あなたは必ず騙される ~ ポンジ・スキーム研究(3/5)

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3.事例(2)-AIJ投資顧問事件

推定被害総額の大きさから、リーマンショック後立ち直りつつあった金融の世界に大きな衝撃を与えたAIJ投資顧問事件。詳細が明るみになるにつれ浮かび上がってきたこの事件の特徴は、「典型的なポンジ・スキームである」という点でした。

この事件は非常に興味深いので、今回と次回の2回に分けてご紹介します。構成は以下の通りとなる予定です。

(今回)事件のあらまし、厚生年金基金制度が抱える問題

(次回)事件の登場人物

前回までにご紹介したマドフ事件、また今回と次回でご説明するAIJ事件の2つを分析し、後半の「ポンジ・スキームを見抜く」につなぎたいと思います。

 

1)事件のあらまし

①発覚、業務停止命令

2012年1月下旬の証券取引等監視委員会の検査により、AIJ投資顧問が管理する運用資産の大部分が消失していることが明らかとなりました。この結果を受けて、金融庁は同年2月24日、AIJが運用する年金資産1830億円の大半が消失しているとして、同社に業務停止命令を出しました。ただ、この時点においては、消失したと思われる正確な金額やAIJの顧客数、さらに不正行為の疑いがあるのかなどの詳細は不明でした。

金融庁は、AIJと同様の資産運用業務を行う投資顧問会社263社の一斉調査を発表しました。

 

②参考人招致、逮捕・送検

2012年3月27日、AIJ投資顧問の浅川和彦社長は衆院財務金融委員会の参考人招致に応じ、顧客の年金基金に虚偽の運用実績を報告したことを認めた上で「ファンドを信頼して買ってもらった方におわびしたい」と陳謝しました。また、損失の責任については「すべて私が主導した」と認めました。

この参考人招致においても、同年4月3日に受けた参議院での参考人招致においても、不正の目的があったかどうかについては否定し、単なる運用の失敗が原因であったことを強調していますが、他の側近とともに6月20日、逮捕、送検されています。

なお、後で説明する側近の取締役や、監査報告書を改ざんしたと言われている公認会計士は、体調不良を理由に参考人招致に応じていません。

 

③高評価

問題の発覚から遡ること4年、2008年にR&I(格付投資情報センター)が実施したアンケートによる年金基金の顧客満足度調査で、AIJは1位となっていました。この調査は、資産運用企業を「運用能力とその他の要因」に基づいて各企業が評価するもので、大手の資産運用会社が首位の座を占めなかったのは調査開始以来初めてだったといわれています。投資業界に詳しい複数の銀行関係者によると、AIJが常に高収益を上げていることは大手の資産運用会社の間でよく知られていたとのことです。

 

④一転して不信感

R&Iは2009年の顧客向けニュースレターの中で、「市場が落ち込んでいるにもかかわらず、運用利回りは不自然に安定している投資顧問会社がある」と述べて明確に警告しました。「年金情報」編集長の永森秀和氏は、後に「ニュースレターでは名指しこそしなかったものの、ほとんどの年金専門家にとってはAIJだとわかるような書き方にした」と述べました。この記事の中でR&Iは、米国の巨額金融詐欺事件になぞらえて、日本のマドフ事件になりかねないと警告していたのです。

 

⑤「偽造監査報告2回送付」(2012/6/20日経朝刊)

以下は新聞記事からの引用です。

  • 2009年、運用を受託した東京都内の企業年金基金から運用状況を確認できる資料の提出を求められ、2回にわたり実績を大幅に水増しした監査報告書を送付していた。
  • 当年金基金の母体企業が米国会計基準を採用したのに伴い、年金資産の状況を決算に反映させる必要が生じたためAIJに監査報告書の開示を依頼した。
  • この監査報告書は、元々実際の運用成績を反映して香港の運用会社から送られていたが、浅川社長が知人の公認会計士に虚偽の実績に基づいた監査報告書に改ざんさせたという。

 

⑥残金100億円 分配は難航(2012/7/10 日経朝刊)

  • AIJ投資顧問に残った資金や有価証券は100億円に過ぎず、分配は難航することが予想される。
  • 現在は、海外の銀行が管理する資産を日本の信託銀行に移すなど、様々な手法を用いて回収資金を確保する動きが進んでいる。
  • またAIJ投資顧問それ自体に限らず、この問題が表面化する直前に急きょ解約し、資金を引き揚げた基金からも回収を進めるべきだと主張する年金基金も出てきている。これら直前の解約においては高い利回りを上乗せして返金しており、不当利得だとする考え方を根拠としている。

 

 

2)年金基金の抱える問題

①厚生年金基金

この事件の被害を受けたのは、ほとんどが厚生年金基金でした。この厚生年金基金は、厚生年金保険の適用事業所の事業主と、その適用事業所に使用される被保険者で構成される(厚生年金保険法第107条)、認可法人(特別の法律に基づいて設立される法人)です。

この厚生年金基金は企業年金の一種ではありますが、同時に公的年金である厚生年金の一部(代行部分)を国から預かって代行運用するという性格も持ちます。この制度は昭和40年代に発足しましたが、その趣旨は元々高度成長期の「常に右肩上がり」という経済成長を前提に作られたものでした。

高度成長期はどのような方針で運用しようとかならず大きな経済的利益を得られる時代でしたから、運用においても規模の利益を追求し、スケールメリットを追求する方が有利となります。また、硬直的な国の運用に任せるより、いわゆる「財テク」に慣れ、運用に積極的な企業年金が国から厚生年金の一部を預かって運用した方が良いのではないか、という考え方が出てきました。

このような考え方を基礎として、現在の厚生年金基金制度がスタートしたわけです。

 

②厚生年金基金が抱える窮状

しかし、1990年代の急速な信用収縮、いわゆる「バブル崩壊」の過程で、資金運用を取り巻く状況は一転してしまいました。つまり、高度成長期からいわゆるバブル時代にいたるまで、投資をすれば何10%もの収益を上げた仕組みが、信用収縮により逆に何倍もの損失となって基金を苦しめることになってしまいました。

こうなると、高度成長期においてスケールメリットを生んだ仕組みが、そのまま「スケールデメリット」を生む仕組みに変化してしまうことになります。そうなると、基金全体の8割を占める国の厚生年金が生む運用損が、元々の運用損に加えて基金財政全体を悪化させる原因となってしまうのです。

財政が逼迫している理由には、もう一つ大きな原因があります。厚生年金基金のスタート時は受給者の数も少なく、平均年齢が若かった、つまり年金の支払額が低かったのですが、団塊世代が老後を迎えた今はその数は増える一方で、年金の支払額も毎年増加し、どの基金も積立金を取り崩す状態にまでなっています。

では、基金の財政を立て直すにはどのようにすれば良いでしょうか。

その方法としては、例えば以下のものが考えられます。

  • 加入企業が基金に支払う掛金を上げる方法。しかし、基金を運営する企業には財務体力のない会社も多く、これ以上の負担増に耐えられない可能性が高い
  • 国からの「代行部分」を返上する方法。現在の法律に基づくと、「代行返上」するためには、国に代行部分の積み立て割合を100%にして返さなければいけないことになっている。
  • 運用に努力し、利回りを上げる方法。しかし金融市場における運用利回りも全体として落ち込み、そう簡単に高い運用利回りを上げることはできない。

このように、厚生年金基金が抱える窮状は解決しなければなりませんが、その解決には母体企業の財務的負担が必要となる、という非常に厳しい状態が続いています。

 

③厚生年金基金におけるガバナンス

厚生年金基金の組織は、主に代議員会、理事会、理事長、そして監事から成ります。これらは順に、一般の株式会社に当てはめると株主総会、取締役会、代表取締役、監査役に当たります。

役割ももちろん株式会社におけるそれと似たようなものではありますが、責任の面では若干の違いがあるように見えます。

まず株式会社の場合、取締役と会社の間は「委任関係」にあります。また会社は出資者たる株主に所有されているため、もし取締役がその任務を怠った場合には、善管注意義務違反や忠実義務違反を根拠として、会社がその損害賠償を請求する訴えを起こすことができます。

厚生年金基金の理事の場合、基金に対する忠実義務を負っているのは同じですが、法律上委任に関する規定が設けられていません。忠実義務と善管注意義務が同一であるとする説や異質であるとする説もありますが、仮に同一であるという考え方を採っても、「加入者が株式会社のように厚生年金基金を所有していない」という非常に大きな差異は残ります。また、当然ながら株式会社でいう代表訴訟のような制度も設けられていません。

この結果、今回のような事件が発生し、理事に何らかの問題が見出された場合であっても、法律上は加入者が自ら訴えの提起者となって裁判を起こすことができないということになります。すなわち、通常の株式会社なら間接的に存在する「資金拠出者によるガバナンス」が決定的に欠如しているのです。

また、理事、特に執行担当理事についても大きな問題があります。

本来年金基金の運用担当者は年金のみならず投資のプロでなければなりません。なぜなら、適切な運用を実現しようとすれば、個別の運用先を決定できる理事が十分な知識や経験を持っていなければ適切な判断ができないからです。

しかし、今回AIJ投資顧問事件においては、以前から言われていた「実は運用担当者のほとんどは資産運用業務の経験がない」という事実が改めて明らかとなったのでした。

仮に通常の株式会社で、株主によるガバナンスがなく、また取締役の能力、知識や経験が十分ではない場合、きちんとした経営ができるわけがありません。これを厚生年金基金に当てはめると、資金拠出者(加入者)によるガバナンスがなく、適切な業務執行をするための知識や経験がない状態なのですから、適切な運用などできるわけがないのです。

なお、この事件をきっかけにして企業年金制度については大きな改正がなされました。
第三者による投資先ファンドのチェック機能、情報開示や内部管理体制の強化、そして罰則の強化などがそれに当たります。

④公的年金制度はポンジ・スキームか?

ポンジ・スキームの事例を取り上げながら上記のように厚生年金基金の制度をまとめていると、「公的年金制度自体が大がかりなポンジ・スキームではなかったのか」という気がしてきます。理由は以下の通りです。

  • 将来的な見込み(経済成長や人口構成)を、おそらくわかっていたのに非常に甘く想定した、一見精緻な制度(スキーム)を作り
  • 国という信用度抜群な存在をバックに置いてたくさんの人間(加入者)から資金を集め
  • 一部の人間には手厚い支払をし(年金支給や年金基金による保養施設など)
  • さらに広く資金を集める

若い年代が公的年金を払いたくないのは、単に「もらえないから」だけではなく、こういった欺瞞ともいえる仕組みにうすうす気づいてきたからなのではないでしょうか。

 

さて次回(4/5)は、浅川和彦社長を筆頭に、「これぞまさにポンジ・スキーム」と言える「AIJ事件の登場人物」についてご説明します。

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