月別アーカイブ: 2021年7月

「3代で財産がなくなる」相続税と効果的な対策(シミュレーション)

相続税がかかると、どんな資産家でも「3代で財産がなくなる」と言われています。
これは相続税の負担が非常に大きいことを示しているのですが、実際の所どうなっているのでしょうか?
今回は、この「3代で財産がなくなる」という表現の真偽と、そうならないための効果的な対策(考え方)を示したいと思います。
相続税額や贈与による対策金額が具体的に計算できるシミュレーション(いくら贈与すれば相続税を効果的に減らせるかを自動計算してくれます)も用意しておりますので、是非お試しください。

1.日本の相続税
かつての「最高税率75%」という時代(昭和63年頃まで)より下がったとは言え、日本の相続税は最高税率が55%と、非常に税負担の大きなものとなっています。
この税率、こちらの記事(相続税の計算は意外と複雑)の通り、全ての財産をいったん法定相続分で分けたと仮定してから税率をかけるのですが、それでもやはり大きな負担であることに変わりはありません。

税金は現金払いが原則ですので、相続税であっても税金を払うには、それに見合った現金がなければなりません。物納のように現物で納付することや、延納といって金利を付して分割払いすることも一応は可能なのですが、手続は煩雑ですし財産が減ることには変わりはありません。

2.その税率が意味するもの
実は、驚くべきことに日本の相続税は、「財産をフルに働かせても払えない」水準に設定されているのです。
計算例を作ってみました。

10億円程度の財産を平均利回り2%程度(税引後の利回り。自宅など収益を生まないものも含むので低くなる)で10年運用したとしても、トータルで20%→運用による増加2億円)となりますが、これに対し、相続人が子供のみ3人の場合、10+2億円に掛かる相続税はおよそ4.5億円で、財産に対する相続税の割合(実効税率)は37.5%となります。

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10年間頑張って増やした資産2億円どころか、その倍を超える相続税がかかってしまい、最終的には2.5億円(25%)の財産が減ってしまう訳です。
これを繰り返すと、確かに3代程度の期間で財産はなくなってしまうと言えます。
しかも、収益性財産の比率が低い場合(例えば、大きな敷地のお屋敷に居住しているだけの場合)には、この減るスピードはもっと速くなります。

3.採るべき対策
不動産、有価証券などの財産で「収益性の低い」ものはできるだけ収益性の高いものに組み替える
上記の通り、相続税は「非常に収益性の高い資産でも足りない」税率体系となっていますから、ましてや収益性の低い財産を多く抱えていると、あっという間になくなってしまいます。
もしそのような財産をお持ちであれば、できるだけ早い間に収益性の高い資産への組み換え(不動産なら買換えや交換などの手法が使えますし、金融商品も様々なものが選べます)を検討する必要があります。

現在の財産にかかる相続税の割合(=「実効税率」)を知り、それを下回る贈与税負担割合となる贈与を進める
こちらの記事(相続税の見積もり計算と有利な贈与)に書いた通り、計算のマジックで、税率の高い贈与税でも、全体の財産にかかる相続税の割合より低い贈与税割合で贈与できる金額が必ずあります。

例えば、年間一人当たり110万円の贈与には税金がかかりませんし、比較的相続財産が多くない方でも年間一人当たり300万円の贈与なら19万円の贈与税(資産に対して6.3%)となり、相続税の実効税率より多くの場合低くなります。

4.最後に
これらの計算は、弊所の「相続税の概算」シミュレーション ページにて試してみることができます。
これは相続財産から相続税額を見積もるだけではなく、「相続税に係る税金の割合より低い割合の税負担で贈与できる金額」を逆算してくれます。
具体的には、相続財産の見積額、相続人情報(配偶者と子供のみに限定)を入力すると、自動で「いくらまでの贈与なら相続税より安いか」が表示されます。

なお、相続に関して巷に流れている話は、多くのケースで誤っている場合があります。
複雑な制度を自身の状況だけで判断して他に伝えたり、場合によっては偽税理士(こちらに記事を書きました)に出会ったりというケースもあります。
相続対策は大変根気と努力のいる難しい課題ですが、良い専門家に相談し、正しい対策をきちんととれば資産防衛は図ることができます。
今後のご参考になれば幸いです。

量子コンピュータは交響曲を作れるか

昨今AIやビッグデータなど、コンピュータを活用した新たなテクノロジーが花盛りです。
その中でも、大量の計算を必要とする分野については、コンピュータ技術の発展により急激な進歩が見られています。
スーパーコンピュータ解析を用いた地域限定の天気予報や、ビッグデータ解析による市場動向の調査といった分野はまさに良い例です。
しかし、このところさらに不連続な進化を可能にする技術開発が進んでいます。
その一つが「量子コンピューティング」です。
特に最近、Googleが研究の結果、「量子超越性」というブレークスルーを実現したかもしれない、という大きなニュースが話題となりました。
今回はこの「量子コンピューティング」について、技術や利用分野まで簡単にご説明します。

1.古典コンピュータ
現在「コンピュータ」と呼ばれる機械の原型ともいえる「ENIAC(エニアック)」は、アメリカで1946年に開発されました。
このコンピュータは、現代と違い真空管を使ったもので、大量の電気を使い、今とは比べ物にならない程低い計算能力ではありましたが、当時としては画期的なものでした。


プログラミングされるENIAC(WikiPedia)

ただこのENIAC、実は現在のコンピュータと違って内部計算には「10進法」つまり私たちが通常取り扱っている数字と同じ考え方が採用されていました。
これに対し、現在のコンピュータは、あとで説明する量子コンピュータなど特殊なものを除いて全て「2進数」で全ての数字を扱っています。

二進法とは、「0」か「1」だけを扱い2ごとに桁上がりをしていく方式で、たとえば
5=4+1→「101」
15=8+4+2+1→「1111」
といった形で数字を0か1かだけで表していきます。
なお2進法で数字を示した際の桁数を「ビット数」と言います。

この2進法、半導体を使った現在のコンピュータを作動させるには非常に良い方式だったのですが、計算が複雑になるにつれ、ビット数が急激に増えて計算能力をどんどん強化する必要がある、というデメリットが出てきました。
例えば、計算には電子の動き(すなわち電流)を利用しますので、一つ一つはわずかでも大量になればそれだけ電気が流れます。その結果熱が発生するのですが、最近のパソコンの心臓部(CPU)は高性能化のため回路が極めて微細化されているので、その小さな中に大量の電流が流れるとなると、大きな発熱量となります。この発熱量、面積当たりでみると「金属も溶けるほど」といわれており、冷却が大きな課題となっています。

このような現在のコンピュータは、量子コンピュータなど新世代の概念に対比して「古典コンピュータ」と呼ばれています。

2.スーパーコンピュータ
スーパーコンピュータも、本質的には「古典コンピュータ」と同じ「2進法」を基礎に持つコンピュータであるといえます。
このスーパーコンピュータは、その名の通り「スーパー」な計算能力を持ち、構造解析、有機化合物や高分子などの特性シミュレーション、天気予報や流体力学、ビッグデータ解析など大量の計算に特化した能力を持っています。

これらの計算方法には「スカラー型(計算を順次処理していくもの)」と「ベクトル型(一度に大量の数字=数列を扱い計算するもの)」がありますが、いずれも大量の計算処理をするために、前述の0と1でできた巨大なデータを高速に扱い続ける必要があります。

このため、スーパーコンピュータには一般的に大規模で安全な場所、大量の電力、そして十分な冷却施設(上で説明した発熱がさらに大きいため)が必要となり、結果として機材も運用コストも大変高額となります。私が大学で材料力学の研究をしていた30年前は、「〇秒〇円」といった料金や予算が厳格に定められており、誰もが使えるものではありませんでした。

これに対し最近は「並列コンピューティング」技術の進歩で安価なパソコンを連結することでスーパーコンピュータに近い性能を発揮できたり、クラウドを利用して誰でも安価かつ手軽にスーパーコンピュータを利用できたり(例えばエクストリームーD社)、といった環境の変化が見られます。
とはいえ、その背景にあるのは依然として「古典コンピュータ」の世界であり、複雑さが増すと計算量が飛躍的に増大してしまう、といった問題は解決されていません。

3.量子コンピュータ
そこで昨今脚光を浴びているのが「量子コンピュータ」です。
量子とは、元々物理学の世界で取り扱われていた概念で、「一つの物体」と「それに付随するエネルギー」別々ではなく、「粒子と波やエネルギーの性質を一緒くたにした超微小な単位」のことを言います。
私たちの目に見える物質は「そこにある」ことや「どれくらいの速度で移動している」といった状態が測定できるのですが、その物質が測定するための光の波長より小さくなると「だいたいどれくらいの場所」で「だいたいどれくらいの速度」くらいしかわからなくなり、何よりそれが測定ごとに異なってくる、といった不思議な現象を見せるようになります。

量子コンピュータは、こういった量子の特性を利用してしまう機械なのです。
コンピュータにおける一個の計算単位は、古典的コンピュータの場合「0か1」という2種の状態しかとり得ないのですが、量子コンピュータの場合、前述の通り測定ごとに様々な値を取ることになります。量子コンピュータにおけるこの計算単位を、量子ビット(quantum bitやQbit)と呼びます。

この量子ビットを組み合わせ、様々な計算結果を一気に計算してしまうことを可能にすることがポイントです。
量子力学においては、測定ごとに異なる結果が表れるため「パラレルワールドが無数に発生している」と論じる人もいますが、まさに量子コンピュータはその「パラレルワールド」を全て観察するための機械であるともいえます。

しかし、そんな多数の結果を一気に計算されても、どれが求めるべき結果であるか取り出すことが出来なければ単なるカオスとなってしまいます。

この点について、現在大きく分けて「量子回路(ゲート)方式」と「量子焼きなまし(アニーリング)方式」という2つの方式が採用されています。前者はどちらかといえば古典コンピュータに近いもの、後者は多数の組み合わせを一気に解くのに適した方式といわれています。
この量子コンピュータによる計算結果が、従来型のコンピューター(スーパーコンピュータなど)による「力技の多量計算」によって実現不可能な計算能力にまで達した状態を「量子超越性(りょうしちょうえつせい)」と呼びます。

4.量子コンピュータが活用される分野
量子コンピュータは、古典的コンピュータが不得手としてきた「多数の組み合わせ」を取り扱う分野において特に威力を発揮します。特に非線形問題と呼ばれる分野(1対1で結果が得られる線形問題と違い、ストレートに解が求められない複雑な問題)においては、古典的コンピュータが「モンテカルロ法」など一定の範囲制限を置いて計算回数を減じる妥協策を採らざるを得ないのに対し、量子コンピュータの場合、一度にいくつもの組み合わせを本当に解くことができ、このような問題の最適解へ早くたどり着くことができます。

たとえば、自動車のように多数の部品をいくつもの工程で組み立てるような製造の場合で、しかも複数の製品を同時並行で製造する最適な(物や人の移動を最小限にする)工場レイアウトを検討する場合、人間の能力や古典的コンピュータの場合は、一定の前提条件を置かなければいくつもの組み合わせを無限に計算する必要があり、非常に長い時間(数年~数百年)がかかって計算が難しくなってしまいますが、量子コンピュータの場合はこのような計算において数秒で最適解を計算してしまう場合があります。

また、量子コンピュータは自然科学(天気予報など)、AI・機械学習、ビッグデータ解析、金融、社会科学の分野においても最適解を探るのに適しています。
意外なところでは、量子コンピュータが普及すると「暗号が意味をなさなくなる」とも言われています。
暗号解読はまさに「多数の組み合わせ」計算の集合体ですので、量子コンピュータにとっては最も得意な分野なのです。

これをもっと拡大して考えると、ひょっとしたらいまだ世界に知られていない名曲や名作文学も、量子コンピュータで作成できる可能性もあるのです。
音楽や文学は、音符や文字を組み合わせた、言ってみれば巨大な暗号です。
聴いたもの、読んだものに感動を与える素晴らしい交響曲や小説を量子コンピュータがあっという間に創り上げてしまう、そんな時代が割と早くやってくるかもしれません。


ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」

みんな知らない「役員」の怖い話

1.はじめに
税理士法人耕夢 代表社員の塩尻明夫です。
私は今「公認会計士・税理士・公認不正検査士・認定登録医業経営コンサルタント」として仕事していますが、元々は大学院まで機械工学を勉強していました。
物心ついた時から機械いじりが好きで、ガラクタとドライバーと半田ごて(電気回路を接続するために使う、一種の溶接器)がオモチャがわりという生粋の理系少年でしたから、そういった理系の道に進むのは当然のことでした。

さて理系というと「研究者」や「開発者」といった役割が多いイメージで、「経営者」とは対極の存在と思われがちです。

しかし、実際には理系出身で取締役に就任したり、経営者になったりという例もたくさんあります。これは立場や巡り合わせだけではなく、「会社経営に必要なのが営業や経理財務だけではない」ことが理由です。少なくとも我が国の産業で根幹を支える製造業においては、理系の能力も経営上必須なのです。

そんな理系の皆さんが取締役になったら「ぞっとする」話を今日は書いてみます。

社長イス・ハイバックチェアのイラスト

2.あなたは執行役員 or 取締役?
一般に「役員」と呼ばれる会社の役職にはいろいろあります。
「代表取締役CEO」といったら、なんだか偉そうですよね。
しかし、こういった呼び名の意味、皆さんどれくらいご存知でしょうか。
昔とある役員会で質問したら、誰も答えられなかったことがありました…
ということで、おそらく世の中で最も短い決定版の説明を作りました。

①法律(会社法)で定めたもの
「代表取締役」、「取締役」、「監査役」といった割と堅めの名前は、株式会社などの会社に関するルールを定めた「会社法」に定められています。
会社の経営に携わるのが「取締役」、その中で会社の顔として代表するのが「代表取締役」、取締役の仕事を監督するのが監査役です。
また取締役の会議を「取締役会」、監査役の会議を「監査役会」と呼びます。

この仕組みは日本やドイツ的で、アメリカの場合は「取締役」はどっちかというと日本の監査役のように業務を執行するトップの仕事を「取り締まる」役目になっています(この形は日本でも少し取り入れられつつあります)。
これらの役職には任期があり、1年~10年という任期が終わると一旦退任し、続けたければ就任時同様株主総会で選任される必要があります。

②組織の形に応じた呼び名
皆さんに最も馴染みのあるのは「社長」、「会長」、「常務」、「専務」、「相談役」といった役職名です。「執行役員」、「兼務」や「顧問」などもあるかもしれません。
社長が会社のトップであることはなんとなくわかりますが、会長はその上?また常務と専務がどう違う?

こういった説明は本やWEBなどで一生懸命なされていますが、実は「どれにも法的根拠は一切ない」のです。
これらは、日本的な会社組織を作る上で、組織図上従業員の上に位置する役職として扱われていることが多いようです。
実際の所、専務や常務がその位置に応じた意思決定を、明確な責任を伴って行っているかというと疑問を持たざるを得ない場合も多いです。

③機能に応じたもの
「CEO(最高経営責任者)」、「CFO(最高財務責任者)」、「COO(最高執行責任者)」という名前はよく目にします。「CTO(最高技術責任者)」も最近増えてきたようです。
これらも社長や専務同様、法律に基づく名称ではありません。
それぞれの機能に応じた経営判断や執行を、それぞれの責任を負って行う者のことを言います。
これらは主にアメリカでの企業経営形態、すなわち「トップダウン的な経営組織」を動かすために生み出されたものであると言われています。

3.取締役の責任
①会社法の規定
ここからは「会社法」に定める取締役について、本題である「ちょっと怖い話」をします。
まず、取締役と会社との関係は「委任」関係とされています(会社法330条)。
この委任関係がある場合、委任された側である取締役は「善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ、善良なる管理者としての注意義務)」という割と幅広い義務を負うことになります(民法644条)。
また法令、定款、総会決議を守り、職務を忠実に遂行する義務も負います(会社法355条)。会社との競業に関する規制や利益が相反する取引に関する規制もあります。
そして、会社法第423条には「その任務を怠ったときは損害を賠償する責任を負う」と定められています。
これらの責任は、会社に対するものや外部の債権者に対するものの両方があります。
単なる従業員と違い、取締役の場合は直接的に責任を負わされる場合があるのです。

②どんな場合に責任が?
取締役が自分や関係者を利する目的で会社に損害を与えた場合は、①以前に「最大懲役10年」という「特別背任(会社法960条)」という罪になります。

しかし、自分がやっていない行為、例えば代表取締役など他の取締役が明らかに違法だったり放漫な経営をしているのに、取締役会で「反対しなかった取締役」も責任を負うこととされているのです。ここ非常に重いところで、「反対する」だけではなく、「反対したことを議事録に書く」必要があります。
会計不正で粉飾し、会社が責任を負うべき場合もこの対象です。

③専門外の取締役は責任を負わなくてよい?
以前、不正会計や粉飾が問題となったとある会社で、技術系の取締役が週刊誌のインタビューで「そんな会計のことなんて技術系の自分には関係ないしわからないから」と答えていたケースがありました。

これは大きな間違いなのです。

会社法は、取締役の責任追及に際して、その専門性を条件としていません。
つまり、会計上の責任であっても理系の取締役は会計担当の取締役と同じ重さの責任を負うことに(法律上は)なっているのです。また逆も然りで、技術的な不正(検査不正など)の場合は、文系業務の取締役も同じ重さの責任を負うことになります。

実際の所は、「その専門性によって問題を知りえたかどうかが変わる」ため、裁判上責任を問われると判断されることがまだ少なく助かっている方が多いようです。
要するに、責任を負わされるかどうかの可能性は少し低いが、もし負わされたら責任の重さは同じ、ということになります。

しかし、会社法で責任を負うことになっている以上、なんらかの事情で問題を知っていたと裁判上判断される場合には同じ責任を問われてしまいます。取締役になった以上は、自分の専門以外のことも勉強し、口を出したり反対したり、また差し止めたりといった行動が必要になっていると言えます。

④執行役員は?
「取締役」のつかない「執行役員」はどうでしょうか。
執行役員制度は、日本においては1997年にソニーが最初に導入したと言われています。
取締役ではありませんので、前述のような取締役の法的な責任はなく、部長や課長といった従業員としての責任が課されることになります。

もし自分の専門外の法律や責任を勉強する気が全くない方が役員就任の打診を受けたら、取締役にならず執行役員で止めておくことをお勧めしたいところです。

⑤破産した場合は?
会社が破産した場合はどうでしょうか。
取締役はその債務を押し付けられるでしょうか?
ここについては、「負わなくてよい」が正解です。
会社の債務については、個人保証などをしていない限り、取締役が責任を負う必要はありません。
(代表取締役などトップは保証をしている場合が多いと思いますが)
しかしこれで安心してはいけません。
破綻に至った原因がその経営方針であった場合、③で述べたように保証をしていない取締役にも経営責任があるということで、会社法上の責任が問われる可能性があります。

4.取締役になるか?と言われたら
長年頑張ってきて、オーナーなどから「そろそろ取締役になるか?」と問われたら…
ほとんどの場合、それは純粋にねぎらいからの言葉だと思います。また皆さん今回のようなことをあまり知らないので、全くの善意で出世させると思っただけと思います。
このため、普通「評価された」と喜ぶ人が多いでしょうね。

しかし、今回説明したように会社法を深く知ると、手放しで喜ぶわけにはいきません。

私がそんなシチュエーションでお勧めしたい返事は

「ありがとうございます。でも、私には取締役はもったいないので、執行役員程度にして頂けますか」

といったところです。

 

それでも「いやいや、絶対君がならないと」とか「断って俺の顔に泥を塗るのか!」などと言われ出したら、「裏に何かある」と思った方がよさそうです(笑

無料で行う技術情報調査~特許情報プラットフォーム

中小企業が顧客から部品等の生産を受注する時、その最終製品のエンドユーザや技術情報を知っておくと、より良い品質の提供や、他の分野への転用など事業拡大の可能性が大きく広がります。

この記事は、普段私がお客様のために行っている、「公的な知財に関する情報を活用して低コストで効果的に調査する方法」をご紹介します。

1.技術情報調査の必要性
総務庁「事業所・企業統計調査」によれば、中小企業数(会社数+個人事業者数)は、約432.6万社です。全企業数に占める割合は99.7%(会社の割合は99.2%)です。

このような中小企業においては、大企業から部品等の生産を発注されることが多くあります。

そんな場合でも、知的財産や顧客情報をライバルから守るため、その部品がどのように使用されるか、また最終製品が何であるかを示されない場合が良くあります。

しかし、受注する側としては、生産する部品についての情報を詳細に知っておくことは、より良い品質を目指すうえで不可欠ですし、発注元に損害を与えない範囲で、同様の技術を他の顧客に使ってもらう事は事業の拡大につながります。

2.技術情報調査の方法
このような情報を探る方法はいろいろとあります。

顧客に聞く
顧客に直接「この部品の最終製品は何でしょうか?」と聞く方法です。
特に問題なく教えて頂ける場合もあると思いますが、一般的には知財保護やライバルからの防衛のため、教えてもらえない場合も多いと思います。逆に不審に思われることもあるかもしれません。また、顧客が顧客の発注元から情報を得ていない場合もあります。

市場調査を行う
市場調査会社はたくさんありますので、このような会社に調査してもらう方法です。
ただ、そのような調査は探偵仕事に近く大変難しいため費用は相当掛かりますし、十分な成果が得られない場合も少なくありません。

③WEB等で調査する
部品等の情報を基礎とし、WEB検索等で顧客や想定される需要先の情報をWEB等で検索する方法です。とはいえ一般のWEB情報には十分かつ正確な情報が掲載されていないことも多く、こちらも十分ではありません。

特許情報を検索する
国(特許庁)が提供する特許情報を使用する方法です。この情報データベースは、元々新たな発明や意匠、商標などを創出する際、先に出願されている権利等がないかを検索するために用意されているものです。しかしこれを上手に使うと、受注を頂いている部品がどのような用途に使われるかや、エンドユーザなどが探れる場合があります。

3.特許情報プラットフォームについて
特許庁は、平成11年3月より「特許電子図書館」(特許情報データベース)の運用を開始しました。この運営は平成16年10月から独立行政法人工業所有権情報・研修館が運営を受け継いでいます。そして平成27年4月から、新たな産業財産権情報の検索サービスとして「特許情報プラットフォーム」が開始されました。

このページのトップ画面は、以下のようになっています。

特許情報プラットフォームトップ画面

今、たとえばある部品の試作を打診されているとします。

その部品は「プラチナ」や「パラジウム」が使用されており、どうも「センサー」として使用されるらしいので、その用語を入れて検索します。

検索結果

すると、検索結果が下記の通り出てきます。

検索結果2

この中の一つを指定すると、こんな感じで情報が表示されます。

要約

特許は、一旦出願しても、全てが必ず特許権として認められる訳ではありませんが、出願されたものはこのように全て公開されることになっています。

もちろんこれらのリストで、簡単にエンドユーザや最終製品が分かることはありませんが、一つ一つ関係しそうなものを探っていくと、引き合いのある部品がどう使われるかのヒントが得られる場合があります。

特に、提示された図面は出願書類と共用している場合も多く、よく参考になります。
例えば、取引先から提供された図面と似た構成となっている図面が発見できれば、それは最終製品の可能性が極めて高いことになります。

また、これらで得られた情報を元に、WEB検索・論文検索などを組み合わせると、ちょっとした技術情報調査が行えることになります。

以上、ご参考になれば幸いです。

 

テクノロジーガバナンスのすすめ(三菱電機・神戸製鋼の不正について)

1.終わらない検査不正
三菱電機が35年もの長期間に渡って数多くの検査不正を行っていた事件は、社長が引責辞任する事態にまで広がっています。

しかしこのずいぶん前に、日産やスバルの検査不正、また大手鉄鋼メーカー神戸製鋼所が製品の検査データの改ざんを繰り返していた問題は「技術日本の危機」として非常に大きな問題となっていました。それにも関わらず連綿と不正を続けていたということは、企業としての姿勢やガバナンスに大きな問題があると言わざるを得ません。

今回は、三菱電機と神戸製鋼の事例を取り上げ、このような問題が技術という分野で起こった原因や、企業がとるべき姿勢について、代表の塩尻明夫が「公認不正検査士=経営・不正防止」「技術系工学修士=技術倫理」という両方の側面から述べたいと思います。

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2.三菱電機検査不正

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①不正の発覚
2021年6月30日、同社の長崎製作所(長崎県時津町)が製造する鉄道車両向け空調装置で、仕様書の記載と異なる検査手法を行った上、検査成績書に不正記載を行っていたことが明らかとなりました。 「社内調査で6月14日に発覚した」そうです。同時に、6月28日には鉄道車両用空気圧縮機に関しても同様の不正検査を行っていたことが判明しています。

②不正の手口
行われていた不正の手法は、以下の通りです。

・冷房や暖房の能力を検査する際、仕様と異なる温度や湿度などの環境条件で検査を実施
・必要な防水検査で、製造段階の検査結果を流用して完成品の検査を省略
・空調機器の過負荷、振動、絶縁抵抗、耐電圧などの耐性試験を低い水準で実施、結果を計算式で補正して検査結果に偽装
・寸法検査を実施せず、図面などから部品の寸法を足し合わせる等の計算により偽装
・モデルチェンジ機種について、前モデルの検査結果を流用
・これらについて検査成績書偽装された結果を記載

③不正の連鎖
同社グループにおいては、2018年に子会社(トーカン)で製造する新幹線車両にも使われるゴム製品や、2020年に本社パワーデバイス製作所で製造するパワー半導体製品で顧客と取り決めた新しい検査規格を使わなかった等の検査不正が相次いで発覚していたところです。
この2事件も、数年~十数年発覚せずに不正検査が続けられてきました。

これらの不正は「内部調査で発覚した」とのことですが、発覚している不正は全て明らかに手順を省いて工数を減らしたり、製造不良を見逃すために行われている単純な方法であり、一般的な定期内部監査があれば容易にわかることばかりです。

今回に限って発覚したのではなく、組織としてこのような不正を長年容認してきたグループとしての姿勢が問題ではないかと推察します。
本事件については、今後調査結果などが明らかになっていくと思いますので、注視しておきたいと思います。

3.神戸製鋼検査不正

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①事件の概要(調査報告書より)
2016年6月にグループ会社神鋼鋼線ステンレス株式会社で検査データの改ざん事件が発覚、2017年8月末にもアルミ・銅事業部門において不正な試験値の取り扱いが発覚、同部門で不適合品の出荷を停止しています。

②発生していた不正行為のあらまし(調査報告書より)
同社においても、寸法検査、耐性試験など機械的性質等の検査、一部の外観検査など、顧客との間で取り交わした必要な検査項目が実施されておらず、条件の異なる他のデータでの代替やねつ造などが行われていました。

また、顧客との間で取り交わした製品仕様(強度、伸び、耐力等の機械的性質や寸法公差等)に適合していない一部の製品につき、検査証明書のデータの書き換え等を行うことにより、当該仕様に適合するものとして出荷しています。

彼らはこれを「トクサイ」と呼んでいましたが、本来の「トクサイ(特別採用)」とは通常なら不合格品になるものを、取引先の了解を得て引き取ってもらう制度です。基準には元々余裕があるので「採用側が知っていれば」問題なく使用できるし、納期も守られ安く購入できるメリットがあるのですが、これを全く知らせることなく勝手に行っていました。

③原因とされている事情
この不正の原因とされているのは、調査報告書や新聞記事を参考にすると以下の通りと言われています。

・過度な業績主義と、収益評価に偏った経営と閉鎖的な組織風土
・バランスを欠いた工場運営(生産・納期優先の風土、人事が固定化された閉鎖的組織)
・不適切行為を招く不十分な品質管理手続(改ざん、ねつ造を可能とする検査プロセス、厳格な社内規格の形骸化と勝手トクサイを許す風土)
・契約に定められた仕様の遵守に対する意識の低下(品質に対する誤った自信に基づく仕様遵守意識の欠如、不適切行為の継続)
・不十分な組織体制(監査機能の欠如、本社による品質ガバナンス機能の弱さ、事業部ごとの縦割風土)
・鉄鋼業界統合による寡占化
・品質管理担当が製造部門長の下に置かれており、独立した品質管理体制が取れなかった

④神戸製鋼の不祥事歴と企業風土
残念ながら、神戸製鋼は今回の事件だけではなく、過去にも以下のような不祥事を起こしており、良い企業風土の醸成に努力しているかどうか、という側面において疑問が残ります。
(1)総会屋への利益供与(1999年)→亀高元吉相談役が引責辞任
(2)神戸・加古川製鉄所でのばい煙データ改ざん(2006年)
(3)日本高周波鋼業(グループ会社)による鋼材強度試験データ不正(2008年)→同社のJIS認証取り消し
(4)政治資金規正法違反(2009年)→会長、社長が引責辞任
(5)神鋼鋼線ステンレス(グループ会社)が検査データ改ざん(2016年)→同社のJIS認証取り消し、今回の事件の発端となった

4.テクノロジー面のガバナンスについて
昨今の上場会社は、会社法や内部統制評価・監査制度(いわゆるJSOX)などの制度及び運用強化によって経営管理や財務報告におけるガバナンスについては一定の改善が見られます。
しかしながら、テクノロジーの側面においては上記のような制度がある訳ではなく、旧態依然とした「技術者の論理」が残されているといってよいと思います。
この技術者の論理、基本的には極めてシンプルな「納期・品質・安全を守る、科学的事実は嘘をつかない(嘘をつくのは人間である)」といった考え方に尽きます。

これに対し、今後は技術系分野において「テクノロジーガバナンス」が必須であると考えます。
このテクノロジーガバナンスとは、技術面に係る倫理、統制、開示、保全を統合的に管理する考え方で、コーポレートガバナンス・CSRの一環として構築する必要があります。特に今後IoT、AIの急速な普及に伴い、この分野が極めて重要になると言えます。
このテクノロジーガバナンスを構成するのは、例えば下記のような概念です。

・技術者倫理
例えば、一般社団法人日本鉄鋼連盟が公表している「品質保証体制強化に向けたガイドライン」には「倫理」という用語がありません。また、神戸製鋼の企業倫理綱領にも、もっと大きい範囲だと日本機械学会の会員向け倫理規定にもテクノロジーガバナンスに関連した記載はありません。
今後は、テクノロジーの分野においても、広い意味での倫理概念を整備し、職業倫理として定着させていかなければ、技術分野でわずかに残ったアドバンテージすら我が国から奪ってしまうことになりかねません。

・技術系取締役への企業ガバナンス教育やMOT人材の採用
現在、技術系取締役は、「技術系プロパーの上がり役職」といった性格を持つことが多く、ガバナンスに関する教育はほとんど受けていません。
技術系取締役に、会社法を含む企業ガバナンスに関する教育を行うことや、MOT(Management of Technology、技術経営)に関する専門的素養を持つ人材を経営層(取締役、監査役)や内部監査部門に加えることが重要となります。

・内部統制の重要性
人材がそろっても、その目的に合致した内部統制の整備運用がなければガバナンスを強化することはできません。
どんな分野においても、組織における不正を防止するには内部統制が最も重要です。
技術面関する場合でもあっても、内部統制に必要な考え方は同一で、整備運用に関しては統制環境・リスクの評価と対応・統制活動・情報と伝達・モニタリングといった構成要素を意識しなければなりません。
例えば、統制環境の場合は正しい技術倫理観に基づくテクノロジーガバナンスの強化と、トップから末端までに至る構成員(技術系以外も含む)の技術倫理に関する姿勢となりますし、モニタリングに関しては技術系内部監査機能の充実等がこれに当たります。

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日本機械学会倫理規定 (抜粋)
前文
本会会員は,真理の探究と技術の革新に挑戦し,新しい価値を創造することによって,文明と文化の発展および人類の安全,健康,福祉に貢献することを使命とする.また,科学技術が地球環境と人類社会に重大な影響を与えることを認識し,技術専門職として職務を遂行するにあたって,自らの良心と良識に従う自律ある行動が,科学技術の発展と人類の福祉にとって不可欠であることを自覚し,社会からの信頼と尊敬を得るために,以下に定める倫理綱領を遵守することを誓う.

(綱領)12項目から抜粋
1.技術者としての社会的責任
会員は,技術者としての専門職が,技術的能力と良識に対する社会の信頼と負託の上に成り立つことを認識し,社会が真に必要とする技術の実用化と研究に努めると共に,製品,技術および知的生産物に関して,その品質,信頼性,安全性,および環境保全に対する責任を有する.また,職務遂行においては常に公衆の安全,健康,福祉を最優先させる.

3.公正な活動
会員は,立案,計画,申請,実施,報告などの過程において,真実に基づき,公正であることを重視し,誠実に行動する.研究・調査データの記録保存や厳正な取扱いを徹底し,ねつ造,改ざん,盗用などの不正行為をなさず,加担しない.また科学技術に関わる問題に対して,特定の権威・組織・利益によらない中立的・客観的な立場から討議し,責任をもって結論を導き,実行する.

4.法令の遵守
会員は,職務の遂行に際して,社会規範,法令および関係規則を遵守する.

5.契約の遵守
会員は,専門職務上の雇用者または依頼者の受託者,あるいは代理人として契約を遵守し,職務上知りえた情報の機密保持の義務を負う.