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税務調査を受けない方法 -税理士法33条の2の添付書面-

1.税務調査

1)税務調査とは

法人税、所得税、相続税など主要な税法は申告による課税制度を採っています。つまり納税者が自ら申告書を作成し、これに基づいて納税することになります。この場合、納税者全員が正しい知識と納税意識に基づいて申告・納税をするなら良いのですが、間違いや不正などの可能性は否定できません。このため、何らかの形で申告された内容が正しいかどうかを確認する制度が必要となります。この目的を達するために存在するのが税務調査という制度です。

一般的には、原則として納税者の同意を得て行う、いわゆる任意調査が実施されます。しかし不正等により故意に脱税をする者には、税額を正すだけではなく刑事責任を追及するため、犯罪捜査に準ずる方法で調査する場合があります。これが査察調査です。査察調査の結果いかんによっては、検察官に告発し、公訴されることがあります。

 

2)税務調査先の選定

国税局や税務署は、おおむね以下の通りの考え方で調査先を選定しているようです。

 

①納税者を質的に区分

納税額が大きく、過去に脱税なども皆無な優良法人から、脱税などが高い確率で見込まれる継続管理法人まで、いくつかのカテゴリーに分かれています。

 

②カテゴリー別の管理

上記のカテゴリー毎に現状を把握し、調査が必要であるかどうかの準備をします。

業績が急に落ち込んでいたり、好況業種の中低調な業績だったり、またその逆の場合でも調査対象になることが多いようです。消費税の年税額が還付になっている場合も調査対象になりやすいと言われています。

 

③調査先選定

管理によって収集された情報、これまでの調査実績(頻度)等を勘案して調査実施先を選定します。

 

3)税務調査への対応

税務調査が始まってしまうことが明らかとなったとき、対応するタイミングは以下の4点に絞られます。

  • 調査日程を決定する時
  • 調査予定日までの期間
  • 調査当日
  • 調査後、処分などが確定するまで

 

では、それぞれの段階の留意点を以下に書いていきます(事前連絡のない調査方式や査察の場合は全く異なる配慮が必要となります)。

 

①調査日程を決定する時

調査日程を決定する際は、税理士もしくは納税者本人に対して税務署から日程についての連絡があります。これは通常電話によってなされます。この際、税務署は調査日程についてある程度譲歩してくれます。

もちろん、脱税の証拠隠しをするために日をずらしてくれ等という不純な動機は不可ですが、日程をある程度ずらすことで、調査時に不要な誤解を生まないための想定問答なども準備できます。また何より繁忙期に社長はじめ幹部や経理担当者の大切な時間を拘束するという問題を軽減することが出来ます。

 

②調査予定日までの期間

上記の日程調整により、調査日決定から予定日まで間もない、といった状況は発生しなくなりますから、その時間で調査の準備が可能となります。

まず、対象となる期間(3~5年)の帳簿、決算書及び申告書を徹底的に税務調査の視点で洗い直します。この洗い直しは税務調査の視点で行います。たとえば前年と比較して大きく変動している勘定科目、新たに発生した取引、同族関係者との取引などは当然ながら対象に入ります。

このような洗い直しをした結果、仮に明らかな間違いが見つかった場合、その重要性によっては直ちに修正申告を作成、提出した方が良い場合があります。これは、調査で発見されて修正申告するよりもペナルティたる加算税が少なくなる場合があるからです。

次に、間違いではないが税務当局との「見解の相違」を生みそうな項目について想定問答を作成します。見解に幅があるとはいえ、当初から適法であると考えて決定した会計や税務処理ですから、その適法と考えた過程をきちんと説明して調査官(税務署員)に納得してもらう必要があります。

 

④調査当日

調査当日はここに書ききれないくらいの対策があるのですが、いくつかを箇条書きにしておきます。調査当日の話については、ネットに出すといろいろと問題がありますので、別にまとめるか、セミナーなどでお話ししたいと思います。

 

  • 名刺をくれない税務署員?-どうやって身分を証明するか?
  • 冒頭の雑談が大切-そこで全てが分かる
  • 業務説明、業績説明-大胆かつ慎重に
  • お昼は絶対にご馳走になりません
  • 帰る時間は何時くらい?
  • 「まけといてよ」「なんとかしてよ」は通る?「おみやげ」は絶対必要?
  • 税務署員が本当に欲しいのは?

 

⑤調査後、処分などが確定するまで

調査当日が最も神経を使う場面であるのに対し、この期間は税理士としての私にとっては最も頭を使う場面であると言えます。

運悪く調査当日に大きな問題点が発見された場合、何もせず黙っていると言われたとおりの考え方で修正しないといけなくなりますし、余り放っておくと更正(強制的な処分)されてしまいます。では、どのようにすれば良いでしょうか?

全くの間違い(計算ミスや法律の読み間違えなど)で反論の余地がない場合はあきらめた方が良いですが、そうでない場合はもともとの取引をしたり会計処理、税務処理を採用するに当たって正しいものと信じて行ったはずです。この信念がある場合、それを出来るだけ法律的な文章にして税務署に対して主張するという方法が有効です。

私がこのような文書を作成する場合、関連する法令や通達、国税不服審判所の裁決事例(目的とする事例に不利な裁決を出したものも含みます)、事例集など膨大な資料を集め、詳細に検討して説明文書を作成することになります。文書は独自の作成マニュアルに基づいて検討を進め、所内の厳しい議論(一種のロールプレイング方式)を経て作成されます。

そして文書が出来上がったら、これをもって税務署に対し説明を試みるわけです。この際も、きちんとした手順を踏み、法律的、論理的に十分練り上げられた文書について真摯に説明する税理士に対して税務署(員)が頑なな態度を取ることはほとんどありません。きちんと耳を傾け、内容を検討して判断してくれることになります。

上記のような説明がうまく理解され、問題となっていた事項が正しく処理されていたという心象を持ってもらえれば、この度の調査は無事終了ということになります。

 

2.税務調査を受けない方法

1)添付書面とは

税務調査を完全になくしてしまう事は難しいのですが、少なくとも税務調査減らす方法は実際にあります。その中で最も有効な手法は、税理士法第33条の2に基づく書面を申告書に添付する方法です。

書面添付制度とは、狭義には税理士法第33条の2に定める記載内容、すなわち「税理士(又は税理士法人)が税務申告書を作成した時、作成に関して実施した事項を記載した書面を添付」して申告書を提出する制度を言います。

ちょっと難しいのですが、要するに「税理士が申告書を作成するとき注意した点などを詳細に記載した文書を税務署に提出し」、「この書面が添付された申告書が提出されている場合、税務署などは調査に先立って、税理士から当該申告書に関する意見を聴取しなければならず」、「その聴取で税務調査の目的が達せられたら税務調査は省略される」ということです。

 

2)どんな内容を添付するのか?

個人と法人、あるいは法人税や所得税と消費税の税法上の規定はかなり異なっていますので、これ以後は法人税を例にして説明しましょう。法人税の申告に関して納税者が提出する書類は、大きく分けて

 

  • 申告書別表(所得及び税額計算)
  • 決算書及び勘定科目明細(当期利益額の計算)
  • その他の付属書類

 

の3つです。税額を計算するためには、まず(1)決算書に基づいて確定した当期利益を計算する必要があります。また(2)その当期利益を元に法人税法に定める所得調整を行わなければなりません。最後に、(3)所得調整によって計算された課税所得に対して税額計算を行うと、納付すべき法人税額が計算されることになります。この(1)~(3)の全てのプロセスにおいては、真実の情報に基づいて公正妥当な会計原則、及び法人税法や関連法令の規定に基づいた会計、税務処理を遵守しなければなりません。

添付される書面には、基本的にこれらの提出書類が適正に作成されたか、もしくは適正に作成されていることを確認したかどうかについて記載することとなります。

 

この書面に虚偽記載をするとわれわれは懲戒の対象となるので、当たり前ですが嘘は書きません。どのような書類、情報を入手し、どのような会計、税務処理を行ったか、また税務上の判断が必要な場合はどのような検討の結果どのような判断を下したかなどについて事細かに真実を記載することとなります。当事務所には独自の決算・申告チェックリストがあり、このチェックリストをもれなく実施することで虚偽記載のリスクは少なくなっています。

 

3)どんな意見をどのように聴取するのか?

税務署等(国税局も含みます)において調査対象として選定(一定の基準があります)された場合、当事務所の場合は必ず事務所に前もって通知がなされます。そして、添付書面が提出されているため、調査日程を決定する前に事前の意見聴取が行われることとなります。

この意見聴取は、税務署等の中で行われることが多いようです。一般的には税務署等の内部というのは緊張する方が多いようなのですが、われわれは訪問し慣れていますし、少なくともこれまでに受けた意見聴取の場はとても和やかなケースばかりでした。対応されるのは調査があれば現場の責任者となる調査官がメインですが、場合によってはその上司の統括官も同席される場合があります。

その方々を前に、添付書面の内容を中心に、税理士たる私の意見を述べることになるわけです。どのようなチェック体制で決算・申告書の作成に臨んでいるか、法人の事務所に対する協力体制はどうか、などがその内容です。税務署等の側からも質問があり、これについては答えることの出来る範囲で回答することになります。

 

4)税務調査省略事例

書面を添付した場合、税務調査が省略となった事例はいくつかありますが、その一つを簡単にご紹介します。

 

①調査の打診と日程調整

この事例は、通常通り調査の打診が電話で管轄税務署からなされました。

意見聴取も通常の調査と全く同じに日程が決められ、税務署へ私が赴くことになりました。

 

②意見聴取

意見聴取日までに、私は以下の書類を準備しています。

  • 会社概要
  • 添付した書面(控)
  • 添付書面の詳細説明書(さらに細かく論点を説明したもの)
  • 事務所内で使用している法人決算、法人税、消費税のそれぞれチェックリスト
  • 前回調査での指摘事項改善状況書

この意見聴取は、提出した申告書が適正に作成されているかどうかを確認することを目的としています。このため、準備する書類はその論点をきちんと説明できるものでなければなりません。

意見聴取当日はこれらの書面を調査官に提示し、一つ一つ論点を説明していきます。

説明が全て終わると、調査官側から追加的な質問がなされます。これは、既に先方が疑問点として認識している点や、意見聴取において新たに確認が必要となった点が対象となります。追加的な質問にはその場で答えることができれば良いですが、手持ちにない資料が必要な場合はいったん持ち帰って資料を送付します。

 

③調査省略

意見聴取の場で調査省略が決定されることはほとんどありません。

聴取結果と、必要に応じて追加的に提出した書類を税務署内で審査し、調査省略が妥当であると判断された時には「意見聴取結果についてのお知らせ」という書面が納税者に対して発行されます(代理人である税理士に対して発送される場合もあります)。

 

6)意見聴取のみに基づく修正申告と加算税

過少申告加算税は、調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知して行われたものに賦課されます(国税通則法65⑤)。

これに対し意見聴取は調査の前段階で行われますが、あくまで調査ではないという扱いになります。

このため、意見聴取のみに基づいて間違いを発見し、調査に至らないまま自主的に修正申告を行った場合には「過少申告加算税が課されない」ことが国税庁の「事務運営指針」において明文化されました。

 

以 上

 

あなたは必ず騙される ~ ポンツィ・スキーム研究(2/5)

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2.事例(1)-バーナード・マドフ事件

かつてナスダックの会長も務め、金融市場政策に関してアメリカ政府にも意見を求められるほどの大物、バーナード・マドフ(正確には「メイドフ」と発音するようです)が、長期間不正な手口で顧客投資家をだまし続け、最終的には数百億ドルという金融史上最大規模と言われる被害総額となる犯罪を成し遂げてしまいます。

 このマドフ事件は、「新規募集資金を配当に回す」というポンツィ・スキームとしては典型的な手口を取っていますし、その他の特徴もまさに「ポンツィ・スキーム研究の教科書」と言える性格を持っています

 このパートにおいては、このマドフ事件を取り上げ、ポンツィ・スキームとしての研究を深めてみたいと思います。

1)事件の概要

①マドフの主張していた運用手法

ポンツィ・スキームの本質は、新しく受け入れた資金を投資に回さず、既存の投資家への配当に回す、いわば「自転車操業」的手法にあります。しかし、それを言ってしまえば当然投資家など集まりません。従ってどのようなポンツィ・スキームでも、必ず「表の投資スキーム」、しかも一般人にはわかりにくいほど高度かつ効果的に「見える」スキームが主張されます。

この「表の投資スキーム」についてマドフは、自らが主に「スプリット・ストライク・コンバージョン」(SSC)と呼ばれる運用手法を採っていると主張していました。このSSCとは、以下のような考え方に基づく投資手法です。

  • まず数十種類の上場現物株(通常S&P100種などに連動する銘柄となることが多い)をバスケットで購入し、これらに対応するプット・オプションを買い、コール・オプションを売る。
  • この結果、現物株の配当金と、値上がり益が確保できるが、株価下落局面においては損失を限定することができる。

非常に難しいのですが、要するに株価下落による損失リスクをヘッジしながら、値上がり益と配当だけを獲得する、安全な手法であると主張していた訳です。

この主張を裏付けるように、1990年代以降、エンロン、ワールドコム、グローバル・クロッシングなどの組込銘柄が経営破綻したのに、マドフのスキームは無傷であり、1993~2000年の87カ月間でマドフのファンドがマイナスとなったのはたった3カ月しかなく、驚異の投資パフォーマンスであると言われていました。

 

②実際の手口と被害拡大の原因

とは言うものの、このコラムでご紹介しているくらいですので、当然ながらマドフが主張する表向きのスキームは全くのウソでした。

結局の所は「得た金(の一部)を配当に回し、さも高額配当が得られるかのように見せる」、というまさにポンツィ・スキームの際たるものだったのです。

自転車操業的詐欺であるポンツィ・スキームは、新規投資者の増加が頭打ちになる、すなわちキャッシュフローが減少に転じればすぐに破綻の道を歩み始めます。これは支払うべき偽配当の原資がなくなってしまうからです。しかしながら、マドフのスキームは、数百億ドルという甚大な被害総額に至るまで、詐欺事件として明るみに出ませんでした。

このような異常な規模まで被害が拡大した理由は、素晴らしい経歴、広く高度な人脈、証券界などとの特殊関係といった「大きな信用」に帰するところが非常に大きいと言われています。また、監査、当局による検査などのチェック機能が十分に果たされていなかったことも、被害を大きくした原因のようです。

 

③発覚、逮捕、収監

結局のところポンツィ・スキームは、どのような場合でも同じような末路をたどります。つまり、規模が大きくなって拡大した配当や解約の支払が、新たに入ってくる資金でできなくなれば、そこでポンツィ・スキームは破綻してしまうわけです。

2008年12月、マドフは詐欺の罪でFBIにより逮捕され、証券取引委員会がマドフの会社の資産を凍結、調査に着手します。

2009年6月、地方裁判所はマドフに対して詐欺・資金洗浄などの罪で150年の禁固の刑の判決を下します。その判決に基づき、マドフはノースカロライナ州の刑務所で服役中と言われています。
※2021年4月14日、死亡が発表されています。

 

④被害を受けた投資家、金融機関

規模が規模だけに、被害者のリストにも錚々たる個人名や金融機関が挙がっています。

  • ニューヨーク・メッツのオーナー フレッド・ウィルポン氏
  • ゼネラル・モータース(GM)の金融サービス部門会長 エズラ・マーキン氏
  • 仏ロレアル創業者の娘、リリアンヌ・ベタンクール氏
  • アパレル界の大物カール・シャピロ氏
  • スティーブン・スピルバーグ氏
  • ケヴィン・ベーコン氏
  • ノーベル平和賞受賞者のエリー・ウィーゼル氏
  • フェアフィールド・グリニッジ(イギリス)
  • HSBC(イギリス)
  • サンタンデール銀行(スペイン)
  • 野村HDなど日本の金融機関

また、名前は出ないものの、富裕層の退職者やユダヤ系を中心に多くの慈善団体が退職年金や基金を失っています。慈善団体の中には、この被害で解散を余儀なくされるところも少なくないようです。

 

⑤金融機関の責任

前項で金融機関の被害について触れましたが、実は金融機関は一方的に被害者なのかという議論もなされています。というのも、金融機関については、損失は受けたとしても、マドフの会社から多額の手数料を既に得ているからです。このため、この問題によって顧客への甚大な損害を与えた責任は追及されても仕方のないところです。

これほど多くの金融機関がマドフ氏のスキームを見抜くことに失敗し、多額の損害を被ったことは、業界にとって大打撃となったと言われています。特にファンド・オブ・ファンズと呼ばれる、マドフのような投資信託に対する投資を収益源とするファンドは、本来、多数のファンド・マネジャーから最高の人材を選び、顧客の資金を分散投資することを至上命題としていますが、これらのプロフェッショナルがマドフ氏の経歴や名声に惑わされ、全く機能していなかったようなのです。

この問題に関しては、おそらく今後投資家から相当な数、金額の損害賠償請求がなされると予想されます。特に、後述の通り少数ながら専門家から相当な警告が出ていたことは重要な争点になるだろうと言われています。実際、現時点でも金融機関や一部の投資家に対しては、裁判所から「マドフの不正を知って投資し、得た利益を破産財団に支払え」という命令が出ているとのことです。

 

2)被害拡大の原因分析

本来ポンツィ・スキームはある程度規模が大きくなると資金が回らなくなり破綻するものです。それにもかかわらず、マドフ事件は史上最大級の経済犯罪と言われるまで被害規模が拡大しました。この原因の一つは、マドフ氏の経歴や人脈からくる、金融界を中心とした大きな信用でした。この信用がどのようなものであったか、そしてそれらがどのよう影響したかについて次に分析してみます。

 

①申し分ない経歴

マドフ氏は大学(アラバマ大学、ホフストラ大学。最終的には政治学専攻)を卒業した後、1960年に投資会社を設立、弟も大学卒業後の1970年に同社へ参加しています。

その後、ナスダック・ストック・マーケット(Nasdaq Stock Market、現ナスダックOMXグループ)会長や全米証券業協会(NASD)の評議員など、大きな地位を占めるようになりました。特に、NASDAQ会長時代は電子取引の整備によってNASDAQ市場を発展させる原動力となったと言われています。

米国だけではありません。マドフ氏はロンドン証券取引所における初の米国人メンバーの1人という大変な役目にも就いています。

このような経歴もあり、事件が明るみに出るまでは証券市場問題の専門家として、政府に多数の助言を与えていました。

 

②SECとの特殊な関係

米国のSEC(証券取引委員会)は、米国における証券取引を監視監督する役目を持った組織です。ウォール街の重鎮であったマドフ氏は、本来自らが監視監督されるべき組織における有力な当局者数人と親しい間柄にありました。また、SEC自体もマドフ氏に意見を求めることが多くありました。

これに加え、マドフ氏の姪(マドフ氏のファンドにおけるコンプライアンス担当弁護士)は、2003年に同社のマーケットメーク部門の帳簿を検査したSECのチームの元メンバーと結婚しています。

このような特殊関係は、当局による調査へ少なからず影響を与えてしまっていたようです。

後にCFE(公認不正検査士)となったハリー・マルコポロス氏は、マドフ氏が「ポンツィ・スキームに手を染めている」という疑いについて、2000年、2005年の2回に渡ってSECに対して警告を発しています。

この訴えに基づき、SECは2006年1月になってようやく、マドフ氏本人や関係者の調査を開始しました。その際SECは、マドフ氏がファンドの投資戦略の性質について調査員に事実と異なった説明を行っていたこと、また顧客企業の投資口座の詳しい情報を調査員に正確に伝えなかったことを把握していたとのことです。しかしながら、SECは「最終的に強制調査を行うほどの違反ではない」として、調査を打ち切っています。後で言っても仕方のない事ですが、ここで発覚していれば、その後急激に増加した被害は防げたとも言えます。

なおSEC委員長のクリストファー・コックス氏は後に組織の過ちを認め、この事件に対してSECが取った対応には「大いに問題がある」と述べています。

 

③ユダヤ系人脈

単に金融・証券の世界だけで大物と言われていた訳ではありません。ユダヤ人のマドフ氏は、米国で極めて強い影響力を持つユダヤ人社会においても有力者として認められていました。彼はユダヤ系慈善家として非常に名声を得ており、「あの人が言うことだから間違いない(ニューヨーク在住のユダヤ系男性)」と言われるほどの人物として信用されていました。

 

④形ばかりの会計事務所

マドフ氏の会社は、一応公認会計士による監査を受けていました。しかしその会計事務所は、ニューヨークの近郊の新興都市にあり、パートナー含め 3 名の小さな事務所でした。この所長は義理の父親が引退する際に事務所を引継ぎ、約20年もの長期間マドフの会社を監査してきました。

マドフ氏の主張通りであれば、これだけの取扱高と複雑な取引をこなす規模の大きな会社を、このような小規模な事務所で監査することは不可能です。監査報酬はそれなりに高かったようですが、それとて監査に必要となる人員があってのことで、監査の実態が無ければ単なる口止め料に過ぎません。

 

⑤出されていた警告

マドフ氏のライバル投資家で後にCFE(公認不正検査士)となったハリー・マルコポロス(Harry Markopolos)氏は、2000年という早い段階で、マドフ氏がポンツィ・スキームに手を染めているという疑いを認識し、2005年11月7日付のSECあて文書において、マドフ氏による投資スキームの正当性と合法性に異議を唱え、13に上る不正の兆候を明示していました。

投資助言会社アクシアは、マドフ氏が売買していると主張したS&P100株価指数のオプション市場は、同氏のファンドほど大規模なポートフォリオには小さすぎると結論づけました。またアクシアは顧客に対し、マドフ氏に投資しないよう助言しています。

定量分析を手がける調査会社MPIも、顧客に同様の助言をしています。これは2006年に行った分析で、マドフ氏のリターンを生むような理論的戦略を見つけられなかったことが主な原因です。唯一、密接な関連性を見つけられたのは、その1年前にポンツィ・スキームによる詐欺が発覚して破綻したヘッジファンド、バイユーのリターンだけだったそうです。

 

⑥秘密主義と名声

今となってみれば、マドフ氏が手がけた投資事業の秘密主義と名声こそが危険信号であったと言えます。

例えば、顧客とフィーダーファンドの運用責任者は、自分たちがマドフ氏の会社に持つ証券口座にオンラインでアクセスすることを認められませんでした。

また、本来マドフ氏のような運用スタンスを採る場合には高度なITシステムが必要なのですが、実際には社内に貧弱なパソコンが置いてあるだけだったとのことです。

このような形で、マドフ氏の投資事業は全くのブラックボックスとなっており、グループ内の大規模なブローカー・ディーラー部門とは完全に切り離された小さなチームが運営していました。

このように暗闇に置かれていた顧客たちも、偽りの高利回りが続く限りは気にかけなかったようで、マドフ氏に戦略を明かすよう求めることは、「コカ・コーラに魔法の製法を見せてくれと要求するのと同じくらい馬鹿げたこと」だと受け止められていました。

 

次回(3/5)は、本題である「AIJ投資顧問事件」についてご説明します。

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