倒産しないために~資金繰(しきんぐり)の重要性と便利なツール

「企業経営には資金繰りが重要」とよく言われます。

「資金繰り」とはその名の通り「資金のやり繰り」のことですが、これはなぜ企業経営にとって重要なのでしょうか。

この記事は、そのような疑問について「黒字倒産」といった言葉を例にして解明し、資金繰りの重要性や難しさを理解頂くとともに、私どもの事務所で使用している便利な資金繰り管理ツールについてご紹介します。

1.黒字倒産って?

「黒字倒産」という言葉をご存知でしょうか?

文字通り、「事業が黒字なのに倒産する」ことを言います。

この黒字倒産、実はそんなに珍しくないのです。

売上は順調に上がっているのに、取引先が経営不振で入金が遅れたり、ひどい場合は貸し倒れにより回収できなくなり、仕入や給料、その他経費のための支払、借入の返済などが出来なくなってしまう状態がこれに当たります。

このような状態を俗に「資金ショート」と呼びます。

逆に赤字であっても、何らかの形で資金が手元にあって、必要支払額に足りる状態が続けば絶対に倒産とはなりません。

このように、「資金が足りていること」は、事業にとって極めて重要な条件なのです。

 
日銀ページより

2.資金は多ければよいか?

では、資金が足りている状態を続けるためには、どのようにすればよいのでしょうか?

自己資金が年間売上高の何百倍もある場合ならともかく、通常事業は最小限の資金で行われます。

その理由は「資金調達コスト」があるからです。

自己資金だけで足りない部分を銀行など借りた場合、その借入金には金利がかかります。

余分に借りておけば資金は余るほど足りる状態が続きますが、その余分な部分にまで金利が発生し、損になってしまいます(昨今の低金利状況だとあまり差はないかも知れませんが)。これが資金調達コストです。

ギリギリの資金で事業を運営することは、資金調達コストを最小化することにもつながります。

 

3.多すぎず、少なすぎず~資金繰り管理の勧め

では、ギリギリの資金で、しかも資金ショートを起こさないようにするには、どうすればよいのでしょうか?

それが「資金繰り管理」です。

つまり、これから一定期間内にどれくらいの入金があり、どれくらいの支出があるかをシミュレーションし、足りなくなる可能性が高い場合には資金を調達し、幸い余りそうな場合には返済を増やす、などのコントロールを行うのです。

この資金繰り、一般的には「月次(ひと月ごとに入金と出金を合計でチェック)」しているケースが多いのですが、最も効果的なのは「日繰り表」、すなわち毎日の入出金を厳密に予測して行う方法です。

日繰りの資金繰り管理を厳格に行い、それにもとづいた資金コントロールを行っている場合、よほど事業自体が傾いているのでなければ倒産する可能性は極めて低くなります。

一般の事業はもちろんですが、民事再生手続中のように、入金・出金のタイミングやバランスをシビアに調整しなければならない状況においては、資金繰り管理の重要性は格段に上がります。

 

4.資金繰り表作成ツール

とはいえ、日繰りの資金繰り表を作成するのは非常に難しく、知識と経験、そして手間の必要な業務です。

というのも、日繰りの資金繰り表を作成するためには、資金繰りそのものや簿記の知識、そして事業の入出金予定などを把握しておかなければならないからです。

また、日繰り表は原則として毎日更新しなければ正しい予想ができませんので、非常に手間もかかります。

ということで、これまで一般企業や病院、また通常営業状態から民事再生中まで、多くの企業等を見てきましたが、この日繰り表を機動的に正しく作れる担当者様はあまり多くなかったように思います。

そういう状況を改善するため、私どもの事務所は「日繰り資金繰り表」作成ツールを開発し、お客様を中心にお使い頂いています。

特徴は下記の通りです。

  • 現金、預金等複数の決済勘定科目に対応
  • 一定時点から半年までの日繰り表が、開始日付を指定するだけで自動的に作成される
  • 「定時支払マスター」により、家賃や借入返済など定期的な項目を一度に設定可能
  • 毎月変わる入金や支払いは「個別入出金マスター」に設定(式や別表により、一定の法則を持たせることも可能)
  • 金融機関休日を判定し、保守的に「入金は休日後」「支払は休日前」として自動的に調整(設定変更可能)

このツールはこれまで経営再建中の方を中心にお使い頂いていましたが、「資金繰り管理の実務経験がない方」でも、少しの練習で精密な資金繰り管理が可能となり、非常に大きな成果を上げています。

このツールは原則として私どものお客様に限定して使用しておりますが、会計事務所様、法律事務所様、金融機関の皆様には一定の使用方法説明後ご提供も可能です。

銀行担当者をして「こんなツールは見たことない」と言わしめる優れものですので、経営者や資金繰りに関わる方は是非ご検討下さい。

税務調査を不正対策に利用する

1.はじめに
新聞報道などで良く知られるように、税務調査で不正が発覚するケースは非常に多くあります。今回は、それはなぜかを制度から解き明かすと同時に、「積極的な利用の方法」について説明いたします。

CFE(公認不正検査士)が行う不正への対応は、時間的、費用的、また人的問題や法に基づく制約が多く、どのようなシチュエーションでも難しいものです。この原因の一つは、警察などと違って「強制力がないこと」にあります。

これに対し税務調査は公権力によって行われますから、この点において監査や不正調査とは全く異なる強力な手法であると言えます。とはいえ、税務調査が目的とするところは監査や不正調査のそれとは全く異なります。従って、「利用」と言っても、単純な話ではなく、それぞれの本質的違いを理解しなければなりません。

しかし逆に、そのような違いを理解し、実務を少し経験すれば、通常の不正対応において望むことのできない強力な力を得ることが出来るのです。

経理部門や会計士、税理士、弁護士など会計、税務、法律に携わる業種に限らず、取締役や監査役、内部監査部門など、内部統制の重要な部分を構成する方々全てにとって有用なお話になれば幸いです。

2.税務調査とは
1)税務調査がなぜ行われるか
法人税、所得税、相続税など主要な税法は「申告による課税制度(申告納税制度)」を採っています。このような申告納税制度の下においては、納税者が自ら申告書を作成し、この申告書に基づいて納税することになります。この場合、納税者全員が正しい知識と納税意識に基づいて申告・納税をするなら良いのですが、間違いや不正などの可能性は否定できません。このため、何らかの方法で「申告された内容が正しいかどうか」を確認する制度が必要となります。この目的を達するために存在するのが税務調査という制度です。

この税務調査を行う際、一般的には、原則として納税者の同意を得て行う、いわゆる任意調査が実施されます。しかし不正等により故意に脱税をする者には、税額を正すだけではなく刑事責任を追及するため、犯罪捜査に準ずる方法で調査する場合があります。これが査察調査(いわゆる「マルサ」)です。査察調査の結果いかんによっては、検察官に告発し、公訴に至ることがあります。

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2)税務調査でなぜ不正が見つかるか
①税務調査と監査、不正検査との比較
税務調査で不正が見つかる理由を考える前に、税務調査と監査や不正検査とを比較し、共通点や相違点を探ってみます。

次の比較表は、「公認不正検査士マニュアル」に記載されている「監査と不正検査の比較」をベースに、税務調査に関する部分を加筆したものです。

 表 監査、不正検査、税務調査の比較

 

監  査

不正検査

税務調査

実施時期

周期的
(
四半期、決算期など)

非周期的
(
不正発生時)

非周期的
(
但し一定の法則あり)

範囲

業務全般
(
会計中心)

特定の不正疑惑
(
あらゆる領域)

税に関する領域

目的

意見表明

責任の所在特定

適正な申告・納税

問題点の扱い

依頼主への報告、開示

依頼主への報告、司法

税法に基づく処分

網羅性

リスクアプローチ
に基づく範囲

対象不正疑惑の
全て

実務上問題と
されない

相手との関係

非対立的
(
強制性なし)

対立的
(
強制性なし)

対立的
(
正当理由なく拒めず)

方法論

監査技術

不正検査技術

税務調査技術
(
職人的部分あり)

仮説の根拠

職業的猜疑心

具体的証拠

具体的証拠と経験

コスト要求

高い

依頼内容による

低い

 

②具体的な税務調査手法
それでは、実際の税務調査がどのように行われるかについて、法人税の任意調査を例に簡単に説明します。

法人税の税務調査は、主に以下のような論点をターゲットに行われます。

  • 売上除外など収益の計上漏れ、計上時期のずれ
  • 経費水増しや架空計上、計上時期のずれ
  • 棚卸資産など、貸借対照表項目の過少計上(簿外資産の有無)
  • 税制上の特例など、適用要件あるものの実態調査

そして、その際取られる手法は、おおよそ以下のようなものです。

  • 分析的手法より、実証手続に徹底してこだわる(白色申告の推計課税を除く)
    →「現地、現実、現物」の確認
  • 仮説検証アプローチ
    但し、その仮説は後述する資料や経験に基づくものが多く、職人的。性悪説に基づく。
    この点、「リスクアプローチ」の概念はまだ完全に取り入れられていない感がある。
  • 非財務分析・内偵
  • 非財務数値との比較分析や内偵(現金商売に対する場合が多い)など。
  • 反面調査 非常に強力な手法であるが、あくまで任意の調査手法の一つ
  • 尋問手法 世間話から徐々に会社概況や業務の内容に移行し、資料や他の証言との矛盾を探る手法。

③資料収集
不正調査は「初動」が重要ですが、理想的には「不正調査が必要となった時点で確定的な情報、証拠が手元にある」場合には効果的な調査が可能となります。ただ、そんな都合の良い状況を一般の不正調査業務で実現することはほぼ不可能です(この意味で、GoogleやFacebookのような会社が不正調査ビジネスに進出すれば、事の是非はともかく非常に面白いかもしれません)。

ところが、税務署にはその「都合の良い理想」があるのです。これを資料収集制度と言います。税務署は普段から様々な情報を集め、既に膨大なデータベースを手元に確保しているのです。この収集方法で代表的なものが、「取引資料せん」、「調査時の資料収集」です。

まず「取引資料せん」とは、特定期間の特定取引(売上、仕入、外注費、諸経費など)について、取引先の住所、氏名、取引年月日、取引金額、支払先の銀行口座、取引内容などを記入した情報を収集するものです。これは税務署が納税者に「任意」での協力を依頼し、提出を受けることになっています(法定外資料に分類されます)。

後者「調査時の資料収集」は、税務調査で訪問した先で収集した取引記録です。税務調査の過程を注意深く見ていると、自らの税務調査とあまり関係がなさそうな取引まで便箋にメモして帰ることがあると思います。メモしている内容は上の「資料せん」と基本的に同じです。

これらの情報は全て国税局のコンピュータ(国税総合管理システム KSK)上にデータベース化され、各税務署で利用可能な状態となっています。例えば、沖縄で収集された資料に北海道の事業者との取引があれば、北海道の調査官がその資料を調査時に利用できる訳です。架空経費など、不整合を生む初歩的で単純な不正は、この収集した情報で比較的簡単に発見できます。

3.不正調査・防止への活用
1)税理士とのコミュニケーション
このように、税務調査は不正調査と非常に似ており、また一般的な不正調査においては権限上得難い情報も利用できます。となれば、冒頭で述べた通り、税務調査において不正が発覚しやすいことも理解できます。

しかし、税務調査で発覚している不正は、金額的な重要性の少ないものを含めると実は氷山の一角なのです。調査官は不正の調査を主眼としている訳ではありませんから、増差(税額が増える論点)以外は原則として立ち入らず、その場の注意で済ませてしまう事も多くあります。税務調査件数にもノルマがありますから、自分の仕事に効果が少ない論点に正義感をもって立ち入るより、次に進んだ方が楽な訳です(実際、いわゆる「良い税理士」はこの落としどころを探り、税務調査におけるクライアントの負担を軽くするよう努力します)。

しかしこれを不正調査の観点から見ると、非常に大きな問題があります。不正は「税額を増やす」という論点において重要性が無くても、粉飾やコンプライアンス、レピュテーション上の大きな問題となる場合があります。また「網羅性」にさほど重点を置いていない税務調査でたまたま発覚したということは、ハインリッヒの法則(「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する」という経験則)から見ても重大な問題が隠れている可能性があるのです。

また、会社側で税務調査を担当するのは経理担当者や社長など経営者自身であることが多く、これらの問題が自らに関係する場合には、当然隠蔽の意思が働きやすくなります。

このような問題に対しては、税務調査に関しては内部監査担当者や監査役が進捗や発見事項を把握してくことが重要です。税務調査担当職員や顧問税理士とコミュニケーションを取ることはもちろん、税務調査日程や調査官との面談、調査への立会、報告会への同席など、表に出ない問題点を闇に葬らせない牽制が効果的であると考えます。

2)税理士法33条の2書面、意見聴取制度の高度な利用
税理士法第33条の2に規定された「書面添付」制度は、申告書を作成するに当たって計算した事項等を記載した書面(添付書面)を税理士が作成した場合、当該書面を申告書に添付して提出した者に対する調査において、税務調査の通知前に、添付された書面の記載事項について税理士が意見を述べる機会を与えなければならないという制度です。

実務を踏まえて簡単に言いかえますと、「調査に入る前に、税理士が申告書の内容(主に適切に作られているかどうか)について意見を述べ、事前に調査の要点について議論、結論まで出すことが出来る」というものです。また場合によっては調査そのものが省略される場合もあります。

この制度が素晴らしい所は、「この意見聴取段階で結論の出た項目については、もしその後調査を開始したとしても一切触れられることがない」という点です。

このような点を税理士と連携して上手に活用できれば、「当局との意見の相違が問題となりやすい税務スキームなどは調査の対象から外し、経営者自身も気づいていない誤りや不正を税務調査の過程で発見する、あるいは発生しないよう牽制する」といった非常に高度な利用をすることも可能です。

私も実際このようなケースをいくつか経験していますが、先に述べたような強制力や資料収集力を持った税務調査が不正対応に与える影響は絶大なものがあります。

税理士法33条の2書面については、こちらのコラム(「税務調査を受けない方法」)を参照

4.税務調査による不正発覚事例と分析
1)架空循環取引
日本公認会計士協会 会長通牒平成 23 年第3号「循環取引等不適切な会計処理への監査上の対応等について」は、循環取引について「経営者、あるいは特定の事業部門責任者等により意図的に仕組まれる為、正常な取引条件が整っているように見える場合が多い」と述べ、下記のような特徴を持っていると説明しています。

  • 取引先は、実在することが多い。
  • 資金決済は、実際に行われることが多い。
  • 会計記録や証憑の偽造又は在庫等の保有資産の偽装は、徹底して行われることが多い。

この会長通牒でも述べられているように、架空循環取引は非常に巧妙に正常取引を偽装しており、一般的なリスクアプローチに基づく監査によって発見することには限界があります。また、平成25年に発表された「不正リスク対応基準」でも、架空循環取引への対応は「取引先企業の監査人との連携」が必要であるとして継続審議となっています。

しかし、税務調査は前述の「反面調査」や「資料せん」、そして取引内容や債権債務、棚卸資産などに関する質問により、架空循環取引から生じるわずかな不整合を見出す可能性を持っています。

循環取引は一種の粉飾ですから税務調査において主眼とすべき論点ではありませんし、監査と同様発見それ自体は難しいものです。しかし調査の過程においてその兆候が出ることも多く、調査官と会社担当者間のやりとりを十分に把握しておくことが重要です(調査による発見・摘発は難しくても、不正リスク評価上重要な情報の得られる場合があります)。

事例:広島ガスグループ架空循環取引(税務調査での発見事例)[PDF

2)資産の流用、横領

  • 旅行会社の架空請求書、領収書(出張日報とは合致)
  • 領収書がコクヨ(会社名、住所、電話番号記載あり)であった点について注目
  • 会社名を検索しても出ず、電話番号は生きているが電話は着信しない

結局このケースにおいては、出張のハシゴや安宿の利用によって節約した旅費と、架空旅費の差額を横領していました。

一般的に、税務調査において「コクヨ領収書」や「手書領収書」など、調査官が経験上疑問を持つ証憑類はよくピックアップされます。

ところが、税務調査の実務上は、他に大きな論点があった場合にはこのような論点が「口頭での注意勧告」にとどまることが多く、闇に葬られる場合も多くあります。この点からも、できれば調査の過程を把握しておく必要があります。

3)テレビ朝日社員が1億4千万円流用
テレビ朝日は2013年11月20日、外部の制作会社に架空の業務費などを請求させ、番組制作費合計約1億4100万円を着服したとして、プロデューサーを11月19日付で懲戒解雇したと発表した。同局によると、2003年11月~2013年3月までの10年間に亘り、伊東は制作会社3社に架空計上や水増しした業務代金を請求させ、同局から支払われた番組制作費を私的な国内外への旅行費用や服飾品購入に使用して、制作会社1社には見返りとして現金数10万円を渡していたという。 2013年8月に東京国税局の定例税務調査で発覚し、同局が内部調査を進めていた。本人は私的流用を認め、返済も始めているという。(以上WikiPediaより)

以上

土地再評価法の会計・税務処理(金融機関、上場会社向けマニアック論点)

平成に入ってから、日本の銀行はその直前まで野放図に広げていた過剰融資がバブル景気の崩壊の直撃を受け、破壊的なほどの体力低下を招いていました。
また、MOF担問題や総会屋に対する利益供与事件など、コンプライアンス意識の低下や不透明な融資体制、護送船団方式による国際競争力低下などにより、銀行業界自体が非常に大きな危機に立たされていました。
政府は平成8年に「金融制度改革(金融ビッグバン)」を提唱、また独占禁止法の改正により銀行持株会社の設立を可能として銀行業界のてこ入れを図りましたが、それをあざ笑うように平成9年には北海道拓殖銀行と山一證券が、平成10年には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が破綻してしまいます。
さらに長引く不良債権の処理によって銀行の自己資本比率は悪化し、上記のような経営破綻も影響して、日本の銀行が海外から資金を調達する際には、他国の銀行より上乗せした金利(ジャパン・プレミアム)を支払わなければなりませんでした。

今回ご説明する「土地再評価法」は、このような状況を打開しようと打ち出された様々な政策のうちの一つです。
しかし、残念ながらその拙速さと政府・会計・税務という本来密接に連携していなければならない分野の断絶で、少々奇妙な問題が起こっています。
今でもかなりの企業(金融機関や上場会社等)でこの問題は内在していますので、大変マニアックな話で恐縮ですが是非ご一読ください。

なお、直近(2020年末現在)の税制や手続の改正を織り込んだ補足も末尾に追加しておりますので、関連される方は最後までお読みください。

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0.はじめに
改正土地再評価法(土地の再評価に関する法律の一部を改正する法律)とは、平成10年に交付された土地再評価法(土地の再評価に関する法律)が改正されてできたものです。改正前と異なり、当所の金融機関だけではなく一定の条件を満たす一般事業会社についても再評価が利用可能となっています。この再評価により、計上された差額金は自己資本に組み込まれ、(見かけ上)自己資本比率の向上によって経営体力が強化されることとなります。

具体的には、
・評価差益部分(税効果部分を除く)を資本準備金として取扱う
・この差益部分を自己株式の償却に限定して使用を認める

という内容となっております。この法律は平成13年3月30日までの時限立法であり(*)、配当可能利益等の計算においては再評価差額金を控除することとなっています。

(*)再改正により、この期限が1年と1日延長され、平成14年3月31日までとなっています。また同時に、適用対象法人の範囲について「証券取引法に基づき公認会計士監査が義務付けられているが商法上の大会社に該当しない会社」が追加されています。

なお、この改正土地再評価法についての会計上の取扱いは、「土地再評価差額金の会計処理に関するQ&A」(最終改正平成18年7月19日)等において発表されています。今回のコラムもこの取り扱いを参考に作成しています。

ところが、この法律に従った再評価を行った後、再評価の対象となった土地の売却が発生した場合、その会計及び税務処理にいくつか疑問が浮かびました。以下、その疑問と結論についての仮説、当事務所の現状の取り扱いを説明します。(注:過去掲載記事の加筆修正版です)

 

1.会計処理
再評価時点において、「帳簿価額:100、時価:150」となっている土地があるものとします。

この場合、改正土地再評価法に従えば、以下のような仕訳となります(実効税率を40%とします)。

(借) 土   地 50 (貸) 繰延税金負債(負債の部) 20
再評価差額金(資本の部) 30

利益処分計算書を経由せずに資本の部に再評価差額金が計上される点においては、新金融商品会計におけるその他有価証券の資本直入法と同一です。但し、改正土地再評価法の場合、その他有価証券の時価評価差額と違って期首における戻入は行われません。なお、上記の繰延税金負債は、他の繰延税金負債と区分して計上することが要請されています。

この差額は土地に係る評価差損益ですので、法人税法上は課税の対象とはなりません(法人税法25条、33条)。また、この差額は損益計算書を経由していないため法人所得に影響しませんから、税務上の調整は必要無いものとされています。この時点で、会計上の土地簿価は150、税務上の土地簿価が100となり、会計・税務の間に差額が発生します。税効果部分が計上されるのはこれが理由です(日本の税効果会計が資産負債法を採用しているため)。

では、この土地を170で売却した場合にはどのような仕訳となるでしょうか。これを上記の「土地再評価差額金の会計処理に関するQ&A」に従って処理すると、下記の通りの仕訳となります。

(借) 現金預金 170 (貸) 土   地 150
土地売却益  20
繰延税金負債  20 法人税等調整額(損益)  20
再評価差額金  30 再評価差額金取崩額  30

 

2.税務処理
さて、このままの土地売却益を課税所得としますと、課税されていない評価差額の部分だけが税務上過小となってしまいます。このため、何らかの形でこの部分を課税所得に加算する必要が出てきます。ここで、上記の「再評価差額金取崩額」を「損益計算書項目」として扱うか、「剰余金修正」として扱うかが問題となります。

損益計算書項目として扱った場合、上で述べたような加算は既になされたことになりますので、申告調整は必要ありません。しかし、剰余金項目で取り扱う場合、税務調整(具体的には別表4で所得に加算)を行う必要があります。

前述のQ&Aにおいては「再評価後においては、改定後の帳簿価額が会計上の帳簿価額として位置付けられているため、改定前の帳簿価額に関連する土地再評価差額金の取崩額は、当期純利益(損益計算書)には反映されず、その他利益剰余金(株主資本等変動計算書)に直接計上されることとなります。」とされているため、日本の会計基準としては剰余金処理が正しいとされていることになります。

さて剰余金修正として取り扱った場合には、上記の通り税務調整が必須となります。ところが、この場合の加算項目を「流出項目」として扱うと、利益積立金項目に矛盾が発生します。そうかといって「留保項目」として扱うと、利益積立金の項目に同じ金額が計上され、このまま永久に残ることとなります(取引の元となった土地が既に外部に売却されているため)。

3.解決法とあるべき処理について
これらを検討した結果、従来当法人は現時点においては以下の通りの解釈を持って実務上の取り扱いとしていました。

  • 再評価差額金取崩額の加算は絶対に必要→別表4にて所得加算(少なくともこれで脱税にはならない)
  • 別表4上は留保項目で処理、別表5(1)において、利益積立金の「増」として処理(※1)
  • 利益積立金上残存する矛盾を解決するため、同時に、別表5(1)において貸借逆の同額を「当期利益処分による増減」欄に記入(※2)

これは単につじつまを合わせるための方策ではなく、(税務上も会計上も)利益処分によらず積み立てられていた土地再評価差額金を利益処分により取り戻したことから、(少なくとも税務上は)当該部分について行われるべきであった利益処分を実施した、との考え方によるものです。

(追記)この点について最近(注:令和2年8月時点)大阪国税局の担当官と議論した所、上記※2の処理を行わず、※1の調整額を別建てで「土地再評価差額金調整額」等として処理し、会計と税務の差異をそのまま残存させて欲しいとのお話がありました。これは、平成18年5月1日以後終了事業年度の法人税申告書からは※2を処理するための欄(当期利益処分による増減)が廃止され、当該処理を行うと国税庁のシステム側でエラーチェックにかかってしまうようになったからだそうです。
ということで、当該会計・税務の差異により発生する差額は、結局法人が存続する限り持ち越されることとなってしまいました。

なお、上記の問題点は、減損の場合にも同様に発生します。 再評価土地を保有する法人の場合、当該土地に何らかの動きがある場合には必ず特殊な税務調整が必要になる、とお考えになった方が良いようです。

この非常にマニアックな論点についてご質問がございましたら、当事務所までお気軽にお問合せ下さい。

以上

倒産したら事業年度に注意?

1.「倒産」とは?
「倒産」という言葉を聞かれた場合、皆さんはどのような印象を持ちますか?
一口に「倒産」と言っても、実は様々な種類があるのです。
倒産は大きく分けて「私的整理」と「法的整理」に分けることが出来ますが、この違いは「倒産手続に関して専門の法制度が用意され、裁判所が関与するか」にあります。
法的整理が、細かい手続きに至るまで専用の法令で定められて裁判所が関わるのに対し、私的整理は債権者・債務者間における取り決めを元に手続きを進めます。

またこれらをさらに細かく分けると、私的整理には、自主廃業、清算といった方法が、また法的整理には特別清算、民事再生、会社更生、破産といった方法があります。

上記に加えて、「手形の不渡り」(振り出した手形が資金化できなかった)が発生したことを倒産と呼ぶ場合もあります。実際この不渡りを2回出してしまうと銀行と取引ができなくなるため、事実上倒産と同じ状態になるためです。

さて、普段から企業再生に関わる皆様の場合はこれらの違いを理解されていると思いますが、一般の事業会社の場合、経理部の方でもその区別がついていない場合があります。ですので、「取引先がつぶれました」という表現での連絡を受け、「どんな手続きを使った倒産ですか?」と聞き返すことも多くあります。

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実はこの「倒産手続」、その後手続きを進めるにあたって必要となる「事業年度(会計年度)」の考え方がそれぞれ大きく異なるのです。
今後、ひょっとしたら倒産が増加するかもしれません。
前向きな事業再生を目指す手続きの場合には復活するまで正しく会計手続きも気を付けなければなりませんので、経営や会計、金融に携わる方は是非「倒産と事業年度」の考え方を知っておいて下さい。

2.法人税と事業年度
①基本
さて、「事業年度」とは何でしょうか。
簿記を勉強した方なら「会社などの会計をまとめる期間」で「通常1年間」であるということをご存知と思います。
このため、会社について多くを定めている「会社法」には「事業年度」という用語が多用されています。
しかし驚くべきことに、「会社法」には「事業年度」に関する定義が存在しないのです。

では事業年度とは一体何をよりどころにすればよいのか?
実は「事業年度」に関する定義は「法人税法」に定められているのです。

法人税法第十三条
この法律において「事業年度」とは、法人の財産及び損益の計算の単位となる期間(以下この章において「会計期間」という。)で、法令で定めるもの又は法人の定款、寄附行為、規則、規約その他これらに準ずるもの(以下この章において「定款等」という。)に定めるもの(略)

このことから、通常の会社はその会社の定款(ていかん。会社を運営していく上での基本的規則を定めたもの)に定めた事業年度が採用されます。

②清算&特別清算
清算とは、会社が本来の活動を停止(解散)した上で、資産や債務の精算・資本の払い戻しなどの為に行われる手続きを言います。この清算が完了(結了と言います)すると、会社は「清算結了」登記を行って消滅します。
この清算は、残余財産がなければ行うことが出来ません。もし債務の方が財産より多い場合、債権者の中には十分な弁済を受けることが出来ない者が出てきます。このため、その弁済手続きの公平を期すため「特別精算」という手続きを地方裁判所に申し立てることになります。

さて、現在会社に適用されている「会社法」は平成18年に定められましたが、その前は「商法」に会社に関する法令が含められていました。
その「商法」には、実は「解散」後の事業年度に関する規定が無かったのです。
このため、実務上は法人税法に規定されている「みなし事業年度(解散の日で一旦事業年度が終わり、その翌日から元の期末日までがもう一つの事業年度となる)」に関する規定が設けられていたのでこちらを適用していたのです。

(みなし事業年度)
法人税法第十四条
次の各号に規定する法人((略))が当該各号に掲げる場合に該当することとなつたときは、前条第一項の規定にかかわらず、当該各号に定める期間をそれぞれ当該法人の事業年度とみなす。
一  内国法人(連結子法人を除く。)が事業年度の中途において解散(合併による解散を除く。)をした場合 その事業年度開始の日から解散の日までの期間及び解散の日の翌日からその事業年度終了の日までの期間(略)

これに対し、平成18年の会社法施行後は、「清算事務年度」という1年にわたる期間が定義され、事業年度として適用されることとなりました(会社法494条)。これが①で説明した「法令で定めるもの」となり、解散の場合も①で説明した法人税法第13条が適用されることとなったのです。
この結果「解散時点で一旦区切り」までは以前と同様ですが、その後の事業年度は「解散の翌日から1年ごと」に変わりました。

(貸借対照表等の作成及び保存)
会社法第四百九十四条
清算株式会社は、法務省令で定めるところにより、各清算事務年度(第四百七十五条各号に掲げる場合に該当することとなった日の翌日又はその後毎年その日に応当する日(応当する日がない場合にあっては、その前日)から始まる各一年の期間をいう。)に係る貸借対照表及び事務報告並びにこれらの附属明細書を作成しなければならない。
(略)

③破産
会社の破産とは、債務超過で弁済ができなくなった会社について、裁判所の破産手続開始決定に従い、裁判所が選任した破産管財人の管理の下、財産を処分、税金や賃金等の優先的債務を返済した後の残余資産を債権者に配当することで、会社を清算する手続を言います。
倒産に関する法制で最も厳しい手続であると言えますが、その分迅速かつ確実・公平に整理を進めることが出来るため、著しく財務状況が悪化した会社にはよく使われる方法です。

さてこの破産に関する手続きを定めた「破産法」には事業年度の定めがありません。
このため、破産の場合には関係する法令を参考に事業年度をどうすべきかについて検討する必要があります。

まず、破産手続の決定により解散すると、その日をもって一旦事業年度を区切ります(法人税法基本通達1-2-9)。
ここまでは前述の「解散」と似ているのですが、「破産手続開始の決定により解散した場合」には、会社法上「清算すべき場合」から除外されているのです(会社法475条1号括弧書)。このため、破産手続の開始決定が会社は「清算株式会社」とはならないのです。
そうなると、会社法が改正される前の事業年度の考え方と同じで、事業年度開始日~破産開始日、及び破産開始日の翌日~事業年度終了日が事業年度となり、その後は破産手続が終結するまで定款に定められた事業年度が続くことになります。

(株式会社等が解散等をした場合における清算中の事業年度)
法人税法基本通達1-2-9 株式会社又は一般社団法人若しくは一般財団法人(以下1-2-9において「株式会社等」という。)が解散等(会社法第475条各号又は一般法人法第206条各号《清算の開始原因》に掲げる場合をいう。)をした場合における清算中の事業年度は、当該株式会社等が定款で定めた事業年度にかかわらず、会社法第494条第1項又は一般法人法第227条第1項《貸借対照表等の作成及び保存》に規定する清算事務年度になるのであるから留意する。(平19年課法2-3「三」により追加、平20年課法2-5「三」により改正)

(清算の開始原因)
会社法第四百七十五条
株式会社は、次に掲げる場合には、この章の定めるところにより、清算をしなければならない。
一  解散した場合(第四百七十一条第四号に掲げる事由[合併]によって解散した場合及び破産手続開始の決定により解散した場合であって当該破産手続が終了していない場合を除く。)(略) 

④会社更生法
会社更生法第1条には、「窮境にある株式会社について、更生計画の策定及びその遂行に関する手続を定めること等により、債権者、株主その他の利害関係人の利害を適切に調整し、もって当該株式会社の事業の維持更生を図ることを目的とする」と定義されています。
この会社更生法、破産のように会社を壊してしまうことはないのですが、それに近い強力な手段をもって債権債務の調整(減額など)を行います。

この会社更生法に基づく更生計画開始の決定がなされた時には、前述の清算と同様、その時点から更生計画認可の時までを1事業年度とします。
但しそれが1年を超える時は1年ごとに区切ることになります。

(法人税法等の特例)
会社更生法第二百三十二条
(略)
2  更生手続開始の決定があったときは、更生会社の事業年度は、その開始の時に終了し、これに続く事業年度は、更生計画認可の時(その時までに更生手続が終了したときは、その終了の日)に終了するものとする。ただし、法人税法第十三条第一項ただし書及び地方税法第七十二条の十三第四項の規定の適用を妨げない。

⑤民事再生法
民事再生法第1条には、「経済的に窮境にある債務者について、その債権者の多数の同意を得、かつ、裁判所の認可を受けた再生計画を定めること等により、当該債務者とその債権者との間の民事上の権利関係を適切に調整し、もって当該債務者の事業又は経済生活の再生を図ることを目的とする。」との記載があります。

なんとなく会社更生法と似ていますが、実際の手続は大きく異なります。
破産手続に近く、様々な手続きが厳格な印象のある会社更生法に比べ、民事再生は少しばかり柔軟んで、私的整理に近い印象です。
両社の違いを人間に例えると、会社更生法はICU入院(意識なしで生死をさまようレベル)、民事再生は通常の入院(治るまで通常の生活は出来ないが、意識もあり治療が可能な状態)、と言えるともいます。

さてこの民事再生手続ですが、認可決定されたとしても「会社法上解散していない(あくまで会社としては引き続き機能している)」状態になります。また民事再生法には事業年度の取り扱いがないため、事業年度が変化しないのです。

3.消費税と基準期間
①基本的な考え方
通常、会社の消費税は事業年度に合わせて計算されます。ところが、消費税の計算においてはその計算期間だけではなく「基準期間」という考え方が非常に重要となります。
この基準期間、一般的には事業年度の2期前のことを言いますが、この基準期間における課税売上高の多寡によって、今計算している年度の消費税の取り扱いが大きく変わってきます。

どのように変わるか、については、現在の制度が大変複雑なので別の機会に譲りますが、とりあえず「2期前の数字も大事」とご理解下さい。

また消費税法には事業年度の単独定義は存在せず、法人税法の定義を参照しています。

消費税法第2条
十三 事業年度 法人税法 (昭和四十年法律第三十四号)第十三条 及び第十四条 (事業年度)に規定する事業年度(国、地方公共団体その他これらの条の規定の適用を受けない法人については、政令で定める一定の期間)をいう。
十四 基準期間 個人事業者についてはその年の前々年をいい、法人についてはその事業年度の前々事業年((略))をいう

②1年に満たない事業年度がある場合(破産など)
さて、通常通り1年の事業年度が続いている場合には特に難しいことはないのですが、解散や破産などで「1年未満の事業年度」が発生した場合、基準期間の計算は少しややこしくなります。条文の規定は下記の通りです。

消費税法第2条
十四 基準期間 (略)法人についてはその事業年度の前々事業年度(当該前々事業年度が一年未満である法人については、その事業年度開始の日の二年前の日の前日から同日以後一年を経過する日までの間に開始した各事業年度を合わせた期間)をいう。

要するに、基準期間が1年以上になるよう、前の期間も合わせなさい、ということになる訳です。

3月決算の会社が2020年9月末に破産を申し立てた場合の例を書いてみます。

  • 当事業年度 :2021年4月1日~2022年3月31日(A)
  • 前事業年度 :2020年10月1日~2021年3月31日(B)
  • 前々事業年度:2020年4月1日~2020年9月30日(C)←1年未満
  • 前々々事業年度:2019年4月1日~2020年3月31日(D)
  • 当事業年度の2年前の日の前日:2019年3月31日
  • 上記以後1年を経過する日:2020年4月1日

→当事業年度の基準期間は、(C)+(D)、すなわち2019年4月1日~2020年9月30日となります。

以上

相続放棄って何?

相続や相続税と同様、皆さんが割と耳にすることのある「相続放棄」。
実はこの言葉、結構誤解されていることが多いのです。
この記事は、相続放棄の意義とその効果、そしてどんなシチュエーションで使うか、また注意が必要な点などについてご説明したいと思います。

1.「相続放棄したい/させたい」
私たちの事務所は、これまでたくさんの相続税申告をご依頼頂いてきました。
ということもあり、普段から相続税に関するご相談を受けることが多くあります。
その中で良く出てくるのが「相続放棄」に関するご相談です。

例えば「私はもう親から十分にして貰ったから、相続を放棄したいのだが」といったご本人の意思もあれば、「兄の○○は素行も悪く財産を渡してもすぐ使ってしまうから、弟のために相続放棄させたい」といった、親御さんや兄弟からのご依頼もあります。

しかしこの「相続放棄」、実際にはそういう意図で使われるべきものではないのです。

2.相続放棄とは
本来の「相続放棄」は、民法第939条において次の通り定められています。

「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」

文言の通り「初めから相続人とならなかったもの」と「みなされる」ため、相続放棄した相続人の直系の子供たちに通常発生する代襲相続権(亡くなった親の代わりに相続する権利。民法第887条)は発生しません。また、相続放棄の効果には絶対効(直接の関係者でない誰にでも効果)があるため、その効果を第三者にも対抗することが可能です。

しかし、この相続の放棄をしようとする者は、その旨を被相続人の最後の住所を受け持つ家庭裁判所に申述しなければなりません(938条、家事事件手続法、非訟事件手続法)。またこの申述は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内にしなければならないと定められています(民法第915条)。

相続には順位(子供→親→兄弟)がありますが、もし同順位の相続人が全員相続放棄した場合、後順位の者が相続人となります。たとえば子全員が相続放棄をすると、直近の直系尊属(父母等)が相続人となる訳です。さらに直系尊属が居ないか相続放棄する場合、兄弟姉妹が相続人となります。
このため、前順位者が全員放棄した結果自分が相続人になった時は、それを知った時から3か月以内に手続をすることができます。

手続としては「相続の放棄の申述書」(こちらからダウンロード可能:20歳以上 | 20歳未満)を家庭裁判所に提出します。実際には、上記ページにもある通り事情を聴かれたりする場合もありますので、弁護士や司法書士など専門家に依頼したほうが良いと思います。
裁判所が提供している記載例を示しておきます。

相続放棄申述書

3.どんな時に使う?
ではこの相続放棄、どんな時に使うのでしょうか。
一番大事なのは、「相続で引き継ぐべき債務が多すぎて、相続した財産(及び自分が元々持っている財産)で支払うことが到底無理な場合」です。
相続放棄すると、財産だけではなく債務も引き継がれなくなるからです。

例えば親が不動産投資に失敗し、所有財産やその将来の収益だけで多額の債務を払いきれず、破綻の恐れがある場合には相続放棄を検討する必要があると思います。
しかし、2.の通り相続放棄をしても同順位の相続人→次順位の相続人と順次相続人となっていきますので、もし完全に債務を免れたい場合には、配偶者を含め相続人となる可能性のある者すべてが順次、又は同時に相続放棄をする必要があります。

もし全ての相続人が放棄して、その後順位の相続人もいない場合には、相続財産は「法人」とされ、相続財産管理人(特に資格は必要ありませんが、通常弁護士や司法書士が選任されます)の管理下で財産等が処分されます(民法第951条)。

ただ、先に例示した不動産投資の失敗の場合、相続人となるもの(配偶者や子供)が連帯保証人となっているケースが多いため、相続放棄をしても連帯保証人としての地位から債務を引き継がざるを得ないことも良くあります。

なお、相続人が一部であっても相続財産を処分(売買や譲渡などだけでなく、家屋の取壊し等も含みます)したときは、単純承認(財産債務とも全て相続)したとみなされ、以後、相続放棄や限定承認をすることができなくなります。
令和元(2019)年7月1日以降の相続については「預金の遺産分割前仮払制度」がスタートしており、以前より預金の払い戻しが容易になっていますので、この点は注意が必要です。

4.相続放棄したら相続税はどうなるか
相続放棄をしても、他の相続人らが納付すべき相続税の総額は原則として変化しません。
相続税の計算方法は「相続税の計算は意外と複雑」で説明していますが、税金の総額をを計算する場合の「法定相続人の数」は、相続放棄したものが「しなかったもの」として計算するように定められているからです。
この理由はいくつかありますが、最も重要なのは相続放棄をすることで相続税の総額を変動させることができるとすると、租税回避の原因となってしまうからであると言われています。

如何でしょうか?
相続放棄について、おおよその論点を簡単にご説明しました。
残念ながら相続放棄を検討しなければならない場合は時間が限られていますので、早めに相続を多く取り扱っている税理士にご相談されることをお勧めします。
また、冒頭で説明しました「私はもう親から十分にして貰ったから、相続を放棄したいのだが」といったケースも、相続放棄を使わず、円満に良い結論を出すことが可能です。
お気軽にご相談頂ければと思います。

「役員退職金」は税務署に3度おいしい

従業員と同じく、役員も退職すると「役員退職金」がもらえる場合があります。
しかしこの役員退職金、様々な注意点があり、しかも税務署にとっては舌なめずりしたくなるほど「おいしい」論点なのです。
今回はその恐ろしい論点と、どうすればリスクを下げられるかについてご説明します。

1.中小企業の後継者不足
中小企業庁によると、2025年までに、70歳(平均引退年齢)を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人となり、うち約半数の127万(日本企業全体の1/3)が後継者未定であるとのことです。そしてこの現状を放置すると、中小企業・小規模事業者廃業の急増により、2025年までの累計で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性があると言われています。

2025年中小企業
中小企業庁「中小企業・小規模事業者における M&Aの現状と課題」より抜粋

2.役員退職金と会社法
さてこのような中、引退する経営者が必要としているのが「役員退職金」です。役員退職金は、文字通り「役員が退職する際に会社が支払う退職金」であり、法律上様々な定めが置かれています。

まず会社法上、役員退職金は定款か株主総会の決議で定める必要があります(会社法361条)。
この規定は退職金に限らず役員が受ける利益全般について定められているものですが、通常は毎月の役員給与などと退職金は別に定めます。
また実際には定款で退職金を定めることは少なく、株主総会で「退任取締役に役員退職慰労金として〇〇円を支払う旨」の決議をするか、上限などの制約を定めて取締役会に詳細を委任することが多いようです。
とはいうものの、役員退職金はあくまで会社が支払う費用であり、利益処分ではありません。

3.税法上、役員給与は「原則として費用ではない」
税法上は、役員退職金は通常の役員給与とまとめて「役員給与」として取り扱われます。
そして驚くべきことに、現在の法人税法上、役員給与は「原則として損金の額に算入しない(費用として取り扱わない)」とされています(法人税法34条②)。
条文で定める要件を満たさない限り、費用としては認められないのです。

では、役員退職金についてその「要件」は、どんなものなのでしょうか。それは以下の通りとされています(法人税法施行令70条)。

「業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる」

要するに、「横並びで決めろ」という「ザ・昭和」な考え方にまだ縛られており、いくら卓越した業績を残した社長が退任する場合でも、業種業界規模的に突出した金額の場合には損金にできない、という理不尽な定めとされているのです。

この是非はさておき、比較すべき同種事業や類似規模の法人の事例を探してくることはなかなか容易ではありません。
このため、実務上は「功績倍率方式」といって、最終月額給与額に在任日数を乗じ、さらに役職の重要性に応じて「功績倍率」という掛け目を適用した金額で計算する方法が多く用いられています。

4.役員退職金の「第2の狙い」
役員退職金に見込まれる隠れた効果が「株価下げ」です。
株式の移転、特に親族間など特殊関係者の間での譲渡や相続、贈与といった取引の場合、税法は「時価」の採用を求めており、それを外れるとペナルティともいえる大きな税金を課すことがあります。
その「時価」は、原則として国税庁が発表する一定のルール(財産評価基本通達)に従って計算することになっているのですが、実はこの時価の計算において「会社の利益(正確には課税所得)」が大きなパラメータとして効いてくるのです。

詳しい仕組みは今回省きますが(※)、要するに利益が低いほど株価が低くなるのです。
第三者との取引なら高く売れた方が良いですが、例えば先代社長から後継者へ株式を譲渡したり贈与する場合、また亡くなった方から相続する場合は、時価が低い方が確実にあらゆる税金(譲渡所得税や贈与税、相続税)が下がります。
※株価の時価評価の仕組みは、弊所ブログ『粉飾したら相続税が下がる?-「比準要素1」の会社』に説明があります。

普通に頑張って経営されてきた場合、役員退職金は一般的な従業員の退職金よりそれなりに高い金額になると思います。これが全て費用として認められれば会社の利益を一時的に下げることができ、時価を抑える効果が期待できるのです。

5.「狙われる」カリスマ社長の退職金
では、3.で説明した「費用になる最大限の範囲」で役員退職金を出し、株価を目いっぱい下げて後継者に株式を移転するのがベストか?というと、そこに落とし穴があります。
実はこの役員退職金、「出したら必ず税務調査が来る」と言われるくらい、税務署側としても「おいしい」論点なのです。

一代で会社を立ち上げ、繁栄させた社長は、退任しようとしてもなかなか出来るものではありません。自分しか把握していない事情も多いですし、社内の多くは皆その社長を尊敬し、恐れ、頼っています。
そうなると、「退職した」といってもなかなか完全に会社を離れる訳にはいかず、会議に出席したり幹部からの相談を受けたりといったことが退職後も頻繁に発生します。

そう、ここが税務署のねらい目となるのです。
調査に来ると、調査官は「退任した前社長の退任後の活動」を調べます。
上記のように、退任前と変わらない役割を果たしている場合、「これは役員を退任したとは実質的に言えませんね」と主張してくるはずです。

それがどうした、と軽く見てはいけません。
実質的に役員を退任していないということは、「先日支払った役員退職金は『退職金』ではない」という認定につながるのです。

それが生むのは恐ろしい結果です。
まず、退職金でないなら、「役員賞与ですね」となります。
この役員賞与、法人税法上は原則費用にできません。ここで1発目の課税です。
また、日本の所得税法は退職金の課税割合を給与などより低くしていますので、賞与と言われてしまうと結構大きな所得税の増加につながります。これが2発目。
最後に賞与とした場合、会社はその「源泉所得税」を差し引いて翌月10日に納付する義務があります。これをやっていないので「不納付加算税」というペナルティをとることができます。
こうやって、一つの論点で調査官は3つ以上の課税処分を獲得できるのです。
これがタイトルの「3度おいしい」が意味するところなのです。

※さらに、役員退職金を前提に計算した株式の時価を贈与などに使っていると、賞与と言われたことで利益(法人の課税所得)が大きく増加→株価が増加して贈与税などが追徴される、という副次的な影響も発生します。

6.どんな対策があるか
このように大変リスクの大きい役員退職金ですが、やはり会社の発展に大きな貢献のあった役員にはきちんと報いる必要がりますし、また株式の時価評価に与える効果が大きいですから後継者の株式移転など事業承継対策には極めて有効です。

では、5.のようなリスクを抑えるにはどのようにすればよいでしょうか。

実務的にはたくさんの論点がありますが、簡単なものを書いておきます。
・退任後は、暫く完全に経営にタッチしない
・そしてそれが立証できるようにする(議事録やメール等には特に注意)
・株主総会、取締役会など会社法上の手続きを完璧に行い、記録を残す
・役員退職金の法人税法上の限度額計算を厳密に検討する
・行った対策について、税理士から税理士法33条の2添付書面(※)に記載してもらう
※この書面の仕組みは「税務調査を受けない方法 -税理士法33条の2の添付書面-」に詳しく説明しています。

リスクもリターンも大きい「役員退職金」ですが、きちんとした対策をとれば恐れることはありません。十分に理解して是非活用しましょう。
我々税理士法人耕夢には、税務調査対策まで含めて確実で豊富な実績がありますので、もしこのような対策を検討されている場合にはお気軽にご相談下さい。

「ダビンチ」の特許切れとその影響(特許法の意義)

皆さん、「ダビンチ」という製品をご存知でしょうか。
あの「レオナルド・ダビンチ」ではありません。
1999年にアメリカのIntuitive Surgical社が開発・発売した手術支援ロボットのことです。
高精細な内視鏡と、精密かつ動きの自由度が高いボットアームを組み合わせ、手術医師の操作を忠実に、しかし細密化して人間以上の手術を可能とする画期的な機器です。
1台1~2億円と非常に高い機器ですが、その効果は絶大です。
日本においても2000年に最初の導入がなされてから、公的保険の対象となったことで順次利用が増加し、現在は数百の病院で利用されています。

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「ダビンチ」実機(Intuitive社資料より)

私も病院で現物を拝見したことがありますが、異様な風体とは裏腹に人間ではとてもできない正確かつ細かい、自由度の大きい動きは「さすが」と思わせる迫力がありました。

さて、このIntuitive社が持つ特許は数千件に上りますが、これらの特許が数年前から期限切れを迎えています。

ほとんどの特許は発売までに出願を終えているはずですから、20年(通常の特許期限)を超える今年にはほぼ全ての特許が期限切れとなっている訳です。

これらの特許に関する情報は、図面や技術詳細とともに公開されています。
このため、特許の期限切れとなった今後は誰でもその技術を参考にして同様の製品を作ることができるのです。
ニュースに出ているだけでも、以下のような開発が進められているとのことです。

  • 川崎重工業と医療機器メーカーのシスメックスが共同出資し設立したメディカロイド:今年8月に厚生労働省から製造販売承認を取得し、国産初の『手術支援ロボット』ヒノトリを発売すると発表
  • 東京工業大学発のスタートアップ「リバーフィールド」:ロボットアームの駆動システムに空気圧を使用し、「手で触れている感覚」を伝える『手術支援ロボット』エマロを開発中
  • 米ジョンソン&ジョンソン:AIに強い米アルファベット(グーグル)と共同開発中

そうなると、発明したintuitive社は、せっかく特許をとっても意味がない、損じゃないか?と思うかもしれません。
実はここに、特許法の大変重要な意義が見えてくるのです。

特許が「発明で大儲け」の為にあると思われることが多いのですが、本質的な目的は違います。 特許法が冒頭の第1条で、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする」としている通り、特許はまず産業の発達を目的としているのです。 このため、特許の権利者はもちろん一定期間保護されるのですが、その代わりに特許の基本となった技術を世界中に公開しなければなりません。公開と保護を組み合わせることで、産業の発達を促進するのです。

今回のケースは、革新的な技術で世の中を変えた「ダビンチ」が、発明者に利益をもたらすと同時に産業や医療といった世の中を良くする力をもたらした、という特許法の考え方をストレートに示した事例だと思います。

なお、日本の特許庁は特許や実用新案、意匠、商標といった知財を自在に検索できるシステム(特許情報プラットフォーム)を公開しています。

また、上記の記事に関連して、弊所ブログ「医療行為は特許が取れない」も是非ご覧ください。

中小企業の不正会計と監査役(3/3)

前回、前々回は、

  • 公認会計士の監査を受けない中小企業でどのような会計不正が発生するか、また唯一対応できると言ってよい監査役がどのようにそのような不正に対応すべきか
  • 上場会社でもよく行われて問題となる「循環取引(架空循環取引)」について説明し、どのように監査役が対応すべきか

についてご説明しました。

今回(最終回)は、在庫の過大・過少計上、架空人件費の計上、横領といった、中小企業でも頻繁に発生する不正について詳しく説明し、監査役がどのように対処すべきか検討します。

3)在庫過大、過少計上
この不正は、在庫を過大計上・過少計上することで利益を実際より多く、あるいは少なく見せかける手法です。

会社の営業利益は「売上高-売上原価-営業費」で計算されますが、この中の売上原価は「期首棚卸高+当期仕入(製造)高-期末棚卸高」で計算されます。
このため、在庫(期末棚卸高)を不正に調整すると、以下の通り利益が連動して調整できることになります。

  • 在庫の過大計上→売上原価の過少計上→利益の過大計上(粉飾)
  • 在庫の過少計上→売上原価の過大計上→利益の過少計上(逆粉飾、脱税)

在庫を調整することによる不正は、先にご説明しました売上を使った不正と比べ、自社(部門)が持つ在庫の有高を上下させるだけで済みますので、会社単独での実行が容易です。このため、入金の遅れなど外部からの情報や影響で発覚することがほぼありません。会社内部の管理体制で防止、発見するしかない不正であると言えます。

(事例)
E社は今期大きく売上を伸ばし、期末の時点で多額の法人税発生が見込まれていました。このため、E社は実地棚卸の結果算定された在庫金額を(書類上)大きく削ることで売上原価を不正に増やし、利益を圧縮することで法人税額を減額しました。業績が好調で例年と比較して利益率も高かったため、不正に増やした売上原価でも昨年度までと比べて大きく利益率が変動する訳ではなく、不正は発覚しにくいと考えていました。
ところが、決算期から半年後税務調査を受けた際、期末日後2週間程度の間に計上された売上伝票と在庫計上額、期末日直前直後の仕入額などを突き合わせた結果、期末日現在に存在しなければ売上が計上できない在庫が多数発見されました。この結果、期末の在庫残高が不正に減額されていることが発覚、追徴課税を受けました。

(発見・防止手法)
在庫に関する不正も、その実行の容易さに比べ発見はさほど簡単ではありません。例えば棚卸の際に現場を確認しに行く時間的余裕があったとしても、卸売業のように多量の在庫が多数存在する場合、過大計上や過少計上はもちろん、架空在庫や帳簿外の在庫を何のテクニックもなく探すことは至難の業です。ましてや期末日から何日も経過した状況で、何の資料もなくこのような不正を発見することは不可能と言っても良いと思います。

前述したような税務調査の担当官や公認会計士はこの手の発見手法をいくつか知っていますので、そのうちの一部をご紹介します。

  • 前年度との比較
    在庫の残高を前年度やその前と比較します。事例でご紹介したように、売上高や生産高が大きく変わっていれば前年度と変化がなくても異常のある場合もあり得ます。そのような場合は、売上高や仕入高などとの比率(回転期間や回転率と呼びます)で比較するのも有効です。
  •  棚卸日直前の売上、仕入、製造
    通常棚卸時には正確を期すため販売や仕入、製造をいったん止めますので、直前に販売されたものは在庫がなくなっているはずですし、仕入や製造されたものは在庫として存在するはずです。このチェックは販売や仕入、製造の会計データと棚卸集計表を突き合わせることで実施可能です。税務調査の場合はこの手法が良く採られます。
    同様の手法として、棚卸日後1か月程度の在庫を自ら検数し、期末日からの売上、仕入、製造などの記録と突き合わせて期末日の棚卸高を推定し、棚卸集計表と合致するかどうかを検討する方法もあります。
  • 滞留在庫や預け在庫、預かり在庫の有無
    架空循環取引でも登場しましたが、長期間動きのない在庫や、仕入先などに預けていてここにはない、と担当者が主張する在庫などはそれぞれ架空在庫の可能性があります。もちろん架空在庫ではなくても、滞留していたり預けられているのは相当に異常な取引ですので、監査役としては取締役に状況の把握や承認の有無を聴取し、適切な対応を取るよう意見を述べる必要があります。
    また逆に、棚卸表に上がっていないのに倉庫や工場に置かれている在庫についても、在庫の過少計上の可能性があります。得意先からの預かりであるなどと説明をされた場合でも、その事実を確認するのみならず、預かり自体が適切であるかを判断する必要があります。
  • テストカウント法
    棚卸の当日、現場を見て回りながらいくつかの在庫を自分でも数えてみます。その結果と現場の検数担当者の結果を照合して正しくカウントされているかを確認するとともに、後で作成される棚卸集計表において正しく集計されているかについても確認します。現場の担当者と集計担当者や経営層との共謀を防ぐため、それと告げずに検数する場合もあります。

4)架空人件費
この不正は、文字通り架空の人件費を計上する方法です。人件費は製造原価や販売費管理費の一部を構成しますので、架空計上をすることで、利益は実際より少なくなります。この目的は、直接的には法人税の課税所得を減らす、すなわち脱税に使用することにありますが、経営者が自由に使える資金(いわゆる裏金)をねん出するために使うことも少なくありません。

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ただ、通常は会社の場合社会保険の手続がありますので、雇用した従業員などの氏名、住所、給与額などは届け出る必要があります。このあたり全く架空の人間を届出するとすぐにばれてしまいますので、非正規雇用、つまりアルバイトなど社会保険の加入義務のない方を対象とするケースが多いようです。

類似の不正として、全くの架空ではないものの、実際の給与計上額より少ない額を本人に渡し、差額を経営者が裏金として取得するというケースもあります。このような不正の場合、社会保険などの手続も適法になされていますし、また本人も手取りがある程度確保されていれば文句を言わない可能性がありますので、発見は比較的難しくなります。

また、結婚相手や親などの扶養になっている場合、その相手の所得税が増えるのを嫌って扶養の範囲内(例えば給与の場合は年間103万円)を超えないように、経営者に給与の調整を依頼する場合もあります。

私は架空人件費の事例に当たることはそこそこあったのですが、あまり面白いものはありませんので事例そのものは省略し、発見・防止手法に進みます。

(発見・防止手法)
架空人件費は架空の従業員を設定することから始めますので、最も有効な手段は「給与の一覧表に載っている従業員が実在するかどうか」を確認することです。

 例えば給与台帳から何人かの従業員をピックアップし、現場に赴くか電話などで呼び出してみるというのは最も簡単な方法です。

 実際の支払額が給与計算額より少ないという不正の場合は発見が若干難しくなります。振込支払が原則であれば本人の口座に正しい金額が振り込まれているかどうか総合振込依頼書の控などで確認すれば良いのですが、現金支払の場合は、給与を受け取っている本人からの供述がない限り証拠資料をつかむことがほぼ不可能と言って良いかもしれません。

5)横領(現金横領、架空仕入れなど)
会社の不正と言った場合、誰もが思い浮かべるのがこの「横領」です。横領は雇用者である会社の金品を不正に取得等することですので、それ自体が不正そのものです。しかし、例えば売掛金の回収横領、架空経費の支払、現金預金勘定の改ざんなど期末処理を中心とした不正会計を通じて、必ず決算書に問題を発生させることになります。このことから、会計監査の観点からも対処が必要となります。このセミナーにおいては、昨年発覚して注目された「仮病キャバクラ嬢への献身横領事件」を事例として取り上げたいと思います。

 (逮捕)
務先だった工業用ゴム資材の卸商社『シバタ』の資金を自分の口座に振り込ませ、だまし取ったとして、警視庁中央署は2012年4月11日、電子計算機使用詐欺の疑いで、栗田守紀(もりとし)容疑者(当時33)を逮捕しました。直接の容疑は、2009年4月から翌年の7月まで、同社のパソコンを操作し、55回にわたって自分の給与とは別に計23000万円を自分の口座に振り込んだというものです。
栗田容疑者は同社が2005年に開設したインターネット・バンキングの法人口座の責任者に命じられると、すぐに不正に手を染め、以来約200回、計約6億円を詐取したと見られています。

(横領の目的)
栗田容疑者は同社の元経理係長。横領した金額のうち総額5億円以上を、なんとお気に入りのキャバクラ嬢に貢いでいました。
当キャバクラ嬢は、2004年ごろから、東京都葛飾区のJR亀有駅付近の店にて働き始めました。栗田容疑者は彼女と次第に親密になり、栗田容疑者はアフターも含めると月に数回は一晩あたり4~5万円使っていたそうです
 その後ほどなくして、彼女は栗田容疑者に『胃がんを患っていて入院費や手術費が必要だ』と金を振り込ませるようになります。当初は数万や数十万だったその要請はエスカレートし、様々な病気にかかったと理由を付けた上で、多いときは一度に1500万円という場合もあったそうです。
その間彼女は「無菌室に入っているから」などとメールで連絡を取るだけで栗田容疑者に一度も顔を見せることはなく、見舞いに行くなどと言われると「信じてもらえないなら死ぬ」などと拒否していました。しかし実の所は、栗田容疑者から振り込まれた金をブランド品の購入やホスト遊びなどにつぎ込んでいたそうです。

 (横領の手口、発覚)
同社は工業用ゴムやプラスチック資材などを卸す商社です。当時全国に40カ所の拠点を持つ中堅の同族企業で、業界内においては「堅実な経営」で知られていました。
これに対し栗田容疑者の不正手口は稚拙なもので、銀行から発行される口座の入出金記録や残高証明を破棄、自ら虚偽の記録を作成していたそうです。
結局、2010年7月に税務署の調査が入り、容疑者の不正が発覚しました。しかし時すでに遅しで、それまでに同社が余裕資金として持っていた数億の資金が失われたことになります。

(発見・防止手法)
このようなケースは、金額の多寡はあれ決して珍しいものではありません。共通しているのは、以下のような点です。

  • 経営者に信頼される、堅実で文句も言わず休みなく働く経理担当者
  •  人材に乏しく、担当者が十数年交代していない
  •  担当者以外にはITに堪能な者がいない
  •  老舗で、資金繰りに比較的余裕がある

 このような横領を防ぐには担当者の交代(ローテーション)や強制的な休暇によって一時的に他人に業務をさせる手法が最適ですが、人材の限られる会社の場合にはどうしても躊躇してしまうと思います。しかし、厳しいようですがそのような方法を採らず一人の担当者が長期間経理業務を行っている場合、少なくない確率で、というより確実に不正が発生すると認識頂いた方が良いと思います。

なおこれらに合わせ、銀行からの残高証明や取引記録などについて、社内で別に作成したものやコピーを信用せず、必ず原本を確認する必要があります。残高証明などは社長等に直接届くなど、改ざんの隙を与えないという点をみせておくことで防止の一助にはなり得ます。

3.まとめ
1)監査役は不正にどのように対峙すべきか
これまで会計を中心に、会社で起こりうる不正のいくつかと、またその事例や対処についてご説明してきました。
不正リスクはどのような会社にもあり、完全にゼロにすることはできません。また、不正の手口それぞれに発見・防止手法も異なり、簡単に対応することができないものです。

公認会計士は、監査する際2013年4月から「不正対応基準」に従って監査しなければなりませんが、この基準を導入する際も相当な議論が交わされました。つまり、公認会計士にとっても不正への対応は難しい事なのです。
そうであれば、非上場会社の、しかも会計監査人がいない会社で、例えば経理や法務経験の乏しい監査役一人が不正に対して完全に対応することは困難を極めると言っても良いかもしれません。監査役は現場に多く立ち入ることも少ないですから、その点でも不正への対応は難しいと思います。

最後の項目は、このコラムのまとめとして、これまで説明した対応策などの他、監査役がどのような心構えで不正に対峙すべきかをご説明します。

2)変化の利用
横領や架空循環取引などに代表されるように、不正は担当者や商慣行が変わらないために発覚が遅れることが多くあります。

組織におけるの不正にとって、一種の「天敵」と言っていいのが「変化」です。この「変化」は、組織の変更、業務内容の変化、取り引き先の変動、そして監査役の交代や税務調査など、あらゆる概念を含みます。

 監査役自らが変化を発生させるわけにはいきませんが、そのような変化がある場合には必ず不正が明るみに出るチャンスがあるという認識を持っておく、いわばアンテナを張っておくような気構えが必要です。

また、新たに監査役に就任した際も注意が必要です。不正はそれが根深いほど過去から連綿と受け継がれている場合が多く、昨年との比較だけで判断できない場合も多いのです。例えば、就任する期の貸借対照表における資産、負債の内訳をチェックし、不明な残高について担当に裏付けとともに詳細な説明を求めるという手法は、過去から受け継がれた不正を発見する基礎となるだけではなく、今後担当者が監査役を警戒して不正を行いにくくなるという抑止効果にもなり得ます。

 3)不正リスクマネジメント
不正リスクマネジメントとは、会社において発生しうる、潜在的な不正の可能性と重要性を把握し(固有の不正リスク検討)、識別された不正リスクに対処すべき措置を決定、実行して、それでも発見できないリスク(残存リスク)を最小化するというリスクマネジメント手法の一つです。

このような不正リスクマネジメントは不正の防止、発見にきわめて有効ですが、これを十分に運用するためにはコーポレートガバナンスや内部統制がある程度整備されていることが必要です。このため、会計監査人非設置会社にとっては少し難しいかもしれません。

ただ、就任している会社の不正リスクにどのようなものがあるかについて今回のようなカテゴリーを参考にして検討し、それらへの対応を検討する、またその結果に基づいて来期の計画を行うといったPDCAサイクルを、簡単なものであっても実施することや、またその実施していることを経営陣や従業員に認識させることで、不正に対する抑止効果には十分なりうると考えます。

4)不正を許さない社風
これまで説明しました内容は、いくら監査役が頑張っても、全て経営者がその気になれば容易に妨害できることばかりです。オーナー経営者なら、監査役を事実上解任することも可能かもしれません。会社法上監査役は一定の地位を保護されていますが、実際には上手くいかない場合も多くあります。

また、経営者自身にコンプライアンス意識が希薄な場合、また過去から不正を嫌わないような社風がある場合、経営者本人はもちろん従業員も不正に手を染める可能性が非常に高くなります。

このように、経営者の「経営姿勢」は不正リスクに大きく影響します。内部統制の考え方に置いては、これを「内部経営環境」と呼ぶことがあります。

この内部経営環境を適切なものにしていくことは、即効性がなく非常に難しく時間がかかるものの、不正の防止には非常に効果があります。監査役としては、経営陣と対峙する場合でも、自らをも律することで「不正を許さない社風」の醸成を目指してほしいと考えています。

以上(完)

中小企業の不正会計と監査役(2/3)

前回は、公認会計士の監査を受けない中小企業でどのような会計不正が発生するか、また唯一対応できると言ってよい監査役がどのようにそのような不正に対応すべきかを説明しました。

今回は、上場会社でもよく行われて問題となる「循環取引(架空循環取引)」について説明し、どのように監査役が対応すべきか検討してみたいと思います。

2)循環取引
①循環取引とは
循環取引は、複数の企業(通常は同業)・当事者が互いに通謀・共謀し、商品の売買や役務の提供等の相互発注を繰り返すことで、売上高をかさ上げして計上する取引手法です。

商社や卸売業者間において、一般に商品在庫の多寡を調整するため、業界内で保有在庫を転売し、在庫と資金の保有比率を適正に維持するという商慣行が行われることがあります。

一般にこのような商品の転売行為そのものは違法行為として認識されているわけではなく、行為自体を取締まる法的根拠も特にありません。

しかしながら、このような循環取引を悪用し、売上高の計上を意図的に操作することで、売上高を実態より大きくかさ上げして企業の成長性が高いように見せるために行う場合や、経営者から過度の売上達成のノルマを課せられて、営業担当者や営業管理職が当該取引を行うケースがあります。また、後でご紹介するように、特定あるいは複数の取引先に対し不正に利益を提供するために行われる場合もあります。

いずれにしても取引実態を伴わない売上高を過大に計上しているため、売上計上額に関する不正であると言えます。

②循環取引と類似の不正

  •  スルー取引
    スルー取引とは、自分の注文をそのまま他社に回す取引であり、一般的に複数の企業間で売上の増額を目的として実施されます。また、当該取引は、仕入先又は販売先との他の取引に対する利益補填や、仲介企業を介在させて納入までの時間差を利用した押込販売を目的とする場合もあります。
  • Uターン取引・まわし取引
    当該取引は、最終的に最初の販売元に戻る取引です。例えば、自社が取引の起点となり、商社を通じて販売取引が実施され、最終的には自社が販売した製品等が複数の企業を経由して自社に戻り、その間の利幅を上乗せした在庫等として保有されるものです。
  • クロス取引、バーター取引
    当該取引は、例えば、自社の製品等を市場での実際の価格水準より高い水準で相手方に売却し、相手方または転売先から別の製品等を同様に割高で購入する取引です。相手方への自社の製品等の売却が実需に基づいていないため、売却した製品等の上乗せ分を購入する別の製品等の価格水準に上乗せして調整する訳です。この結果、当該取引に参加している企業は割高な在庫をお互いに抱え続けることになります。

③循環取引の発見の困難性と対応策
循環取引の概要は上記の通りですが、この循環取引、取引に関わっていない者が不正を発見するのは非常に難しい特性を持っています。

ず、前述の通り循環取引それ自体は即違法ではありません。このため、循環取引による不正行為を発見するためには、慎重に取引の全体像の実態を把握する必要があります。

これに加え、循環取引は通常受注から納品まで、社内外の資料(証憑)は完全に準備されている場合が多く、これらの不整合をターゲットにした調査にそぐわないことも、この不正を発見しにくい一つの原因となっています。

循環取引における不正行為は、通常、行き過ぎた売上至上主義が原因となっている場合が多いでしょう。経営者や市場が売上高を重視するあまり、その期待にあやまった形で応えてしまうのです。経営者は決算書を作成するにあたり再度、売上計上の妥当性を検証するとともに、過度な売上至上主義に陥り、内部牽制や社員の集団的意識が機能不全を起こしていないかに注意する必要があります。

また、長年の古い業界慣行も循環取引を生みやすい土壌となります。業界が古く、歴史がある場合もリスクが高いと認識する必要があります。

④メルシャンの架空循環取引
れまでの事例は私が実際に経験したり、近い位置で見聞したりしたものでしたが、この架空循環取引については有名な事例がいくつもありますので、今回はその中の一つ「メルシャン」の架空循環取引をご紹介します。

メルシャンというと酒、特にワインのイメージが強いですが、この取引の舞台となったのは「水産飼料事業部」すなわち「養殖魚用の飼料」を販売する部門です。

2005年ごろ、当部門の顧客である養殖業者が経営不振に陥っていました。この養殖業者には、事業本部長の独断で社内規定より長いサイトの売上債権が滞留していました。また、そもそもメルシャンの水産飼料事業部自体が、キリンホールディングスと資本・業務提携を締結した後の社内で「お荷物」的扱いを受け、事業譲渡などリストラの対象となる可能性がありました。

この事業部はそういった動きに危機感を持っていました。このため、当該滞留している売掛金や、事業部の業績不振にどのように対処するか検討した結果、以下のようなスキームで養殖業者に資金を提供し、事業部利益を確保するとともに売掛金を回収することとしました。

  • メルシャンは製造委託先の飼料工場に架空発注し、架空飼料を入荷処理するとともに工場へ代金を支払
  •  飼料工場は養殖業者から架空の魚を仕入れ、これに対する代金を支払う
  •  養殖業者はメルシャンから架空の飼料を仕入れ、メルシャンに対して代金を支払う
  • これら一連の取引で養殖業者は架空の利益(とこれに基づく資金)を留保でき、その資金から滞留売掛金を支払う
  • メルシャンも架空の利益を積み上げ、事業部業績をかさ上げする

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取引図(メルシャン広報資料より)

当然ながら、メルシャンは架空の飼料をどんどん仕入れますが、利益をねん出するための架空取引ですので、架空在庫がどんどんたまってきます。また、養殖業者にも利益は確かに上がりますが、そもそも架空の取引を循環させているだけで実際にキャッシュが生まれているわけではありませんので、売掛金の滞留も解決はできません。

結局、不正な取引が隠し通せないほど積み上がったところでこの架空循環取引は発覚、公表されるところとなりました。

(発見・防止手法)

水産飼料事業部の工場は本社から離れた八代(熊本県)や宇和島(愛媛県)にあったため、そもそも目の届きにくい状態ではありました。とはいうものの、監査役と内部監査部長は、在庫の増加に疑念を持って工場を訪問しています

かしその際、結局は時間稼ぎや偽装によって確実な証拠をつかむまでには至っていません。しかも、それ以上追及することはなく、社長への報告もされていませんでした。
この点は本事例において大変残念な所です。

実はこの架空循環取引は、非常に発見が難しい不正であると言えます。在庫の増加に疑念を持っていた監査役や内部監査部長も、その原因である架空循環取引そのものに疑いを持っていたわけではありません。発覚して初めて、売掛金や在庫の異常な増加が不正な取引としてつながったわけです。

このような不正取引が発生する可能性があること、またそのような取引を許さない社風を社長以下醸成してもらうこと、また経理担当などから異常な財務数値などについて報告を受け、それを実地に調査する体制を整えること、など様々な方法を組み合わせて対処していく必要があります。

 

中小企業の不正会計と監査役(1/3)

1.中小企業と会計不正

1)小規模会社の会計不正について
上場会社の場合、会計不正のほとんどは上場会社における有価証券報告書などの虚偽記載、すなわち金融商品取引法上のディスクロージャーに関する不正であると言っても過言ではありません。ディスクロージャーの内容は、株価など資金調達や採用など、経営環境に大きな影響を与えるため、不正会計に手を染めてでも会社の状況をよく見せたい、という動機が極めて多いです。

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また非上場の会社であっても、会計監査人(監査法人や公認会計士が専門的監査を行う)設置会社の場合、会社法上の財務情報について株主を中心に適法に開示する要請があります。このような会社であっても会計不正は広い意味でディスクロージャーに関する不正であると言えます。

それでは、今回のテーマのように小規模な会社(会計監査人非設置会社)、すなわちディスクロージャーに関する要請が高くない会社の場合はどうでしょうか。
結論から言うと、このような会社でも会計不正は起こりえます。そのような不正をカテゴリー分けすると、以下のようなものが主となります。

  •  法人税計算に係る会計不正
    法人税の課税ベースとなる所得は、基本的に企業会計の利益計算に基づいて計算されます。
    法人税は会社にとって大きな負担となるため、課税所得を少なく見せようとする動機は十分にあります。
    この結果、法人税を減らすため、課税所得、すなわち会計上の利益を少なく見せかけようとする不正の発生する可能性があります。
  •  会社法制に係る会計不正
    会社の利益配当は、会社が安定して経営できる財源を確保するため、会社法によって一定の制限がかけられています。この制限は企業会計の計算に基づいて算定されるため、配当を多く出したい場合には会計上の利益を多く見せかけようとする不正の発生する可能性があります。
  •  金融機関に対する会計不正
    会社が金融機関から融資を受けている場合、金融機関における貸出金の「自己査定」において悪い評価を受けると、担保追加、金利上昇などの融資条件悪化や、場合によっては借り換えの拒否など資金繰りに大きな影響が懸念されます。自己査定における判断材料の一つは会計データなので、これをよりよく見せる、すなわち売上が増加していたり利益が出ていたり、また債務超過(資産より負債が大きい)に陥っていないように見せる会計不正の可能性が大きくなります。
  •  上場準備を目的とした会計不正
    上場基準には時価総額や利益など一定の基準があります。また、上場基準そのものではなくても、売上高の伸びなど成長性をはかる基準として、会社の財務数値は極めて重視される指標となります。このようなことから、上場を準備している会社の場合、会計不正を志向する可能性は極めて高くなります。但し、このような会社の場合、会社法上の正式なものではありませんが監査法人が会計監査を行う場合がほとんどですので、監査にて発見される場合も多くあります。

2)会計監査人非設置会社の会計不正と監査役
会計監査人非設置会社の場合、前述のような会計不正を発見、是正できる法的権限のある者は監査役しかないと言っても過言ではありません。ということで、会計不正と監査役の関係を以下確認しておきたいと思います。

まず、会社法が定める監査役監査には、業務監査と会計監査とが含まれます。業務監査は、取締役の職務の執行が法令・定款を遵守して行われているかどうかを監査することで、一般に適法性監査と呼ばれています。これに対し会計監査は、定時株主総会に計算書類が提出される前に行われ、株主総会の招集通知時に、会計監査と業務監査の結果が記載される監査役会の監査報告が提供されます。会計監査人設置会社の場合は会計監査を会計監査人が行ってくれるため、監査役としてはこれを相当と認めるだけで良いのですが、そうでない場合は自分で行わなければなりません。

さて、では会計不正の対応は会計監査なのか業務監査なのか、どちらに当たるでしょうか。

結論を先に言いますと、これはどちらにも当るというのが正解だと思います。
「会計」不正ですから、その対応が会計監査にあたるということは間違いがないと思います。これに加え、これらの不正を行うためには取締役(またはその使用人)が不正行為を行う必要のある場合がほとんどだからです。

3)税務調査と会計不正
とはいえ、会社規模の大小にかかわらず、不正は税務調査で見つかる場合が圧倒的に多いと言われています。

税務調査は、申告納税が基本である日本の法人税、消費税などの制度において、納税者が故意や過失の有無にかかわらず間違った申告、納税を行うことを発見、防止する行政側の手続です。これとは別に「査察」という犯罪調査と同様の強制的な調査もありますが、今回は調査を受ける会社側も同意して行う「任意調査」だけを取り上げます。

このような任意調査の場合、会社規模や業務内容によって異なりますが、1名~5名程度の調査官が税務署からやってきます。彼らは一定期間会社を訪問し、役職員への質問や資料収集により、申告内容が妥当であるかを調査します。調査官には「質問調査権」がありますので、この調査官の質問には回答しなければなりません。

調査官は申告内容の誤りを発見するための教育を受けていますし、十分な経験もありますので、結局の所その調査の過程で不正の発見される可能性が高くなるわけです。

さて、監査役はどれくらいこのような税務調査現場に立ち会っているでしょうか?弁護士や税理士など特殊な資格をお持ちの場合を除き、通常、経理担当者や税理士事務所の担当税理士が対応することが多いと思います。

確かに、経理や税務の業務に精通していない方の場合は、調査の過程で繰り広げられる理屈についていくのは非常に難しいかもしれません。しかし、税務調査は時に監査役監査で目の届かなかった、会社の細かい点にも職人的に踏み込みますので、横で聞いておくくらいのことをしても全く損にはなりません。

また、調査官は申告内容の誤りに直接関係する問題以外は積極的に摘発する義務はありませんので、対応する経理担当者や社長の不正については、それが申告内容に影響を与えない軽微なものであれば、「これから気を付けてください」で終わってしまう場合も否定できません。

これらのことから、監査役が不正に対応する観点からは、可能なら税務調査にオブザーバーとして立会い、それが難しければ、できるだけ調査終了時の講評を調査官から直接聞く、という対応をおすすめしたいと思います。

2.事例と対策
それでは、以下いくつかの代表的な会計不正の例を挙げ、そのあらましと、会計監査人非設置会社の監査役が採れる対策についてご説明します。

1)架空販売、押込販売、計上時期ずらし、売上除外
会社の状況を良く見せたり、また逆に税金を減らすため利益を押さえて見せたりする方法はたくさんありますが、やはり「売上を調整する」ことが一番ストレートな方法であると言えます。
また、例えばサービス業の会社には大きな在庫はなく、後述の「在庫を調整する方法」での不正会計は行えませんが、売上なら全ての会社で業績の調整を行うことが可能となります。その意味で、売上の調整は不正会計の中でも最も一般的なものと言うことができます。

ただ、売上というものは商品やサービスの内容や価格、支払条件等々について顧客との合意が必要ですから、全くの架空売り上げを含め必ずどこかに問題が出てきます。
以下、売上調整による不正会計の主な手法とその事例について説明します。

①架空販売
さて売上を調整するためにはいくつかの方法があります。
最も簡単なのは、実際に売り上げていないものを売上として扱う「架空販売」です。この架空販売の場合、売上自体は実際には発生していませんので、当然ながらまともな入金もありませんし、出荷記録なども発生しません。このため、調査の対象にいったんなれば、比較的発見の容易な不正であると言えます。

(事例)
卸売業A社はここ数年業績が振るわず、多額の銀行借入金が負担となっていました。このため、あまり業績不振が続くと銀行から追加の借入はおろか、借り換えすら拒否される可能性があります。この状態に危機感を持った経営者は、経理担当者に指示して架空の売掛金口座を設定、目標とする売上に届くように架空売上を積み上げました。
2,3年の間はごまかすことができましたが、結局税務調査時に多額の滞留売掛金について説明を求められ、不正が発覚してしまいました。

(発見・防止手法)
決算書の内訳明細書には「売掛金」のリストがあります。このリストの昨年版と今年度版を比較し、残高が異常に増えているような得意先がないかどうかを調べると、このような取引が含まれている場合があります。また、不正ではなくても、売掛金の焦げ付きが発見される場合もあります。

(後日談)
不正は発覚したものの税務調査官は利益を過大計上する不正であることから見逃し、口頭で是正を指示して調査を終えています。結局この会社は、架空売り上げやその他の不正で資金が回らなくなり、数年後に自己破産するに至りました。

②押込販売
前述の架空販売は、計上する側(経営者や従業員)が勝手に売上を形だけ計上してしまう方法ですが、「押込販売(おしこみはんばい)」は実際の販売と一見似た外見を持っています。

(事例)
営業担当Bは、自らの販売ノルマがもう少しの所で達成できず焦っていました。このため、懇意にしている取引先の購買担当者に依頼し、ノルマ達成に至る売上を計上してもらうことにしました。当然購買側の予算は変更されていませんので、販売物はBの会社の倉庫に置き、支払も通常の条件より数か月伸ばしてもらうか、適当な時期に返品処理をすることにしました。会社で棚卸を行う際には、その品目については隠すか自分がカウントしてつじつまを合わせていました。

毎年このような形で乗り切っていましたが、結局押し込み部分が大きくなり、会社の棚卸責任者が交代となった際、棚卸表に乗っていない大量の在庫が発見されることとなり、不正が発覚しました。

(発見・防止方法)
事例の通り、在庫棚卸を正確に行うことが一番の防止方法です。後で述べる通り棚卸に関する不正を発見することは専門家にとっても難しい事ですが、できるだけの手続きを駆使して確認する必要があります。また、月末に売り上げた代金が、所定の条件通り入金されているか、また年度初めに多額の返品がないかを確認することも有効です。

③計上時期ずらし
売上の計上時期をずらす方法は、当期に計上するべき売上を来期に回す(決算期末より後にずらす)場合と来期計上すべき売上を当期計上する(決算期末より前にずらす)場合の2種類があります。

前者は当年度の利益を減らしますので、当然ながら脱税目的で利用されます。また後者は利益を増やしますから、粉飾目的で利用されることが多くあります。これ以外にも、営業担当者が自らの営業成績を調整するために計上時期をずらすことも少なくありません。

売上の計上基準が出荷基準(当社倉庫を出たら売上)であるか検収基準(顧客に対して引き渡しを完了した時点で売上)であるかという差はありますが、いずれにしても顧客と共謀して検収書類などが改ざんされる場合は発見が非常に難しい方法です。

(事例)
営業担当Cは、既に今期の売上ノルマを達成していたため、期末日近い時点での売上が予定されている顧客に対し「製品到着は今月だが、来月頭の検収書を作成、送付して欲しい。ついては支払もひと月伸ばして頂いて結構です」という旨をメールにて依頼しました。担当Cをかわいがっている顧客は、二つ返事で来月頭日付の検収書を作成し、当社に送付しました。

(発見・防止手法)
粉飾や脱税目的の計上時期ずらしを発見するには、厳しい予算(ノルマ)がある場合、強気すぎるものや、予算の未達可能性が高くなっている部署がないかを期中で確認しておく必要があります。

営業担当が自らのノルマを調整するために計上時期をずらす方法を採った場合は、このようなリスクを想定した内部監査や部署内の相互チェックをおこなわない限り非常に発見が難しいと思います。そのような考え方は、自らのみならず会社にも顧客にも迷惑をかけるという営業モラルに関する教育を強化する必要があります。

④売上除外
売上除外とは、文字通り本来あるべき売上から、一部又は全部を所得税課税対象から除外する方法です。この方法は、基本的に裏金作りや脱税行為を目的としたものとなりますので、税務調査等で発見された場合は重加算税の課される可能性が極めて高くなります。

(事例)
飲食店Dは、過去から適当な数売上伝票を破棄し(つまみ売上)売上高を過少申告していました。税務署の調査官は調査前にこの飲食店へ覆面調査に数回訪れ、飲食した事実を記録し、その後正式な調査を行った際、記録した売上が一部含まれていないことから売上除外が発覚しました。ただこの不正を行っていたのはこの店舗の店長であり、除外された売上分の資金は当該店長に横領されていました。

(発見・防止手法)
飲食店などのような現金商売でない場合、可能な限り現金売上を廃止、入金口座を限定することが有効です。また現金商売とせざるを得ない場合、日々の現金管理や残高照合、レジデータのチェックを徹底させる、抜き打ち監査を行うなどというプロセスを強化する必要があります。

(補足)このような場合、不正を行っていたのが店長であっても、経営者が過少申告で重加算税を課される場合があります。