1.CPIBとは-設置に至る歴史とその性格
事実上一党独裁であり、また官僚達のレベルが極めて高いシンガポールにおいては汚職が非常に少ないと言われています。しかし、元々は他の多くの国と同様、汚職が全くないという訳ではありませんでした。特に、中国国民党が汚職によって中国本土で信頼を失った事をよく認識していた「建国の父」リー・クアンユーは、自身が共産主義者達と戦った経験も合わせて、シンガポールのように規模が小さく、周囲からの脅威にさらされている国家の安定には清廉潔白な政治体制を固めることが必須である、すなわち国家的リスクマネジメントにおいて最も重要な領域であると認識していました。これを実現するため設置された機関がCPIB(Corrupt Practices Investigation Bureau)です。
CPIBは、汚職対応に特化した専門機関であり、その調査結果などはシンガポール首相に直接報告されることとなっています。また、CPIBは独立してどの様な事件、部署に対しても捜査が可能であり、逮捕権や銀行口座、所得税申告内容の調査などの絶大な権限も付与されています。
CPIBの設立はシンガポール独立より前の1952年ですが、同国の自治権獲得後、汚職防止法の改正によって前述の権限が強化されることになりました。
2.CPIBの組織
1)業務部門(Operations Division)
①業務部門
業務部門は、汚職防止法に基づいて犯罪を調査する際、汚職調査局の主たる機能となります。これは、4つの調査担当部署から構成されています。そして、そのうちの一つはより複雑で重大な事件を扱う特別調査チーム(SIT)です。
完了した調査に関する書類は、利用可能な証拠に基づいて検察官に提出されます。汚職防止法においては、検察官の同意がなければ起訴することができません。
公務員に対する、法廷での起訴にとっては不十分な証拠に関する訴訟は、検察官の同意のもと懲戒処分を行う部署の長に移送されます。
②情報部門
業務部門の下部組織として情報部門(Intelligence Department)が設置されています。これは、情報を収集、照合して業務部門の調査ニーズをサポートします。
2)管理及び専門家サポート部門(Administration & Specialist Support Division)
①管理部門
管理部門は、記録、財務、調達、人事などを含む業務や調査の支援サービスに責任を持っています。
②不正防止及び査閲部門(Prevention & Review Unit)
この部門は、汚職や不正行為の発生を容易にする管理面での弱点を特定するため、政府部門で不正を起こしやすい業務手続のレビューを実施します。その後適切な予防措置をアドバイスします。
3)コンピュータ情報システム部門(Computer Information System Unit)
この部門は、コンピュータ化プロジェクトを運用管理し、業務部門におけるデータ管理や効率を高めるコンピュータシステムを開発しています。
①計画とプロジェクト部門(Plans & Project Unit)
この部門には、プロジェクトのプランニング、運用サポート・ポリシーに関連した業務を行う様々なスタッフが属しています。
4)CPIB捜査官の権限
強力な捜査権限を持つものの、彼らの任務は警官とは違います。しかし、CPIB捜査官は刑事訴訟法に基づき警察捜査に関連する全ての権限を持つ場合もあります。これは捜査官が汚職犯罪や、汚職調査の過程で発見された取締可能な犯罪の調査を行う場合が該当します。
加えて、検察官はその命によって、CPIB捜査官に全ての、またはあらゆる明文法に基づく警察官による犯罪捜査と同じ権限の行使を認めています。
またCPIB捜査官は捜査対象を釈放することも認められています。これも警官の権限と似ています。
3.最近の摘発事例-サーキット場入札、不正の疑い
1)チャンギ・モータースポーツ・ハブ不正
シンガポールで建設工事が開始されたサーキット場(チャンギ・モータースポーツ・ハブ)の工事入札時に発生が疑われる不正行為に関し、CPIBが捜査を開始しました。入札を実施したのはシンガポール・スポーツ委員会(SSC)。モータースポーツの振興を目的に設けられた組織で、政府職員を含む少数の委員で構成されています。
また工事を落札したのは、日本資本も参加する連合体のSGチャンギで、入札情報の漏えいがあった可能性をCPIBは調べているようです。また入札に関わった委員がSGチャンギへの就職を検討し、実現しなかった、との情報もあります。
そもそも落札後の進展はスムーズではなく、2011年7月に起工式が行われたものの、くい打ち工事が開始されたのは年末。また経営陣でもSGチャンギの代表だった元GTレーサーの橋本元次氏が突然退任。実業家の佐久間モトノリ氏が取締役として加わったものの、2011年12月には資金不足によりSSCからプロジェクト契約を打ち切られています。
SSCは土地利用について再入札を実施し、モータースポーツあるいは別の種類のスポーツ施設の開発を図ることを計画しています。この入札は2012年第3四半期になる見通しです。
2)AFCアジアカップ不正
「今週シンガポールで行われたサッカーのAFCアジアカップの試合で主審と副審を務める予定だったレバノンサッカー協会の男性審判3人が、八百長を依頼してきた人物から性的な賄賂を受けたとしてシンガポール汚職取締局(CPIB)から訴追請求された。CPIBによると、3人は3日、同国の繁華街にあるホテルで女性から性的なサービスの提供を受けた。3人は試合前にいずれも交代となり、実際に審判を務めることはなかった。有罪となれば、3人は最高で禁錮5年の刑に加え罰金10万シンガポール・ドル(約780万円)が科される。」(2013年4月5日 ブルームバーグ日本語記事より抜粋)
4.国家的リスクマネジメントとの関係
日本においては、このように「汚職防止・摘発」に特化した政府機関はありません。もっと言えば、ここまで特化した機関を持つ国は少ないと思います。機能として近いものは、警察、検察などの司法や会計検査院と言えるでしょうか。それにしてもここまで「不正」に特化した制度を作るべきであるという民意はまだないと言って良いでしょう。そういう意味では、日本政府や国民は、不正というものを嫌いこそしても、徹底的に対峙すべきとまでは考えていないようです。
話は少し飛躍しますが、現在進んでいる円安により輸出競争力をつけると言うなら、同時に顕在化する「食糧とエネルギー安定確保」というリスクに関して、国防に匹敵する財政的、外交的努力がこれまで以上に必須となります。
また、半導体や精密機械のように、産業のコアとなる供給力を安全保障のベースとして認識することも重要です。この点、ドイツが行っているような電力供給の「ハブ化」は一応の成功を見ている例ですし、先ごろ中国が失敗した「レアアース供給遮断」戦略は、この運用方法を安全保障的観点から見て完全に間違ったことによるものだと私はとらえています。
私がシンガポールという国に注目しているのはまさにこの点です。不正に限らず、地理的、外交的、経済的リスクを継続的に評価し、そのリスクに対応するため限られたリソースをどう配分するか、またリソースを獲得していくか、というまさに企業経営的観点で国家戦略がストレートに立てられていることが良くわかります。
現在の安倍政権は、結果として重要なリスクに対応する政策を打ち出し続けているようですが、ポリシーとしてはっきり見えてこない点は不満が残ります。憲法改正や自衛隊の軍化を議論することも結構ですが(日本での言論は自由なので)国や地域全体でのリスクマネジメントの観念をもっとはっきりさせて欲しいと思います。
そして我々国民も、一方的に批判や礼賛をするのではなく、国家として地域としてどのように生きていくべきかを自分の頭で考えるべき時が来ていると思います。
以上