5)遺言書
①遺言とは
「ゆいごん」については皆さんある程度ご存じと思います。この「ゆいごん」、法律上は「いごん」と読みますが、今回は「ゆいごん」で統一したいと思います。弁護士さんとお話しする場合などは「いごん」と読むと良いかもしれません。
さて、遺言とは「人が自分の死後一定の効力を発生させる目的で、一定の方式でなされる相手方のない単独行為」のことを言います。簡単に言うと、人が自分の死後、一方的に「あれをしろ、これをしろ」と命令することです。
人の死後は、よほど霊感の強い方でもなければ現世とのコミュニケーションは取れませんので、勝手な事がなされないよう遺言については法律で厳格に要件が定められています。また、法律上遺言で指定出来るのは先ほど説明しました認知、相続分の指定、遺贈などに限られています。
②遺言書の種類
さて、民法上、遺言には自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類が定められています(民法967条)。この他に臨終の場合や船舶中など、やむを得ない場合の特別な方式もありますが、今回は省略します。
では、これらの遺言方式の特徴について説明します。
<自筆証書遺言>
自筆証書遺言は、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自署し、これに印を押すことで作成できます。
この方式の長所は、紙一枚あれば容易に作成できることにあります。その反面、専門的知識のない方が書いた場合は法律的な要件を満たしていなかったり(日付の抜け、不動産の指定間違いなどが良く発生します)、間違いなく本人が書いたかどうか不明になる場合などの問題も発生しがちとなります。
また、改ざんを防ぐために封をした場合、相続発生後開封するためには家庭裁判所に持ち込み、検認という手続を受けなければならなくなります。
<公正証書遺言>
公正証書遺言は、証人2人が立ち会った上で公証人に遺言の内容を伝え、これを公証人が筆記、遺言者や証人が確認の上、公証人を加えて全員が署名、押印することによって作成します。作成した遺言書は、原本を公証役場に保管し、控を遺言者が持つことになります
この方式は、作成が公証人であること、また遺言書の原本が公証役場に保管されていることから、その証拠能力が非常に高いところに長所があります。また、公証人がその内容についてかなり厳密にアドバイスしてくれる場合も多く、無効な内容となる可能性が非常に低くなります。しかし、公証人に対しては相続人数や相続財産の額に応じて所定の手数料がかかりますし、証人の確保についても、単独で作成可能な自筆証書遺言より手間がかかると言えます。
<秘密証書遺言>
秘密証書遺言は、遺言者が署名押印した遺言書を封印し、これについて公証人及び証人2人の前に提出して「自分の遺言である」旨を述べた上で、公証人が日付などを記載、証人と遺言者が自署押印する方式です。
この方式は、遺言書を秘密に出来るというメリットがあるのですが、誰の目にも触れないため、開封した際内容に不備があれば無効になるという大きなリスクがあります。また相続発生後開封するためには家庭裁判所に持ち込み、検認という手続を受けなければならないことや、公証人の手数料がかかることなどのデメリットもあります。
③遺贈・死因贈与について
民法には、相続以外にも人の死に起因して財産などが移転する場合が規定されています。それは、遺贈(いぞう)と死因贈与です。これらは贈与の一種であるという点で共通なのですが、それぞれ次の様な違いがあります。
遺贈とは、遺言によって財産を贈与する行為です。この遺贈には受け取る側の意思は必要なく、遺言にて一方的に「○○は△△に遺贈する」と書けば足ります。
これに対し、死因贈与は贈与する者の死亡によって効力が生じる、贈与する者の生前に締結された贈与契約を言います。死因贈与の場合は、遺贈と異なり遺言に記載する必要はありません。また贈与する者と贈与される者の間に合意(あげます、もらいます)が必要となります。
これらは、民法が規定する親族など、相続の対象となる者以外に財産を分けたい場合に利用されます。例えば、内縁の妻や、親族以外でお世話になった方に対して財産を一部または全部移転したい場合に利用します。
なお、相続税法上はこれらも相続とほぼ同等に扱われますので、遺贈や死因贈与を受けた人は、相続した方と同等の相続税を負担することになります。
④遺留分
元々、遺言という制度は被相続人が自由に相続人などに対して自分の財産を分配するためにあるのですから、好きなように内容を書いてもその通りになるというのが原則です。
しかし、被相続人が相続人以外の者に全財産を渡してしまった場合や、特定の相続人だけに相続させた場合や生前贈与をした場合には、他の相続人は全く遺産を相続することが出来ません。
ただ、相続人が被相続人の財産形成に貢献した場合も考えられますし、ひょっとしたらその財産がもらえなければ相続人が生活に困窮する事もあるかもしれません。
このような考え方に基づき、民法においては法定相続人に最低限の遺産をもらえる権利を保証しています。この権利に当たる部分を「遺留分」といい、その請求を行うことを「遺留分の減殺請求」といいます。
父母や祖父母など、直系尊属のみが相続人の場合には法定相続分の1/3が、またその他の場合には1/2が遺留分となっています。また、兄弟姉妹には遺留分が認められていません。
⑤遺言書を作成する必要があるのは?
一言で言うと、「法定相続割合によらない配分方法で財産分けを行いたい場合」には遺言を書く必要があると言われています。そのようなケースをいくつか説明します。
- 子供達やその配偶者同士の仲が悪い場合
このような場合、ある程度それぞれが納得出来る範囲で財産分けを指定することで、相続財産を巡る争いでさらに関係を悪化させる事態を防ぐ事も可能です。 - 夫婦に子供がなく、兄弟姉妹が疎遠な場合
そのまま夫婦のどちらかが亡くなった場合、相続財産は生きている配偶者だけではなく、兄弟姉妹にも相続分が残ります。
配偶者に全ての財産を移転したい場合は、「全財産を配偶者に相続させる」旨の遺言を作成しておけば、兄弟姉妹への相続分は発生しません。兄弟姉妹以外の相続分の場合は、先にご説明しました「遺留分」があるのですが、これまた先にご説明しました通り兄弟姉妹には遺留分がないため、このような事が可能となるのです。 - 行方不明者がいる場合
行方不明で連絡の取れない推定相続人(相続人になる予定のある人)がいる場合には、家庭裁判所などで「財産管理人」を選任してもらわなければ遺産の分割協議が出来ません。このような場合でも、遺言を作成しておけば、遺産分割協議の必要がなくなるためスムーズな相続手続が可能となります。
⑥改正について
平成30年7月6日、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」が成立、同年7月13日に公布されました。これは一般に「改正相続法」と言われており、この分野においては約40年ぶりの大改正となっています。
その改正の中で、遺言に関しては「自筆証書遺言の様式」「法務局での遺言書保管制度」の2つが改正されています。
ア)自筆証書遺言の一部PC作成などを容認(平成31年1月13日から施行)
改正前は、自筆証書遺言については一言一句本人が手書で作成する必要がありました。
しかし改正後、遺産の目録をパソコンで作成したり、通帳のコピー、不動産の登記事項証明書、固定資産税の名寄帳などを添付して代用することが可能になりました。
但し、使用する目録の全てのページに署名捺印が必要とされています。
イ)法務局での遺言書の保管(令和2年7月10日から施行)
改正前の自筆証書遺言は、遺言した者が自宅などで保管することが一般的でした。
しかし、紛失や偽造など問題が起こることもあり、相続手続上のトラブルの種となっていました。
そこで、今回の改正により自筆証書遺言を法務局で保管することが可能になったのです(手数料3,900円/件)。
また、この保管された自筆証書遺言については、前述の検認手続(結構面倒です)が不要となります。
なお、遺言書の詳細や具体的な書き方については、弊所ブログ「遺言を書こう!~自分と家族の幸せのために」を是非参考になさって下さい。
6)遺産分割・未分割
①遺産分割協議、遺産分割協議書
被相続人が生前に遺言書を作成していなかった場合、または遺言書に記載されていない財産などがあった場合には、相続人全員で遺産分割協議を行い、遺産分割協議書を作成する必要があります。また、希にですが被相続人が残した遺言書と違う財産の配分などを行う場合も遺産分割協議が行われます。
なお相続人の中に未成年者がいる場合は、相続人の構成を確認した上でその未成年者に法定代理人をつけなければなりません。未成年者が法定代理人の同意なく行った法律行為は取り消しうるからです。法定代理人には通常親がなりますが、親も相続人など利益相反が懸念される場合は、家庭裁判所に特別代理人の選任を申し立てることになります。
②分割が未了の場合はこんなにリスクが
民法上は、遺言や遺産分割協議による遺産分割が終了しない場合は、法定相続分に基づいて相続人全員が共有して相続したものと見なされます。
しかし、相続税の世界においては非常に大きな問題があります。それは、相続税における各種特例、すなわち税金を軽減してくれる制度のうち、重要なものが相続税申告書提出期限(相続開始後10か月)内に遺産分割協議が終了していることを要件としているからです。
例えば、後に説明する「配偶者の税額軽減」は、配偶者が相続した財産が法定相続分か1億6000万円のどちらか少ない金額まで税金が係らないという大きなメリットがある制度なのですが、相続税申告書の提出期限までに遺産分割協議が終了していなければその制度が使えません。この他にも遺産分割の完了を条件とする制度がありますので、やはり遺産分割は円満に、迅速に終えておく必要があると思います。
(第4回 完)
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