知能等も利用して、サーバー側で迷惑・危険メールをブロックします。

現在、大手インターネットプロバイダはおおよそこの機能を備えたメールサーバーを提供しています(OCNの例 https://support.ntt.com/ocn/support/pid2900000s5y)。

OCNの場合、危険メールや迷惑メールのブロック率はほぼ100%で、また誤ってブロックしたケースもほとんどありません。加えて、1週間に1回、どのようなメールがブロックされたかのリストを送ってきますので、誤って重要な連絡をブロックされてしまうことはほとんどありません。

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「迷惑メール自動判定(無料)」と「迷惑メールブロックサービス」(OCN)

コストや使い勝手を考えると、③に②を組み合わせる方法が最も効果的なのではないかと考えます。

④メールを使わない(ビジネスチャットツールの利用)
前述の通り、メールはそもそもインターネットの黎明期に学術的な発想で生まれた手法です。
メールはインターネットを構成する回線やサーバ中を転送され、多くが暗号化されずにのぞき見が可能な状態となっています。
また、メールを多く使われる方はお分かりと思いますが、多数の同報送信、「cc:」や「Bcc:」といった補助送信先が含まれたメールのやり取りが多く繰り返されると、議論がどうなっているかわからないことも多くあります。そのようなメールに、共同作業のファイルが添付されていたらどのファイルが正しいバージョンかもわからなくなります。

このような状況を解決するため、多くの企業でメールの使用をやめる意思決定がなされ、その代わりに「チャットツール」と呼ばれるコミュニケーションツールが台頭しています。

現在多く使われているチャットツールは、下記のようなものです。

  • Slack(スラック)
  • Chatwork(チャットワーク)
  • Microsoft Teams(マイクロソフトチームス)
  • LINE Works(ラインワークス)

これら以外にもチャットツールがありますが、ビジネスに利用する場合にはできるだけ利用者の多いものにすることや、無料であるからといってセキュリティレベルの不明なものなどを使わない、といった一定の配慮は必要です。

弊所は、耕夢システムの一部である「Chatter(チャター)」を利用しています。
このChatter、セールスフォース社が提供しているのですが最近上記のSlackを買収したとのニュースが流れ、これらの勢力図がどうなるのか興味ぶかい所です。

 

「ダビンチ」の特許切れとその影響(特許法の意義)

皆さん、「ダビンチ」という製品をご存知でしょうか。
あの「レオナルド・ダビンチ」ではありません。
1999年にアメリカのIntuitive Surgical社が開発・発売した手術支援ロボットのことです。
高精細な内視鏡と、精密かつ動きの自由度が高いボットアームを組み合わせ、手術医師の操作を忠実に、しかし細密化して人間以上の手術を可能とする画期的な機器です。
1台1~2億円と非常に高い機器ですが、その効果は絶大です。
日本においても2000年に最初の導入がなされてから、公的保険の対象となったことで順次利用が増加し、現在は数百の病院で利用されています。

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「ダビンチ」実機(Intuitive社資料より)

私も病院で現物を拝見したことがありますが、異様な風体とは裏腹に人間ではとてもできない正確かつ細かい、自由度の大きい動きは「さすが」と思わせる迫力がありました。

さて、このIntuitive社が持つ特許は数千件に上りますが、これらの特許が数年前から期限切れを迎えています。

ほとんどの特許は発売までに出願を終えているはずですから、20年(通常の特許期限)を超える今年にはほぼ全ての特許が期限切れとなっている訳です。

これらの特許に関する情報は、図面や技術詳細とともに公開されています。
このため、特許の期限切れとなった今後は誰でもその技術を参考にして同様の製品を作ることができるのです。
ニュースに出ているだけでも、以下のような開発が進められているとのことです。

  • 川崎重工業と医療機器メーカーのシスメックスが共同出資し設立したメディカロイド:今年8月に厚生労働省から製造販売承認を取得し、国産初の『手術支援ロボット』ヒノトリを発売すると発表
  • 東京工業大学発のスタートアップ「リバーフィールド」:ロボットアームの駆動システムに空気圧を使用し、「手で触れている感覚」を伝える『手術支援ロボット』エマロを開発中
  • 米ジョンソン&ジョンソン:AIに強い米アルファベット(グーグル)と共同開発中

そうなると、発明したintuitive社は、せっかく特許をとっても意味がない、損じゃないか?と思うかもしれません。
実はここに、特許法の大変重要な意義が見えてくるのです。

特許が「発明で大儲け」の為にあると思われることが多いのですが、本質的な目的は違います。 特許法が冒頭の第1条で、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする」としている通り、特許はまず産業の発達を目的としているのです。 このため、特許の権利者はもちろん一定期間保護されるのですが、その代わりに特許の基本となった技術を世界中に公開しなければなりません。公開と保護を組み合わせることで、産業の発達を促進するのです。

今回のケースは、革新的な技術で世の中を変えた「ダビンチ」が、発明者に利益をもたらすと同時に産業や医療といった世の中を良くする力をもたらした、という特許法の考え方をストレートに示した事例だと思います。

なお、日本の特許庁は特許や実用新案、意匠、商標といった知財を自在に検索できるシステム(特許情報プラットフォーム)を公開しています。

また、上記の記事に関連して、弊所ブログ「医療行為は特許が取れない」も是非ご覧ください。

医療行為は特許が取れない

iPS細胞等再生医療や遺伝子治療、AIの活用など、最近は特に画期的な治療・診断方法や手術手法がいくつも開発されています。また、新型コロナウイルスに対する治療法やワクチンの開発が全世界で急速に進められています。

これらは難病に苦しめられているたくさんの患者さんを救うことができる反面、医療業界における大きなビジネスチャンスであるともいえます。そのため、大手企業も小規模ベンチャーも、こぞって医療に関する分野のビジネス化を進めています。

どのようなテクノロジーでも、ビジネス化を進めるうえで特許は避けて通れない権利保護の方法ですが、今の日本において「医療行為」は特許をとることができません。この点についてご説明したいと思います。

1.医療行為と特許
現在のところ、医療行為(治療方法、診断方法、手術方法など)については、特許が取れないこととされています。その理由は以下の通りです。

①医療行為の研究開発は、純粋な医学の研究としてなされ、特許制度によるインセンティブ
付与のニーズが高くない
②医学研究はそもそも営利目的にそぐわない
③医療行為は医薬品、医療機器等に比較して緊急の対応が求められる場合が多く、特許権者
の承諾がなければ実施できない場合危険である

ただ、医療行為に対する特許は法律で禁じられている訳ではなく、特許法29条が定める「次に掲げる発明を除き」特許を受けることができるという除外規定を用いて特許審査基準を定め、医療行為に関する特許出願がなされても「拒絶査定」を下すことにしているだけなのです。

2.特許の取れない医療行為とは
その審査基準(特許・実用新案審査基準)には、特許の取れない医療行為として下記のようなものが定められています。

①手術方法…外科的手術方法、採血方法、美容・整形のための手術方法、手術のための予備的処置など
②治療方法…投薬・注射・物理療法等の手段を施す方法、人工臓器・義手等の取り付け方法、風邪・虫歯の予防方法、治療のための予備的処置方法、健康状態を維持するためにするマッサージ方法、指圧方法など
③診断方法…病気の発見等、医療目的で身体・器官の状態・構造など計測等する方法(X線測定法等)、診断のための予備的方法(心電図電極配置法)など

3.諸外国の制度
では、これらの点は外国においてはどのようになっているでしょうか。欧州と米国の例を挙げます。

欧州
従来は日本と同様、産業上の利用に当たらないことを理由に医療行為に関する特許申請は拒絶されていました。これに対し、TRIPS協定(知的財産に関する国際条約)との整合性を高めるため2000年にこの制度を改め、医業は産業としつつも医療行為は不特許事由に該当することを明記しました。

米国
不特許事由に関する規定は存在せず、医療行為にも特許を付与し、医師の行為にも特許権は原則として及ぶような規定とされています。しかし、近視手術の方法に関する特許権に基づいて1993年に提起された特許権侵害訴訟を契機として1996年に法改正が行われ、医師等による医療行為は「差止・損害賠償の請求の対象から除外される」ことを明文化しました。
一方、その除外の例外として、バイオテクノロジー特許の侵害となる方法の実施などについては、医師の医療行為としての実施であっても特許権者の差止・損害賠償の請求権が及ぶこととしました。

4.今後について
iPS細胞等再生医療や遺伝子治療、AIの活用など、最近は特に画期的な治療・診断方法や手術手法がいくつも開発されています。これらは難病に苦しめられているたくさんの患者さんを救うことができる反面、医療業界における大きなビジネスチャンスであるともいえます。そのため、大手企業も小規模ベンチャーも、こぞって医療に関する分野のビジネス化を進めています。

このような状況においては、冒頭で述べたように「医療行為は特許不可」という一律の対応であると不十分であり、産業の発展にも良い影響はありません。

そのため、産学両方からこの取扱いを見直すよう意見が出され、実際に特許庁でも医療行為に特許権を付与することや、特許権を付与した場合、実際の医療現場における医師の医療行為に権利行使すること等の是非について検討がなされています。

 

 

どこにいても位置が分かる「GPS」とは

皆さんが毎日使うカーナビや携帯に必ず入っている「GPS」。
いつどこにいても、正確に場所やルートを教えてくれる便利な機械です。
これがなければ、現代人はほとんど何もできないと言っても過言ではないかもしれません。
このGPSについて、歴史や原理を簡単に説明します。

1.GPSのしくみ
GPSは「グローバル・ポジショニング(全地球測位)・システム」の略です。
昔から、自分のいる位置を知るには太陽や星の位置を観測する方法を用いることが一般的でした。
大海を往く船乗りはこの方法に長けていたと言われています。
※余談ながらその正確性を担保するために発達したのが正確な時計を作り出す技術でした。

これに対し、GPSは全く違うアプローチで正確な位置を割り出します。
まず地球上にいくつも人工衛星を打ち上げ、その人工衛星がまんべんなく地球の周りを周回するように配置しておきます。
そのうち1つの人工衛星と、位置を測定したいものの距離を正確に測ります。そうすると、人工衛星から地球までその距離を満たす場所は「円形」となるはずです(図の左側)。
ここにもう2つ衛星を加え、それぞれの距離からできる円形を合わせると図の右側のようになり、その円の交わりの中心部が正確な位置、ということになります。
この「正確な距離」を測るのは非常に難しいのですが、人工衛星に極めて正確な時計(原子時計)を搭載し、計測端末との時間差を計算、光の速度を利用することで距離を割り出しています。

なお端末側に原子時計を搭載する訳にはいきませんので、実際には第4の衛星を利用し、正確な時間を補正することで位置を計算しています。
また、携帯やカーナビで地図上に位置を示したり、最短ルートを計算したりする機能は、GPSの応用分野の一つです。

GPSの仕組み
図 GPSの仕組み

2.GPSの歴史
アメリカは、旧ソビエト連邦と長い冷戦時代において、戦略的に航空機や船舶の位置を正確に把握しておく必要がありました。また、巡航ミサイルを正確に誘導するための手法も求められていました。
このため、米国は1973年GPSシステムの開発をスタートし、1990年代から運用を開始しました。
日本においてもこれらを民生用に利用する開発が同時期にスタートし、カーナビや携帯への搭載が始まりました。私が就職活動をしていた1990年代初頭、ソニーの研究所で研究者の皆さんからこの驚くべき技術の説明を受けたことを今でも鮮明に覚えています。
民生用の利用が同時にスタートしたことでもわかる通り、このGPS、衛星からの電波が受信できれば誰でも正確な位置が計測できてしまいます。これを敵国やテロリストから悪用されることを防ぐため、米国(国防総省管轄)は民生用電波を遮断したり、送信するデータの精度をコントロール(落とす)ことができるようにしています。

3.新しいGPSシステム
各国のシステム
米国はいち早くGPSという画期的なシステムを開発、運用を開始し、米国外を含む民間でも利用可能となりました。このことは世界中に革新をもたらしたのですが、システムの根幹を米国が握っており、精度などをコントロールできることから、米国と競争する分野を持つ国は独自のGPSシステムの開発を急ぐこととなりました。
現在、米国GPS以外には下記のようなシステムが運用されています。
・ロシア…GLONASS(ГЛОНАСС、グロナス)
・中国…BeiDou(北斗、バイドゥ)
・欧州…Galileo(ガリレオ)
・インド…NAVIC(ナヴィック)

準天頂衛星システム「みちびき」
単純なGPSは、いくら精度を上げようとしても数m~10数mの誤差が発生してしまいます。これは、衛星の電波を受信する角度が浅ければ浅いほど精度が落ちることによるものです。
これを補正するため、3機程度の衛星を特殊な軌道に乗せ、常にどれかの衛星が天頂(真上)方向にある状態を作り出して精度を補完するのが準天頂衛星システムです。

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「みちびきの軌道」内閣府 宇宙開発戦略推進事務局

我が国は現在(2019年現在)、このシステム「みちびき」4機の衛星で運用し、1m程度の精度を実現しています。
これが7機体制(2023年めど)になると、米国のGPSが停止したり精度を落としても、独立して我が国での運用が可能となると言われています。
また、これに地上基地局(電子基準点)を利用し、数センチメートル以下の精度を実現する手法も運用が開始されています。
我が国以外にも、このような補完システムは米国(WAAS)、欧州(EGNOS)、インド(GAGAN)、ロシア(SDCM)、中国が運用しています。

4.GPSの今後
このように非常に便利なGPSシステムですが、精度が上がると下記のような分野で大きな発展がみられると期待されています。
・災害対策
・自動車の自動運転
・航空機や船舶、鉄道の高精度自動操縦
・建設、土木の自動化、効率化、高精度化
・農業の自動化、効率化
・ドローンとの組み合わせによる三次元測量
・5G通信・IoTとの組み合わせによるビッグデータ解析

 

世界を変える「全固体電池」

皆さんは「全固体電池」という言葉をご存知でしょうか?

昨今、世界の自動車メーカーが「EVシフト(電気自動車への移行)」を進めています。
この電気自動車において技術の要となる「バッテリー」の分野で、今大きな技術革新が起きようとしています。
それが今回ご説明する「全固体電池」です。
この全固体電池、電気自動車の性能を飛躍的に高め、一気に主役に躍り出る可能性があります。
日本が現在リードするこの技術についてご説明します。

1.EVシフト
世界の自動車メーカーが進める「EVシフト」。
昨年にはトヨタがEVの車載用電池で世界最大手の中国・寧徳時代新能源科技(CATL)や比亜迪(BYD)、東芝、GSユアサなどと協業すると発表しました。
また、現在世界第2位の自動車市場であると同時に最悪といってよい大気汚染に悩む中国は、既に自動車メーカー各社に対して2019年以降、電気自動車(EV)を中心とする「新エネルギー車」を一定割合で生産・販売するよう義務付ける新規制を公表しています。
そして、なんと1社の時価総額で「日本の上場自動車メーカーの合計」を超えてしまったEVメーカーの米テスラが、コストの3割を占めるとされる車載電池を自社生産し、生産コストをほぼ半減させてガソリン車より安いEVを開発する目標を掲げました。
今後、電気自動車が急速に主流となるのは間違いありません。

2.EVの特性と問題点
さて電気自動車の性能を決めるのは、大きく分けて下記の3要素です。
①モーター(出力や消費電力)
②バッテリー(航続距離)
③車としての基本性能(ハンドリングや乗り心地、安全性)
このうち③については既存の自動車メーカーが連綿と積み上げたものがありますからよいのですが、①や②についてはまだまだ改善すべき問題があります。

特にバッテリー容量については、飛躍的に増やすことがこれまでなかなかできず、電気自動車は航続距離が極端に少ないのが悩みの種でした。
また、バッテリーの安全性や充填(充電)時間などもまだ内燃機関車(ガソリン・ディーゼル)やこれらをベースにしたハイブリッド車にかなわず、さらにバッテリーの劣化(使用を続けると性能が低下する)もあって実用性は極めて低いものと言わざるを得ませんでした。

3.全固体電池の特徴
固体の電解質
全固体電池とは、現在普及しているリチウムイオン電池の問題を解決するため、リチウムイオン電池で用いられている電解質と呼ばれる液体を固体化したものです。リチウムイオン電池の場合、充放電時には電極間をリチウムイオンが移動するのですが、全固体電池は固体の中をイオンが移動します。
なんだか固体の中は移動しにくいイメージがあるのですが、特殊な硫化物を使用することで、液体の電解質と同等かそれ以上の伝導性を持たせています。

p2[1]
NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)
「従来のリチウムイオン電池と全固体電池の構造の比較」

飛躍的な性能向上
全固体電池は、理論的にはエネルギー密度(質量当たりの充電量)をリチウムイオン電池より高くできる可能性があります。また、固体電解質や電極の性質から充電時間が数分程度(リチウムイオン電池は数十分~数時間)と、ガソリンスタンドでの給油並みに短くできる可能性があります。
また、別の大きなメリットとして安全性があります。リチウムイオン電池と比べ、燃えにくく液が漏れず、劣化によるショートなどが発生しないという、人の命を預かる自動車にとって非常に重要な安全性を備えることができると期待されています。

課題
開発の第一人者である大阪府立大・辰巳砂昌弘(たつみさごまさひろ)教授によると以下のような点が解決すべき課題とのことです。

  • 硫化物を基礎とした固体電解質は大気に対して安定せず、水蒸気を含んだ空気に触れると硫化水素が発生して危険である(製造場所を乾燥させる必要がある)
  • 充放電時には電極が膨張・収縮するため、固体である電解質が電極に十分接触する方法を考える必要がある
  • 硫化物に代わる酸化物固体電解質の研究

4.日本の役割
この全固体電池の開発は日本が圧倒的にリードしているとのことですが、欧米や中国でも急速に開発が進んでいます。特に米国や中国は、日本と異なり巨大な市場と比較的緩やかな規制を基礎に、自動運転のような実証実験を行うのに有利な環境にあります。このため、現在優位にある日本もうかうかしていられません。
現在のペースで開発が進めば5年で実用化できるとの見込みだそうですが、おそらくもっと早い完成や普及が実現されるのではないかと考えています。

100879359[1]
NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)
「EV用バッテリーの技術シフトの想定」より