粉飾したら相続税が下がる?-「比準要素1」の会社

相続財産に株式が含まれている場合、相続税の計算に際してその「時価」を計算する必要があります。
この「時価」、上場している会社の場合は取引所の相場があるので比較的楽なのですが、同族会社など上場していない会社の株式については、原則として国税庁が公表する「財産評価基本通達」に定められた詳細なルールに基づいて行うことになっています。ただこの財産評価基本通達、極めて精緻かつ理論的に出来ているのですが、複雑すぎて理解するのが大変だったり、ちょっとした「抜け道」的なものがあったりします。
今回は計算方法を簡単に説明するとともに、その「抜け道」の一例をご紹介します。

1.株価計算の基本
上場会社のような「市場価格」がない株式(同族会社株式)の場合、相続税などを計算する際の時価は原則として「財産評価基本通達」というルールに基づいて行いますが、このルールに従うと、株式の時価は

①時価に引き直した純資産(時価資産-負債) …時価純資産価額
②類似の会社と比較して計算した時価 …類似業種比準価額
③配当利回りに基づいて計算した時価 …配当還元価額

の3つを使って計算することになります。

③については持ち株数が少ない株主向けですが、持ち株数が多い(親族保有も含む)オーナー株主が所有する株式の場合、①と②の併用(加重平均)によって計算します。

具体的には、下記のような割合で計算されます。

  • 大会社(従業員70名超など)…②が100%(純資産は考慮しない)
  • 中会社…規模に応じて①の割合が10%~40%に変化(②の割合が90%~60%に変化)
  • 小会社…①と②が50%ずつ

2.類似業種比準価額
①の「時価純資産」は、会社が持っている財産の純然たる価値なのですが、②の「類似業種比準価額」は、単純に今どれだけの財産を持っているかという事だけではなく、「将来の儲けを織り込んで形成されている」といわれる上場会社の市場価格を利用することで、株式の将来的な価値を示すために用いられます。

類似業種比準価額の計算方式は以下の通りです。

類似業種

 

  • A~D:国税庁が公開している類似業種の表から数値を抽出。
  • 1株当配当、所得、純資産については、評価対象会社の実績の2年平均で計算します

ただ、この計算方式は「納税者有利(税金が少な目に出る)」となるように定められていることが多く、一般的な会社であれば、通常は①の「時価純資産」よりも②の「類似業種比準価額」が有利な(低い)時価となります。

3.「比準要素1」問題
2.の計算式を見ていると、1株当り配当、所得、純資産を「低く」すればするほど、計算される時価は低くなります。このため、かつてはこれらをゼロになるまで低くし、時価を下げようとする試みが行われることとなりました。

このような行為を防ぐため、現在は「比準要素1の株式」という特別ルールが定められています。

この制度の概要は以下の通りです。
もし2.で説明した計算式のうち、2つ以上がゼロであれば、1.で計算した加重平均割合を一律「①純資産…75%、②類似業種…25%」とし、純資産の割合が非常に高くなる計算に切り替えてしまうのです。
そうすると、純資産の高い金額た株価に影響を与え、一般的には時価が非常に高くなってしまいます。

ただ、このような状況が想定される場合(一時的に赤字が続き、配当も出していない場合)であっても、ちょっと粉飾して利益が出ているように見せれば、「比準要素1」問題を回避できてしまう訳です。
もちろん粉飾は良いことではありませんので、そのほかの方法、例えば適法に配当を少し出すなどの方法をお勧めしておきます。

当然ながら、既に「比準要素1」の状態「でない(純資産も利益も出ている)」会社の場合は、配当を出す必要はありませんし、逆に出してしまうと株価を引き上げてしまうことになりますので注意が必要です。

コロナワクチンとリスクマネジメント

先日、新型コロナワクチンの2回目接種を終えました。
想定された通り若干の発熱など副反応は起こりましたが、大事に至ることなく終わりました。
変異種である「デルタ株」には効かないとか、ワクチン接種は危険だとかいう意見を散見しますが、今回はワクチンの説明とともになぜ私が受けたかを書いておきます。

1.感染症と統計学
世の中にはたくさんの病気がありますが、その中でも細菌やウイルスによって引き起こされる「感染症」は厄介です。これらは宿主の体の中で増えて病気を引き起こすだけではなく、さらに別のターゲットを目指して感染を広げようとするからです。
細菌やウイルスの病原性が強いほど危険かというと、生物的にはそうも言いきれません。
感染を広げるには、「生かさず殺さず」宿主に活動してもらって、どんどん広げてもらう方が良いからです。

感染の広がりやすさは、病原性の強さよりも感染力、潜伏期間(感染してからどれくらいで発症するか)によって変わります。極めて強い病原性と高い死亡率の「エボラウイルス」がそれほど広範囲に広がらないのに対し、人によっては無症状で終わる新型コロナウイルスが今回のような世界的な流行になった理由の一つはここにあります。

このような特徴を持つため、感染症の広がりを予想したり対策を採る際には、統計学をベースにした様々な「モデル」が採用されます。このことと、我々が採るべき「リスクマネジメント」が重要な関係を持つことは後述します。

2.ワクチンの働き
人の体はよくできていて、細菌やウイルスのような病原体が体の中に入ると、それらを異物として戦いながらそれらの特徴を覚えて体中に伝達し、次の機会に戦いやすくします。このような「免疫」という仕組みがあるので、一度感染症にかかった場合でも次はかかり難かったり、かかっても重症化しにくくなります。

ワクチンはこの「免疫」の仕組みを人為的に利用します。
後で説明する様々なしくみを使い、ワクチンはウイルスや細菌などの病原体に対する免疫を作り出します。この時重要なのは、自然に病気にかかった時と違い、病気の発症なく比較的安全に免疫を作り出す点です。人間世界に当てはめると、災害などの訓練を行うようなものと言えます。

3.ワクチンの種類

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厚生労働省「新型コロナワクチンQ&A」より

①生ワクチン
最も初期に開発されたワクチンです。
19世紀初頭、天然痘を予防するため、イギリスの医師ジェンナーが牛の天然痘である「牛痘」が乳しぼりをする人に感染した際の水疱液を人に注射したのが始まりです。
生ワクチンは病原性を弱めた病原体から作られており、接種することで実際にその病気にかからせ、退治することで強い免疫力を付けることを狙っています。しかし、病原体そのものであるためリスクは比較的高く、取り扱いには気を付ける必要があります。

②不活化ワクチン、組換えタンパクワクチン
病原体に感染力をなくす処理をしたり、病原体と同じ構成のたんぱく質を使う方法です。
これらは生ワクチンと違って「ホンモノ」ではなく1回接種しただけで十分で持続性ある免疫を得ることが出来ないため、安全性とのトレードオフとして通常は複数回の接種が必要となります。

③mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン、DNAワクチン、ウイルスベクターワクチン
さらに進んだものがこれらのワクチンです。
これらのワクチンは、ウイルスを構成するたんぱく質の遺伝情報を取り出し、これを人の細胞に伝えてウイルスと同じ特徴(但し病原性なし)を持ったたんぱく質を生成させる方法です。
mRNA、DNA、ウイルスベクターの違いは、この遺伝情報を伝える方法をそれぞれRNA(リボ核酸)、DNA(デオキシリボ核酸)、ウイルスとしていることによるものです。
mRNAは非常に壊れやすいため、温度管理が重要となります。mRNA方式の新型コロナワクチンが輸送や保存に冷凍庫を必要とするのはこれが原因です。

4.リスクマネジメント
前述の通り、感染症の広がりを理解する際には統計学的な考え方が大変重要です。
となると、これを予防する、抑え込むにも統計学的に考えなければなりません。

ここにリスクマネジメントの考え方が生きてきます。
リスクマネジメントは、「リスクをゼロにする」ことを目的としていません。
リスク(一般的には危険な事象)に対し、様々な対策を採ることで、それが具現化する可能性を減じて行き、最終的には許容できる範囲にまで弱めることを意味します。

新型コロナウイルスについては、いわゆる三密(密集、密接、密閉)を避ければ感染しにくいことがわかっていますし、マスク、手洗い、うがい、消毒など対策が感染リスクを下げることも明らかとなっていますが、感染の広がりを見ていると許容できる範囲までリスクを低減しているとはいいがたい所があります。

これに対し、ワクチンについては上記の対策に加えてさらに感染や重症化のリスクを下げる効果が認められています。ワクチンを接種することについては、新しく、急いで開発されたことなどに起因する様々な懸念や変異種への効果など懸念もありますが、当面は自身や周囲の感染リスクをさらに下げるため、必要ではないかと思って接種した次第です。

専門家でない私の目から見ても明らかに「デマ」と言える情報がSNSなどで流布されていますが、できるだけ冷静に判断し、何よりも自身や周囲の大切な人たちを守る行動をしたいと思います。

上場準備と重加算税

税務調査は誰でも嫌なものですが、その税務調査が「上場」を準備している段階でやってきた場合には、非常に大事な、かつ危険な問題を抱えることになります。
上場自体を遅らせたり、ひどい場合はあきらめたり…という大変な事態も起こり得るのです。
しかし、実際に上場準備の段階は税務調査を受ける機会が多くなります。
今回はその仕組みについて、税務調査やその結果として発生する場合のある「重加算税」と、上場準備会社や上場審査との関係について書いてみます。

1.新規上場
2015年をピークに新規上場数はいったん減少しましたが、2018年には盛り返し、依然として高い水準を保っています(東京証券取引所データより)。 

 

IPOGRAPH2020
東京証券取引所におけるIPO件数の推移(東京証券取引所公表データより)

 

金融緩和で資金の投資先としてIPOに目が向けられていることや、スタートアップからのベンチャー支援環境が以前より手厚くなっていることが主な理由です。

この上場、実際準備に関わった方はお分かりと思いますが、人材の獲得をはじめとした体制整備や証券会社、証券取引所の審査、監査などに対応するための資料作成には膨大な時間と費用が掛かります。その費用を負担した上、ある程度以上の業績やその見込みを実現しなければ上場が認められるには至りません。

しかし、この上場が認められると、経営者層や従業員の持つ株式は(時価の変動はあるものの)取引所で売買できる金融資産としての取り扱いがなされます。当然その価値は上場前とは比較にならないくらい跳ね上がり、大きなキャピタルゲインをもたらしてくれます。もちろんその対価として、上場した会社は「社会の公器」としての性格が極めて強くなり、一般的な閉鎖会社とは段違いの厳しい制約を受けることになります。
とはいえ、上場は経営者として頑張る人が一度は意識する、一つの到達点といえます。

2.税務調査とは
事業をしていると必ずと言っていいほど体験することになる「税務調査」。この税務調査とはなぜ行われるのでしょうか?

法人税、所得税、相続税など主要な税法は申告による課税制度を採っています。つまり納税者が自ら申告を作成し、これに基づいて納税することになります。この場合、納税者全員が正しい知識と納税意識に基づいて申告・納税をするなら良いのですが、間違いや不正などの可能性は否定できません。このため、何らかの形で申告された内容が正しいかどうかを確認する制度が必要となります。この目的を達するために存在するのが税務調査という制度です。

一般的には、原則として納税者の同意を得て行う、いわゆる任意調査が実施されます。しかし不正等により故意に脱税をする者には、税額を正すだけではなく刑事責任を追及するため、犯罪捜査に準ずる方法で調査する場合があります。これが査察調査です。査察調査の結果いかんによっては、検察官に告発し、公訴されることがあります。

3.上場準備と重加算税
この税務調査は普通に受ける場合でも厄介なものですが、上場準備の際には別の理由で非常に慎重な対応が求められます。

税務調査で課税上の問題が発生し、その原因として「仮装(事実と異なる記録等)」や「隠ぺい(事実を隠すこと)」があったと見られた場合、税務署はその納税者に「重加算税」を課します。
この重加算税、その内容や頻度(5年以内に同税目など)によって、追徴税額の35%~50%もの加算額を納付しなければならないのです。

そして、さらに極めて重いのはそれがほかの分野に与える影響です。
重加算税は交通違反でいうと「赤切符」のようなもので、仮に送検や起訴がされなかったとしても、それらの犯罪行為と同類の「悪質な」税逃れとして取り扱われるのです。

ここで問題となるのが上場準備における「審査」です。
上場審査は、その会社が上場するに足る資質を有しているかを審査する手続きで、会社の経営内容、管理体制や事業計画など広範囲な内容について検討がなされます。
この際、「重加算税が課された」という事実は、その原因となる「仮装・隠ぺい」という事実から、監査意見の修正につながる可能性があることや、税務訴訟の可能性などから、上場審査において厳しく見られてしまう場合が多いのです。

4.上場準備と税務調査
税務調査は全ての会社に必ず頻繁に入るわけではありませんので、場合によっては上場準備中の会社も税務調査の対象とならない…と思われるかもしれません。基本的に税務署には「上場を準備している」という情報そのものは入らないからです。

しかし実際、上場準備を進めている会社には必ずと言って良いほど税務調査が入ります
それは、税務署がおおよそ以下のような手順で調査先を選定しているからです。

  1. 納税者を質的に区分
    納税額が大きく、過去に脱税なども皆無な優良法人から、脱税などが高い確率で見込まれる継続管理法人まで、いくつかのカテゴリーに分かれています。
  2. カテゴリー別の管理
    上記のカテゴリー毎に現状を把握し、調査が必要であるかどうかの準備をします。業績が急に落ち込んでいたり、好況業種の中低調な業績だったり、またその逆の場合でも調査対象になることが多いようです。消費税の年税額が還付になっている場合も調査対象になりやすいと言われています。
  3. 調査先選定
    管理によって収集された情報、これまでの調査実績(頻度)等を勘案して調査実施先を選定します。

これらを上場準備会社にあてはめると、業績の急激な伸びや人員増、資本金の増加など選定対象となる条件が多くあることがわかります。
ということで、上場準備中の会社には、特に急激な変化を起こす上場直前に税務調査の入る可能性が高いのです。
もちろん、そのような状況できちんと気を付けていなければ重加算税のリスクも高く、思わぬところで遅れたり、場合によっては上場準備自体がダメになってしまうこともあり得ます。

5.どうしたらいい?
重加算税のリスクを低くするためには、いくつか方法があります。
細かく書くとそれぞれの項目が一つのコラムになるので、ざっと箇条書きしてみます。
詳しくはこちら(税務調査を受けない方法 -税理士法33条の2の添付書面-)の記事をご覧ください。

  1. 経営者が税務に対する正しい姿勢を持つ
    なんだそれは??と思われるかもしれませんが、この姿勢は意外と調査官の良い心証に効きます。良い心証が得られるということは、「仮装・隠ぺい」ではなく単なる「誤謬」として取ってもらえる可能性が増えるということと同義です。
    来社して最初の1時間程度のやり取りから得られる心証で、その後の調査結果が大きく変わる場合があります。
  2. 税務調査の可能性を減らす文書(税理士法第33条の2添付書面)を税理士に作成させる
    これは、税理士がどのような書類を入手し、どのような手続きを経て申告書を完成させたか説明する文書です。この文書を税務署に提出することで、税務調査のリスク、特に重加算税に至るような重大な問題点のリスクをほぼゼロにすることが可能です。但し、この書面を有効に作成できる税理士はまだ全体の数%程度と言われています。
  3. 上場準備をよく知り、税務調査対応に強い税理士を活用する
    上場準備の際は、税務調査だけではなく様々に重要な論点が現れます。これは、一介の中小企業から上場会社という影響力の大きな会社に転じていくプロセスだからです。その際、上場やその準備を知っている税理士とそうでない税理士の場合には、対応に大きな差が出ます。
    またもちろん、税務調査対策(防止も含め)を多く手掛けているかどうかも判断基準となります。

以上

 

「何にでも入ってる」水晶振動子(クオーツ)の世界

スマホ、5G(第5世代移動体通信)、IoT(全てのモノをインターネットに繋ぐ)、自動運転、宇宙開発、といった最近注目されている多くのキーワード。
これらに共通して必須となる「部品」をご存知でしょうか?それは「水晶振動子(クオーツ)」です。
今回はこの「水晶振動子」について説明します。

高度な計算や電波による精密な通信を必要とする機器の場合、動作する周波数を厳密に「チューニング」する(合わせる)ことが必要となります。この「基準」となるのが水晶振動子なのです。

水晶振動子はもともと、ジャックとピエールのキュリー兄弟(ピエールは「キュリー夫人」で有名なマリー・キュリーの夫)らによって発明されたある現象(水晶に電圧を加えると変形する性質)とを基礎にしています。
水晶の小さな「かけら」に電極を付け、交流電圧をかけると非常に正確な周期で振動する(発振)電気出力が得られます。この振動は極めて正確なので、これを様々な基準として使用するのが水晶振動子の仕組みです。

この仕組みが最初に使われたのが、皆様もよくご存じの「クオーツ時計」ですね。
1950年代までは非常に大きかった水晶振動子を小型化し、腕時計サイズにまで組み込んだのが日本のセイコーです。この時計は非常に正確だったので、コストダウンが進んだ結果スイスの腕時計メーカーが軒並み衰退する(クオーツショック)という事態まで引き起こしました。

この水晶振動子、前述の通りありとあらゆる機器の中に組み込まれているため市場規模は年間3,220億円という大きなものですが、なんと世界における日本メーカーのシェアは50%近いそうです(「2017年水晶デバイス世界シェア推定」日本水晶デバイス工業会 調査研究委員会)

水晶振動子シェア
IoTは「全てのものがインターネットに繋がる」ことを意味します。
ということは、今までとは比べ物にならない数の機器(というより、シールやカプセルといった、小さなものにも設置しやすい部品)がインターネットに繋がることになります。そうなると、それぞれに内蔵される水晶振動子の需要も爆発的に増加することが見込まれます。

とはいえ、ブラウン管テレビが液晶テレビに、そして有機ELにとってかわられようとしているように、水晶振動子も未来永劫このままという訳ではなさそうです。
最近はMEMS(Micro Electro Mechanical Systems、微小電気機械システム)という、半導体の製造過程を応用した作り方で、同じように正確な振動を発生させる部品を作り出す方法も広がってきています。まだ水晶の方がコストが低かったり消費電力の面で有利な場合が多いのですが、周波数を容易に調整出来たり、電子回路への組み込みが容易といったメリットもありますので、今後改良により水晶を駆逐する可能性もあります。

このように、地味ではありますが水晶振動子などの市場は将来的にも大きく拡大が見込まれますし、発展の余地も大きいことから「次世代産業を支えるための技術」として日本のモノづくりの力が試される分野と言えます。

見解の相違って何?(税務調査対策)

新聞などで、税務署や国税局による税務調査や修正申告などのニュースが出る際に「見解の相違がありましたが、既に修正申告と納税を済ませています」といった企業の発言が出る場合が良くあります。

この「見解の相違」とは何でしょうか?

税法はもちろん法律ですので、相当細かい検討を重ねて精緻に作られています。またその上、税務の世界には「通達」という、法律ではないものの法律に近い拘束力を事実上持っている決まりがあります。 しかし、それだけ細かい内容が決められていても、その運用方法や趣旨の認識には少し幅があります。 また、税法というのは基本的に「何かの事実が発生した場合」に「どのような課税を適用するか」について定めた法律です。ですから、その「何かの事実」について納税者側と国税側に認識の相違があった場合、課税の前提となる事実認識のから争いが起こることになます。

しかし、通常は調査する側である国税側の方より、調査を受ける側の方がやはり立場が弱いものですから、そのような「見解の相違」があれば、どうしても調査を受ける側が引いてしまう場合が多いようです。これがいわゆる「見解の相違」が「調査の結論」と言われる所以です。

まあいくら納税者側が口頭で正当性を主張しても、その話を調査官がそのまま税務署へ持ち帰る訳にはいきません。 彼らとて公務員ですから、自らが法令の判断を明らかに誤っているのでない限り、納税者側の認識を補強する筋合いはありませんし、あまり納税者側をかばうようなそぶりを見せていては、自分の立場すら危うくするかもしれないのです。

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さて、このような事象が発生した場合、納税者側やその税理士としてはどのように行動すべきでしょうか。

有効な方法の一つは、「説明文書を提出すること」です。 この文書は、税法などが定める正式な文書ではありませんが、納税者側の主張や事実認定に関する項目を論理的に、かつ税法などの法令に基づいて説明するものです。調査官に対してこのような文書を提出することで、納税者側の主張が認められる可能性は高くなります。

ただ残念ながら、このような説明文書は簡単に作成できるものではありません。
税法や会計のみならず、事業に関する法令や規制、慣習なども熟知しておかなければなりませんし、税務調査で発見された事実と整合性の取れる説明でなければまったく意味を持ちません。

私は、これまで文書提出を得意分野の一つとしてきました。
十分に効果を発揮する文書を作成するためには、単に文章がうまいだけでは足りません。 一種職人芸的な、論理的思考に基づく文章構成が必須となります。
実はこんなところで、私が理系(工学部機械工学科)出身であることが役に立っています。 「論理的に物事を伝える文章を作成する」訓練は、工学部の卒論、修士論文、学会発表時の論文作成で担当教授から相当厳しく指導を受けてきました。

理系から文系と言われる会計士・税理士として全く違う分野に踏み出したため、元々理系の知識で使えるものは何もないかと思っていましたが、こういう意外なものを含め、人生無駄なものは何もないんだなぁと感慨深いです。

税務調査でお困りの方、特に真面目にやっている自信があるのにいわれのない論点で責められている方
関東や九州など遠隔地の案件でも、電話やファックス、メールのみで解決した実績もございます。地域に関係なく一度ご相談ください。

 

「3代で財産がなくなる」相続税と効果的な対策(シミュレーション)

相続税がかかると、どんな資産家でも「3代で財産がなくなる」と言われています。
これは相続税の負担が非常に大きいことを示しているのですが、実際の所どうなっているのでしょうか?
今回は、この「3代で財産がなくなる」という表現の真偽と、そうならないための効果的な対策(考え方)を示したいと思います。
相続税額や贈与による対策金額が具体的に計算できるシミュレーション(いくら贈与すれば相続税を効果的に減らせるかを自動計算してくれます)も用意しておりますので、是非お試しください。

1.日本の相続税
かつての「最高税率75%」という時代(昭和63年頃まで)より下がったとは言え、日本の相続税は最高税率が55%と、非常に税負担の大きなものとなっています。
この税率、こちらの記事(相続税の計算は意外と複雑)の通り、全ての財産をいったん法定相続分で分けたと仮定してから税率をかけるのですが、それでもやはり大きな負担であることに変わりはありません。

税金は現金払いが原則ですので、相続税であっても税金を払うには、それに見合った現金がなければなりません。物納のように現物で納付することや、延納といって金利を付して分割払いすることも一応は可能なのですが、手続は煩雑ですし財産が減ることには変わりはありません。

2.その税率が意味するもの
実は、驚くべきことに日本の相続税は、「財産をフルに働かせても払えない」水準に設定されているのです。
計算例を作ってみました。

10億円程度の財産を平均利回り2%程度(税引後の利回り。自宅など収益を生まないものも含むので低くなる)で10年運用したとしても、トータルで20%→運用による増加2億円)となりますが、これに対し、相続人が子供のみ3人の場合、10+2億円に掛かる相続税はおよそ4.5億円で、財産に対する相続税の割合(実効税率)は37.5%となります。

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10年間頑張って増やした資産2億円どころか、その倍を超える相続税がかかってしまい、最終的には2.5億円(25%)の財産が減ってしまう訳です。
これを繰り返すと、確かに3代程度の期間で財産はなくなってしまうと言えます。
しかも、収益性財産の比率が低い場合(例えば、大きな敷地のお屋敷に居住しているだけの場合)には、この減るスピードはもっと速くなります。

3.採るべき対策
不動産、有価証券などの財産で「収益性の低い」ものはできるだけ収益性の高いものに組み替える
上記の通り、相続税は「非常に収益性の高い資産でも足りない」税率体系となっていますから、ましてや収益性の低い財産を多く抱えていると、あっという間になくなってしまいます。
もしそのような財産をお持ちであれば、できるだけ早い間に収益性の高い資産への組み換え(不動産なら買換えや交換などの手法が使えますし、金融商品も様々なものが選べます)を検討する必要があります。

現在の財産にかかる相続税の割合(=「実効税率」)を知り、それを下回る贈与税負担割合となる贈与を進める
こちらの記事(相続税の見積もり計算と有利な贈与)に書いた通り、計算のマジックで、税率の高い贈与税でも、全体の財産にかかる相続税の割合より低い贈与税割合で贈与できる金額が必ずあります。

例えば、年間一人当たり110万円の贈与には税金がかかりませんし、比較的相続財産が多くない方でも年間一人当たり300万円の贈与なら19万円の贈与税(資産に対して6.3%)となり、相続税の実効税率より多くの場合低くなります。

4.最後に
これらの計算は、弊所の「相続税の概算」シミュレーション ページにて試してみることができます。
これは相続財産から相続税額を見積もるだけではなく、「相続税に係る税金の割合より低い割合の税負担で贈与できる金額」を逆算してくれます。
具体的には、相続財産の見積額、相続人情報(配偶者と子供のみに限定)を入力すると、自動で「いくらまでの贈与なら相続税より安いか」が表示されます。

なお、相続に関して巷に流れている話は、多くのケースで誤っている場合があります。
複雑な制度を自身の状況だけで判断して他に伝えたり、場合によっては偽税理士(こちらに記事を書きました)に出会ったりというケースもあります。
相続対策は大変根気と努力のいる難しい課題ですが、良い専門家に相談し、正しい対策をきちんととれば資産防衛は図ることができます。
今後のご参考になれば幸いです。

量子コンピュータは交響曲を作れるか

昨今AIやビッグデータなど、コンピュータを活用した新たなテクノロジーが花盛りです。
その中でも、大量の計算を必要とする分野については、コンピュータ技術の発展により急激な進歩が見られています。
スーパーコンピュータ解析を用いた地域限定の天気予報や、ビッグデータ解析による市場動向の調査といった分野はまさに良い例です。
しかし、このところさらに不連続な進化を可能にする技術開発が進んでいます。
その一つが「量子コンピューティング」です。
特に最近、Googleが研究の結果、「量子超越性」というブレークスルーを実現したかもしれない、という大きなニュースが話題となりました。
今回はこの「量子コンピューティング」について、技術や利用分野まで簡単にご説明します。

1.古典コンピュータ
現在「コンピュータ」と呼ばれる機械の原型ともいえる「ENIAC(エニアック)」は、アメリカで1946年に開発されました。
このコンピュータは、現代と違い真空管を使ったもので、大量の電気を使い、今とは比べ物にならない程低い計算能力ではありましたが、当時としては画期的なものでした。


プログラミングされるENIAC(WikiPedia)

ただこのENIAC、実は現在のコンピュータと違って内部計算には「10進法」つまり私たちが通常取り扱っている数字と同じ考え方が採用されていました。
これに対し、現在のコンピュータは、あとで説明する量子コンピュータなど特殊なものを除いて全て「2進数」で全ての数字を扱っています。

二進法とは、「0」か「1」だけを扱い2ごとに桁上がりをしていく方式で、たとえば
5=4+1→「101」
15=8+4+2+1→「1111」
といった形で数字を0か1かだけで表していきます。
なお2進法で数字を示した際の桁数を「ビット数」と言います。

この2進法、半導体を使った現在のコンピュータを作動させるには非常に良い方式だったのですが、計算が複雑になるにつれ、ビット数が急激に増えて計算能力をどんどん強化する必要がある、というデメリットが出てきました。
例えば、計算には電子の動き(すなわち電流)を利用しますので、一つ一つはわずかでも大量になればそれだけ電気が流れます。その結果熱が発生するのですが、最近のパソコンの心臓部(CPU)は高性能化のため回路が極めて微細化されているので、その小さな中に大量の電流が流れるとなると、大きな発熱量となります。この発熱量、面積当たりでみると「金属も溶けるほど」といわれており、冷却が大きな課題となっています。

このような現在のコンピュータは、量子コンピュータなど新世代の概念に対比して「古典コンピュータ」と呼ばれています。

2.スーパーコンピュータ
スーパーコンピュータも、本質的には「古典コンピュータ」と同じ「2進法」を基礎に持つコンピュータであるといえます。
このスーパーコンピュータは、その名の通り「スーパー」な計算能力を持ち、構造解析、有機化合物や高分子などの特性シミュレーション、天気予報や流体力学、ビッグデータ解析など大量の計算に特化した能力を持っています。

これらの計算方法には「スカラー型(計算を順次処理していくもの)」と「ベクトル型(一度に大量の数字=数列を扱い計算するもの)」がありますが、いずれも大量の計算処理をするために、前述の0と1でできた巨大なデータを高速に扱い続ける必要があります。

このため、スーパーコンピュータには一般的に大規模で安全な場所、大量の電力、そして十分な冷却施設(上で説明した発熱がさらに大きいため)が必要となり、結果として機材も運用コストも大変高額となります。私が大学で材料力学の研究をしていた30年前は、「〇秒〇円」といった料金や予算が厳格に定められており、誰もが使えるものではありませんでした。

これに対し最近は「並列コンピューティング」技術の進歩で安価なパソコンを連結することでスーパーコンピュータに近い性能を発揮できたり、クラウドを利用して誰でも安価かつ手軽にスーパーコンピュータを利用できたり(例えばエクストリームーD社)、といった環境の変化が見られます。
とはいえ、その背景にあるのは依然として「古典コンピュータ」の世界であり、複雑さが増すと計算量が飛躍的に増大してしまう、といった問題は解決されていません。

3.量子コンピュータ
そこで昨今脚光を浴びているのが「量子コンピュータ」です。
量子とは、元々物理学の世界で取り扱われていた概念で、「一つの物体」と「それに付随するエネルギー」別々ではなく、「粒子と波やエネルギーの性質を一緒くたにした超微小な単位」のことを言います。
私たちの目に見える物質は「そこにある」ことや「どれくらいの速度で移動している」といった状態が測定できるのですが、その物質が測定するための光の波長より小さくなると「だいたいどれくらいの場所」で「だいたいどれくらいの速度」くらいしかわからなくなり、何よりそれが測定ごとに異なってくる、といった不思議な現象を見せるようになります。

量子コンピュータは、こういった量子の特性を利用してしまう機械なのです。
コンピュータにおける一個の計算単位は、古典的コンピュータの場合「0か1」という2種の状態しかとり得ないのですが、量子コンピュータの場合、前述の通り測定ごとに様々な値を取ることになります。量子コンピュータにおけるこの計算単位を、量子ビット(quantum bitやQbit)と呼びます。

この量子ビットを組み合わせ、様々な計算結果を一気に計算してしまうことを可能にすることがポイントです。
量子力学においては、測定ごとに異なる結果が表れるため「パラレルワールドが無数に発生している」と論じる人もいますが、まさに量子コンピュータはその「パラレルワールド」を全て観察するための機械であるともいえます。

しかし、そんな多数の結果を一気に計算されても、どれが求めるべき結果であるか取り出すことが出来なければ単なるカオスとなってしまいます。

この点について、現在大きく分けて「量子回路(ゲート)方式」と「量子焼きなまし(アニーリング)方式」という2つの方式が採用されています。前者はどちらかといえば古典コンピュータに近いもの、後者は多数の組み合わせを一気に解くのに適した方式といわれています。
この量子コンピュータによる計算結果が、従来型のコンピューター(スーパーコンピュータなど)による「力技の多量計算」によって実現不可能な計算能力にまで達した状態を「量子超越性(りょうしちょうえつせい)」と呼びます。

4.量子コンピュータが活用される分野
量子コンピュータは、古典的コンピュータが不得手としてきた「多数の組み合わせ」を取り扱う分野において特に威力を発揮します。特に非線形問題と呼ばれる分野(1対1で結果が得られる線形問題と違い、ストレートに解が求められない複雑な問題)においては、古典的コンピュータが「モンテカルロ法」など一定の範囲制限を置いて計算回数を減じる妥協策を採らざるを得ないのに対し、量子コンピュータの場合、一度にいくつもの組み合わせを本当に解くことができ、このような問題の最適解へ早くたどり着くことができます。

たとえば、自動車のように多数の部品をいくつもの工程で組み立てるような製造の場合で、しかも複数の製品を同時並行で製造する最適な(物や人の移動を最小限にする)工場レイアウトを検討する場合、人間の能力や古典的コンピュータの場合は、一定の前提条件を置かなければいくつもの組み合わせを無限に計算する必要があり、非常に長い時間(数年~数百年)がかかって計算が難しくなってしまいますが、量子コンピュータの場合はこのような計算において数秒で最適解を計算してしまう場合があります。

また、量子コンピュータは自然科学(天気予報など)、AI・機械学習、ビッグデータ解析、金融、社会科学の分野においても最適解を探るのに適しています。
意外なところでは、量子コンピュータが普及すると「暗号が意味をなさなくなる」とも言われています。
暗号解読はまさに「多数の組み合わせ」計算の集合体ですので、量子コンピュータにとっては最も得意な分野なのです。

これをもっと拡大して考えると、ひょっとしたらいまだ世界に知られていない名曲や名作文学も、量子コンピュータで作成できる可能性もあるのです。
音楽や文学は、音符や文字を組み合わせた、言ってみれば巨大な暗号です。
聴いたもの、読んだものに感動を与える素晴らしい交響曲や小説を量子コンピュータがあっという間に創り上げてしまう、そんな時代が割と早くやってくるかもしれません。


ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」

みんな知らない「役員」の怖い話

1.はじめに
税理士法人耕夢 代表社員の塩尻明夫です。
私は今「公認会計士・税理士・公認不正検査士・認定登録医業経営コンサルタント」として仕事していますが、元々は大学院まで機械工学を勉強していました。
物心ついた時から機械いじりが好きで、ガラクタとドライバーと半田ごて(電気回路を接続するために使う、一種の溶接器)がオモチャがわりという生粋の理系少年でしたから、そういった理系の道に進むのは当然のことでした。

さて理系というと「研究者」や「開発者」といった役割が多いイメージで、「経営者」とは対極の存在と思われがちです。

しかし、実際には理系出身で取締役に就任したり、経営者になったりという例もたくさんあります。これは立場や巡り合わせだけではなく、「会社経営に必要なのが営業や経理財務だけではない」ことが理由です。少なくとも我が国の産業で根幹を支える製造業においては、理系の能力も経営上必須なのです。

そんな理系の皆さんが取締役になったら「ぞっとする」話を今日は書いてみます。

社長イス・ハイバックチェアのイラスト

2.あなたは執行役員 or 取締役?
一般に「役員」と呼ばれる会社の役職にはいろいろあります。
「代表取締役CEO」といったら、なんだか偉そうですよね。
しかし、こういった呼び名の意味、皆さんどれくらいご存知でしょうか。
昔とある役員会で質問したら、誰も答えられなかったことがありました…
ということで、おそらく世の中で最も短い決定版の説明を作りました。

①法律(会社法)で定めたもの
「代表取締役」、「取締役」、「監査役」といった割と堅めの名前は、株式会社などの会社に関するルールを定めた「会社法」に定められています。
会社の経営に携わるのが「取締役」、その中で会社の顔として代表するのが「代表取締役」、取締役の仕事を監督するのが監査役です。
また取締役の会議を「取締役会」、監査役の会議を「監査役会」と呼びます。

この仕組みは日本やドイツ的で、アメリカの場合は「取締役」はどっちかというと日本の監査役のように業務を執行するトップの仕事を「取り締まる」役目になっています(この形は日本でも少し取り入れられつつあります)。
これらの役職には任期があり、1年~10年という任期が終わると一旦退任し、続けたければ就任時同様株主総会で選任される必要があります。

②組織の形に応じた呼び名
皆さんに最も馴染みのあるのは「社長」、「会長」、「常務」、「専務」、「相談役」といった役職名です。「執行役員」、「兼務」や「顧問」などもあるかもしれません。
社長が会社のトップであることはなんとなくわかりますが、会長はその上?また常務と専務がどう違う?

こういった説明は本やWEBなどで一生懸命なされていますが、実は「どれにも法的根拠は一切ない」のです。
これらは、日本的な会社組織を作る上で、組織図上従業員の上に位置する役職として扱われていることが多いようです。
実際の所、専務や常務がその位置に応じた意思決定を、明確な責任を伴って行っているかというと疑問を持たざるを得ない場合も多いです。

③機能に応じたもの
「CEO(最高経営責任者)」、「CFO(最高財務責任者)」、「COO(最高執行責任者)」という名前はよく目にします。「CTO(最高技術責任者)」も最近増えてきたようです。
これらも社長や専務同様、法律に基づく名称ではありません。
それぞれの機能に応じた経営判断や執行を、それぞれの責任を負って行う者のことを言います。
これらは主にアメリカでの企業経営形態、すなわち「トップダウン的な経営組織」を動かすために生み出されたものであると言われています。

3.取締役の責任
①会社法の規定
ここからは「会社法」に定める取締役について、本題である「ちょっと怖い話」をします。
まず、取締役と会社との関係は「委任」関係とされています(会社法330条)。
この委任関係がある場合、委任された側である取締役は「善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ、善良なる管理者としての注意義務)」という割と幅広い義務を負うことになります(民法644条)。
また法令、定款、総会決議を守り、職務を忠実に遂行する義務も負います(会社法355条)。会社との競業に関する規制や利益が相反する取引に関する規制もあります。
そして、会社法第423条には「その任務を怠ったときは損害を賠償する責任を負う」と定められています。
これらの責任は、会社に対するものや外部の債権者に対するものの両方があります。
単なる従業員と違い、取締役の場合は直接的に責任を負わされる場合があるのです。

②どんな場合に責任が?
取締役が自分や関係者を利する目的で会社に損害を与えた場合は、①以前に「最大懲役10年」という「特別背任(会社法960条)」という罪になります。

しかし、自分がやっていない行為、例えば代表取締役など他の取締役が明らかに違法だったり放漫な経営をしているのに、取締役会で「反対しなかった取締役」も責任を負うこととされているのです。ここ非常に重いところで、「反対する」だけではなく、「反対したことを議事録に書く」必要があります。
会計不正で粉飾し、会社が責任を負うべき場合もこの対象です。

③専門外の取締役は責任を負わなくてよい?
以前、不正会計や粉飾が問題となったとある会社で、技術系の取締役が週刊誌のインタビューで「そんな会計のことなんて技術系の自分には関係ないしわからないから」と答えていたケースがありました。

これは大きな間違いなのです。

会社法は、取締役の責任追及に際して、その専門性を条件としていません。
つまり、会計上の責任であっても理系の取締役は会計担当の取締役と同じ重さの責任を負うことに(法律上は)なっているのです。また逆も然りで、技術的な不正(検査不正など)の場合は、文系業務の取締役も同じ重さの責任を負うことになります。

実際の所は、「その専門性によって問題を知りえたかどうかが変わる」ため、裁判上責任を問われると判断されることがまだ少なく助かっている方が多いようです。
要するに、責任を負わされるかどうかの可能性は少し低いが、もし負わされたら責任の重さは同じ、ということになります。

しかし、会社法で責任を負うことになっている以上、なんらかの事情で問題を知っていたと裁判上判断される場合には同じ責任を問われてしまいます。取締役になった以上は、自分の専門以外のことも勉強し、口を出したり反対したり、また差し止めたりといった行動が必要になっていると言えます。

④執行役員は?
「取締役」のつかない「執行役員」はどうでしょうか。
執行役員制度は、日本においては1997年にソニーが最初に導入したと言われています。
取締役ではありませんので、前述のような取締役の法的な責任はなく、部長や課長といった従業員としての責任が課されることになります。

もし自分の専門外の法律や責任を勉強する気が全くない方が役員就任の打診を受けたら、取締役にならず執行役員で止めておくことをお勧めしたいところです。

⑤破産した場合は?
会社が破産した場合はどうでしょうか。
取締役はその債務を押し付けられるでしょうか?
ここについては、「負わなくてよい」が正解です。
会社の債務については、個人保証などをしていない限り、取締役が責任を負う必要はありません。
(代表取締役などトップは保証をしている場合が多いと思いますが)
しかしこれで安心してはいけません。
破綻に至った原因がその経営方針であった場合、③で述べたように保証をしていない取締役にも経営責任があるということで、会社法上の責任が問われる可能性があります。

4.取締役になるか?と言われたら
長年頑張ってきて、オーナーなどから「そろそろ取締役になるか?」と問われたら…
ほとんどの場合、それは純粋にねぎらいからの言葉だと思います。また皆さん今回のようなことをあまり知らないので、全くの善意で出世させると思っただけと思います。
このため、普通「評価された」と喜ぶ人が多いでしょうね。

しかし、今回説明したように会社法を深く知ると、手放しで喜ぶわけにはいきません。

私がそんなシチュエーションでお勧めしたい返事は

「ありがとうございます。でも、私には取締役はもったいないので、執行役員程度にして頂けますか」

といったところです。

 

それでも「いやいや、絶対君がならないと」とか「断って俺の顔に泥を塗るのか!」などと言われ出したら、「裏に何かある」と思った方がよさそうです(笑

無料で行う技術情報調査~特許情報プラットフォーム

中小企業が顧客から部品等の生産を受注する時、その最終製品のエンドユーザや技術情報を知っておくと、より良い品質の提供や、他の分野への転用など事業拡大の可能性が大きく広がります。

この記事は、普段私がお客様のために行っている、「公的な知財に関する情報を活用して低コストで効果的に調査する方法」をご紹介します。

1.技術情報調査の必要性
総務庁「事業所・企業統計調査」によれば、中小企業数(会社数+個人事業者数)は、約432.6万社です。全企業数に占める割合は99.7%(会社の割合は99.2%)です。

このような中小企業においては、大企業から部品等の生産を発注されることが多くあります。

そんな場合でも、知的財産や顧客情報をライバルから守るため、その部品がどのように使用されるか、また最終製品が何であるかを示されない場合が良くあります。

しかし、受注する側としては、生産する部品についての情報を詳細に知っておくことは、より良い品質を目指すうえで不可欠ですし、発注元に損害を与えない範囲で、同様の技術を他の顧客に使ってもらう事は事業の拡大につながります。

2.技術情報調査の方法
このような情報を探る方法はいろいろとあります。

顧客に聞く
顧客に直接「この部品の最終製品は何でしょうか?」と聞く方法です。
特に問題なく教えて頂ける場合もあると思いますが、一般的には知財保護やライバルからの防衛のため、教えてもらえない場合も多いと思います。逆に不審に思われることもあるかもしれません。また、顧客が顧客の発注元から情報を得ていない場合もあります。

市場調査を行う
市場調査会社はたくさんありますので、このような会社に調査してもらう方法です。
ただ、そのような調査は探偵仕事に近く大変難しいため費用は相当掛かりますし、十分な成果が得られない場合も少なくありません。

③WEB等で調査する
部品等の情報を基礎とし、WEB検索等で顧客や想定される需要先の情報をWEB等で検索する方法です。とはいえ一般のWEB情報には十分かつ正確な情報が掲載されていないことも多く、こちらも十分ではありません。

特許情報を検索する
国(特許庁)が提供する特許情報を使用する方法です。この情報データベースは、元々新たな発明や意匠、商標などを創出する際、先に出願されている権利等がないかを検索するために用意されているものです。しかしこれを上手に使うと、受注を頂いている部品がどのような用途に使われるかや、エンドユーザなどが探れる場合があります。

3.特許情報プラットフォームについて
特許庁は、平成11年3月より「特許電子図書館」(特許情報データベース)の運用を開始しました。この運営は平成16年10月から独立行政法人工業所有権情報・研修館が運営を受け継いでいます。そして平成27年4月から、新たな産業財産権情報の検索サービスとして「特許情報プラットフォーム」が開始されました。

このページのトップ画面は、以下のようになっています。

特許情報プラットフォームトップ画面

今、たとえばある部品の試作を打診されているとします。

その部品は「プラチナ」や「パラジウム」が使用されており、どうも「センサー」として使用されるらしいので、その用語を入れて検索します。

検索結果

すると、検索結果が下記の通り出てきます。

検索結果2

この中の一つを指定すると、こんな感じで情報が表示されます。

要約

特許は、一旦出願しても、全てが必ず特許権として認められる訳ではありませんが、出願されたものはこのように全て公開されることになっています。

もちろんこれらのリストで、簡単にエンドユーザや最終製品が分かることはありませんが、一つ一つ関係しそうなものを探っていくと、引き合いのある部品がどう使われるかのヒントが得られる場合があります。

特に、提示された図面は出願書類と共用している場合も多く、よく参考になります。
例えば、取引先から提供された図面と似た構成となっている図面が発見できれば、それは最終製品の可能性が極めて高いことになります。

また、これらで得られた情報を元に、WEB検索・論文検索などを組み合わせると、ちょっとした技術情報調査が行えることになります。

以上、ご参考になれば幸いです。

 

テクノロジーガバナンスのすすめ(三菱電機・神戸製鋼の不正について)

1.終わらない検査不正
三菱電機が35年もの長期間に渡って数多くの検査不正を行っていた事件は、社長が引責辞任する事態にまで広がっています。

しかしこのずいぶん前に、日産やスバルの検査不正、また大手鉄鋼メーカー神戸製鋼所が製品の検査データの改ざんを繰り返していた問題は「技術日本の危機」として非常に大きな問題となっていました。それにも関わらず連綿と不正を続けていたということは、企業としての姿勢やガバナンスに大きな問題があると言わざるを得ません。

今回は、三菱電機と神戸製鋼の事例を取り上げ、このような問題が技術という分野で起こった原因や、企業がとるべき姿勢について、代表の塩尻明夫が「公認不正検査士=経営・不正防止」「技術系工学修士=技術倫理」という両方の側面から述べたいと思います。

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2.三菱電機検査不正

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①不正の発覚
2021年6月30日、同社の長崎製作所(長崎県時津町)が製造する鉄道車両向け空調装置で、仕様書の記載と異なる検査手法を行った上、検査成績書に不正記載を行っていたことが明らかとなりました。 「社内調査で6月14日に発覚した」そうです。同時に、6月28日には鉄道車両用空気圧縮機に関しても同様の不正検査を行っていたことが判明しています。

②不正の手口
行われていた不正の手法は、以下の通りです。

・冷房や暖房の能力を検査する際、仕様と異なる温度や湿度などの環境条件で検査を実施
・必要な防水検査で、製造段階の検査結果を流用して完成品の検査を省略
・空調機器の過負荷、振動、絶縁抵抗、耐電圧などの耐性試験を低い水準で実施、結果を計算式で補正して検査結果に偽装
・寸法検査を実施せず、図面などから部品の寸法を足し合わせる等の計算により偽装
・モデルチェンジ機種について、前モデルの検査結果を流用
・これらについて検査成績書偽装された結果を記載

③不正の連鎖
同社グループにおいては、2018年に子会社(トーカン)で製造する新幹線車両にも使われるゴム製品や、2020年に本社パワーデバイス製作所で製造するパワー半導体製品で顧客と取り決めた新しい検査規格を使わなかった等の検査不正が相次いで発覚していたところです。
この2事件も、数年~十数年発覚せずに不正検査が続けられてきました。

これらの不正は「内部調査で発覚した」とのことですが、発覚している不正は全て明らかに手順を省いて工数を減らしたり、製造不良を見逃すために行われている単純な方法であり、一般的な定期内部監査があれば容易にわかることばかりです。

今回に限って発覚したのではなく、組織としてこのような不正を長年容認してきたグループとしての姿勢が問題ではないかと推察します。
本事件については、今後調査結果などが明らかになっていくと思いますので、注視しておきたいと思います。

3.神戸製鋼検査不正

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①事件の概要(調査報告書より)
2016年6月にグループ会社神鋼鋼線ステンレス株式会社で検査データの改ざん事件が発覚、2017年8月末にもアルミ・銅事業部門において不正な試験値の取り扱いが発覚、同部門で不適合品の出荷を停止しています。

②発生していた不正行為のあらまし(調査報告書より)
同社においても、寸法検査、耐性試験など機械的性質等の検査、一部の外観検査など、顧客との間で取り交わした必要な検査項目が実施されておらず、条件の異なる他のデータでの代替やねつ造などが行われていました。

また、顧客との間で取り交わした製品仕様(強度、伸び、耐力等の機械的性質や寸法公差等)に適合していない一部の製品につき、検査証明書のデータの書き換え等を行うことにより、当該仕様に適合するものとして出荷しています。

彼らはこれを「トクサイ」と呼んでいましたが、本来の「トクサイ(特別採用)」とは通常なら不合格品になるものを、取引先の了解を得て引き取ってもらう制度です。基準には元々余裕があるので「採用側が知っていれば」問題なく使用できるし、納期も守られ安く購入できるメリットがあるのですが、これを全く知らせることなく勝手に行っていました。

③原因とされている事情
この不正の原因とされているのは、調査報告書や新聞記事を参考にすると以下の通りと言われています。

・過度な業績主義と、収益評価に偏った経営と閉鎖的な組織風土
・バランスを欠いた工場運営(生産・納期優先の風土、人事が固定化された閉鎖的組織)
・不適切行為を招く不十分な品質管理手続(改ざん、ねつ造を可能とする検査プロセス、厳格な社内規格の形骸化と勝手トクサイを許す風土)
・契約に定められた仕様の遵守に対する意識の低下(品質に対する誤った自信に基づく仕様遵守意識の欠如、不適切行為の継続)
・不十分な組織体制(監査機能の欠如、本社による品質ガバナンス機能の弱さ、事業部ごとの縦割風土)
・鉄鋼業界統合による寡占化
・品質管理担当が製造部門長の下に置かれており、独立した品質管理体制が取れなかった

④神戸製鋼の不祥事歴と企業風土
残念ながら、神戸製鋼は今回の事件だけではなく、過去にも以下のような不祥事を起こしており、良い企業風土の醸成に努力しているかどうか、という側面において疑問が残ります。
(1)総会屋への利益供与(1999年)→亀高元吉相談役が引責辞任
(2)神戸・加古川製鉄所でのばい煙データ改ざん(2006年)
(3)日本高周波鋼業(グループ会社)による鋼材強度試験データ不正(2008年)→同社のJIS認証取り消し
(4)政治資金規正法違反(2009年)→会長、社長が引責辞任
(5)神鋼鋼線ステンレス(グループ会社)が検査データ改ざん(2016年)→同社のJIS認証取り消し、今回の事件の発端となった

4.テクノロジー面のガバナンスについて
昨今の上場会社は、会社法や内部統制評価・監査制度(いわゆるJSOX)などの制度及び運用強化によって経営管理や財務報告におけるガバナンスについては一定の改善が見られます。
しかしながら、テクノロジーの側面においては上記のような制度がある訳ではなく、旧態依然とした「技術者の論理」が残されているといってよいと思います。
この技術者の論理、基本的には極めてシンプルな「納期・品質・安全を守る、科学的事実は嘘をつかない(嘘をつくのは人間である)」といった考え方に尽きます。

これに対し、今後は技術系分野において「テクノロジーガバナンス」が必須であると考えます。
このテクノロジーガバナンスとは、技術面に係る倫理、統制、開示、保全を統合的に管理する考え方で、コーポレートガバナンス・CSRの一環として構築する必要があります。特に今後IoT、AIの急速な普及に伴い、この分野が極めて重要になると言えます。
このテクノロジーガバナンスを構成するのは、例えば下記のような概念です。

・技術者倫理
例えば、一般社団法人日本鉄鋼連盟が公表している「品質保証体制強化に向けたガイドライン」には「倫理」という用語がありません。また、神戸製鋼の企業倫理綱領にも、もっと大きい範囲だと日本機械学会の会員向け倫理規定にもテクノロジーガバナンスに関連した記載はありません。
今後は、テクノロジーの分野においても、広い意味での倫理概念を整備し、職業倫理として定着させていかなければ、技術分野でわずかに残ったアドバンテージすら我が国から奪ってしまうことになりかねません。

・技術系取締役への企業ガバナンス教育やMOT人材の採用
現在、技術系取締役は、「技術系プロパーの上がり役職」といった性格を持つことが多く、ガバナンスに関する教育はほとんど受けていません。
技術系取締役に、会社法を含む企業ガバナンスに関する教育を行うことや、MOT(Management of Technology、技術経営)に関する専門的素養を持つ人材を経営層(取締役、監査役)や内部監査部門に加えることが重要となります。

・内部統制の重要性
人材がそろっても、その目的に合致した内部統制の整備運用がなければガバナンスを強化することはできません。
どんな分野においても、組織における不正を防止するには内部統制が最も重要です。
技術面関する場合でもあっても、内部統制に必要な考え方は同一で、整備運用に関しては統制環境・リスクの評価と対応・統制活動・情報と伝達・モニタリングといった構成要素を意識しなければなりません。
例えば、統制環境の場合は正しい技術倫理観に基づくテクノロジーガバナンスの強化と、トップから末端までに至る構成員(技術系以外も含む)の技術倫理に関する姿勢となりますし、モニタリングに関しては技術系内部監査機能の充実等がこれに当たります。

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日本機械学会倫理規定 (抜粋)
前文
本会会員は,真理の探究と技術の革新に挑戦し,新しい価値を創造することによって,文明と文化の発展および人類の安全,健康,福祉に貢献することを使命とする.また,科学技術が地球環境と人類社会に重大な影響を与えることを認識し,技術専門職として職務を遂行するにあたって,自らの良心と良識に従う自律ある行動が,科学技術の発展と人類の福祉にとって不可欠であることを自覚し,社会からの信頼と尊敬を得るために,以下に定める倫理綱領を遵守することを誓う.

(綱領)12項目から抜粋
1.技術者としての社会的責任
会員は,技術者としての専門職が,技術的能力と良識に対する社会の信頼と負託の上に成り立つことを認識し,社会が真に必要とする技術の実用化と研究に努めると共に,製品,技術および知的生産物に関して,その品質,信頼性,安全性,および環境保全に対する責任を有する.また,職務遂行においては常に公衆の安全,健康,福祉を最優先させる.

3.公正な活動
会員は,立案,計画,申請,実施,報告などの過程において,真実に基づき,公正であることを重視し,誠実に行動する.研究・調査データの記録保存や厳正な取扱いを徹底し,ねつ造,改ざん,盗用などの不正行為をなさず,加担しない.また科学技術に関わる問題に対して,特定の権威・組織・利益によらない中立的・客観的な立場から討議し,責任をもって結論を導き,実行する.

4.法令の遵守
会員は,職務の遂行に際して,社会規範,法令および関係規則を遵守する.

5.契約の遵守
会員は,専門職務上の雇用者または依頼者の受託者,あるいは代理人として契約を遵守し,職務上知りえた情報の機密保持の義務を負う.