ちょっとセンセーショナルなタイトルですが、全くのフィクションでもありません。
病院が乗っ取られたり、不正の温床とされた事例を再構成し、どういう点が脆弱なのかを書いてみることにしました。
今回は防衛策に触れていませんが、いずれそちらの話も書いてみようと思っています。
こういった不正を防止する枠組みを作るのは、公認不正検査士の業務領域の一つです。
なお、今回少し趣向を変えて、「いらすとや」さんのイラストを挿絵に使用しています。
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1.とある病院にて
医療法人根木会 加茂病院
設立40年になる中堅総合病院(ベッド数200床)で、規模は小さいながらも長年地域医療に貢献し、患者の皆さんから重要な病院として親しまれてきた。
院長は長年内科に携わってきた穏健な医師で、公立病院の内科部長を務めたあと父親の設立したこの病院を引き継ぐ。
専門である医療に関しては経験が長く、またよく勉強しており、患者や勤務医師・看護師からの信頼も厚い。
しかし…
経営管理の甘い病院はここ数年資金難にあえいでおり、新たな設備投資はおろか、現場での医療資材、消耗品等の支払にも黄信号がともっている状態。
このままだと、早晩給与の支払いにも影響が出そうな状態となっていた。
2.コンサルタント登場
メインバンク:「この資金繰だと、新たな資金のご融資は難しいですね。
大幅なリストラを行って頂くと同時に、追加担保を差し入れて頂かないと取引継続すら難しくなります」
院長:「…事務長なんとかして」
そこで、弱り切った事務長が、ツテをたどって探してきたのがコンサルタントA氏。
このA氏、元銀行マンらしく、初対面から自信満々で「今の資金繰りを改善し、新たに銀行との融資も見事まとめて見せましょう!」と大変頼りになる言葉を発してきた。
「銀行と交渉するためには、私が顧問だけではなく理事になっておく必要があります。また、対外的に箔が付きますから社員にもしておいた方が良いですよ」
3.A氏の「手腕」
A氏は早速銀行と交渉を開始。
言われた通り、「社員・理事」として扱ったことが良かったのか、はたまたA氏の銀行時代の経験や人脈が効いたか、若干条件は厳しかったものの、新しい取引銀行がつなぎ融資に応じてくれた。
危機を救われた院長はA氏を完全に信用し、もうなんでもA氏に相談するようになってしまう。
そこでA氏から一つ提案をしてきた。
「事務長、人は良いのですが、今のように大変な状態を乗り切ろうとすると、力不足かもしれません。どうでしょう、私の仲間で、医療事務から経理、労務や税金まで何でもよくできる者がいます。入れておけば何かと安心ですよ。事務長がへそを曲げてはいけませんから、事務長は今のまま理事としておき、彼は事務長「補佐」、理事にせずとも、私と同じように社員で十分です。
さらにA氏は提案を続ける。
「院長、もっと資金を入れて経営を安定させましょう。
これまた私の仲間に、医療法人専門の投資家がいます。銀行ばかりだと金利もかさみますし、ここはひとつ債務を肩代わりしてもらい、同時に彼も社員にして経営参画してもらっては?院長もだいぶ楽できますよ」
A氏を信用しきった院長は、この提案も疑うことなく受け入れてしまう。
4.支配と追い出し
医療法人の役員会に当たる理事会は、以前からあまり開かれていなかった。しかしA氏が影響力を増す中、どうも納得のいかない理事たちが集合、理事長やA氏抜きで議論を始めた。
その中には、どこで調べたのかA氏やその周辺の胡散臭い噂を持ち出す者もいた。しかし肝心の理事長(院長)がA氏に頼りきりとなっており、理事会として具体的な方針を決める間もなく社員総会の日がやってきた。
社員総会の日。
A氏が連れてきた副事務長が、「こういうことはちゃんとしなければだめだ」と言い出したため、これまで適当だった手続が妙に厳格となって開催された。
と思っていると、今回任期満了(2年)で再任予定だった理事長はじめ元からいた理事の再任事案が全て否決されてしまった。
社員の過半数は既にA氏の関係者ばかリになっていたのだから当然である(※)。
かくして、理事長はじめ元からいた理事が全員再任されない社員総会議事録が作成され、登記されてしまった。
理事長は、「出資割合に応じて社員の議決権の強さが決まる」とA氏から嘘を聞かされていたため、こんなことが起こるとは想定外だった。
A氏はこれまた息のかかった医師を形だけの理事長に据え、完全に医療法人の乗っ取りに成功した。
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※医療法人社団のモデル定款(社員関連)
第6条 本社団の社員になろうとする者は、社員総会の承認を得なければならない。
2 本社団は、社員名簿を備え置き、社員の変更があるごとに必要な変更を加えなければならない。
第7条 社員は、次に掲げる理由によりその資格を失う。
(1) 除 名 (2) 死 亡 (3) 退 社
2 社員であって、社員たる義務を履行せず本社団の定款に違反し又は品位を傷つける行為のあった者は、社員総会の議決を経て除名することができる。
第8条 やむを得ない理由のあるときは、社員はその旨を理事長に届け出て、その同意を得て退社することができる。
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5.実態の判明
A氏が本性を現すのはここからである。
どこからか集めてきた生活保護者(医療費が全額補助される)への過剰診療を新しい院長(理事長)に指示する、健康保険の不正・架空請求をする、職員を減らし、安全を無視してでもコストダウンするなどの方法で不正な利益を追求し始める。
さらに息のかかった業者からの仕入にはキックバックを強要し、病院の設備投資として受けた融資資金は不正仲間のペーパー会社に支払う、架空の看護師による看護基準での不正請求、その架空人員への給与を自身に還流させるなどありとあらゆる手段で病院の資金を吸い取っていった。
ところが、これらの不正はなぜか裏帳簿にまとめられ、逐一報告を受けている者がいた。
実は、これら不正な利益の一部はA氏のバックとなる某反社組織に上納されていたのである。
これらの上納金は、生活保護者集めや架空人材情報の提供、反対する者への圧力など様々な効果の見返りや、用心棒代としての名目であったとみられる。
まともな医師や看護師等の職員たちは嫌気がさしたり危険を感じたりして次々退職してしまい、不正に加担するか、何も考えない者と、せっかくの病院を蝕む悪人だけが残ってしまった。
6.病院経営の実態
平成30年度病院経営定期調査(一般社団法人日本病院会、公益社団法人全日本病院協会、一般社団法人日本医療法人協会、平成30年6月時点)によると、医業利益が赤字の病院は全体の6割を占め、さらに全体の53%が減益となっている。
このように、病院の経営は「悪いことが普通」の状態になっている。また前述した医療法人のガバナンスについては、病院経営者の多くがきちんと理解し、リスクに備えているとはいいがたい。この結果、今回書いたような事態をフィクションとして笑い飛ばすことはできない状況にあると言える。