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「クラウドファンディング」に騙される

最近よく聞かれるようになってきた「クラウドファンディング」。
インターネットのなかった時代には考えつかなかった素晴らしい発想ではあるのですが、我々のような不正検査士からみると、実は不正の温床になる場合があるのです。
ほとんどの真っ当な善意が踏みにじられることがないよう、警鐘を鳴らす意味も込めて書いてみました。

1.クラウドファンディングとは
クラウドファンディングとは、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語で、不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うことを意味します(WikiPediaより)。
昔からこのような形で資金を集める方法は用いられていましたが、2000年代後半になってインターネットを活用する形が定着し、「クラウドファンディング(以下「クラファン」とします)」と呼ばれるようになったあたりからは世間でもごく一般的になってきました。

具体的な流れとしては、必要な目的や資金をWEB上でプレゼンテーションし、クレジットカードで寄付、そして寄付者には金額などに応じて謝礼するなどといった形が一般的です。
現在では、慈善目的の寄付などにとどまらず、飛び抜けた発想をもった製品開発やゲームなどの開発、果ては結婚式の資金集めにまで(!)使われるようになってきました。

crowdfunding
(出典:朝日新聞社A-port)

しかしこのクラファン、素晴らしい目的をもった用途の中に、大きな不正の問題を抱えているのです。

2.不正な目的のクラファン
クラファンは、会社が上場するときのような厳格な審査や監査を受けているわけではありません。
また、サービスが充実してきたため、どんな者でも簡単に、ほとんどの場合無料でクラファンサイトを開くことができます。

このため、たとえば嘘の目的で寄付を集め、持ち逃げしてしまうことも比較的簡単に可能となります。

また、マネーロンダリング(資金洗浄。違法薬物や脱税、横領といった犯罪資金などを合法な資金として見せかける犯罪行為)にも利用が可能です。
たくさんのクラファンプロジェクトを作り、少しずつ多数の寄付を出したように見せて再度集めると、表向きはその集めた資金は合法な資金に見えてしまいます。

その他、薬物などの違法取引を返戻品に偽装して行ったり、様々な不正・犯罪の手口に利用される可能性があります。

クラファンの運営会社もこれらの不正に手をこまねいている訳ではなく、たとえば下記のようにチェックにかかったプロジェクトを停止するような措置は行っていますが、根絶するには至っていないようです。

fusei
C
ampfireの不正対処例

なお、事実と異なるなど不正なプロジェクトで資金を集めた場合 詐欺罪として処罰の対象となります(刑法246条 人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する)。

3.クラファンサイトのオーソリ不正
まだあまり知られていませんが、「クラファンサイト自体が悪事に利用される」場合もあります。それは、クレジットカード不正との組み合わせによるものです。

クラファンの寄付の支払いは、ほとんどの場合クレジットカードで行われます。
この支払~決済に至る流れは、通常のネット通販と全く同じです。
ただ少し違うのは、「すぐに物品を発送せず(後ほどお礼は送られたりします)、支払い金額が少額な場合も多いので、申込者のチェックが甘い場合がある」という点です。

通販などでクレジットカード決済を行う場合は「オーソリゼーション」と呼ばれる信用チェック手続きを必ず利用します。この手続きは、カードそのものが有効か、また限度額を超過していないかなど、カードの利用可能性をチェックする必須の手続きです。

オーソリ
三井住友カード のサイトより

しかし、不正実行者はここを悪用します。

情報流出などによって不正に取得したカード番号などを使い、自動的に多数の申込手続(実際の決済までは進ませない)を行って、そのカードが有効かどうかをチェックし、不正利用するのです。

このチェック手続きは通常ボットと呼ばれる自動プログラムで行われます。また、最近はカード会社の番号法則に基づきランダムに作成した番号が有効かどうかをチェック(ランダムアタック)するためにも使われているそうです。

一般の物販サイトは、通常多数の人間から多くの注文があり、キャンセルされるなどの異常な取引があればすぐにわかりますが、クラファンの場合は少額でたくさんの取引が発生しやすく、チェックがかからない場合があると言われています。

こうなると、「データ漏洩で不正に取得されたカード番号」だけではなく、「全くどこにも提示すらしていないあなたのカード番号」すら、場合によっては不正利用される可能性もあるのです。

4.不正を防止するには

クラファン運営会社やカード会社は不正対策を進めていますが、まさに「いたちごっこ」であり完全に防ぐことは難しいと思います。また不正を野放しにしておくと、クラファンというせっかくの良い仕組みが悪いものとみられ、衰退してしまうかもしれません。
このため、利用者である我々としても、できるだけ不正を防止する努力をする必要があると思います。

たとえば以下のような防止策が考えられます。

①利用者側
まず、運営者が適切な目的でクラファンを立ち上げているか見抜く必要があります。SNS上の書き込みであっても、不正が見抜かれないよう良い評判を書き込ませることが可能ですので、クラファンの内容や目的自体が適切・合法なものかを複数の情報源で確認しておく必要があります。
また通常のカード不正利用防止の注意(カードを自分が見ていない所で切らせない、預けないなど)だけであれば、前述のランダムアタックには対処不可となってしまいます。
このため、自らのカード明細は頻繁にチェックし、細かい金額でも不明な支出は確認しておくことが必要です。

②クラファン運営側
運営側となる場合、すなわちクラファンを立ち上げる場合には、上記のような悪用を防ぐ対策(モニタリングやCAPTCHA認証といった、ロボットによる自動操作を発見・防止する手法)が適切になされたサイトを利用しましょう。これらも完璧なものはなく、不正実行者は様々な新しい手法を生み出してきますが、皆が少しずつでも対策をしていれば数を減らすことができます。

chapcha
CAPCHA認証の例

あなたは必ず騙される(続編)~ワンコインとポンツィ・スキーム

1.はじめに
まずはこちらの動画をご覧ください(大きな音が出ます)

The biggest event in OneCoin History – the CoinRush 2016

この派手な動画の最後に出てくる女性、それが「ワンコイン」詐欺の首謀者です。

2.ワンコイン
①創始者 Dr.Ruja Ignatova(ルジャ・イグナトバ)
Ruja
彼女は1980年5月にブルガリアで生まれ、10歳でドイツに移り住みました。
貧しい生まれでしたが、周囲の支えと才と努力で、独コンスタンツ大学、英オックスフォード大学で法学博士号を取得しています。
その後、有名なコンサルティング会社「マッキンゼー」にて当時最年少の「アソシエイトパートナー」に就任、大型投資プロジェクトへの従事や仮想通貨のアドバイザーとしても活躍していました。
その活躍により「フォーブス」誌の表紙を飾るなど、華々しい活躍の中2014年に仮想通貨である「ワンコイン(Onecoin)」を創設します。

しかし、2017年、彼女は忽然と姿を消してしまいます。

②ワンコインの実態
OneCoinLogo
ワンコインは、ビットコインなどと同様、ブロックチェーン技術(参考:「仮想通貨技術を支える「ブロックチェーン」について」)を使った暗号通貨(仮想通貨)と称して誕生しました。
このワンコインは、100ユーロ(12,000円)程度の少額から30,000ユーロ(360万円)などの高額に至るプランによる「パッケージ販売」を特徴としています。実際に仮想通貨を受け渡すのではなく、「仮想通貨と交換する権利」が受け渡されるのです。
例えば、5000ユーロのパッケージを購入すれば、3900ユーロ分のワンコインが受け渡され、分割が起こると8500ユーロのワンコインとなるといった具合で、投資商品としての性格を備えていました。

しかし実際には、いわゆるブロックチェーンによる暗号通貨は実在していなかったのです。
実在しない「暗号通貨」を販売し、その収入を配当に見せかけて支払い、それを餌にしてまた新しいカモを集める、という正に「ポンツィ・スキーム」の際たるものだったのです。

③ワンコインとイスラム金融
このワンコイン詐欺の被害は、なぜかイスラム教徒に多く広がりました。
イスラム教徒は、シャリーア(イスラム法)において利子のあるお金の貸付を禁止されているのですが、ヒヤル(合法的な抜け道)により、シャリーアを回避しつつ実質的に利子を取ることを目的とした金融技術が様々に編み出されています。今「イスラム金融」と呼ばれている概念の多くはこのヒヤルに関するものです。
ワンコインは利子ではなく、投資した通貨自身が分割により増加するため、ヒヤルの一つとして認識され、大人気となった訳です。

④破綻
ワンコインのコアメンバーであるコンスタンティン・イグナトフ(ルジャ・イグナトバの弟)は、数十億ドル規模の詐欺に関与した罪状を認めました。この結果、最大90年間の禁固刑が科せられる可能性があります(BBC 2019/11/14)。
この辺りまでにワンコインは44億ドルを集めていましたが、昨年12月1日にはウェブサイトが閉鎖されました。

しかし、現時点でもまだ首謀者ルジャ・イグナトバは見つかっていません。

3.仮想通貨とブロックチェーンについて
①ブロックチェーン(詳細解説はこちら
従来のデータ保存はサーバなどによって一元管理されているので、保存箇所を攻撃(ハッキングなど)したり、その通路(ネットワーク経路)を支配してしまえば改ざんや遮断を容易に行うことができました。
これに対し、ブロックチェーンは「利用者が使う全ての端末に、分散して全てのデータが保存されている」という点がポイントとなっています。
この「分散」についても、単にデータをバラバラに保存しているのではなく、それぞれの端末(ノード)が冗長性(無駄な部分)を持ち、一部が壊されたり改ざんされたりしても、生き残った他の部分から全体像が再構成できるように考えられているのです。
新しい取引が発生すると、そのデータが一定の規則によって次々と追加され、あたかもデータの塊(ブロック)が鎖(チェーン)のようにつながっていくことから、このような名前で呼ばれるようになりました。

②仮想通貨(暗号通貨)の問題点
ブロックチェーンによる仮想通貨を作る時には「マイニング」というプロセスが必須です。
マイニングはその名前から「鉱脈を探す」=「仮想通貨を発行する」と思われていますが、ブロックチェーン技術上のイメージとしては「新たな帳簿のページを作る」ことに過ぎません。つまり新たな通貨の記録を作る帳簿作成がその本質で、通貨そのものを作る訳ではないのです。

しかし、マイニングにはコストがかかります。具体的にはコンピュータ投資や電気代が増え続け、技術的な発行数の限界があります。
また個々のブロックチェーンの伝播には時間がかかり、大規模なパブリック型と呼ばれる方式だと遅延が累積して決済スピードに著しい問題の出る場合があります。

ワンコインは実際にはブロックチェーンを使っていなかったため、このような制約は全くなかったと言われています。そもそも実体が見えにくく、技術的にも高度に見える(すなわち素人を騙しやすい)ため、ワンコインのような詐欺には最も利用されやすい概念だったように思います。

4.ポンツィ(ポンジ)・スキーム(詳細解説はこちら
①ポンツィ・スキームの誕生
「チャールズ(カルロ)・ポンツィ」はイタリア生まれ。
若いころアメリカに移住、職を転々とした後、ボストンにて「返信用切手交換クーポン付き国際郵便切手」の鞘取り(返信用切手と交換できるクーポンの国際的価格差を利用した利益獲得手段)ビジネスを始めます。

彼は1919年12月、ボストンに会社を立ち上げ「たったの数十日で50%の利益が出る」という触れ込みで数千人から数百万ドルもの大金を集めました。
ただ実際には「先に投資した人に対し、後から投資した人の資金を使って配当」しているにすぎませんでした。
この「自転車操業的」配当こそが、ポンツィ・スキームの本質なのです。

しかし結局、新聞のスクープや新規投資資金の落ち込み(すなわち偽配当の資金繰り悪化)により敢え無く破綻、詐欺罪で有罪となってしまいました。

②ポンツィ・スキームの特徴(ねずみ講との違い)
ねずみ講は、一人の上位会員に対して二人以上増加する下位会員から金銭を徴収、その金銭をさらに上位会員に分配するため、ピラミッド型の組織を構築する詐欺の手法です。
このため上位の会員が利益を得るためには「下位の会員数>上位の会員数」が必要となり、組織構造上級数的に増加する下位の会員はすぐ獲得できなくなるので、途中で必ず破綻します。
このねずみ講、我が国においては「無限連鎖講の防止に関する法律」で禁止されています。

これに対してポンツィ・スキームの特徴は、詐欺の首謀者が広く多数から資金を集め、集めた資金の大半または全てを配当に見せかけて支払うことで、虚偽の運用実績を提示することにあります。
このためピラミッド型の組織は必要とされず、首謀者が集まる資金を比較的自由に使えることも特徴の一つです。
このため、冒頭に掲げたような派手なイベントを行うことも容易なのです。
信用を得るため一部の者への配当として多額の資金が流出するため、発覚、摘発されても損害の額に対して十分な賠償を得られない場合がほとんどです。

5.仮想通貨とポンツィ・スキームの親和性
ポンツィ・スキームを動かすためには、現出資者に配当する金額以上の資金を新たな出資者から集めることが必須ですが、偽の仮想通貨はにはその裏付けとなる資金が不要なため、手持ちの現金を超える偽装配当が可能となるのです。

これを私はポンツィ・スキーム配当の「レバレッジ」と呼んでいます。

ワンコインはこの点をうまく活用し、「分割」によって仮想的な配当を行うことで、ポンツィ・スキームでいずれ必ず訪れる破綻を遅らせることに成功したのです。

驚くべきことに、ワンコインより相当前、20世紀も終わるかどうかという頃に、全く同様の概念を用いたポンツィ・スキーム詐欺が我が国で発生していました。それが「円天」事件です。

2000年ごろ創設された疑似通貨「円天」は電子マネーとして使用可能と公表されていました。
10万円以上を預け、上位会員になると「1年ごとに預けた金額と同額の円天を受け取ることができる」「年利100%の金利が払われる」とされ、受け取った円天は、円天市場で利用することが可能とされていました。
会員の募集や会社の信用を高めるため、演歌歌手・タレントを広告塔として招き、関連団体を介しホテルや国技館などで無料コンサートを月10回にわたり行っています。
このイベントには、伍代夏子、小林旭、坂本冬美、島倉千代子、瀬川瑛子、千昌夫、藤あや子、細川たかし、松方弘樹、松崎しげる、美川憲一、八代亜紀などそうそうたる有名人が協力していました。

(ニュース動画)「円天」巨額詐欺事件 元会長の懲役18年確定へ(12/01/12)ANNnewsCH

6.騙されないために

※詳しくは「あなたは必ず騙される ~ ポンツィ・スキーム研究(5/5)最終回」を参照

1)成功するポンツィ・スキームの特徴
ポンツィ・スキームを研究していると、通常の詐欺のように「騙す側と騙される側」という単純な構図ではなく、成功するためには一定の特徴を持つべきことがわかります。それは以下のようなものです。

  • 騙す側に一定の特徴を持った①首謀者、②協力者、③紹介者 が必要
  • 騙される側にも①プレッシャー・機会、②ガバナンスの弱さ、③情報・知識の欠如 といった、一見「不正のトライアングル」にも似た要因が必要

これらを詳しく知ることで、ポンツィ・スキームの兆候に気づき、騙されないための対策を採ることが可能となります。

2)だます側の特徴
①首謀者

  • 首謀者のキーワード:雄弁、大胆不敵、カリスマ、名声、人脈、目立つ社会貢献(しかしその裏には虚栄心、狡猾、金銭欲、虚飾などの裏がある)
  • 良い身なり、一等地の事務所、居宅と現代的な調度品、高級ホテル
  • 進める投資への自信と裏付けとなる華麗な経歴と実績(但し虚偽や誇張が多い)
  • 断定的で力強い説明、ビジュアルに優れた資料(内容は薄く、虚偽も多い)
  • 大物政治家、官僚OBなど、政財界キーパーソンとの親密な関係(但し金や接待に基づくものや、一方的なものが多い)

②協力者

  • 首謀者の右腕となり、忠実に詐欺行為やその管理行為を実行
  • 首謀者とは最も長い付き合い
  • 首謀者に対しては服従に近い関係(悪いこととはわかっていても絶対に裏切らない)
  • 身内や愛人であることも多い
  • 口は堅く、信頼できる。堅実な仕事ぶり
  • 実務を行っているため、首謀者よりも実情を理解している。違法性も認識している場合が多い

③紹介者

  • 投資詐欺の場合、良いパフォーマンスを身近な人たちにも教えてあげたいという親切心や自慢により、友人などに紹介して詐欺被害を拡大させる手助けをしてしまう
  • カリスマ性などから首謀者に心酔してしまい、宗教的に他人を勧誘してしまうケースも多い
  • 有名人や社会的地位の高い紹介者は、スーパー・スプレッダーになりうる

3)騙される側の特徴
①プレッシャー・機会

  • 金のない人間がギャンブルにのめり込むのと似た状況
  • 困窮→金銭欲、あせり、射幸心
  • 長期的には絶対的に資金が足りないが、短期的には少し使える資金がある、もしくは調達できる→この資金を狙われる

②ガバナンスの弱さ

  • 個人の場合…意思(決定力)の弱さ、相談者・指導者の不在
  • 法人の場合…健全なガバナンスの欠如、専門家の不採用、事務作業権限の集中

③情報・知識の欠如

  • 権威者やその華麗な人脈、虚偽データに対する無駄な信頼
  • 新聞や雑誌、業界紙といった記事などに十分な注意を払っておらず、最新情報に疎い。また逆にデマや誇張なども安易に信じてしまう
  • 前任者まで連綿と受け継がれた古い情報や前例にのみ基づいて意思決定し、前例のない動きは極力しない→いわゆる天下り人材に多くみられる特徴

医療機関の不正防止・調査

私達が病気や怪我の治療の際お世話になる、病院や診療所等の医療機関。
これらは地域にとって非常に大事な存在です。
また医療機関は一種「聖域」として、一般的な営利企業とは異なる組織体制や文化を持っていることがほとんどです。
しかし、医療機関とて診療報酬というお金を扱い、資産を持つという意味において、不正のリスクにさらされている点で他の企業体と何ら変わる事はありません。このような医療機関において、不正対策をどのように行うべきかについて書いてみました。

1.医療機関の不正について
資金を扱うあらゆる組織において不正リスクは存在しますが、一般の営利企業と収益構造や法令、管理体制の異なる病院・診療所等の医療機関においては、一般的な営利企業とは不正リスクの質や頻度が異なると考えられています。しかしながら、不正リスクに関する理論、管理手法の本質的な所には共通点があります。

2.不正のトライアングル
不正リスクを考える際には、「不正のトライアングル」という概念が非常に役に立ちます。
「不正のトライアングル」とは、アメリカのドナルド・R・クレッシー教授が提唱した不正の仕組みに関する理論です。
具体的には、不正に手を染めるファクターは以下の3点であるとされています。triangle

 (1)不正を行うための「動機・プレッシャー」
 (2)不正を行うことができる「機会」
 (3)不正を行うことが本人にとって「正当化」

これらの条件が一つでも増加すれば、それだけ不正の発生する可能性が高くなっていることを意味します。

 

3.内部統制について
内部統制とは、(1)業務の効率性・有効性 (2)財務報告の信頼性 (3)法令の遵守 (4)資産の保全を目的として法人内で構築される管理体制を指し、「全社的な内部統制」と「業務プロセスに関する内部統制」に区分されます。
昨今、内部統制は上場企業が財務報告の適正性を保証するための開示対象として注目されていますが、本来内部統制は「組織がその目的に従って適切かつ効率的に活動し」「法令を順守し」「資産を保全する」と同時に「適切な情報開示を実施する」ことを可能とするための組織管理であるとされています。
この内部統制は適切な情報開示にはもちろん役立ちますが、不正リスクの低減や、事務部門、医療現場における事故、誤りの低減にも有効です。
但し、内部統制は経営者によって無効化することが可能であるため、経営者が主導する不正には役に立ちません。

4.医療機関における不正の例
①横領・不正請求窓口収入、保管現金、機器、消耗品、互助会資金等の管理を長年同一のベテラン職員に任せていることによる横領とその発覚遅れ自動販売機等売上金の横領医薬品の横流し社会保険診療報酬の不正請求

②キックバック医薬品、医療消耗品の購買担当者が、仕入業者からキックバック等の利益供与を受ける
③不正経理横領等を発覚させないため、帳簿や証拠書類を偽装する架空人件費

5.防止対策
不正のトライアングルの把握
職員における不正のトライアングルがどのような状態にあるかを把握し、不正リスクの発生を未然に抑えます。

病院向け内部統制の整備
病院には病院向きの内部統制があります。病院の特色を理解しつつ、不正が起こりにくい組織体制を整備、維持します。

内偵調査、尋問
残念ながら不正の発生が疑われる場合、疑いのある部署、者に対して内偵調査を行い、必要に応じて不正調査手法を用いて尋問します。

税務調査の利用
税務調査を不正調査に利用します(参考コラムはこちら)。この手法は、内部統制が無効化されやすい経営者の不正にも効果があります。

 

個人診療所レベルなら、院長が末端の職員にまで気を配ることが可能ですから、院長の管理レベル次第でこのようなリスクは防止することが比較的楽です。しかし、病院においては一般的に組織規模が大きく、院長や事務長がいくら気を配っていても末端まで注意を行き届かせることは不可能です。この為、不正リスクを低減する組織的な管理体制は必要です。

仮病キャバクラ嬢への献身横領事件

私は公認会計士や税理士としての仕事に加え、公認不正検査士業務も行っています。

その業務で一番多く目にするのが「横領」です。
横領とは、他人から預かっているものを自分のものとして取ってしまうことですが、この横領、刑法に規定のある割と重い刑罰のある犯罪なのです。ただ件数は多いものの、背景や原因、動機などはバラエティに富んでいます。

今回は、その中でも大変奇妙なものの一つである「仮病キャバクラ嬢への献身横領事件」を事例として取り上げたいと思います。
週刊誌やTVなどでも取り上げられましたからご存知の方も多いかもしれませんが、不正検査士らしく「発見・防止」の為の対策案も最後に書いておきました。

1.逮捕
勤務先だった工業用ゴム資材の卸商社『シバタ』の資金を自分の口座に振り込ませ、だまし取ったとして、警視庁中央署は2012年4月11日、電子計算機使用詐欺の疑いで、栗田守紀(もりとし)容疑者(当時33)を逮捕しました。直接の容疑は、2009年4月から翌年の7月まで、同社のパソコンを操作し、55回にわたって自分の給与とは別に計2億3000万円を自分の口座に振り込んだというものです。

栗田容疑者は同社が2005年に開設したインターネット・バンキングの法人口座の責任者に命じられると、すぐに不正に手を染め、以来約200回、計約6億円を詐取したと見られています。

2.横領の目的
栗田容疑者は同社の元経理係長。横領した金額のうち総額5億円以上を、なんとお気に入りのキャバクラ嬢に貢いでいました。

当キャバクラ嬢は、2004年ごろから、東京都葛飾区のJR亀有駅付近の店にて働き始めました。栗田容疑者は彼女と次第に親密になり、栗田容疑者はアフターも含めると月に数回は一晩あたり4~5万円使っていたそうです

その後ほどなくして、彼女は栗田容疑者に『胃がんを患っていて入院費や手術費が必要だ』と金を振り込ませるようになります。当初は数万や数十万だったその要請はエスカレートし、様々な病気にかかったと理由を付けた上で、多いときは一度に1500万円という場合もあったそうです。

その間彼女は「無菌室に入っているから」などとメールで連絡を取るだけで栗田容疑者に一度も顔を見せることはなく、見舞いに行くなどと言われると「信じてもらえないなら死ぬ」などと拒否していました。しかし実の所は、栗田容疑者から振り込まれた金をブランド品の購入やホスト遊びなどにつぎ込んでいたそうです。

3.横領の手口、発覚
同社は工業用ゴムやプラスチック資材などを卸す商社です。当時全国に40カ所の拠点を持つ中堅の同族企業で、業界内においては「堅実な経営」で知られていました。

これに対し栗田容疑者の不正手口は稚拙なもので、銀行から発行される口座の入出金記録や残高証明を破棄、自ら虚偽の記録を作成していたそうです。

結局、2010年7月に税務署の調査が入り、その調査の過程で容疑者の不正が発覚しました。しかし時すでに遅しで、それまでに同社が余裕資金として持っていた数億の資金が失われたことになります。

4.裁判、判決
「インターネットバンキングを悪用し勤務先から約5億円をだまし取ったとして、電子計算機使用詐欺罪に問われた元会社員、栗田守紀被告(33)の判決公判が27日、東京地裁であり、山崎威裁判官は懲役7年(求刑懲役8年)を言い渡した。」(2012/9/27付日経新聞)

5.発見・防止手法
このようなケースは、金額の多寡、動機や背景は様々であっても、本質的な原因は結局皆同じです。共通しているのは、以下のような点です。

  • 経営者に信頼される、堅実で文句も言わず休みなく働く経理担当者
  • 人材に乏しく、担当者が十数年交代していない
  • 担当者以外にはITに堪能な者がいない
  • 老舗で、資金繰りに比較的余裕がある

このような横領を防ぐには担当者の交代(ローテーション)や強制的な休暇によって一時的に他人に業務をさせる手法が最適ですが、人材の限られる会社の場合にはどうしても躊躇してしまうと思います。
しかし、厳しいようですがそのような方法を採らず一人の担当者が長期間経理業務を行っている場合、少なくない確率で、というより確実に不正が発生しているとお考え頂いた方が良いと思います。
どうしてもそういった方法が取りにくい場合は、疑われず比較的低コストで行える対策がいくつかあります。上記に当てはまる環境があるようでしたら、是非ご検討下さい。

第 11 回 ACFE JAPAN カンファレンスのお知らせ

一般社団法人 日本公認不正検査士協会(ACFEジャパン)は、「第11回 ACFE JAPANカンファレンス」を10月9日に開催します。
今年は新型コロナ感染症対策として全面的にオンラインでの開催となり、後日録画内容の配信も行われる予定です。

公認不正検査士(CFE)は、公認会計士でFBIの財務捜査官だったジョセフ・T・ウェルズが1988年に創設した資格です。
この公認不正検査士たちの団体が公認不正検査士協会(ACFE)で、米国を中心に世界180か国、85000人を超える会員が所属し、資格認定試験を経て不正調査や防止などの専門家として活躍しています。

このような職業的専門家資格においては、高度な専門的能力を維持・発展させるために継続的な教育体制が欠かせません。
実際、私たち公認不正検査士は、年間20時間(内倫理を2時間)の研修履行義務が貸されており、これを満たさなければ資格の更新ができないことになっています。

研修の方法は一般的に座学のセミナーですが、時々「カンファレンス」と呼ばれる大きなイベントが開催される場合もあります。
例えば、米国のACFE本部は毎年「グローバルカンファレンス」という全世界の会員を対象にしたカンファレンスを開催しており、ここには数千人の会員が集結します。

以前私がグローバルカンファレンスに参加した際の報告記事がこちら

さて少し規模は小さいですが、同様にACFEジャパンが毎年行っているのが「ACFEジャパンカンファレンス」です。このカンファレンスは、通常大きな会場に会員を集め、8時間~10時間程度の研修を受けるという形式を採っているのですが、今回は新型コロナ感染症対策を考慮し、全面的にオンライン開催を行うこととなりました。

ACFEカンファレンス

毎年、その時々に合ったカンファレンスのテーマが掲げられますが、今年は「Light the way ~ New Normal時代の企業が取り組むべきリスク対策 ~」となっています。

中身としては、New Normal時代新たに認識すべき概念や、DX(デジタルトランスフォーメーション)による新たなリスクについて、内容の濃い講演やパネルディスカッションが行われる予定です。また、昨年大きな話題となった関西電力金品受領問題や、形骸化・悪用が指摘されている第三者委員会の問題点などについても取り上げます。

このカンファレンスは会員以外でも参加することが可能です。
公認会計士や弁護士といった職業だけではなく、企業の内部監査担当者などにも非常に有益なものとなっています。

会場開催の場合はいつも満席となりなかなか多くの方に出席頂くことができない場合もあるのですが、今回はバーチャル開催なので制約は基本的にありません。
是非ご視聴頂き、できればCFE資格の取得をご検討下さい!

カンファレンスの特設ページはこちらとなっております。

「にせ税理士」について

1.税理士の使命とは
税理士法第1条には、税理士の使命として「税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ること」が掲げられています。
この使命に基づき、我々税理士は確定申告など、様々な税に関する手続や相談に応える仕事を行っています。
税に関するこれらの仕事は、一般的に難易度が高く、また大きな金銭的利害の関係するものが多いため、税理士法はこのような仕事が行える者を、国家試験や実務経験を経て、税理士や税理士法人などとして公に登録された者に限定しています(税理士法第52条)。この法律に反して税理士等以外の者が税理士業務を行うと、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金が科されることになります(税理士法59条)。これには、報酬を受け取っているか否かは関係がありません。

2.にせ税理士とは
このような法律に違反してにせ税理士行為が行われるのは、税理士業務が税理士の独占業務であり、儲かると思われているからかもしれません。また、税金に関する手続きは押しなべて難しく、気軽に頼める税理士に出会えなければ、よく知っている者に頼んでしまうこともあるかもしれません。
しかし、税理士は前述の通り国家試験や実務経験を経た者だけが登録できますし、守秘義務や脱税相談の禁止など、様々な果たすべき義務があります。また最近は、「最低年間36時間の研修」が義務付けられ、自己研鑽も行っています。このような条件を満たしていない者に税理士業務を依頼した場合、場合によっては誤った手続きで不測の損害を受ける、税務署から厳しい処分が課されるといったトラブルを被ることになりかねません。またそういうトラブルの際には、あっさりと逃げてしまうケースもあります。
では、にせ税理士にはどんなタイプがあるでしょうか。大きく分けると下記のような区分があると言われています。

①無資格税理士
税理士としての資格を持たない者が、税理士であると嘘をついて税理士の仕事をする場合がこれに当たります。
税理士事務所に勤務していた(または現在も勤務している)経験者が、個人として行っている場合が多く、「○○先生」と呼ばれてあたかも税理士のようにふるまい、帳簿の記帳、申告書作成や税務相談に対応します。
しかし税理士ではありませんので、後述の通り税務調査に立ち会うことはできません(税務署はにせ税理士を摘発することも重要な仕事としていますので、怪しいとわかればすぐに見つかってしまいます)。

②名義借り・名義貸し
上の無資格者や税理士でない者が作った一般の会社(「○○記帳代行サービス株式会社」など)が依頼者から税理士業務を引き受け、自分たちができない税理士業務の部分を税理士が行っているように見せかけるため、実在する税理士や税理士法人の「名義を借りる」ことを言います。
この方法は、申告書に税理士や税理士法人の記名や捺印があるので一見問題がなさそうなのですが、税理士法はこのような「捺印だけ税理士が行う」行為もにせ税理士行為と同じとして禁止しています。
法人税の申告書を作成する場合、その申告書だけではなく作成の元になった帳簿や、さらにその元になった資料、会社の状況などを税理士は十分に知っていなければならないのです。このため、名義だけを貸し、税理士の捺印だけを行うような行為は税理士が十分に責任を果たしていることになりません。

3.にせ税理士を見抜くには
私たちが実際に出会った事例でも、全て依頼者は「ちょっとおかしいかな?」程度の疑問しか持たずに仕事を依頼し続けていました。私たち税理士にはほとんどがすぐわかることですが、慣れていない一般の方々にとっては難しいようです。
では、税理士でない一般の依頼者が、このようなにせ税理士と正規の税理士を区別するにはどうすればよいでしょうか?
以下、にせ税理士を見抜く「特徴」と、「方法」をご説明します。
もし運悪く依頼されている「税理士と思っていた人」がそうでなかった場合や、ご友人の依頼されている者がにせ税理士だった場合、最寄りの税務署や税理士会などにお問い合わせ頂ければ適切に対応してもらえると思います。

①にせ税理士の特徴

  • 安すぎる報酬
    自己研鑽や投資もせず闇で仕事しているため、コストが低い。また、税理士のような特別な能力がないので価格勝負するしかない
  • 経営相談や税金対策の相談になかなか乗ってもらえない
    帳簿作成や基本的な申告書作成など限られた能力しかなく、自己研鑽していないので税務対策、経営相談など高度な話が分からない
  • 税務調査に立ち会ってもらえない
    前述の通り、税務調査に立ち会うと、調査官に会ってばれてしまいます
  • 申告書に署名捺印や電子署名をしたがらない
    同じく署名すると「存在しない税理士」なのでばれてしまいます
  • 捺印(電子署名)している税理士と、頼んでいる「税理士」が違う
    頼んでいる「税理士」が、捺印や署名している税理士から名義を借りています
  • 顧問料の振込先が「○○税理士事務所」や「○○税理士法人」ではなく「株式会社○○」や「○○コンサルティング」など税理士のつかない名前となっている
    偽税理士が報酬を取っている、又は捺印だけの税理士から名義を借りている
  • 税務署との交渉を嫌がり、すぐに「こんなものですよ」と逃げる
    税務署と交渉しようにもにせ税理士なので、相対したとたんにばれてしまう。または能力がなく、高度な交渉ができない
  • 顧問契約書(業務委託契約書)がない
    税理士でないものが税務業務に関する契約書を作成した時点で無効な契約書になります

②税理士かどうか調べるには
上記の特徴にいくつか当てはまり、「おかしいな」と思ったら下記を試しましょう。

  • 日本税理士会連合会の「税理士情報検索サイト」
    こちらにフルネームを入れて検索すると、その人が税理士として登録されているかどうかがわかります。
  • 税理士証票を提示させる(写真付きですぐわかる)
    上記のサイトでも見つからず、いよいよにせ税理士である可能性が高くなったら、本人に「税理士標章を見せる」ように求めましょう。この税理士標章は、氏名や生年月日、登録番号、所属事務所など税理士としての基本情報が写真とともに記されており、税理士は仕事の際携帯することが義務付けられています。所長塩尻の税理士証票は下記の通りです。
    IMG_4855

 以上

CRS(共通報告基準)であなたの口座情報が筒抜け?

皆さん「CRS」という言葉をご存知でしょうか?
最近、国際的な脱税や租税回避に対する批判が高まっています。
アップルのような大企業のみならず、中小企業や個人富裕層までもが様々な手段を利用して課税を逃れようと工夫を重ねています。
この「CRS」という制度は、このような脱税や租税回避に対処するため2017年から運用されている国際基準です。
金融機関はこの制度に基づき、顧客情報をより詳しく把握して国税当局に報告し、当局は各国間でこの情報を共有しています。

1.CRSとは
OECDは、外国の金融機関等を利用した国際的な脱税及び租税回避に対処するため、非居住者に係る金融口座情報を税務当局間で自動的に交換するための国際基準である「共通報告基準(CRS:Common Reporting Standard)」を公表し、日本を含む各国がその実施を約束しました。

OECD加盟国はこの基準に基づき、各国の税務当局は、自国に所在する金融機関等から非居住者が保有する金融口座情報の報告を受け、租税条約等の情報交換規定に基づき、その非居住者の居住地国の税務当局に対しその情報を提供します。

このため国内に所在する金融機関等は、平成30年以後、毎年4月30日までに特定の非居住者の金融口座情報を所轄税務署長に報告し、報告された金融口座情報は、租税条約等の情報交換規定に基づき、各国税務当局と自動的に交換されることとなります。

2.日本における状況
日本においては、国税庁が「租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律(実特法)」を改正しCRSに対応しています(平成29年1月1日から施行)。

日本の金融機関は、この実特法に基づき、新たに口座開設等を行う顧客の、「税務上の居住地」を記載した届出書の提出を依頼することになります。また顧客の税務上の居住地に日本以外の居住地があり、その居住地が報告対象国である場合、顧客の口座情報等を年1回、金融機関より国税庁に報告することが義務付けられています。

最近、新しい銀行口座を開設する上で、開設者本人やその関係者、法人の実質支配者などを詳細に書かせるようになった背景がここにあります。

3.具体的な手続き、注意点など
海外の税務当局は、所有している個人情報・法人情報(氏名、名称、住所等、納税者番号など)と収入に関する情報(利子配当譲渡収入など)、また口座番号やその口座に所有している預金や有価証券等の残高を日本の国税庁に提供します。
逆に、日本の国税庁からは、上記と同様の情報が海外の税務当局に提供されます。運用の始まったマイナンバーは、納税者番号として取り扱われているようです。なお、口座残高が25万ドル以下の場合は情報交換の対象外となっています。

この情報交換は2018年から始まっており、国税庁はその内容と日本での申告書や「国外財産調書(年末時点で5,000万円超の国外財産を有する者に提出義務のある資料)」を照らし合わせる作業を進めています。また、この照合結果を基礎として、順次疑いのある納税者に税務調査を進めることになっています。

最近はこの制度を生かした調査が行われており、下記のような報道も出ています。

調査対象者の男性は国外に預金口座を複数保有していた。大阪国税局はCRSなどで得られた情報をもとに税務調査を実施。調査の結果、一部の預金口座の存在を認めたが、その他は認めなかった。CRS情報で得られた口座情報を活用して追及した結果、意図的に海外預金の利子を申告していなかった事実を認めた。申告漏れ所得の総額は約5500万円で重加算税を含めた追徴税額は約2700万円だった。(日本経済新聞 「富裕層」の申告漏れ最多、1年で763億円 国税庁調査 2019/11/28)

なお、最近のCRSの運用については、国税庁が下記のような資料を公表しています。
平成 30 事務年度における租税条約等に基づく情報交換事績の概要(国税庁 PDF)

もし無申告の高額海外資産をお持ちの場合、全て情報交換の対象になりますので、税理士に相談の上できるだけ早く自主的に申告なさることをお勧めします。

美人タレント女医事件

以前、バラエティ番組で「年収は5000万円で豪遊」という、驚くべきキャラクターで話題になった美人の女医さんがいました。
しかし結局、その女医さんは不正行為が明らかになり逮捕され、有罪判決を受けることになってしまったのです。
美人女医が逮捕、有罪判決!ということで世間の耳目を集めたこの事件、実は掘り下げると結構深い問題の根を持っていることが分かります。
以前講演でお話しした内容を抜粋、加筆修正したメルマガ記事をブログ化しています。

1)逮捕、有罪判決
この事件は、脇坂英理子氏(Ricoクリニック)という女性医師が逮捕されたことから衆目を集めることとなりました。
「美人女医」としてもてはやされていた脇坂医師は、TVのバラエティ番組に出演し、ホストクラブで一晩に何百万豪遊したとか、驚くような数の男性遍歴があるなど、常識的な人間からすると耳を疑うような話を番組で披露していました。
しかしその実態は、彼女が経営する美容クリニックで架空診療行為を繰り返し行い、健康保険や国保といった医療保険に対して約7000万円という高額の架空請求を行っていた不正実行者だったのです。
裁判の結果、結局は懲役3年、執行猶予4年の有罪判決となり、医師としても業務停止3年の行政処分を受けることとなりました。

2)手口
それでは、この不正請求はどんな手口で行われていたのでしょうか。
簡単にいうと、「実際に行っていないのに、架空の診療行為をでっち上げる」という手法でした。
例えば、一度通院しただけの患者にも、その後も通院を続けたように偽装して診療報酬を請求することで、架空の診療報酬が手に入るという訳です。
しかし、彼女はそれ以上に破壊的な不正請求にも手を染めていました。

3)「保険証集め」の手法
彼女が不正に請求した医療費には、かなりの割合で「一度も来院したことがない患者」が含まれていたようです。

この「患者」たち、実はアルバイト感覚で集められた芸人や暴力団組員ら数百人が、不正用に彼らの保険証を提供したことによりでっち上げられたものだったのです。
捜査関係者によると、「保険証提供者の報酬はせいぜい数千円。アルバイト感覚でやっていたとしか思えない」とのことでした。

4)組織的な「ビジネス」
実はこのような医療機関は彼女のクリニックだけではありませんでした。
暴力団の「企業舎弟」とされる首謀者たちは、コンサルタントの名目で元々経営の苦しい医療機関に目を付け、不正グループに勧誘していたのです。
また首謀者グループにはホストもおり、ホストクラブで受け皿となる女医や保険証の提供者となるホステスを探していたそうです。
同時にクラブ経営者たちにも報酬を提示して女医の紹介やニセ患者集めを働きかけていました。
結局、このスキームで得られた不正な利益のうち、一部は暴力団に上納されていたのです。

5)不正請求の主な内容
健康保険に対する医療費の不正請求は、この事件のようなものだけではありません。一般的なものだけでもこれだけあります。

  • 架空診療・投薬による請求…診療していないのに、診療したことにして診療報酬を不正に請求
  • 生活保護者(自己負担なし)に対する架空診療、過剰診療
  • 振替請求…外来診察なのに入院診察として扱い、診療報酬を不正に請求
  • 二重請求…患者が自費で診療したものを、保険診療したものと扱い二重請求
  • 付増請求…血液検査の際、採血は1回だったにもかかわらず、数回に分けて検査したように診療報酬を不正に請求
  • 健康診断の保険請求…健康診断には本来保険が適用されない
  • 看護師等の水増しによる不正請求…看護要員の長期にわたる不足にもかかわらず変更の届出を行わず、診療報酬を不正に請求していた。
  • 施設基準の虚偽申請…一定の施設や人的要件を要する請求につき、届出の際行われる検査時だけ満たし、検査が終われば元に戻していた。

6)処分や対応は
医療保険による保険診療については、保険診療報酬支払機関(国保、社保)から本人に対して確認通知があり、本人が知らない医療費請求についてはチェックをかけることができるようになっています。
またこのような不正が行われた場合には、厚生局・厚生労働省による指導、調査、行政処分や、医師免許・保険医療機関の取り消しなどの処分がなされることとなっており、刑事罰も合わせて一定の抑止効果を得ているとは思います。
しかし、医療サービスを受けた本人がその内容に無関心だったり、また患者による不正への積極的、消極的関与がある場合、施設基準など患者の目に触れにくい複雑なもので不正が行われる場合には発覚が非常に難しくなります。これに加え、今回の事件のように最初から組織的に組み立てられたものを積極的に摘発することは難しくなります。
健康保険は加入者の保険料や税金が使われる極めて公益性の高い制度です。
医療機関自体の倫理保持や、通報窓口や内部監査体制により防止・発見対策などを整備することが急務だと思います。

 

 

病院は簡単に乗っ取れる

ちょっとセンセーショナルなタイトルですが、全くのフィクションでもありません。
病院が乗っ取られたり、不正の温床とされた事例を再構成し、どういう点が脆弱なのかを書いてみることにしました。
今回は防衛策に触れていませんが、いずれそちらの話も書いてみようと思っています。
こういった不正を防止する枠組みを作るのは、公認不正検査士の業務領域の一つです。

なお、今回少し趣向を変えて、「いらすとや」さんのイラストを挿絵に使用しています。

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1.とある病院にて
医療法人根木会 加茂病院

1

設立40年になる中堅総合病院(ベッド数200床)で、規模は小さいながらも長年地域医療に貢献し、患者の皆さんから重要な病院として親しまれてきた。

院長は長年内科に携わってきた穏健な医師で、公立病院の内科部長を務めたあと父親の設立したこの病院を引き継ぐ。

2

専門である医療に関しては経験が長く、またよく勉強しており、患者や勤務医師・看護師からの信頼も厚い。
しかし…

経営管理の甘い病院はここ数年資金難にあえいでおり、新たな設備投資はおろか、現場での医療資材、消耗品等の支払にも黄信号がともっている状態。

このままだと、早晩給与の支払いにも影響が出そうな状態となっていた。

3

2.コンサルタント登場
メインバンク:「この資金繰だと、新たな資金のご融資は難しいですね。
大幅なリストラを行って頂くと同時に、追加担保を差し入れて頂かないと取引継続すら難しくなります」

4

院長:「…事務長なんとかして」

そこで、弱り切った事務長が、ツテをたどって探してきたのがコンサルタントA氏。

5

このA氏、元銀行マンらしく、初対面から自信満々で「今の資金繰りを改善し、新たに銀行との融資も見事まとめて見せましょう!」と大変頼りになる言葉を発してきた。
「銀行と交渉するためには、私が顧問だけではなく理事になっておく必要があります。また、対外的に箔が付きますから社員にもしておいた方が良いですよ」

3.A氏の「手腕」
A氏は早速銀行と交渉を開始。
言われた通り、「社員・理事」として扱ったことが良かったのか、はたまたA氏の銀行時代の経験や人脈が効いたか、若干条件は厳しかったものの、新しい取引銀行がつなぎ融資に応じてくれた。

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危機を救われた院長はA氏を完全に信用し、もうなんでもA氏に相談するようになってしまう。
そこでA氏から一つ提案をしてきた。

8

「事務長、人は良いのですが、今のように大変な状態を乗り切ろうとすると、力不足かもしれません。どうでしょう、私の仲間で、医療事務から経理、労務や税金まで何でもよくできる者がいます。入れておけば何かと安心ですよ。事務長がへそを曲げてはいけませんから、事務長は今のまま理事としておき、彼は事務長「補佐」、理事にせずとも、私と同じように社員で十分です。
さらにA氏は提案を続ける。

9

「院長、もっと資金を入れて経営を安定させましょう。
これまた私の仲間に、医療法人専門の投資家がいます。銀行ばかりだと金利もかさみますし、ここはひとつ債務を肩代わりしてもらい、同時に彼も社員にして経営参画してもらっては?院長もだいぶ楽できますよ」
A氏を信用しきった院長は、この提案も疑うことなく受け入れてしまう。

4.支配と追い出し
医療法人の役員会に当たる理事会は、以前からあまり開かれていなかった。しかしA氏が影響力を増す中、どうも納得のいかない理事たちが集合、理事長やA氏抜きで議論を始めた。

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その中には、どこで調べたのかA氏やその周辺の胡散臭い噂を持ち出す者もいた。しかし肝心の理事長(院長)がA氏に頼りきりとなっており、理事会として具体的な方針を決める間もなく社員総会の日がやってきた。
社員総会の日。
A氏が連れてきた副事務長が、「こういうことはちゃんとしなければだめだ」と言い出したため、これまで適当だった手続が妙に厳格となって開催された。

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と思っていると、今回任期満了(2年)で再任予定だった理事長はじめ元からいた理事の再任事案が全て否決されてしまった。
社員の過半数は既にA氏の関係者ばかリになっていたのだから当然である(※)。

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かくして、理事長はじめ元からいた理事が全員再任されない社員総会議事録が作成され、登記されてしまった。
理事長は、「出資割合に応じて社員の議決権の強さが決まる」とA氏から嘘を聞かされていたため、こんなことが起こるとは想定外だった。
A氏はこれまた息のかかった医師を形だけの理事長に据え、完全に医療法人の乗っ取りに成功した。

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※医療法人社団のモデル定款(社員関連)
第6条 本社団の社員になろうとする者は、社員総会の承認を得なければならない。
2 本社団は、社員名簿を備え置き、社員の変更があるごとに必要な変更を加えなければならない。
第7条 社員は、次に掲げる理由によりその資格を失う。
(1) 除 名  (2) 死 亡  (3) 退 社
2 社員であって、社員たる義務を履行せず本社団の定款に違反し又は品位を傷つける行為のあった者は、社員総会の議決を経て除名することができる。
第8条 やむを得ない理由のあるときは、社員はその旨を理事長に届け出て、その同意を得て退社することができる。
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5.実態の判明
A氏が本性を現すのはここからである。

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どこからか集めてきた生活保護者(医療費が全額補助される)への過剰診療を新しい院長(理事長)に指示する、健康保険の不正・架空請求をする、職員を減らし、安全を無視してでもコストダウンするなどの方法で不正な利益を追求し始める。

さらに息のかかった業者からの仕入にはキックバックを強要し、病院の設備投資として受けた融資資金は不正仲間のペーパー会社に支払う、架空の看護師による看護基準での不正請求、その架空人員への給与を自身に還流させるなどありとあらゆる手段で病院の資金を吸い取っていった。

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ところが、これらの不正はなぜか裏帳簿にまとめられ、逐一報告を受けている者がいた。
実は、これら不正な利益の一部はA氏のバックとなる某反社組織に上納されていたのである。

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これらの上納金は、生活保護者集めや架空人材情報の提供、反対する者への圧力など様々な効果の見返りや、用心棒代としての名目であったとみられる。
まともな医師や看護師等の職員たちは嫌気がさしたり危険を感じたりして次々退職してしまい、不正に加担するか、何も考えない者と、せっかくの病院を蝕む悪人だけが残ってしまった。

6.病院経営の実態
平成30年度病院経営定期調査(一般社団法人日本病院会、公益社団法人全日本病院協会、一般社団法人日本医療法人協会、平成30年6月時点)によると、医業利益が赤字の病院は全体の6割を占め、さらに全体の53%が減益となっている。
このように、病院の経営は「悪いことが普通」の状態になっている。また前述した医療法人のガバナンスについては、病院経営者の多くがきちんと理解し、リスクに備えているとはいいがたい。この結果、今回書いたような事態をフィクションとして笑い飛ばすことはできない状況にあると言える。

病院の不正防止・調査

1.病院の不正について
資金を扱うあらゆる組織において不正リスクは存在しますが、一般の営利企業と収益構造や法令、管理体制の異なる病院においては、一般的な営利企業とは不正リスクの質や頻度が異なると考えられています。しかしながら、不正リスクに関する理論、管理手法の本質的な所には共通点があります。

2.不正のトライアングル
不正リスクを考える際には、「不正のトライアングル」という概念が非常に役に立ちます。
「不正のトライアングル」とは、アメリカのドナルド・R・クレッシー教授が提唱した不正の仕組みに関する理論です。具体的には、不正に手を染めるファクターは以下の3点であるとされています。
(1)不正を行うための「動機・プレッシャー」
(2)不正を行うことができる「機会」
(3)不正を行うことが本人にとって「正当化」
これらの条件が一つでも増加すれば、それだけ不正の発生する可能性が高くなっていることを意味します。

3.内部統制について
内部統制とは、(1)業務の効率性・有効性 (2)財務報告の信頼性 (3)法令の遵守 (4)資産の保全を目的として法人内で構築される管理体制を指し、「全社的な内部統制」と「業務プロセスに関する内部統制」に区分されます。
昨今、内部統制は上場企業が財務報告の適正性を保証するための開示対象として注目されていますが、本来内部統制は「組織がその目的に従って適切かつ効率的に活動し」「法令を順守し」「資産を保全する」と同時に「適切な情報開示を実施する」ことを可能とするための組織管理であるとされています。
この内部統制は適切な情報開示にはもちろん役立ちますが、不正リスクの低減や、事務部門、医療現場における事故、誤りの低減にも有効です。

4.病院における不正の例

①横領

  • 窓口収入、保管現金、機器、消耗品、互助会資金等の管理を長年同一のベテラン職員に任せていることによる横領とその発覚遅れ
  • 自動販売機等売上金の横領
  • 医薬品の横流し

②キックバック

  • 医薬品、医療消耗品の購買担当者が、仕入業者からキックバック等の利益供与を受ける

③不正経理

  • 横領等を発覚させないため、帳簿や証拠書類を偽装する
  • 架空人件費

5.防止対策

  • 不正のトライアングルの把握
    職員における不正のトライアングルがどのような状態にあるかを把握し、不正リスクの発生を未然に抑えます。
  • 病院向け内部統制の整備
    病院には病院向きの内部統制があります。病院の特色を理解しつつ、不正が起こりにくい組織体制を整備、維持します。
  • 内偵調査、尋問
    残念ながら不正の発生が疑われる場合、疑いのある部署、者に対して内偵調査を行い、必要に応じて不正調査手法を用いて尋問します。
  • 税務調査の利用
    税務調査を不正調査に利用します(参考コラムはこちら

6.お問い合わせ、ご相談、料金
個人診療所レベルなら、院長が末端の職員にまで気を配ることが可能ですから、院長の管理レベル次第でこのようなリスクは防止することが比較的楽です。しかし、病院においては一般的に組織規模が大きく、院長や事務長がいくら気を配っていても末端まで注意を行き届かせることは不可能です。この為、不正リスクを低減する組織的な管理体制は必要です。

私どもは、企業の公認会計士監査や内部統制構築、不正防止・調査の実績、また認定登録医業経営コンサルタントの実務経験を生かし、これらの不正リスクを低減する体制構築のお手伝い、また不正調査を行うことが可能です。
病院における不正防止にご興味のある方、また、残念ながら不正が疑われる事実や情報が現時点で顕在化している医療機関におかれましては、是非お気軽にご相談下さい(ご相談は無料)。

以上