みんな知らない「役員」の怖い話

1.はじめに
税理士法人耕夢 代表社員の塩尻明夫です。
私は今「公認会計士・税理士・公認不正検査士・認定登録医業経営コンサルタント」として仕事していますが、元々は大学院まで機械工学を勉強していました。
物心ついた時から機械いじりが好きで、ガラクタとドライバーと半田ごて(電気回路を接続するために使う、一種の溶接器)がオモチャがわりという生粋の理系少年でしたから、そういった理系の道に進むのは当然のことでした。

さて理系というと「研究者」や「開発者」といった役割が多いイメージで、「経営者」とは対極の存在と思われがちです。

しかし、実際には理系出身で取締役に就任したり、経営者になったりという例もたくさんあります。これは立場や巡り合わせだけではなく、「会社経営に必要なのが営業や経理財務だけではない」ことが理由です。少なくとも我が国の産業で根幹を支える製造業においては、理系の能力も経営上必須なのです。

そんな理系の皆さんが取締役になったら「ぞっとする」話を今日は書いてみます。

社長イス・ハイバックチェアのイラスト

2.あなたは執行役員 or 取締役?
一般に「役員」と呼ばれる会社の役職にはいろいろあります。
「代表取締役CEO」といったら、なんだか偉そうですよね。
しかし、こういった呼び名の意味、皆さんどれくらいご存知でしょうか。
昔とある役員会で質問したら、誰も答えられなかったことがありました…
ということで、おそらく世の中で最も短い決定版の説明を作りました。

①法律(会社法)で定めたもの
「代表取締役」、「取締役」、「監査役」といった割と堅めの名前は、株式会社などの会社に関するルールを定めた「会社法」に定められています。
会社の経営に携わるのが「取締役」、その中で会社の顔として代表するのが「代表取締役」、取締役の仕事を監督するのが監査役です。
また取締役の会議を「取締役会」、監査役の会議を「監査役会」と呼びます。

この仕組みは日本やドイツ的で、アメリカの場合は「取締役」はどっちかというと日本の監査役のように業務を執行するトップの仕事を「取り締まる」役目になっています(この形は日本でも少し取り入れられつつあります)。
これらの役職には任期があり、1年~10年という任期が終わると一旦退任し、続けたければ就任時同様株主総会で選任される必要があります。

②組織の形に応じた呼び名
皆さんに最も馴染みのあるのは「社長」、「会長」、「常務」、「専務」、「相談役」といった役職名です。「執行役員」、「兼務」や「顧問」などもあるかもしれません。
社長が会社のトップであることはなんとなくわかりますが、会長はその上?また常務と専務がどう違う?

こういった説明は本やWEBなどで一生懸命なされていますが、実は「どれにも法的根拠は一切ない」のです。
これらは、日本的な会社組織を作る上で、組織図上従業員の上に位置する役職として扱われていることが多いようです。
実際の所、専務や常務がその位置に応じた意思決定を、明確な責任を伴って行っているかというと疑問を持たざるを得ない場合も多いです。

③機能に応じたもの
「CEO(最高経営責任者)」、「CFO(最高財務責任者)」、「COO(最高執行責任者)」という名前はよく目にします。「CTO(最高技術責任者)」も最近増えてきたようです。
これらも社長や専務同様、法律に基づく名称ではありません。
それぞれの機能に応じた経営判断や執行を、それぞれの責任を負って行う者のことを言います。
これらは主にアメリカでの企業経営形態、すなわち「トップダウン的な経営組織」を動かすために生み出されたものであると言われています。

3.取締役の責任
①会社法の規定
ここからは「会社法」に定める取締役について、本題である「ちょっと怖い話」をします。
まず、取締役と会社との関係は「委任」関係とされています(会社法330条)。
この委任関係がある場合、委任された側である取締役は「善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ、善良なる管理者としての注意義務)」という割と幅広い義務を負うことになります(民法644条)。
また法令、定款、総会決議を守り、職務を忠実に遂行する義務も負います(会社法355条)。会社との競業に関する規制や利益が相反する取引に関する規制もあります。
そして、会社法第423条には「その任務を怠ったときは損害を賠償する責任を負う」と定められています。
これらの責任は、会社に対するものや外部の債権者に対するものの両方があります。
単なる従業員と違い、取締役の場合は直接的に責任を負わされる場合があるのです。

②どんな場合に責任が?
取締役が自分や関係者を利する目的で会社に損害を与えた場合は、①以前に「最大懲役10年」という「特別背任(会社法960条)」という罪になります。

しかし、自分がやっていない行為、例えば代表取締役など他の取締役が明らかに違法だったり放漫な経営をしているのに、取締役会で「反対しなかった取締役」も責任を負うこととされているのです。ここ非常に重いところで、「反対する」だけではなく、「反対したことを議事録に書く」必要があります。
会計不正で粉飾し、会社が責任を負うべき場合もこの対象です。

③専門外の取締役は責任を負わなくてよい?
以前、不正会計や粉飾が問題となったとある会社で、技術系の取締役が週刊誌のインタビューで「そんな会計のことなんて技術系の自分には関係ないしわからないから」と答えていたケースがありました。

これは大きな間違いなのです。

会社法は、取締役の責任追及に際して、その専門性を条件としていません。
つまり、会計上の責任であっても理系の取締役は会計担当の取締役と同じ重さの責任を負うことに(法律上は)なっているのです。また逆も然りで、技術的な不正(検査不正など)の場合は、文系業務の取締役も同じ重さの責任を負うことになります。

実際の所は、「その専門性によって問題を知りえたかどうかが変わる」ため、裁判上責任を問われると判断されることがまだ少なく助かっている方が多いようです。
要するに、責任を負わされるかどうかの可能性は少し低いが、もし負わされたら責任の重さは同じ、ということになります。

しかし、会社法で責任を負うことになっている以上、なんらかの事情で問題を知っていたと裁判上判断される場合には同じ責任を問われてしまいます。取締役になった以上は、自分の専門以外のことも勉強し、口を出したり反対したり、また差し止めたりといった行動が必要になっていると言えます。

④執行役員は?
「取締役」のつかない「執行役員」はどうでしょうか。
執行役員制度は、日本においては1997年にソニーが最初に導入したと言われています。
取締役ではありませんので、前述のような取締役の法的な責任はなく、部長や課長といった従業員としての責任が課されることになります。

もし自分の専門外の法律や責任を勉強する気が全くない方が役員就任の打診を受けたら、取締役にならず執行役員で止めておくことをお勧めしたいところです。

⑤破産した場合は?
会社が破産した場合はどうでしょうか。
取締役はその債務を押し付けられるでしょうか?
ここについては、「負わなくてよい」が正解です。
会社の債務については、個人保証などをしていない限り、取締役が責任を負う必要はありません。
(代表取締役などトップは保証をしている場合が多いと思いますが)
しかしこれで安心してはいけません。
破綻に至った原因がその経営方針であった場合、③で述べたように保証をしていない取締役にも経営責任があるということで、会社法上の責任が問われる可能性があります。

4.取締役になるか?と言われたら
長年頑張ってきて、オーナーなどから「そろそろ取締役になるか?」と問われたら…
ほとんどの場合、それは純粋にねぎらいからの言葉だと思います。また皆さん今回のようなことをあまり知らないので、全くの善意で出世させると思っただけと思います。
このため、普通「評価された」と喜ぶ人が多いでしょうね。

しかし、今回説明したように会社法を深く知ると、手放しで喜ぶわけにはいきません。

私がそんなシチュエーションでお勧めしたい返事は

「ありがとうございます。でも、私には取締役はもったいないので、執行役員程度にして頂けますか」

といったところです。

 

それでも「いやいや、絶対君がならないと」とか「断って俺の顔に泥を塗るのか!」などと言われ出したら、「裏に何かある」と思った方がよさそうです(笑