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総則6項と最高裁判決―不動産節税策の行方

<かつて相続税対策の「定番」手法>
昔から相続税を減らす対策として定番と言われる手法があります。
それは、相続税評価額と実勢価格の差を利用し、多額の借入で不動産を購入することで、相続税評価額を大幅に圧縮するというもの。いわゆる「タワマン節税」にも通じる考え方です。
路線価などの評価方法は、「相続税計算の際の共通ルール」ともいえる「財産評価基本通達」に定められ、ほとんどの相続税実務はこれにのっとって行われていれば問題は全くありません。

しかし令和4年4月19日、最高裁判所は、実勢価格との大きな差を作為的に発生させる過度な節税策に対し、財産評価基本通達の伝家の宝刀ともいえる「総則6項」を適用し、通達評価を否認した税務当局の判断を支持する判決を下しました。今回の裁判は、従来の実務感覚に一石を投じるものであり、我々税理士にとっては衝撃的な事件と言っても良いものでした。
この判例は、今後の相続対策に間違いなく大きな影響を与えることになります
今回は、納税者にも税理士にも大きなショックを与えたこの判例について解説致します。

<対策がうまくいき、相続税がゼロに>
被相続人(亡くなった方)は、90歳の時に信託銀行等から合計約10億円超の借入を行い、2件の高額不動産を購入しました。
購入資金の調達や取得は、表向きは不動産事業承継対策の一環と説明されつつも、相続人らも近い将来の相続を見据えた税負担軽減効果があることを十分理解し、期待して実行されたものでした。
その後、被相続人が94歳で死去。これらの不動産と借入金を引き継いだ相続人らは、財産評価基本通達に基づき不動産①を約2億円、不動産②を約1.3億円と評価しました。
結果、借入金(相続財産を計算する際には控除します)を考慮すると課税価格はたった3,000万円程度となり、基礎控除を適用すると相続税額はゼロになってしまいました。

(おおよその流れ)
 平成21年 不動産2物件購入
 平成24年 相続発生
 平成25年 不動産②売却、その後相続税申告書提出

<税務調査によって覆される>
しかし、相続発生直後に、相続税評価額がたった1.3億円だった不動産②を約5.15億円で売却していた事実もあり、税務当局は総則6項を適用。不動産鑑定評価に基づく時価(合計約12.7億円)で再計算し、更正処分を行いました。課税価格は9億円、相続税額は約2.4億円という結果です。
ゼロだった相続税が、なんと2.4億円になってしまったのです。

<最高裁の判断ポイント>
この後、最終的に持ち込まれた最高裁判所は以下の通り判断しました。
・時価の意味と通達の位置づけ
相続税法22条の「時価」とは客観的な交換価値を指し、評価通達は行政内部の統一的基準にすぎず、納税者への直接的な法的拘束力はない。よって、鑑定評価額が時価として妥当であれば、それが通達評価額を上回っても違法とはならない。
・平等原則との関係
租税法上の平等原則は「同様の状況には同様の課税」を求めるもの。通達は原則として画一的な評価を行うことで公平性を担保するが、通達適用が著しい不公平を生む場合には例外が認められる。
・合理的理由の有無
 - 通達評価額と時価の乖離が極めて大きい
 - 多額借入による高額不動産取得が高齢期に実行され、節税効果が極端
 - 取得から相続までの期間が短く、直後に売却も行われている
といった事情が重なり、本件においては他の納税者と比較して「看過し難い不均衡」を生じさせると判断。通達評価ではなく鑑定評価での課税を適法としました。

実際の所、被相続人が信託銀行に相談した際、借入金により不動産を取得した場合の相続税の試算及び相続財産の圧縮効果の説明を受けており、この借入が相続税対策のためであることを十分に認識していました。
また、信託銀行のが借入に関して作成した稟議書には「理由」として「相続税対策」が明記されていました。
これらの事実は税務調査の過程で明らかになっています。

<実務への影響と留意点>
この判決は、総則6項の適用範囲について明確な数値基準を示したわけではありません。しかし、今後の税務現場では次のような点が重視されると考えられます。
・乖離の程度:通達評価と実勢価格の差が大きい場合、意図的な節税策と見られやすい。
・資金調達方法:常識的な範囲を超える借入や、返済期間が極端に長い場合はリスク大。
・取得者の年齢や事業目的:事業の必要性より節税目的が前面に出ると疑われやすい。
・取得後の経営計画:不動産事業としての計画が不明確な場合、節税意図と判断される可能性。
・相続直後の売却:取得当初から売却を視野に入れていたと見られる行動は危険信号。
・金融機関との関係:相続税に限らず、「過度な節税」対策は「脱税」と同様に扱われるとの強い認識を共有しておくこと

<おわりに>
今回の最高裁判決は、総則6項の「著しく不適当」という抽象的な基準の適用事例として重要な意味を持ちます。タワマン節税に限らず、不動産や株式評価にも波及し得る論点です。
節税と租税公平の境界線は依然として曖昧ですが、実務では“形式だけ整えた節税策”が通用しにくい時代になったといえるでしょう。今後は、取得目的や資金計画を含めた全体のストーリーが、税務当局から見ても納得できる形で備わっていることが求められます。

【ラボ】「研究施設」開設のお知らせ


税理士法人耕夢は、今年夏に「研究施設」をオープンします。
メーカーでもない会計事務所が研究施設?と疑問に思われるかもしれません。
ですがこの施設、私たちが業務上直面する、様々な問題への解決手法を生み出し、お客様にアドバイスするための大変重要な場所なのです。

例えば、現在問題となっている「空き家」。
長年お一人で住んでおられた住人がお亡くなりになり、相続人がいなかったり、遠く離れて住んでいたりとその家を引き継げず、メンテナンスも収益化もできず放置して、雨漏りやカビなどでどんどん傷んでしまう。
「実家の相続対策」と言い換えても良いかもしれません。
このような事例は数多く発生しており、どのように対処すべきか早急に検討する必要があります。

また昨今、物価高や人材不足、円安といった複合要因で新築の戸建てやマンションが高騰しています。
こうなると、幾ら賃上げが進んでも若い世代に手が届かなくなってしまいます。
そういった方に、良い中古物件を魅力的なリフォーム・リノベーションで安価に提供できないでしょうか。
幸い?中古物件はまだ新築ほど高騰しておらず、特に前述の空家の問題もあって供給は比較的期待できます。

遠隔地にある実家を管理したり、中古物件を上手に使う場合、重要になるのがIoTによる「ホームオートメーション」化です。
例えば、電気代を節約しつつ家じゅうの湿度を一定以下に抑えたり、照明やエアコン、ドアロックなどをコントロールして安全で快適、低コストな生活を実現するなど、こういったことは今手に入る製品群で比較的安価に実現できます。

最後に、中古住宅の購入、リフォームやリノベーション、賃貸や売却、相続といった節目には必ず「税金」が関係してきます。どのようなシチュエーションでどのような税金が影響するか意識する必要があり、対処は大変重要な論点です。

この研究施設は、上記のような論点を研究しつつ、お客様に実証実験内容を見学頂いたり動画を配信することが可能です。また同時に、弊所の役職員がフルリモートで事務所と全く同じ業務を行えたり、またゲストハウスとしての活用も可能な立地・構成となる予定です。
今後各論点についてご紹介記事を配信致しますので、是非ご期待下さいませ。

写真1 ダメージ修理・リノベーション中

写真2 施設からの眺望

写真3 ホームオートメーションの例

贈与税の改正について(令和5年度税制改正大綱)

昨年12月23日、「令和5年度税制改正の大綱」が閣議決定されました。

この税制改正の大綱は、政府が今後の税制改正のあり方について明確に方針を示すもので、毎年12月に公表されます。

これに対し、与党自民党と公明党が発表する「税制改正大綱」と呼ばれるものも、通常は政府の「税制改正の大綱」の直前に発表されます。通常これらはほぼ同じものとなるのですが、前者が「与党の方針を示すもの」であり、後者が「政府の方針を示すもの」であることから、場合によっては異なる場合もあり得ます。

さて、この「税制改正の大綱」の中に、贈与税について興味ぶかい改正がリストされました。
以前から「暦年贈与の廃止?」として、ずっと話題になっていた内容にかかわるものです。
具体的には以下の通りとなっています。

===================================
①相続時精算課税(※)
・課税価格から基礎控除 110 万円を控除できる(暦年課税とは別)
・相続時は、上記の控除後の金額を相続財産に加算
・相続時精算課税で取得した土地又は建物の災害損失→被害部分を控除して相続税計算
・手続の簡易化

②暦年贈与
・相続の開始前7年以内(現行:3年以内)の贈与財産は相続財産に加える
・但し、今回増える部分(4年以前)は、100 万円を控除した残額を加算

贈与R5改正
暦年贈与改正

③適用開始
令和6年1月1日以後に贈与により取得する財産に係る相続税又は贈与税について適用
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※相続時精算課税とは:届出をした親子などの間で、贈与をした財産について「贈与時の時価で」相続財産に持ち戻して相続税を計算する制度。贈与額の合計が一定額(2500万円)を超えると20%の贈与税がかかるが、相続税の前払として相続税額から控除を受けることができる。贈与後のキャピタルゲインが相続税の課税対象とならず受贈者に移転するため、値上がりや高い収益発生が確実な資産を対象にすると効果が高い。

相続時精算課税贈与のメリットが増加すること、また暦年贈与の「持ち戻し」期間が長くなることから、これまでの贈与を用いた相続対策に少し変化が出ることが予想されます。
とはいうものの、早めに相続対策を始めることができる方にとっては、改正後もまだ暦年贈与は大きなメリットを持つ対策です。

弊所のブログ(下記)でご紹介した説明については、改正後少し補正が必要ではあるものの、基本的な考え方が変わらず活用できます。

これが贈与の全てだ! ~ プロが教える贈与のポイント
相続税の見積り計算と有利な贈与
「3代で財産がなくなる」相続税と効果的な対策(シミュレーション)

また、以下のシミュレーションを使うと「相続税を効果的に抑えることができる贈与額」を求めることができます。
相続税シミュレーション(相続税額と、有利な暦年贈与額の比較)

 

粉飾したら相続税が下がる?-「比準要素1」の会社

相続財産に株式が含まれている場合、相続税の計算に際してその「時価」を計算する必要があります。
この「時価」、上場している会社の場合は取引所の相場があるので比較的楽なのですが、同族会社など上場していない会社の株式については、原則として国税庁が公表する「財産評価基本通達」に定められた詳細なルールに基づいて行うことになっています。ただこの財産評価基本通達、極めて精緻かつ理論的に出来ているのですが、複雑すぎて理解するのが大変だったり、ちょっとした「抜け道」的なものがあったりします。
今回は計算方法を簡単に説明するとともに、その「抜け道」の一例をご紹介します。

1.株価計算の基本
上場会社のような「市場価格」がない株式(同族会社株式)の場合、相続税などを計算する際の時価は原則として「財産評価基本通達」というルールに基づいて行いますが、このルールに従うと、株式の時価は

①時価に引き直した純資産(時価資産-負債) …時価純資産価額
②類似の会社と比較して計算した時価 …類似業種比準価額
③配当利回りに基づいて計算した時価 …配当還元価額

の3つを使って計算することになります。

③については持ち株数が少ない株主向けですが、持ち株数が多い(親族保有も含む)オーナー株主が所有する株式の場合、①と②の併用(加重平均)によって計算します。

具体的には、下記のような割合で計算されます。

  • 大会社(従業員70名超など)…②が100%(純資産は考慮しない)
  • 中会社…規模に応じて①の割合が10%~40%に変化(②の割合が90%~60%に変化)
  • 小会社…①と②が50%ずつ

2.類似業種比準価額
①の「時価純資産」は、会社が持っている財産の純然たる価値なのですが、②の「類似業種比準価額」は、単純に今どれだけの財産を持っているかという事だけではなく、「将来の儲けを織り込んで形成されている」といわれる上場会社の市場価格を利用することで、株式の将来的な価値を示すために用いられます。

類似業種比準価額の計算方式は以下の通りです。

類似業種

 

  • A~D:国税庁が公開している類似業種の表から数値を抽出。
  • 1株当配当、所得、純資産については、評価対象会社の実績の2年平均で計算します

ただ、この計算方式は「納税者有利(税金が少な目に出る)」となるように定められていることが多く、一般的な会社であれば、通常は①の「時価純資産」よりも②の「類似業種比準価額」が有利な(低い)時価となります。

3.「比準要素1」問題
2.の計算式を見ていると、1株当り配当、所得、純資産を「低く」すればするほど、計算される時価は低くなります。このため、かつてはこれらをゼロになるまで低くし、時価を下げようとする試みが行われることとなりました。

このような行為を防ぐため、現在は「比準要素1の株式」という特別ルールが定められています。

この制度の概要は以下の通りです。
もし2.で説明した計算式のうち、2つ以上がゼロであれば、1.で計算した加重平均割合を一律「①純資産…75%、②類似業種…25%」とし、純資産の割合が非常に高くなる計算に切り替えてしまうのです。
そうすると、純資産の高い金額た株価に影響を与え、一般的には時価が非常に高くなってしまいます。

ただ、このような状況が想定される場合(一時的に赤字が続き、配当も出していない場合)であっても、ちょっと粉飾して利益が出ているように見せれば、「比準要素1」問題を回避できてしまう訳です。
もちろん粉飾は良いことではありませんので、そのほかの方法、例えば適法に配当を少し出すなどの方法をお勧めしておきます。

当然ながら、既に「比準要素1」の状態「でない(純資産も利益も出ている)」会社の場合は、配当を出す必要はありませんし、逆に出してしまうと株価を引き上げてしまうことになりますので注意が必要です。

見解の相違って何?(税務調査対策)

新聞などで、税務署や国税局による税務調査や修正申告などのニュースが出る際に「見解の相違がありましたが、既に修正申告と納税を済ませています」といった企業の発言が出る場合が良くあります。

この「見解の相違」とは何でしょうか?

税法はもちろん法律ですので、相当細かい検討を重ねて精緻に作られています。またその上、税務の世界には「通達」という、法律ではないものの法律に近い拘束力を事実上持っている決まりがあります。 しかし、それだけ細かい内容が決められていても、その運用方法や趣旨の認識には少し幅があります。 また、税法というのは基本的に「何かの事実が発生した場合」に「どのような課税を適用するか」について定めた法律です。ですから、その「何かの事実」について納税者側と国税側に認識の相違があった場合、課税の前提となる事実認識のから争いが起こることになます。

しかし、通常は調査する側である国税側の方より、調査を受ける側の方がやはり立場が弱いものですから、そのような「見解の相違」があれば、どうしても調査を受ける側が引いてしまう場合が多いようです。これがいわゆる「見解の相違」が「調査の結論」と言われる所以です。

まあいくら納税者側が口頭で正当性を主張しても、その話を調査官がそのまま税務署へ持ち帰る訳にはいきません。 彼らとて公務員ですから、自らが法令の判断を明らかに誤っているのでない限り、納税者側の認識を補強する筋合いはありませんし、あまり納税者側をかばうようなそぶりを見せていては、自分の立場すら危うくするかもしれないのです。

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さて、このような事象が発生した場合、納税者側やその税理士としてはどのように行動すべきでしょうか。

有効な方法の一つは、「説明文書を提出すること」です。 この文書は、税法などが定める正式な文書ではありませんが、納税者側の主張や事実認定に関する項目を論理的に、かつ税法などの法令に基づいて説明するものです。調査官に対してこのような文書を提出することで、納税者側の主張が認められる可能性は高くなります。

ただ残念ながら、このような説明文書は簡単に作成できるものではありません。
税法や会計のみならず、事業に関する法令や規制、慣習なども熟知しておかなければなりませんし、税務調査で発見された事実と整合性の取れる説明でなければまったく意味を持ちません。

私は、これまで文書提出を得意分野の一つとしてきました。
十分に効果を発揮する文書を作成するためには、単に文章がうまいだけでは足りません。 一種職人芸的な、論理的思考に基づく文章構成が必須となります。
実はこんなところで、私が理系(工学部機械工学科)出身であることが役に立っています。 「論理的に物事を伝える文章を作成する」訓練は、工学部の卒論、修士論文、学会発表時の論文作成で担当教授から相当厳しく指導を受けてきました。

理系から文系と言われる会計士・税理士として全く違う分野に踏み出したため、元々理系の知識で使えるものは何もないかと思っていましたが、こういう意外なものを含め、人生無駄なものは何もないんだなぁと感慨深いです。

税務調査でお困りの方、特に真面目にやっている自信があるのにいわれのない論点で責められている方
関東や九州など遠隔地の案件でも、電話やファックス、メールのみで解決した実績もございます。地域に関係なく一度ご相談ください。

 

「3代で財産がなくなる」相続税と効果的な対策(シミュレーション)

相続税がかかると、どんな資産家でも「3代で財産がなくなる」と言われています。
これは相続税の負担が非常に大きいことを示しているのですが、実際の所どうなっているのでしょうか?
今回は、この「3代で財産がなくなる」という表現の真偽と、そうならないための効果的な対策(考え方)を示したいと思います。
相続税額や贈与による対策金額が具体的に計算できるシミュレーション(いくら贈与すれば相続税を効果的に減らせるかを自動計算してくれます)も用意しておりますので、是非お試しください。

1.日本の相続税
かつての「最高税率75%」という時代(昭和63年頃まで)より下がったとは言え、日本の相続税は最高税率が55%と、非常に税負担の大きなものとなっています。
この税率、こちらの記事(相続税の計算は意外と複雑)の通り、全ての財産をいったん法定相続分で分けたと仮定してから税率をかけるのですが、それでもやはり大きな負担であることに変わりはありません。

税金は現金払いが原則ですので、相続税であっても税金を払うには、それに見合った現金がなければなりません。物納のように現物で納付することや、延納といって金利を付して分割払いすることも一応は可能なのですが、手続は煩雑ですし財産が減ることには変わりはありません。

2.その税率が意味するもの
実は、驚くべきことに日本の相続税は、「財産をフルに働かせても払えない」水準に設定されているのです。
計算例を作ってみました。

10億円程度の財産を平均利回り2%程度(税引後の利回り。自宅など収益を生まないものも含むので低くなる)で10年運用したとしても、トータルで20%→運用による増加2億円)となりますが、これに対し、相続人が子供のみ3人の場合、10+2億円に掛かる相続税はおよそ4.5億円で、財産に対する相続税の割合(実効税率)は37.5%となります。

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10年間頑張って増やした資産2億円どころか、その倍を超える相続税がかかってしまい、最終的には2.5億円(25%)の財産が減ってしまう訳です。
これを繰り返すと、確かに3代程度の期間で財産はなくなってしまうと言えます。
しかも、収益性財産の比率が低い場合(例えば、大きな敷地のお屋敷に居住しているだけの場合)には、この減るスピードはもっと速くなります。

3.採るべき対策
不動産、有価証券などの財産で「収益性の低い」ものはできるだけ収益性の高いものに組み替える
上記の通り、相続税は「非常に収益性の高い資産でも足りない」税率体系となっていますから、ましてや収益性の低い財産を多く抱えていると、あっという間になくなってしまいます。
もしそのような財産をお持ちであれば、できるだけ早い間に収益性の高い資産への組み換え(不動産なら買換えや交換などの手法が使えますし、金融商品も様々なものが選べます)を検討する必要があります。

現在の財産にかかる相続税の割合(=「実効税率」)を知り、それを下回る贈与税負担割合となる贈与を進める
こちらの記事(相続税の見積もり計算と有利な贈与)に書いた通り、計算のマジックで、税率の高い贈与税でも、全体の財産にかかる相続税の割合より低い贈与税割合で贈与できる金額が必ずあります。

例えば、年間一人当たり110万円の贈与には税金がかかりませんし、比較的相続財産が多くない方でも年間一人当たり300万円の贈与なら19万円の贈与税(資産に対して6.3%)となり、相続税の実効税率より多くの場合低くなります。

4.最後に
これらの計算は、弊所の「相続税の概算」シミュレーション ページにて試してみることができます。
これは相続財産から相続税額を見積もるだけではなく、「相続税に係る税金の割合より低い割合の税負担で贈与できる金額」を逆算してくれます。
具体的には、相続財産の見積額、相続人情報(配偶者と子供のみに限定)を入力すると、自動で「いくらまでの贈与なら相続税より安いか」が表示されます。

なお、相続に関して巷に流れている話は、多くのケースで誤っている場合があります。
複雑な制度を自身の状況だけで判断して他に伝えたり、場合によっては偽税理士(こちらに記事を書きました)に出会ったりというケースもあります。
相続対策は大変根気と努力のいる難しい課題ですが、良い専門家に相談し、正しい対策をきちんととれば資産防衛は図ることができます。
今後のご参考になれば幸いです。

相続放棄って何?

相続や相続税と同様、皆さんが割と耳にすることのある「相続放棄」。
実はこの言葉、結構誤解されていることが多いのです。
この記事は、相続放棄の意義とその効果、そしてどんなシチュエーションで使うか、また注意が必要な点などについてご説明したいと思います。

1.「相続放棄したい/させたい」
私たちの事務所は、これまでたくさんの相続税申告をご依頼頂いてきました。
ということもあり、普段から相続税に関するご相談を受けることが多くあります。
その中で良く出てくるのが「相続放棄」に関するご相談です。

例えば「私はもう親から十分にして貰ったから、相続を放棄したいのだが」といったご本人の意思もあれば、「兄の○○は素行も悪く財産を渡してもすぐ使ってしまうから、弟のために相続放棄させたい」といった、親御さんや兄弟からのご依頼もあります。

しかしこの「相続放棄」、実際にはそういう意図で使われるべきものではないのです。

2.相続放棄とは
本来の「相続放棄」は、民法第939条において次の通り定められています。

「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」

文言の通り「初めから相続人とならなかったもの」と「みなされる」ため、相続放棄した相続人の直系の子供たちに通常発生する代襲相続権(亡くなった親の代わりに相続する権利。民法第887条)は発生しません。また、相続放棄の効果には絶対効(直接の関係者でない誰にでも効果)があるため、その効果を第三者にも対抗することが可能です。

しかし、この相続の放棄をしようとする者は、その旨を被相続人の最後の住所を受け持つ家庭裁判所に申述しなければなりません(938条、家事事件手続法、非訟事件手続法)。またこの申述は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内にしなければならないと定められています(民法第915条)。

相続には順位(子供→親→兄弟)がありますが、もし同順位の相続人が全員相続放棄した場合、後順位の者が相続人となります。たとえば子全員が相続放棄をすると、直近の直系尊属(父母等)が相続人となる訳です。さらに直系尊属が居ないか相続放棄する場合、兄弟姉妹が相続人となります。
このため、前順位者が全員放棄した結果自分が相続人になった時は、それを知った時から3か月以内に手続をすることができます。

手続としては「相続の放棄の申述書」(こちらからダウンロード可能:20歳以上 | 20歳未満)を家庭裁判所に提出します。実際には、上記ページにもある通り事情を聴かれたりする場合もありますので、弁護士や司法書士など専門家に依頼したほうが良いと思います。
裁判所が提供している記載例を示しておきます。

相続放棄申述書

3.どんな時に使う?
ではこの相続放棄、どんな時に使うのでしょうか。
一番大事なのは、「相続で引き継ぐべき債務が多すぎて、相続した財産(及び自分が元々持っている財産)で支払うことが到底無理な場合」です。
相続放棄すると、財産だけではなく債務も引き継がれなくなるからです。

例えば親が不動産投資に失敗し、所有財産やその将来の収益だけで多額の債務を払いきれず、破綻の恐れがある場合には相続放棄を検討する必要があると思います。
しかし、2.の通り相続放棄をしても同順位の相続人→次順位の相続人と順次相続人となっていきますので、もし完全に債務を免れたい場合には、配偶者を含め相続人となる可能性のある者すべてが順次、又は同時に相続放棄をする必要があります。

もし全ての相続人が放棄して、その後順位の相続人もいない場合には、相続財産は「法人」とされ、相続財産管理人(特に資格は必要ありませんが、通常弁護士や司法書士が選任されます)の管理下で財産等が処分されます(民法第951条)。

ただ、先に例示した不動産投資の失敗の場合、相続人となるもの(配偶者や子供)が連帯保証人となっているケースが多いため、相続放棄をしても連帯保証人としての地位から債務を引き継がざるを得ないことも良くあります。

なお、相続人が一部であっても相続財産を処分(売買や譲渡などだけでなく、家屋の取壊し等も含みます)したときは、単純承認(財産債務とも全て相続)したとみなされ、以後、相続放棄や限定承認をすることができなくなります。
令和元(2019)年7月1日以降の相続については「預金の遺産分割前仮払制度」がスタートしており、以前より預金の払い戻しが容易になっていますので、この点は注意が必要です。

4.相続放棄したら相続税はどうなるか
相続放棄をしても、他の相続人らが納付すべき相続税の総額は原則として変化しません。
相続税の計算方法は「相続税の計算は意外と複雑」で説明していますが、税金の総額をを計算する場合の「法定相続人の数」は、相続放棄したものが「しなかったもの」として計算するように定められているからです。
この理由はいくつかありますが、最も重要なのは相続放棄をすることで相続税の総額を変動させることができるとすると、租税回避の原因となってしまうからであると言われています。

如何でしょうか?
相続放棄について、おおよその論点を簡単にご説明しました。
残念ながら相続放棄を検討しなければならない場合は時間が限られていますので、早めに相続を多く取り扱っている税理士にご相談されることをお勧めします。
また、冒頭で説明しました「私はもう親から十分にして貰ったから、相続を放棄したいのだが」といったケースも、相続放棄を使わず、円満に良い結論を出すことが可能です。
お気軽にご相談頂ければと思います。

コロナ禍が「路線価」に影響

相続税を計算する際には、全ての財産の時価を計算する必要があります。
土地についての時価を計算するのに必要なのが「路線価」です。
上場株式なら株式市場でいつでも売り買いできる時価が公表されていますが、土地の場合はそうはいきません。税金の計算のように「公平性」が重要な場合、一般の取引価格をそのまま指標として使うことは無理があります。
そこで国は、全国的な調査を定期的に行って、地域ごとに1㎡当たりの時価を路線価として公表しています。
(この路線価について、詳しくはブログ記事「令和2年度の路線価とコロナの影響について」 をご参照ください)

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心斎橋大丸前

さて、令和3年1月26日、国税庁はこの年度の相続税計算に使われる路線価について、大阪市内の繁華街3地点を対象に減額補正(下方修正)すると発表しました。
減額補正は昭和30年に制度が開始以来、大規模災害時を除き初めて行われるものです。
コロナ禍の影響で廃業などが相次ぎ、地価が大幅に(20%超)下落したため路線価を著しく下回る状況が発生し、修正が必要と判断されたものです。また今後も大阪市と名古屋市の一部地点で減額補正を追加する可能性があるとのことです。

大阪市で対象となっているのは、心斎橋筋2丁目、宗右衛門町、道頓堀1丁目と、いずれもコロナ禍前にインバウンド需要が極めて高くなっていた地域で、2割を大きく超える地価下落が発生しています。
これらの地域については、今回4%の減額補正が行われるとのことです。

心斎橋
減額補正対象地域

まずは今年7月以降の相続についてこの減額補正が適用されることとなりました。
下落に比較して少ないような気もしますが、極めて異例の対応、関係する方は注意して適用しましょう。

令和元年事務年度 相続税調査概要(国税庁)

国税庁は、昨年12月18日、令和元年事務年度(令和元年7月1日~令和2年6月30日)における相続税の調査等の状況を公表しました。
コロナ禍の影響で調査件数は大きく減っているものの(年配の方も多く訪問などがなかなかできなかったそうです:調査官談)、後述の通り1件当たりの申告漏れや追徴額は増加しています。
「コロナだから調査も減る」などと軽く考えない方がよさそうです。

1.相続税の実地調査、簡易な接触状況
資料情報等から申告額が過少であると想定される事案や、申告義務があるにもかかわらず無申告であると想定される事案など、大口事案や悪質な不正が見込まれる事案に集中して実地調査が行われています。
また、平成27年の改正で小規模な相続税案件が増えたことから、⽂書、電話による連絡⼜は来署依頼による面接による是正など(簡易な接触)も多く行われています。
これらの結果、実地調査、簡易な接触ともに件数は昨年より大きく減少したものの、1件当たりの申告漏れ額や追徴税額は増加しました。

申告漏れ相続財産の財産別推移は下記のようになっています。

申告漏れ金額推移
グラフ 申告漏れ相続財産の金額の推移

2.無申告事案に対する調査状況
無申告事案は、申告納税制度の下で⾃発的に適正な申告・納税を⾏っている納税者の税に対する公平感を著しく損なうものとされているので、資料情報の収集・活⽤など無申告事案の把握のための取組を積極的に⾏い、実地調査や簡易な接触を活⽤してできるだけ発見する努力がなされています。とはいうものの、通常の調査と同様にコロナ禍の影響で件数については昨年より8割以上減少しています。
しかし、無申告事案に対する1件当たりの申告漏れ、追徴税額は大きく増加しています。

無申告事案
グラフ 無申告事案に係る調査事績の推移

3.海外資産関連事案に対する調査状況
※海外資産関連事案とは、①海外資産が含まれる、②相続人や被相続人等が国外居住者である、③海外資産等に関する資料情報あり、④外資系の⾦融機関との取引あり の事案を言います

納税者の資産運⽤の国際化に対応し、相続税の適正な課税を実現するため、租税条約等に基づく情報交換制度のほか、CRS情報(共通報告基準に基づく⾮居住者⾦融口座情報)などを効果的に活⽤し、海外取引や海外資産の保有状況の把握に努めています。
令和元事務年度においては、海外資産に係る申告漏れ等の非違件数(149 件)は過去最高となりました。
さらに、1件当たりの申告漏れ課税価格(5,193 万円)も対前事務年度比 127.8%と増加しました。

4.贈与税に対する調査状況
相続税の補完税である贈与税についても、積極的に資料情報を収集するとともに、あらゆる機会を通じて財産移転の把握に努め、無申告事案を中心に贈与税の調査を的確に実施しています。
令和元事務年度においては、実地調査1件当たりの追徴税額(231 万円)が対前事務年度比 128.2%と増加しました。

令和3年税制改正の大綱について(概要)

1.税制改正の大綱とは
令和2年12月21日、「令和3年度税制改正の大綱」が閣議決定されました。この税制改正の大綱は、政府が今後の税制改正のあり方について明確に方針を示すもので、毎年12月に公表されます。今回から数回にわたり、この税制改正の大綱について簡単に説明します。

税制改正の大綱は、政府が税制のあり方についての方針を示すもので、その後の税制改正はこの大綱に基づいて行われることとなります。

これに対し、与党自民党と公明党が発表する「税制改正大綱」と呼ばれるものも、政府の「税制改正の大綱」の直前に発表されます。これらはほぼ同じものなのですが、前者が「与党の方針を示すもの」であり、後者が「政府の方針を示すもの」であることから、場合によっては異なる場合もあり得ます。ただ現在のように政権与党がある程度安定している場合には「ほぼ同じ」と思っておいて良いようです。

税制改正大綱R3

2.税制改正の大綱の概要
今回発表された税制改正の大綱の概要は、以下の通りです。
これらのうち、私たちのお客様に大きく関係する項目については、これから数回にわたってメルマガ等で順次細かく解説いたします。

<個人所得課税>

  • 住宅ローン控除の特例の延長等(適用期限延長、面積要件緩和)
  • セルフメディケーション税制の見直し(範囲の重点化と手続簡素化、延長)
  • 国や地方自治体の実施する子育てに係る助成等の非課税措置(国や自治体からの子育て助成を非課税に)
  • 退職所得課税の適正化(年数が短い法人役員の退職金課税を強化)​

<資産課税>

  • 住宅取得等資金に係る贈与税の非課税措置の拡充(非課税枠を据え置き、面積要件緩和)
  • 教育資金、結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置の見直し(節税的利用防止、延長)
  • 土地に係る固定資産税等の負担調整措置(コロナ対策で負担調整据え置き)
  • 国際金融都市に向けた税制上の措置(外国人家族が相続する国外財産の課税対象外)

<法人課税>

  • 産業競争力強化に係る措置(DX促進、カーボンニュートラル、研究開発、コロナ禍対応賃上・投資促進、繰越欠損金控除上限引き上げ)
  • 中小企業支援(投資促進税制延長、所得拡大促進税制見直し、中小企業の経営資源の集約化)
  • 株式対価M&Aを促進するための措置の創設(M&A対象会社株主の譲渡損益課税を繰り延べ)
  • 国際金融都市に向けた税制上の措置(投資運用業役の員業績連動給与を損金算入可)

<消費課税>

  • 車体課税(エコカー減税及び自動車税・軽自動車税の環境性能割見直し等)
  • 金密輸に対応するための消費税の仕入税額控除制度の見直し

<納税環境整備>

  • 税務関係書類における押印義務の見直し(地方税関係書類についても同様)
  • 電子帳簿等保存制度の見直し等
  • 地方税共通納税システムの対象税目の拡大
  • 個人住民税の特別徴収税額通知の電子化
  • 国際的徴収回避行為への対応

<関税>

  • 暫定税率等の適用期限の延長等
  • 個別品目の関税率の見直し(ポリ塩化ビニル製使い捨て手袋の暫定税率無税)