月別アーカイブ: 2021年5月

病院と内部統制(医療法改正に関連して)

上場企業に対して平成20年4月から導入された「内部統制報告・監査」の制度や、平成18年から施行された会社法は、公認会計士の業界に「内部統制バブル」とも呼ばれる活況を呼びました。
内部統制システムを構築するためのアドバイスや、内部統制報告書の監査のため監査法人の業務は大幅に増えましたし、監査法人から独立してコンサルタント会社を設立するケースも多くありました。

それから10年以上経過した現在、内部統制という言葉は「監査コスト増」「内部統制報告書が不適正」とか、「重要な不備があった」といったマイナスイメージを持つものとなってしまいました。
しかしこの内部統制、実はその特性から、地方自治体、病院、社会福祉法人など非営利や公的な分野においても有効であり、また制度上も内部統制の整備が必要な状況となってきました。

今回は、病院における内部統制を例にとって、その概要と注意点をご説明します。

 

1.病院と内部統制

500床を超える病床数を備える大病院の場合、医・看護・薬局や事務局等非常に多くの役職員が従事する組織となるため、その組織管理を適切に行うことは、管理者の重大な責務となります。このような組織管理を考える際、「内部統制」は組織管理を考える際に重要かつ不可欠な概念となります。

内部統制を活用した組織管理手法は、一般的に株式会社などの営利企業の、しかも財務報告に関する分野に適用されることが多いですが、大病院等の医療機関も大企業と同様、職能別、階層別に組織化された存在であることに変わりはありません。このため、医療機関の特性に留意しながら、医療機関においても内部統制を導入することは、組織管理を適切に行うための手法として十分に有効です。

しかしながら、医療機関における内部統制は、その特性から一般の企業とは適用する目的や利用する構成要素が異なる場合もある点に十分な注意が必要です。

また、平成27年の医療法改正において、一定規模以上の医療法人に対して、公認会計士・監査法人による会計監査を受けることが義務付けられました(改正医療法第51条及び第70条の14)。
この「公認会計士等による外部監査」によって、おいては、監査の実施や意見に内部統制の整備状況が大きな影響を与えることが予想されており、この点でもますます重要性が増しています。

 

2.内部統制の説明

1992年にCOSO(「コソ」と読みます。トレッドウェイ委員会組織委員会の略称)が公表した「内部統制の統合的枠組み(COSOフレームワーク)」は、元々1980年代前半に発生した多くの企業の経営破綻が端緒となっています。

1985年にアメリカ公認会計士協会(AICPA)は、アメリカ会計学会、財務担当経営者協会、内部監査人協会、全米会計人協会に働きかけ、「不正な財務報告全米委員会(The National Commission on Fraudulent Financial Reporting)」(委員長J.C.Treadway, Jr.の名前を付してトレッドウェイ委員会)を組織しました。

このトレッドウェイ委員会は、多方面にわたる検討を行って1987年に「不正な財務報告」と題するレポートを公表し、不正な財務報告を防止し発見するためのフレームワークとその方策を勧告しました。この勧告においては、内部統制の重要性を指摘し、特にその評価に関する基準の設定ついて言及したことから、同委員会内に、内部統制のフレームワークを提示することを目的として、前述の組織委員会が組織されたのです。

このCOSOフレームワークは、内部統制は、事業体の取締役、経営者およびその他の構成員によって、以下の範疇に分けられる目的の達成に関して、合理的な保証を提供することを意図して、事業体の取締役、経営者およびその他の構成員によって遂行されるプロセスであると説明しています。

  • 業務の有効性と効率性(業務活動)…組織の業務が目的通り、効率よく実行されるか
  • 財務報告の信頼性(財務報告)…組織が公表する財務情報が正しいか
  • コンプライアンス(法令遵守)…組織が全体として法令等を遵守しているか

またCOSOフレームワークは、内部統制が下記の5つの要素から構成されていると説明しています。

  • 統制環境…組織の風土や経営者の姿勢など
  • リスクの評価と対応…組織が抱えるリスクの認識や対応
  • 統制活動…内部統制を有効にするため実際に行われる活動
  • 情報と伝達…組織内外におけるコミュニケーション
  • モニタリング…活動が適切に行われているかを確認

これらの内部統制を整備し、その整備状況についてテストやその評価を通じて問題点を認識し、さらにレベルの高い内部統制を整備していくというPDCAサイクルを繰り返すことで、そのような組織においてもその運営レベルを大きく改善することが可能になります。

 COSOCUBE
COSO Cube

3.医療機関の特殊性と内部統制

医療機関は、株式会社等一般的な営利企業と違い、下記のような特性を持っています。

  • 経営者を頂点とした組織体制から生まれるトップダウン性と、医療等の現場における活動から行われるボトムアップ性が組み合わされた組織構造
  • 職制の大きな違い(医療、看護、事務等)によるローテーション、部門間コミュニケーションの難しさ
  • 医療行為、医薬品の取り扱いや医療保険制度(患者から直接ではなく、医療保険などから大部分の診療報酬が支払われる)を中心とした業務の特殊性、複雑性
  • 委員会(様々な目的を持つ横断的組織)の存在
  • 医療法等法令に加え医の倫理に基づくコンプライアンス意識

これらの特性を端的に表す組織図の事例を以下に掲載します(WEBページで公表されているもの)
一般的な会社と似たトップダウンの組織の他、各種の委員会が設置されていることがわかります。
これらの委員会における活動によって医療法人の方針を決まることが多くあります。

組織図医療法人藤井会 北河内藤井病院 組織図

http://www.kitakawachi.fujiikai.jp/guide/organization.html

医療機関の内部統制、リスクマネジメントを検討する際は、少なくとも上記のような特性を理解した上で行う必要があります。このような特性を考慮して、内部統制の目的や構成要素を当てはめると、下記の通りになります。

内部統制の目的と医療

  • 業務の有効性と効率性(業務活動)
    病院の業務(診療行為や購買、総務、財務、経理等)が適切に行われ、また効率的に実施されているか
  • 財務報告の信頼性(財務報告)
    貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書、財産目録といった、病院に必要な財務書類が正しく作成されているか
  • コンプライアンス(法令遵守)
    医療法、薬事法といった法令を遵守するだけではなく、医療における倫理についても正しい姿勢を保つ必要があります。また、労働基準法、税法といった医療以外の法令についても、医療機関の特性に留意しつつ遵守する必要があります

内部統制の構成要素と医療

  • 統制環境
    病院における経営者(社員、評議員、理事会、理事長など)の姿勢、病院における組織風土など
  • リスクの評価と対応
    医療におけるリスクマネジメント(医療安全対策)、周辺業務におけるリスクマネジメント
  • 統制活動
    事故防止活動などのチェック体制、診療報酬授受・購買等財務活動に係る承認体制
  • 情報と伝達
    医療事故、点数改定等医療に係る情報の収集、研修会や委員会活動など
  • モニタリング
    医療安全管理体制、事務手続等に関する検査や内部監査

 

以上、大変簡単ですが医療機関において内部統制がどのように適用されるかを説明しました。

倒産しないために~資金繰(しきんぐり)の重要性と便利なツール

「企業経営には資金繰りが重要」とよく言われます。

「資金繰り」とはその名の通り「資金のやり繰り」のことですが、これはなぜ企業経営にとって重要なのでしょうか。

この記事は、そのような疑問について「黒字倒産」といった言葉を例にして解明し、資金繰りの重要性や難しさを理解頂くとともに、私どもの事務所で使用している便利な資金繰り管理ツールについてご紹介します。

1.黒字倒産って?

「黒字倒産」という言葉をご存知でしょうか?

文字通り、「事業が黒字なのに倒産する」ことを言います。

この黒字倒産、実はそんなに珍しくないのです。

売上は順調に上がっているのに、取引先が経営不振で入金が遅れたり、ひどい場合は貸し倒れにより回収できなくなり、仕入や給料、その他経費のための支払、借入の返済などが出来なくなってしまう状態がこれに当たります。

このような状態を俗に「資金ショート」と呼びます。

逆に赤字であっても、何らかの形で資金が手元にあって、必要支払額に足りる状態が続けば絶対に倒産とはなりません。

このように、「資金が足りていること」は、事業にとって極めて重要な条件なのです。

 
日銀ページより

2.資金は多ければよいか?

では、資金が足りている状態を続けるためには、どのようにすればよいのでしょうか?

自己資金が年間売上高の何百倍もある場合ならともかく、通常事業は最小限の資金で行われます。

その理由は「資金調達コスト」があるからです。

自己資金だけで足りない部分を銀行など借りた場合、その借入金には金利がかかります。

余分に借りておけば資金は余るほど足りる状態が続きますが、その余分な部分にまで金利が発生し、損になってしまいます(昨今の低金利状況だとあまり差はないかも知れませんが)。これが資金調達コストです。

ギリギリの資金で事業を運営することは、資金調達コストを最小化することにもつながります。

 

3.多すぎず、少なすぎず~資金繰り管理の勧め

では、ギリギリの資金で、しかも資金ショートを起こさないようにするには、どうすればよいのでしょうか?

それが「資金繰り管理」です。

つまり、これから一定期間内にどれくらいの入金があり、どれくらいの支出があるかをシミュレーションし、足りなくなる可能性が高い場合には資金を調達し、幸い余りそうな場合には返済を増やす、などのコントロールを行うのです。

この資金繰り、一般的には「月次(ひと月ごとに入金と出金を合計でチェック)」しているケースが多いのですが、最も効果的なのは「日繰り表」、すなわち毎日の入出金を厳密に予測して行う方法です。

日繰りの資金繰り管理を厳格に行い、それにもとづいた資金コントロールを行っている場合、よほど事業自体が傾いているのでなければ倒産する可能性は極めて低くなります。

一般の事業はもちろんですが、民事再生手続中のように、入金・出金のタイミングやバランスをシビアに調整しなければならない状況においては、資金繰り管理の重要性は格段に上がります。

 

4.資金繰り表作成ツール

とはいえ、日繰りの資金繰り表を作成するのは非常に難しく、知識と経験、そして手間の必要な業務です。

というのも、日繰りの資金繰り表を作成するためには、資金繰りそのものや簿記の知識、そして事業の入出金予定などを把握しておかなければならないからです。

また、日繰り表は原則として毎日更新しなければ正しい予想ができませんので、非常に手間もかかります。

ということで、これまで一般企業や病院、また通常営業状態から民事再生中まで、多くの企業等を見てきましたが、この日繰り表を機動的に正しく作れる担当者様はあまり多くなかったように思います。

そういう状況を改善するため、私どもの事務所は「日繰り資金繰り表」作成ツールを開発し、お客様を中心にお使い頂いています。

特徴は下記の通りです。

  • 現金、預金等複数の決済勘定科目に対応
  • 一定時点から半年までの日繰り表が、開始日付を指定するだけで自動的に作成される
  • 「定時支払マスター」により、家賃や借入返済など定期的な項目を一度に設定可能
  • 毎月変わる入金や支払いは「個別入出金マスター」に設定(式や別表により、一定の法則を持たせることも可能)
  • 金融機関休日を判定し、保守的に「入金は休日後」「支払は休日前」として自動的に調整(設定変更可能)

このツールはこれまで経営再建中の方を中心にお使い頂いていましたが、「資金繰り管理の実務経験がない方」でも、少しの練習で精密な資金繰り管理が可能となり、非常に大きな成果を上げています。

このツールは原則として私どものお客様に限定して使用しておりますが、会計事務所様、法律事務所様、金融機関の皆様には一定の使用方法説明後ご提供も可能です。

銀行担当者をして「こんなツールは見たことない」と言わしめる優れものですので、経営者や資金繰りに関わる方は是非ご検討下さい。

税務調査を不正対策に利用する

1.はじめに
新聞報道などで良く知られるように、税務調査で不正が発覚するケースは非常に多くあります。今回は、それはなぜかを制度から解き明かすと同時に、「積極的な利用の方法」について説明いたします。

CFE(公認不正検査士)が行う不正への対応は、時間的、費用的、また人的問題や法に基づく制約が多く、どのようなシチュエーションでも難しいものです。この原因の一つは、警察などと違って「強制力がないこと」にあります。

これに対し税務調査は公権力によって行われますから、この点において監査や不正調査とは全く異なる強力な手法であると言えます。とはいえ、税務調査が目的とするところは監査や不正調査のそれとは全く異なります。従って、「利用」と言っても、単純な話ではなく、それぞれの本質的違いを理解しなければなりません。

しかし逆に、そのような違いを理解し、実務を少し経験すれば、通常の不正対応において望むことのできない強力な力を得ることが出来るのです。

経理部門や会計士、税理士、弁護士など会計、税務、法律に携わる業種に限らず、取締役や監査役、内部監査部門など、内部統制の重要な部分を構成する方々全てにとって有用なお話になれば幸いです。

2.税務調査とは
1)税務調査がなぜ行われるか
法人税、所得税、相続税など主要な税法は「申告による課税制度(申告納税制度)」を採っています。このような申告納税制度の下においては、納税者が自ら申告書を作成し、この申告書に基づいて納税することになります。この場合、納税者全員が正しい知識と納税意識に基づいて申告・納税をするなら良いのですが、間違いや不正などの可能性は否定できません。このため、何らかの方法で「申告された内容が正しいかどうか」を確認する制度が必要となります。この目的を達するために存在するのが税務調査という制度です。

この税務調査を行う際、一般的には、原則として納税者の同意を得て行う、いわゆる任意調査が実施されます。しかし不正等により故意に脱税をする者には、税額を正すだけではなく刑事責任を追及するため、犯罪捜査に準ずる方法で調査する場合があります。これが査察調査(いわゆる「マルサ」)です。査察調査の結果いかんによっては、検察官に告発し、公訴に至ることがあります。

job_zeimusyo_chousa

2)税務調査でなぜ不正が見つかるか
①税務調査と監査、不正検査との比較
税務調査で不正が見つかる理由を考える前に、税務調査と監査や不正検査とを比較し、共通点や相違点を探ってみます。

次の比較表は、「公認不正検査士マニュアル」に記載されている「監査と不正検査の比較」をベースに、税務調査に関する部分を加筆したものです。

 表 監査、不正検査、税務調査の比較

 

監  査

不正検査

税務調査

実施時期

周期的
(
四半期、決算期など)

非周期的
(
不正発生時)

非周期的
(
但し一定の法則あり)

範囲

業務全般
(
会計中心)

特定の不正疑惑
(
あらゆる領域)

税に関する領域

目的

意見表明

責任の所在特定

適正な申告・納税

問題点の扱い

依頼主への報告、開示

依頼主への報告、司法

税法に基づく処分

網羅性

リスクアプローチ
に基づく範囲

対象不正疑惑の
全て

実務上問題と
されない

相手との関係

非対立的
(
強制性なし)

対立的
(
強制性なし)

対立的
(
正当理由なく拒めず)

方法論

監査技術

不正検査技術

税務調査技術
(
職人的部分あり)

仮説の根拠

職業的猜疑心

具体的証拠

具体的証拠と経験

コスト要求

高い

依頼内容による

低い

 

②具体的な税務調査手法
それでは、実際の税務調査がどのように行われるかについて、法人税の任意調査を例に簡単に説明します。

法人税の税務調査は、主に以下のような論点をターゲットに行われます。

  • 売上除外など収益の計上漏れ、計上時期のずれ
  • 経費水増しや架空計上、計上時期のずれ
  • 棚卸資産など、貸借対照表項目の過少計上(簿外資産の有無)
  • 税制上の特例など、適用要件あるものの実態調査

そして、その際取られる手法は、おおよそ以下のようなものです。

  • 分析的手法より、実証手続に徹底してこだわる(白色申告の推計課税を除く)
    →「現地、現実、現物」の確認
  • 仮説検証アプローチ
    但し、その仮説は後述する資料や経験に基づくものが多く、職人的。性悪説に基づく。
    この点、「リスクアプローチ」の概念はまだ完全に取り入れられていない感がある。
  • 非財務分析・内偵
  • 非財務数値との比較分析や内偵(現金商売に対する場合が多い)など。
  • 反面調査 非常に強力な手法であるが、あくまで任意の調査手法の一つ
  • 尋問手法 世間話から徐々に会社概況や業務の内容に移行し、資料や他の証言との矛盾を探る手法。

③資料収集
不正調査は「初動」が重要ですが、理想的には「不正調査が必要となった時点で確定的な情報、証拠が手元にある」場合には効果的な調査が可能となります。ただ、そんな都合の良い状況を一般の不正調査業務で実現することはほぼ不可能です(この意味で、GoogleやFacebookのような会社が不正調査ビジネスに進出すれば、事の是非はともかく非常に面白いかもしれません)。

ところが、税務署にはその「都合の良い理想」があるのです。これを資料収集制度と言います。税務署は普段から様々な情報を集め、既に膨大なデータベースを手元に確保しているのです。この収集方法で代表的なものが、「取引資料せん」、「調査時の資料収集」です。

まず「取引資料せん」とは、特定期間の特定取引(売上、仕入、外注費、諸経費など)について、取引先の住所、氏名、取引年月日、取引金額、支払先の銀行口座、取引内容などを記入した情報を収集するものです。これは税務署が納税者に「任意」での協力を依頼し、提出を受けることになっています(法定外資料に分類されます)。

後者「調査時の資料収集」は、税務調査で訪問した先で収集した取引記録です。税務調査の過程を注意深く見ていると、自らの税務調査とあまり関係がなさそうな取引まで便箋にメモして帰ることがあると思います。メモしている内容は上の「資料せん」と基本的に同じです。

これらの情報は全て国税局のコンピュータ(国税総合管理システム KSK)上にデータベース化され、各税務署で利用可能な状態となっています。例えば、沖縄で収集された資料に北海道の事業者との取引があれば、北海道の調査官がその資料を調査時に利用できる訳です。架空経費など、不整合を生む初歩的で単純な不正は、この収集した情報で比較的簡単に発見できます。

3.不正調査・防止への活用
1)税理士とのコミュニケーション
このように、税務調査は不正調査と非常に似ており、また一般的な不正調査においては権限上得難い情報も利用できます。となれば、冒頭で述べた通り、税務調査において不正が発覚しやすいことも理解できます。

しかし、税務調査で発覚している不正は、金額的な重要性の少ないものを含めると実は氷山の一角なのです。調査官は不正の調査を主眼としている訳ではありませんから、増差(税額が増える論点)以外は原則として立ち入らず、その場の注意で済ませてしまう事も多くあります。税務調査件数にもノルマがありますから、自分の仕事に効果が少ない論点に正義感をもって立ち入るより、次に進んだ方が楽な訳です(実際、いわゆる「良い税理士」はこの落としどころを探り、税務調査におけるクライアントの負担を軽くするよう努力します)。

しかしこれを不正調査の観点から見ると、非常に大きな問題があります。不正は「税額を増やす」という論点において重要性が無くても、粉飾やコンプライアンス、レピュテーション上の大きな問題となる場合があります。また「網羅性」にさほど重点を置いていない税務調査でたまたま発覚したということは、ハインリッヒの法則(「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する」という経験則)から見ても重大な問題が隠れている可能性があるのです。

また、会社側で税務調査を担当するのは経理担当者や社長など経営者自身であることが多く、これらの問題が自らに関係する場合には、当然隠蔽の意思が働きやすくなります。

このような問題に対しては、税務調査に関しては内部監査担当者や監査役が進捗や発見事項を把握してくことが重要です。税務調査担当職員や顧問税理士とコミュニケーションを取ることはもちろん、税務調査日程や調査官との面談、調査への立会、報告会への同席など、表に出ない問題点を闇に葬らせない牽制が効果的であると考えます。

2)税理士法33条の2書面、意見聴取制度の高度な利用
税理士法第33条の2に規定された「書面添付」制度は、申告書を作成するに当たって計算した事項等を記載した書面(添付書面)を税理士が作成した場合、当該書面を申告書に添付して提出した者に対する調査において、税務調査の通知前に、添付された書面の記載事項について税理士が意見を述べる機会を与えなければならないという制度です。

実務を踏まえて簡単に言いかえますと、「調査に入る前に、税理士が申告書の内容(主に適切に作られているかどうか)について意見を述べ、事前に調査の要点について議論、結論まで出すことが出来る」というものです。また場合によっては調査そのものが省略される場合もあります。

この制度が素晴らしい所は、「この意見聴取段階で結論の出た項目については、もしその後調査を開始したとしても一切触れられることがない」という点です。

このような点を税理士と連携して上手に活用できれば、「当局との意見の相違が問題となりやすい税務スキームなどは調査の対象から外し、経営者自身も気づいていない誤りや不正を税務調査の過程で発見する、あるいは発生しないよう牽制する」といった非常に高度な利用をすることも可能です。

私も実際このようなケースをいくつか経験していますが、先に述べたような強制力や資料収集力を持った税務調査が不正対応に与える影響は絶大なものがあります。

税理士法33条の2書面については、こちらのコラム(「税務調査を受けない方法」)を参照

4.税務調査による不正発覚事例と分析
1)架空循環取引
日本公認会計士協会 会長通牒平成 23 年第3号「循環取引等不適切な会計処理への監査上の対応等について」は、循環取引について「経営者、あるいは特定の事業部門責任者等により意図的に仕組まれる為、正常な取引条件が整っているように見える場合が多い」と述べ、下記のような特徴を持っていると説明しています。

  • 取引先は、実在することが多い。
  • 資金決済は、実際に行われることが多い。
  • 会計記録や証憑の偽造又は在庫等の保有資産の偽装は、徹底して行われることが多い。

この会長通牒でも述べられているように、架空循環取引は非常に巧妙に正常取引を偽装しており、一般的なリスクアプローチに基づく監査によって発見することには限界があります。また、平成25年に発表された「不正リスク対応基準」でも、架空循環取引への対応は「取引先企業の監査人との連携」が必要であるとして継続審議となっています。

しかし、税務調査は前述の「反面調査」や「資料せん」、そして取引内容や債権債務、棚卸資産などに関する質問により、架空循環取引から生じるわずかな不整合を見出す可能性を持っています。

循環取引は一種の粉飾ですから税務調査において主眼とすべき論点ではありませんし、監査と同様発見それ自体は難しいものです。しかし調査の過程においてその兆候が出ることも多く、調査官と会社担当者間のやりとりを十分に把握しておくことが重要です(調査による発見・摘発は難しくても、不正リスク評価上重要な情報の得られる場合があります)。

事例:広島ガスグループ架空循環取引(税務調査での発見事例)[PDF

2)資産の流用、横領

  • 旅行会社の架空請求書、領収書(出張日報とは合致)
  • 領収書がコクヨ(会社名、住所、電話番号記載あり)であった点について注目
  • 会社名を検索しても出ず、電話番号は生きているが電話は着信しない

結局このケースにおいては、出張のハシゴや安宿の利用によって節約した旅費と、架空旅費の差額を横領していました。

一般的に、税務調査において「コクヨ領収書」や「手書領収書」など、調査官が経験上疑問を持つ証憑類はよくピックアップされます。

ところが、税務調査の実務上は、他に大きな論点があった場合にはこのような論点が「口頭での注意勧告」にとどまることが多く、闇に葬られる場合も多くあります。この点からも、できれば調査の過程を把握しておく必要があります。

3)テレビ朝日社員が1億4千万円流用
テレビ朝日は2013年11月20日、外部の制作会社に架空の業務費などを請求させ、番組制作費合計約1億4100万円を着服したとして、プロデューサーを11月19日付で懲戒解雇したと発表した。同局によると、2003年11月~2013年3月までの10年間に亘り、伊東は制作会社3社に架空計上や水増しした業務代金を請求させ、同局から支払われた番組制作費を私的な国内外への旅行費用や服飾品購入に使用して、制作会社1社には見返りとして現金数10万円を渡していたという。 2013年8月に東京国税局の定例税務調査で発覚し、同局が内部調査を進めていた。本人は私的流用を認め、返済も始めているという。(以上WikiPediaより)

以上

土地再評価法の会計・税務処理(金融機関、上場会社向けマニアック論点)

平成に入ってから、日本の銀行はその直前まで野放図に広げていた過剰融資がバブル景気の崩壊の直撃を受け、破壊的なほどの体力低下を招いていました。
また、MOF担問題や総会屋に対する利益供与事件など、コンプライアンス意識の低下や不透明な融資体制、護送船団方式による国際競争力低下などにより、銀行業界自体が非常に大きな危機に立たされていました。
政府は平成8年に「金融制度改革(金融ビッグバン)」を提唱、また独占禁止法の改正により銀行持株会社の設立を可能として銀行業界のてこ入れを図りましたが、それをあざ笑うように平成9年には北海道拓殖銀行と山一證券が、平成10年には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が破綻してしまいます。
さらに長引く不良債権の処理によって銀行の自己資本比率は悪化し、上記のような経営破綻も影響して、日本の銀行が海外から資金を調達する際には、他国の銀行より上乗せした金利(ジャパン・プレミアム)を支払わなければなりませんでした。

今回ご説明する「土地再評価法」は、このような状況を打開しようと打ち出された様々な政策のうちの一つです。
しかし、残念ながらその拙速さと政府・会計・税務という本来密接に連携していなければならない分野の断絶で、少々奇妙な問題が起こっています。
今でもかなりの企業(金融機関や上場会社等)でこの問題は内在していますので、大変マニアックな話で恐縮ですが是非ご一読ください。

なお、直近(2020年末現在)の税制や手続の改正を織り込んだ補足も末尾に追加しておりますので、関連される方は最後までお読みください。

tatemono_jutakugai

0.はじめに
改正土地再評価法(土地の再評価に関する法律の一部を改正する法律)とは、平成10年に交付された土地再評価法(土地の再評価に関する法律)が改正されてできたものです。改正前と異なり、当所の金融機関だけではなく一定の条件を満たす一般事業会社についても再評価が利用可能となっています。この再評価により、計上された差額金は自己資本に組み込まれ、(見かけ上)自己資本比率の向上によって経営体力が強化されることとなります。

具体的には、
・評価差益部分(税効果部分を除く)を資本準備金として取扱う
・この差益部分を自己株式の償却に限定して使用を認める

という内容となっております。この法律は平成13年3月30日までの時限立法であり(*)、配当可能利益等の計算においては再評価差額金を控除することとなっています。

(*)再改正により、この期限が1年と1日延長され、平成14年3月31日までとなっています。また同時に、適用対象法人の範囲について「証券取引法に基づき公認会計士監査が義務付けられているが商法上の大会社に該当しない会社」が追加されています。

なお、この改正土地再評価法についての会計上の取扱いは、「土地再評価差額金の会計処理に関するQ&A」(最終改正平成18年7月19日)等において発表されています。今回のコラムもこの取り扱いを参考に作成しています。

ところが、この法律に従った再評価を行った後、再評価の対象となった土地の売却が発生した場合、その会計及び税務処理にいくつか疑問が浮かびました。以下、その疑問と結論についての仮説、当事務所の現状の取り扱いを説明します。(注:過去掲載記事の加筆修正版です)

 

1.会計処理
再評価時点において、「帳簿価額:100、時価:150」となっている土地があるものとします。

この場合、改正土地再評価法に従えば、以下のような仕訳となります(実効税率を40%とします)。

(借) 土   地 50 (貸) 繰延税金負債(負債の部) 20
再評価差額金(資本の部) 30

利益処分計算書を経由せずに資本の部に再評価差額金が計上される点においては、新金融商品会計におけるその他有価証券の資本直入法と同一です。但し、改正土地再評価法の場合、その他有価証券の時価評価差額と違って期首における戻入は行われません。なお、上記の繰延税金負債は、他の繰延税金負債と区分して計上することが要請されています。

この差額は土地に係る評価差損益ですので、法人税法上は課税の対象とはなりません(法人税法25条、33条)。また、この差額は損益計算書を経由していないため法人所得に影響しませんから、税務上の調整は必要無いものとされています。この時点で、会計上の土地簿価は150、税務上の土地簿価が100となり、会計・税務の間に差額が発生します。税効果部分が計上されるのはこれが理由です(日本の税効果会計が資産負債法を採用しているため)。

では、この土地を170で売却した場合にはどのような仕訳となるでしょうか。これを上記の「土地再評価差額金の会計処理に関するQ&A」に従って処理すると、下記の通りの仕訳となります。

(借) 現金預金 170 (貸) 土   地 150
土地売却益  20
繰延税金負債  20 法人税等調整額(損益)  20
再評価差額金  30 再評価差額金取崩額  30

 

2.税務処理
さて、このままの土地売却益を課税所得としますと、課税されていない評価差額の部分だけが税務上過小となってしまいます。このため、何らかの形でこの部分を課税所得に加算する必要が出てきます。ここで、上記の「再評価差額金取崩額」を「損益計算書項目」として扱うか、「剰余金修正」として扱うかが問題となります。

損益計算書項目として扱った場合、上で述べたような加算は既になされたことになりますので、申告調整は必要ありません。しかし、剰余金項目で取り扱う場合、税務調整(具体的には別表4で所得に加算)を行う必要があります。

前述のQ&Aにおいては「再評価後においては、改定後の帳簿価額が会計上の帳簿価額として位置付けられているため、改定前の帳簿価額に関連する土地再評価差額金の取崩額は、当期純利益(損益計算書)には反映されず、その他利益剰余金(株主資本等変動計算書)に直接計上されることとなります。」とされているため、日本の会計基準としては剰余金処理が正しいとされていることになります。

さて剰余金修正として取り扱った場合には、上記の通り税務調整が必須となります。ところが、この場合の加算項目を「流出項目」として扱うと、利益積立金項目に矛盾が発生します。そうかといって「留保項目」として扱うと、利益積立金の項目に同じ金額が計上され、このまま永久に残ることとなります(取引の元となった土地が既に外部に売却されているため)。

3.解決法とあるべき処理について
これらを検討した結果、従来当法人は現時点においては以下の通りの解釈を持って実務上の取り扱いとしていました。

  • 再評価差額金取崩額の加算は絶対に必要→別表4にて所得加算(少なくともこれで脱税にはならない)
  • 別表4上は留保項目で処理、別表5(1)において、利益積立金の「増」として処理(※1)
  • 利益積立金上残存する矛盾を解決するため、同時に、別表5(1)において貸借逆の同額を「当期利益処分による増減」欄に記入(※2)

これは単につじつまを合わせるための方策ではなく、(税務上も会計上も)利益処分によらず積み立てられていた土地再評価差額金を利益処分により取り戻したことから、(少なくとも税務上は)当該部分について行われるべきであった利益処分を実施した、との考え方によるものです。

(追記)この点について最近(注:令和2年8月時点)大阪国税局の担当官と議論した所、上記※2の処理を行わず、※1の調整額を別建てで「土地再評価差額金調整額」等として処理し、会計と税務の差異をそのまま残存させて欲しいとのお話がありました。これは、平成18年5月1日以後終了事業年度の法人税申告書からは※2を処理するための欄(当期利益処分による増減)が廃止され、当該処理を行うと国税庁のシステム側でエラーチェックにかかってしまうようになったからだそうです。
ということで、当該会計・税務の差異により発生する差額は、結局法人が存続する限り持ち越されることとなってしまいました。

なお、上記の問題点は、減損の場合にも同様に発生します。 再評価土地を保有する法人の場合、当該土地に何らかの動きがある場合には必ず特殊な税務調整が必要になる、とお考えになった方が良いようです。

この非常にマニアックな論点についてご質問がございましたら、当事務所までお気軽にお問合せ下さい。

以上

倒産したら事業年度に注意?

1.「倒産」とは?
「倒産」という言葉を聞かれた場合、皆さんはどのような印象を持ちますか?
一口に「倒産」と言っても、実は様々な種類があるのです。
倒産は大きく分けて「私的整理」と「法的整理」に分けることが出来ますが、この違いは「倒産手続に関して専門の法制度が用意され、裁判所が関与するか」にあります。
法的整理が、細かい手続きに至るまで専用の法令で定められて裁判所が関わるのに対し、私的整理は債権者・債務者間における取り決めを元に手続きを進めます。

またこれらをさらに細かく分けると、私的整理には、自主廃業、清算といった方法が、また法的整理には特別清算、民事再生、会社更生、破産といった方法があります。

上記に加えて、「手形の不渡り」(振り出した手形が資金化できなかった)が発生したことを倒産と呼ぶ場合もあります。実際この不渡りを2回出してしまうと銀行と取引ができなくなるため、事実上倒産と同じ状態になるためです。

さて、普段から企業再生に関わる皆様の場合はこれらの違いを理解されていると思いますが、一般の事業会社の場合、経理部の方でもその区別がついていない場合があります。ですので、「取引先がつぶれました」という表現での連絡を受け、「どんな手続きを使った倒産ですか?」と聞き返すことも多くあります。

kaisya_tousan

実はこの「倒産手続」、その後手続きを進めるにあたって必要となる「事業年度(会計年度)」の考え方がそれぞれ大きく異なるのです。
今後、ひょっとしたら倒産が増加するかもしれません。
前向きな事業再生を目指す手続きの場合には復活するまで正しく会計手続きも気を付けなければなりませんので、経営や会計、金融に携わる方は是非「倒産と事業年度」の考え方を知っておいて下さい。

2.法人税と事業年度
①基本
さて、「事業年度」とは何でしょうか。
簿記を勉強した方なら「会社などの会計をまとめる期間」で「通常1年間」であるということをご存知と思います。
このため、会社について多くを定めている「会社法」には「事業年度」という用語が多用されています。
しかし驚くべきことに、「会社法」には「事業年度」に関する定義が存在しないのです。

では事業年度とは一体何をよりどころにすればよいのか?
実は「事業年度」に関する定義は「法人税法」に定められているのです。

法人税法第十三条
この法律において「事業年度」とは、法人の財産及び損益の計算の単位となる期間(以下この章において「会計期間」という。)で、法令で定めるもの又は法人の定款、寄附行為、規則、規約その他これらに準ずるもの(以下この章において「定款等」という。)に定めるもの(略)

このことから、通常の会社はその会社の定款(ていかん。会社を運営していく上での基本的規則を定めたもの)に定めた事業年度が採用されます。

②清算&特別清算
清算とは、会社が本来の活動を停止(解散)した上で、資産や債務の精算・資本の払い戻しなどの為に行われる手続きを言います。この清算が完了(結了と言います)すると、会社は「清算結了」登記を行って消滅します。
この清算は、残余財産がなければ行うことが出来ません。もし債務の方が財産より多い場合、債権者の中には十分な弁済を受けることが出来ない者が出てきます。このため、その弁済手続きの公平を期すため「特別精算」という手続きを地方裁判所に申し立てることになります。

さて、現在会社に適用されている「会社法」は平成18年に定められましたが、その前は「商法」に会社に関する法令が含められていました。
その「商法」には、実は「解散」後の事業年度に関する規定が無かったのです。
このため、実務上は法人税法に規定されている「みなし事業年度(解散の日で一旦事業年度が終わり、その翌日から元の期末日までがもう一つの事業年度となる)」に関する規定が設けられていたのでこちらを適用していたのです。

(みなし事業年度)
法人税法第十四条
次の各号に規定する法人((略))が当該各号に掲げる場合に該当することとなつたときは、前条第一項の規定にかかわらず、当該各号に定める期間をそれぞれ当該法人の事業年度とみなす。
一  内国法人(連結子法人を除く。)が事業年度の中途において解散(合併による解散を除く。)をした場合 その事業年度開始の日から解散の日までの期間及び解散の日の翌日からその事業年度終了の日までの期間(略)

これに対し、平成18年の会社法施行後は、「清算事務年度」という1年にわたる期間が定義され、事業年度として適用されることとなりました(会社法494条)。これが①で説明した「法令で定めるもの」となり、解散の場合も①で説明した法人税法第13条が適用されることとなったのです。
この結果「解散時点で一旦区切り」までは以前と同様ですが、その後の事業年度は「解散の翌日から1年ごと」に変わりました。

(貸借対照表等の作成及び保存)
会社法第四百九十四条
清算株式会社は、法務省令で定めるところにより、各清算事務年度(第四百七十五条各号に掲げる場合に該当することとなった日の翌日又はその後毎年その日に応当する日(応当する日がない場合にあっては、その前日)から始まる各一年の期間をいう。)に係る貸借対照表及び事務報告並びにこれらの附属明細書を作成しなければならない。
(略)

③破産
会社の破産とは、債務超過で弁済ができなくなった会社について、裁判所の破産手続開始決定に従い、裁判所が選任した破産管財人の管理の下、財産を処分、税金や賃金等の優先的債務を返済した後の残余資産を債権者に配当することで、会社を清算する手続を言います。
倒産に関する法制で最も厳しい手続であると言えますが、その分迅速かつ確実・公平に整理を進めることが出来るため、著しく財務状況が悪化した会社にはよく使われる方法です。

さてこの破産に関する手続きを定めた「破産法」には事業年度の定めがありません。
このため、破産の場合には関係する法令を参考に事業年度をどうすべきかについて検討する必要があります。

まず、破産手続の決定により解散すると、その日をもって一旦事業年度を区切ります(法人税法基本通達1-2-9)。
ここまでは前述の「解散」と似ているのですが、「破産手続開始の決定により解散した場合」には、会社法上「清算すべき場合」から除外されているのです(会社法475条1号括弧書)。このため、破産手続の開始決定が会社は「清算株式会社」とはならないのです。
そうなると、会社法が改正される前の事業年度の考え方と同じで、事業年度開始日~破産開始日、及び破産開始日の翌日~事業年度終了日が事業年度となり、その後は破産手続が終結するまで定款に定められた事業年度が続くことになります。

(株式会社等が解散等をした場合における清算中の事業年度)
法人税法基本通達1-2-9 株式会社又は一般社団法人若しくは一般財団法人(以下1-2-9において「株式会社等」という。)が解散等(会社法第475条各号又は一般法人法第206条各号《清算の開始原因》に掲げる場合をいう。)をした場合における清算中の事業年度は、当該株式会社等が定款で定めた事業年度にかかわらず、会社法第494条第1項又は一般法人法第227条第1項《貸借対照表等の作成及び保存》に規定する清算事務年度になるのであるから留意する。(平19年課法2-3「三」により追加、平20年課法2-5「三」により改正)

(清算の開始原因)
会社法第四百七十五条
株式会社は、次に掲げる場合には、この章の定めるところにより、清算をしなければならない。
一  解散した場合(第四百七十一条第四号に掲げる事由[合併]によって解散した場合及び破産手続開始の決定により解散した場合であって当該破産手続が終了していない場合を除く。)(略) 

④会社更生法
会社更生法第1条には、「窮境にある株式会社について、更生計画の策定及びその遂行に関する手続を定めること等により、債権者、株主その他の利害関係人の利害を適切に調整し、もって当該株式会社の事業の維持更生を図ることを目的とする」と定義されています。
この会社更生法、破産のように会社を壊してしまうことはないのですが、それに近い強力な手段をもって債権債務の調整(減額など)を行います。

この会社更生法に基づく更生計画開始の決定がなされた時には、前述の清算と同様、その時点から更生計画認可の時までを1事業年度とします。
但しそれが1年を超える時は1年ごとに区切ることになります。

(法人税法等の特例)
会社更生法第二百三十二条
(略)
2  更生手続開始の決定があったときは、更生会社の事業年度は、その開始の時に終了し、これに続く事業年度は、更生計画認可の時(その時までに更生手続が終了したときは、その終了の日)に終了するものとする。ただし、法人税法第十三条第一項ただし書及び地方税法第七十二条の十三第四項の規定の適用を妨げない。

⑤民事再生法
民事再生法第1条には、「経済的に窮境にある債務者について、その債権者の多数の同意を得、かつ、裁判所の認可を受けた再生計画を定めること等により、当該債務者とその債権者との間の民事上の権利関係を適切に調整し、もって当該債務者の事業又は経済生活の再生を図ることを目的とする。」との記載があります。

なんとなく会社更生法と似ていますが、実際の手続は大きく異なります。
破産手続に近く、様々な手続きが厳格な印象のある会社更生法に比べ、民事再生は少しばかり柔軟んで、私的整理に近い印象です。
両社の違いを人間に例えると、会社更生法はICU入院(意識なしで生死をさまようレベル)、民事再生は通常の入院(治るまで通常の生活は出来ないが、意識もあり治療が可能な状態)、と言えるともいます。

さてこの民事再生手続ですが、認可決定されたとしても「会社法上解散していない(あくまで会社としては引き続き機能している)」状態になります。また民事再生法には事業年度の取り扱いがないため、事業年度が変化しないのです。

3.消費税と基準期間
①基本的な考え方
通常、会社の消費税は事業年度に合わせて計算されます。ところが、消費税の計算においてはその計算期間だけではなく「基準期間」という考え方が非常に重要となります。
この基準期間、一般的には事業年度の2期前のことを言いますが、この基準期間における課税売上高の多寡によって、今計算している年度の消費税の取り扱いが大きく変わってきます。

どのように変わるか、については、現在の制度が大変複雑なので別の機会に譲りますが、とりあえず「2期前の数字も大事」とご理解下さい。

また消費税法には事業年度の単独定義は存在せず、法人税法の定義を参照しています。

消費税法第2条
十三 事業年度 法人税法 (昭和四十年法律第三十四号)第十三条 及び第十四条 (事業年度)に規定する事業年度(国、地方公共団体その他これらの条の規定の適用を受けない法人については、政令で定める一定の期間)をいう。
十四 基準期間 個人事業者についてはその年の前々年をいい、法人についてはその事業年度の前々事業年((略))をいう

②1年に満たない事業年度がある場合(破産など)
さて、通常通り1年の事業年度が続いている場合には特に難しいことはないのですが、解散や破産などで「1年未満の事業年度」が発生した場合、基準期間の計算は少しややこしくなります。条文の規定は下記の通りです。

消費税法第2条
十四 基準期間 (略)法人についてはその事業年度の前々事業年度(当該前々事業年度が一年未満である法人については、その事業年度開始の日の二年前の日の前日から同日以後一年を経過する日までの間に開始した各事業年度を合わせた期間)をいう。

要するに、基準期間が1年以上になるよう、前の期間も合わせなさい、ということになる訳です。

3月決算の会社が2020年9月末に破産を申し立てた場合の例を書いてみます。

  • 当事業年度 :2021年4月1日~2022年3月31日(A)
  • 前事業年度 :2020年10月1日~2021年3月31日(B)
  • 前々事業年度:2020年4月1日~2020年9月30日(C)←1年未満
  • 前々々事業年度:2019年4月1日~2020年3月31日(D)
  • 当事業年度の2年前の日の前日:2019年3月31日
  • 上記以後1年を経過する日:2020年4月1日

→当事業年度の基準期間は、(C)+(D)、すなわち2019年4月1日~2020年9月30日となります。

以上

相続放棄って何?

相続や相続税と同様、皆さんが割と耳にすることのある「相続放棄」。
実はこの言葉、結構誤解されていることが多いのです。
この記事は、相続放棄の意義とその効果、そしてどんなシチュエーションで使うか、また注意が必要な点などについてご説明したいと思います。

1.「相続放棄したい/させたい」
私たちの事務所は、これまでたくさんの相続税申告をご依頼頂いてきました。
ということもあり、普段から相続税に関するご相談を受けることが多くあります。
その中で良く出てくるのが「相続放棄」に関するご相談です。

例えば「私はもう親から十分にして貰ったから、相続を放棄したいのだが」といったご本人の意思もあれば、「兄の○○は素行も悪く財産を渡してもすぐ使ってしまうから、弟のために相続放棄させたい」といった、親御さんや兄弟からのご依頼もあります。

しかしこの「相続放棄」、実際にはそういう意図で使われるべきものではないのです。

2.相続放棄とは
本来の「相続放棄」は、民法第939条において次の通り定められています。

「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」

文言の通り「初めから相続人とならなかったもの」と「みなされる」ため、相続放棄した相続人の直系の子供たちに通常発生する代襲相続権(亡くなった親の代わりに相続する権利。民法第887条)は発生しません。また、相続放棄の効果には絶対効(直接の関係者でない誰にでも効果)があるため、その効果を第三者にも対抗することが可能です。

しかし、この相続の放棄をしようとする者は、その旨を被相続人の最後の住所を受け持つ家庭裁判所に申述しなければなりません(938条、家事事件手続法、非訟事件手続法)。またこの申述は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内にしなければならないと定められています(民法第915条)。

相続には順位(子供→親→兄弟)がありますが、もし同順位の相続人が全員相続放棄した場合、後順位の者が相続人となります。たとえば子全員が相続放棄をすると、直近の直系尊属(父母等)が相続人となる訳です。さらに直系尊属が居ないか相続放棄する場合、兄弟姉妹が相続人となります。
このため、前順位者が全員放棄した結果自分が相続人になった時は、それを知った時から3か月以内に手続をすることができます。

手続としては「相続の放棄の申述書」(こちらからダウンロード可能:20歳以上 | 20歳未満)を家庭裁判所に提出します。実際には、上記ページにもある通り事情を聴かれたりする場合もありますので、弁護士や司法書士など専門家に依頼したほうが良いと思います。
裁判所が提供している記載例を示しておきます。

相続放棄申述書

3.どんな時に使う?
ではこの相続放棄、どんな時に使うのでしょうか。
一番大事なのは、「相続で引き継ぐべき債務が多すぎて、相続した財産(及び自分が元々持っている財産)で支払うことが到底無理な場合」です。
相続放棄すると、財産だけではなく債務も引き継がれなくなるからです。

例えば親が不動産投資に失敗し、所有財産やその将来の収益だけで多額の債務を払いきれず、破綻の恐れがある場合には相続放棄を検討する必要があると思います。
しかし、2.の通り相続放棄をしても同順位の相続人→次順位の相続人と順次相続人となっていきますので、もし完全に債務を免れたい場合には、配偶者を含め相続人となる可能性のある者すべてが順次、又は同時に相続放棄をする必要があります。

もし全ての相続人が放棄して、その後順位の相続人もいない場合には、相続財産は「法人」とされ、相続財産管理人(特に資格は必要ありませんが、通常弁護士や司法書士が選任されます)の管理下で財産等が処分されます(民法第951条)。

ただ、先に例示した不動産投資の失敗の場合、相続人となるもの(配偶者や子供)が連帯保証人となっているケースが多いため、相続放棄をしても連帯保証人としての地位から債務を引き継がざるを得ないことも良くあります。

なお、相続人が一部であっても相続財産を処分(売買や譲渡などだけでなく、家屋の取壊し等も含みます)したときは、単純承認(財産債務とも全て相続)したとみなされ、以後、相続放棄や限定承認をすることができなくなります。
令和元(2019)年7月1日以降の相続については「預金の遺産分割前仮払制度」がスタートしており、以前より預金の払い戻しが容易になっていますので、この点は注意が必要です。

4.相続放棄したら相続税はどうなるか
相続放棄をしても、他の相続人らが納付すべき相続税の総額は原則として変化しません。
相続税の計算方法は「相続税の計算は意外と複雑」で説明していますが、税金の総額をを計算する場合の「法定相続人の数」は、相続放棄したものが「しなかったもの」として計算するように定められているからです。
この理由はいくつかありますが、最も重要なのは相続放棄をすることで相続税の総額を変動させることができるとすると、租税回避の原因となってしまうからであると言われています。

如何でしょうか?
相続放棄について、おおよその論点を簡単にご説明しました。
残念ながら相続放棄を検討しなければならない場合は時間が限られていますので、早めに相続を多く取り扱っている税理士にご相談されることをお勧めします。
また、冒頭で説明しました「私はもう親から十分にして貰ったから、相続を放棄したいのだが」といったケースも、相続放棄を使わず、円満に良い結論を出すことが可能です。
お気軽にご相談頂ければと思います。